Last Knights After
決意と願いのその先に-8
「よかったのか?」
尋ねてきた友人たちも、自分を守る2人の騎士も、ナナリーとアーニャも、全員が退室し、ルルーシュ1人なった部屋に声が響く。
突然のそれに、窓辺に立ち外を見ていたルルーシュは驚くことなく、ゆっくりと振り返った。
「……何がだ?」
「判断を、あいつら自身に委ねて」
そこにいたのは、予想と全く違わない碧の魔女。
以前も今も変わらず共犯者である彼女は、人前に出るときに身につけるスーツ姿のまま扉の前に立っている。
その朝日の光を映す金の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「お前が本当に欲しかったものは、あいつらと共にいられる世界だろう?」
「だが、それを押し付けることはできない」
聞かれたことには全て答えた。
ゼロになった理由も、シャーリーのことも、皇帝となった理由も、ゼロレクイエムのことも。
そのうえで彼らが拒絶するならば、例えどんなに自分があの場所に帰ることを願っていたとしても、それを押し付けることはできない。
自分は、それだけのことをしてきたのだ。
多くを奪い、多くを傷つけ、シャーリーすら巻き込んだ。
そんな自分を、彼らが簡単に受け入れることができないのは、当然だから。
「ルルーシュ……」
「受け入れてもらえなくても、構わないんだ」
それが、自分に与えられた罰だと知っているから。
望んだ場所に帰ることを選ばず、この場所に立ち続けること。
そうして新しい世界を創っていくことが、自分にできる償いだと知っているから。
だから、彼らに拒絶されても、大丈夫。
たとえ嫌われてしまったとしても、立っていられる。
それに、彼らに受け入れてもらうことができなかったとしても、自分はもう、独りではないから。
「俺には、ちゃんと受け入れてくれる人がいる。ナナリー、ライ、スザク。それにお前が」
全てを知って、それでも尚、共に歩いてくれる人たちがいる。
伸ばした手を掴んでくれる人たちが、傍にいるから。
「だから、俺は大丈夫だ」
ふわりと微笑んだルルーシュを見て、共犯者は目を細める。
そこに浮かんでいた笑顔はとても柔らかいのに、悲しみに歪んでいるように見えた。
カツカツと床を鳴らし、廊下を歩く2人の騎士。
その後ろに、まだ少年とも少女とも呼べる年齢の若者たちがついていく。
黒の騎士団として、またテレビ局のアナウンサーとして、顔の知られている彼らは、周囲の目を引いていた。
けれど、彼らはそんな周囲の視線に気づいていない。
気づく余裕もないまま、いつの間にか宿泊施設のメインエントランスに辿り着いた。
くるりと振り返った騎士2人が、彼らに向かって一礼する。
その姿に、周囲にいる者たちが驚き、ざわめく。
ブリタニア皇帝の騎士である彼らが、恭しく頭を下げるほどの存在。
そんな存在があったのかと、驚きの声まで上がっていた。
「我々がお送りできるのは、ここまでです」
「ありがとう、ございました」
あくまで騎士としての態度を崩さない2人に、ミレイもぼうっとしたまま頭を下げる。
そのまま、まだ呆然としたままのリヴァルを引っ張って、エントランスから外へ出た。
その後を、軽く頭を下げただけのカレンとジノが追いかける。
全員が宿泊施設の外へ出た、そのときだった。
「会長」
不意にかれられた声に、ミレイは足を止め、振り返る。
エントランスのガラス扉の傍に立ったスザクと目が合った途端、彼は薄く微笑んだ。
「僕たちは、ライに感謝しないといけないんです」
「え?」
「スザク?」
ミレイだけではなく、ライもスザクの言葉の意味がわからなかったらしい。
不思議そうに自分を見つめるライに、スザクはにこりと微笑んだ。
「だって、ライがいなかったら、僕たちはもう、ルルーシュとこんな風に話せなかった。ライがゼロレクイエムを止めてくれなかったら、僕が、ルルーシュを殺していたから」
スザクのその言葉に、ミレイが、ジノが、はっと目を見開き、リヴァルが勢いよくスザクを振り返る。
「スザク……」
一瞬目を瞠ったライは、その紫紺の瞳を細め、片割れである騎士を見つめた。
薄く微笑む翡翠の瞳に浮かんだのは、僅かな痛み。
それに似た笑みを返すと、ライは一度目を閉じた。
その瞳をゆっくりと開くと、こちらを見つめたままのミレイへと、真っ直ぐに視線を向ける。
「ミレイさん。もうひとつだけ、お話したいことがあります」
その言葉に、今度はスザクが驚いたようにライを見た。
それに気づいたライが、一瞬だけ視線を向ける。
薄く笑みを返すと、紫紺は再びミレイたちへと向けられた。
「これは、僕とカレン、それからルルーシュの共犯者である碧の魔女しか知らないことです」
その言葉に、びくりと体を震わせたカレンが、俯けていた顔を上げる。
驚きの色を浮かべた空色の瞳が自分を見たことを確認して、ライは薄く微笑んだ。
「ルルーシュは、一度ゼロを投げ出そうとしたことがあったんです」
「え?」
その言葉に、ミレイたちだけではなくスザクまでもが驚いたように声を漏らした。
その声を聞いて、ライは思い出す。
そういえば、ルルーシュはこの話を誰かにしたことはなかったと。
すっかり忘れていた自分に心の中で苦笑しながら、カレンを見た。
真っ直ぐにこちらを見ていた空色の瞳が、ライの意図を察して細められる。
「ナナリーが、総督になったとき……」
「そう。あの時だ」
その言葉に、スザクがはっと目を瞠り、ミレイとリヴァルが顔を見合わせた。
ジノは驚いたようにカレンへ顔を向け、ライから視線を逸らそうとしない彼女を見つめていた。
「あの時、ルルーシュに最後までみんなを騙してみせろと言ったのは、君だったな?カレン」
ライの、問いかけというより確認に近いその言葉に、カレンはびくりと体を震わせた。
「わ、私……」
何か言わなければならないと思うのに、言葉にできず、カレンはそのまま視線を足元へと落とす。
ライの言うとおりだ。
カレンが、ゼロをやめ、リフレインに走ろうとしたルルーシュを、騎士団へ引き戻した。
過去に縋ろうとしたルルーシュを引き止め、無理矢理連れ戻したのだ。
最後までゼロを演じて見せろと、そんな言葉をぶつけて。
それなのに、私は……!
ぎゅっと自分の体を抱き締めるカレンを、ジノが支える。
その姿に、ライはその紫紺の瞳を細めた。
呆然とした視線をカレンに向けるミレイとリヴァルに視線を移してから、その目を閉じる。
「あの時、ルルーシュは一度戦う意味を見失った。けど、そんな彼に、ゼロを続けることを決意させたのは、カレンの言葉だけじゃなかった」
「……え?」
静かに告げられたライの言葉に、カレンはゆるゆると顔を上げた。
自分に向けられた紫紺の瞳が微笑む。
再びカレンから外れたその目が、真っ直ぐにミレイを、そしてリヴァルへ向けられた。
「花火を、したそうですね?学園の屋上で」
「え?ええ。したわ。私とリヴァルとシャーリーと、ルルーシュ、で……」
その日は、アッシュフォード学園高等部3年生の修学旅行の出発日でもあった。
いつまで待っても現れないルルーシュに、ミレイとリヴァル、シャーリーの3人は、旅行への不参加を決めて、屋上で花火をしていた。
そこに出かけていたルーシュが、戻ってきて。
少し話をした後、4人で花火をしたのだ。
少しすると、ルルーシュはまたどこかへ行ってしまったけれど。
「そのとき、ルルーシュは気づいたそうですよ。自分にとって、優しい世界とはなんだったのか」
「え……?」
ミレイの青い瞳が大きく見開かれる。
それに微笑みを返すと、ライは彼女から視線を外した。
「カレン」
紫紺の瞳が、真っ直ぐにカレンの空色の瞳を見つめる。
ただ呆然とライを見つめていたカレンは、自分を呼ぶその声に我に返った。
瞳に意志が宿ったのを認めると、ライはふわりと微笑んだ。
「全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰らないか?」
発せられた、聞き覚えのあるその言葉。
穏やかな、温かささえ含んだその声に、カレンは無意識にその目を瞠る。
「……え?」
「ゼロだった頃の彼が願っていたのは、ずっとそれだけだったから」
「あ……」
思い、出した。
そうだ。それはライではなく、ルルーシュの言葉。
日本を脱出して、蓬莱島に着いたその日に、ルルーシュがカレンとライに告げた言葉だ。
天井の蓋を開け、機材の調整をしていたカレンが、足を滑らせて落ちて、ルルーシュを押し倒してしまって。
タイミング悪くそこにやってきたライに弁解しようと、慌てて飛び退いたときに、彼は言ったのだ。
『全てが終わったら、一緒にアッシュフォード学園に帰らないか?』
予想もしていなかったその言葉に、カレンは戸惑い、返事を返すことができなかった。
けれど、ライは迷わなかった。
一瞬驚いた顔をしたけれど、彼はすぐに笑顔になって、ルルーシュの言葉に答えていた。
その後、いつの間にかそこにいたC.C.の乱入でうやむやになってしまって、さらに天子の結婚というニュースまで飛び込んできてしまったものだから、すっかり忘れていたけれど。
ああ、そうか。
あれが、ルルーシュの本心。
あれが、ルルーシュの本当の願い。
あの後、ルルーシュが私にくれた言葉の、証明。
あの場所に、帰ることを。
みんなでまた、あの場所で笑い合えることを、それだけを願っていたのだ、彼は。
ずっとずっと、本当はそれだけを願っていた。
ああ、どうして……。
傍で見てきたはずだったのに。
ナナリーに、聞いていたはずだったのに。
私はあの時、その全てを忘れていた。
必ず助けてやると言ってくれたことも、生きろと言ってくれたことも、全部全部忘れていた。
彼の嘘ばかりを信じて、信じてしまって、本当の彼を見ようとしなかった。
あんなにも優しい彼に、気づかないふりをしていた。
ぎゅっと、目を閉じる。
目に感じた熱い何かが溢れないように、じっと耐える。
暫くして、漸く衝動が収まってきた。
それを感じて、ゆっくりと目を開く。
開かれた空色の瞳は潤んでいた。
けれど、浮かんだ雫の向こう側には、それまでにはなかった確かな光が浮かんでいた。
「ねえ、ライ。スザク」
誰もが言葉を失い、何も言えずにいる中で、カレンのその声がやけに響いた気がした。
その声に、ミレイとリヴァルを見ていたライの視線が動き、スザクがはっと顔を向ける。
真っ直ぐに自分を見つめる紫紺と翡翠を見返して、カレンは口を開いた。
「ルルーシュに伝えて。私、ちゃんと生きるって」
「カレン……!」
その言葉に、スザクが驚いたように彼女の名を呼ぶ。
ライは一瞬目を瞠った後、その紫紺を細めるだけだった。
対照的な2人の反応に笑みを零しそうになりながら、それを耐えて訴える。
「私……、私ちゃんと生きるから。自分が幸せと思う道を、精一杯歩いてみせるから」
ルルーシュがそのために嘘をついたのだというのなら、そう願ってくれたというのなら、その願いを叶えてみせる。
彼がくれたその優しさを力にして、精一杯『明日』を生きてみせる。
彼が壊し、彼が創った、そして創っていく、その世界で。
「だから、また今度日本に来たときには、私を騎士にして欲しいって」
そう告げた途端、今度こそ驚いたスザクが声を上げ、その翡翠の瞳を見開く。
彼だけではない。
ミレイもリヴァルも、そしてジノも、驚いて彼女を見た。
ただ1人、驚かなかったのはライだけだ。
その彼に、そしてスザクに向かって訴える。
「私、今度こそ守りたいの、ルルーシュを!」
あんなにも優しい彼を。
自分を犠牲にして、他の全てを守ろうとした、彼を。
誰よりも嘘つきな彼を、守りたい。
今度こそ、その手を放さない。
はっきりと言い切るカレンに、ライは薄い笑みを浮かべた。
優しく穏やかなそれに、気づいたジノが目を瞠る。
彼の反応に気づきながらも、そんなそぶりを見せずに、ライは真っ直ぐにカレンを見た。
「ルルーシュは、もうゼロではないよ?」
「関係ないわ!そんなの!」
ライの問いに、カレンははっきりと言い返す。
その瞳に宿った光は、かつてのように揺らぐことはない。
ただ強い意志となって、彼女の目で輝いている。
「だって私は、ルルーシュの親衛隊長だったんだから!」
ゼロではなく、ルルーシュの親衛隊長。
頑なにゼロとルルーシュの別の存在だと言い張っていた彼女から出た、その言葉。
以前の彼女を知っているライにとって、その言葉だけで十分だった。
だって、それは証だから。
カレンがゼロという仮面ではなく、ルルーシュという個人を認めた、確かな証だから。
「……わかった」
「ライ」
ライの答えに、スザクは驚いたように彼を見た。
訴えたカレン自身も、驚いたように彼を見つめる。
そのカレンに向かい、ライは微笑んだ。
「伝えておくことは、伝えておくよ」
「ライ!」
「でも、残念ながら、陛下の騎士は僕たちだから」
自分の胸に手を当て、にっこりと微笑むライの言葉に、カレンは目を瞬かせる。
そんなカレンに、彼はますますその笑みを深めた。
「ナイトオブゼロは2人だけ。この地位は絶対に譲らないよ、カレン」
にやりと笑ったライに、カレンはその目を大きく見開いた。
けれど、それはすぐに挑戦的なものに変わる。
「……いいわ。だったら私は、ナイトオブワンになってやるんだから!」
はっきりと宣言したカレンに、スザクはぱちぱちと目を瞬かせた。
それを見て、ライはそれまでの笑みを消し、くすりと笑う。
「ラウンズは一応解体したんだけどな」
「だったら!私がまた認めさせてやるっ!」
人差し指まで突きつけて宣言するカレンに、ライ以外の全員が呆然と彼女を見つめる。
けれど、こうと決めてしまった彼女は、もう周りの目など気にしない。
高々とその指を上げて、周囲の様子にも構わずに高々と宣言した。
「私だって、もう二度とルルーシュを独りになんてしてやらないんだから!」
はっきりと言い切られたカレンのその言葉に、ライは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
しかし、カレンに注目している周囲は、ライのその変化に気づかない。
気づいたのはただ1人、彼のすぐ傍に立っていたスザクだけだった。
カレンたちと別れ、施設内へと戻る。
一番近いエレベーターに乗り、その扉が閉まったことを確認すると、スザクは口を開いた。
「よかったの?」
「何が?」
「カレン、許して」
その問いに、ライの紫紺の瞳がこちらに向いた。
不思議そうなそれに、スザクはふいっと視線を逸らす。
「怒っていると、思っていたから」
ぽつりと呟いたその言葉に、ライは僅かに目を瞠った。
けれどそれは、すぐにいつもの柔らかな光を宿したものに戻る。
「カレンも、君と同じだろう?」
「え?」
その言葉に、スザクは驚いてライを見る。
彼は微笑むと、スザクから視線を外し、目を閉じた。
「信じていた。だから、裏切られたと思って、憎くなった」
ライの言葉に、スザクは軽く目を見開いた。
それはあの日、ダモクレスでライが呟いた言葉。
スザクの心の奥底にあった、本人すら気づいていなかった本当の心を、明確に表したあの言葉だった。
「確かに、僕は黒の騎士団を許していないよ。彼らは知ろうとしなかった。ルルーシュのことを、何ひとつ。でもカレンは違った」
ゆっくりと、ライが目を開く。
現れた紫紺は、ここではない遠くを見つめているように見えた。
おそらく思い出しているのだろう。
黒の騎士団を。
あの場所にいた頃の彼自身とカレンを。
「ちゃんと知ろうとして、知ったうえで、ルルーシュを守ろうとした。それなのに、ルルーシュが何も言わなかったから、裏切られたと思ったんだ」
ルルーシュの悪い癖だなと言って、ライが笑う。
確かに、と答えれば、ライの視線が漸くこちらに向く。
そして、2人揃って笑った。
「でも、きっともう大丈夫」
ひとしきり笑った後、笑顔を浮かべたライが、はっきりと断言する。
かなり自信の篭ったそれに、スザクも笑いを引っ込め、ライを見つめた。
「カレンは本当のルルーシュを見てくれる。だって彼女は、僕たち以外でルルーシュが唯一弱さを見せていた人だから」
その言葉に、翡翠の瞳が僅かに見開かれる。
あまりにも自然に、確信を持って告げるものだから、思わずため息をついた。
「信じてるんだ、カレンのこと」
「信じていなきゃ、ダブルエースなんてやってられないだろ」
はっきりと言い切ったその瞳が、真っ直ぐにこちらを見る。
視線が合った瞬間、ライがにやりと笑った。
その笑みに気づく。
今の彼の言葉は、カレンだけを指しているのではないと。
それに気づいた瞬間、湧き上がったのは純粋な驚き。
少し遅れて、それに別の感情が混じる。
その感情を素直に受け入れて、スザクは笑った。
「うん。そうだね」
笑顔でそう答えれば、ライが嬉しそうに笑う。
そのとき、ぽーんという電子音が響いて、目の前の扉が開いた。
目の前に広がる廊下と、その先に待っている最愛の人。
その姿を思い浮かべ、笑い合うと、2人は彼の人のいる部屋に向かって歩き出した。
2014.9.28 加筆修正