Last Knights After
決意と願いのその先に-7
ジェレミアを中心に、4人の少年たちを包むだけの範囲で青い光が展開される。
突然自分たちを包んだそれに、ジノが驚いて振り返った。
「オレンジ!お前、今何をしたっ!」
蒼い瞳が、きっとジェレミアを睨みつける。
そのときにはもう、ジェレミアの左目は閉じた仮面の下へと隠れてしまっていた。
ただ黙って自分を見つめる琥珀の瞳を、ジノは思い切り睨みつける。
彼の頭の中に浮かんだのは、あの最終決戦の日、ランスロットクラブから放たれた紅い光。
シュナイゼル率いる旧皇帝派の意志を奪い、フレイヤを封じたその光に近い何かを直感的に感じ、警戒を露にする。
もしも、この男が今自分たちに何かをしたのならば、自分が彼らを守らなければ。
けれど、決死のその想いは、隣から聞こえた声に奪われた。
「……え?」
「あ、あれ?ちょっと、待てよ。何だ、これ……?」
はっと視線を向ければ、そこには呆然と立ち尽くすミレイとリヴァルの姿。
額に手をやり、ただ目を見開いて呟く彼らの姿に不安を抱く。
「ミレイ?リヴァル?」
名を呼んでも答えず、動揺するばかりの彼らに、ジノは困惑する。
どうしたら良いのかとすぐ傍に視線を移した途端、その蒼の瞳が再び見開かれた。
そこにいたのは、自分をここまで引っ張ってきた、勝気な少女。
紅い髪とは対照的な空色の瞳が、見開かれたまま、真っ直ぐに一点を見つめていた。
「カレン……?」
ジノが不安げに名を呼ぶが、カレンは答えない。
ただ真っ直ぐに、正面にいる男を――ルルーシュを見つめていた。
「では、私はこれで失礼いたします」
「ああ。すまなかった。ありがとう、ジェレミア」
ジェレミアが一礼し、部屋を出て行く。
友人たちの変化に気を取られ、それに反応し切れなかったジノが振り返ったときには、無情にも扉は閉まっていた。
舌打ちしたい気持ちを抑え、視線を戻す。
心配そうに友人たちを見た後、ジノは真っ直ぐに目の前に座すルルーシュを見た。
ジノのその目を見た途端、ルルーシュは苦笑をする。
あの決戦の場にいた彼が、ジェレミアの力を警戒するのは仕方がない。
ライの力を見てしまった後だ。
自分だって、何も知らなければきっと、ライの力とジェレミアの力が同質のものではないかと疑うに決まっている。
ライやスザクも、それをわかっているのだろう。
ジノを咎めない2人に心の中で笑みを浮かべると、ルルーシュは真っ直ぐにミレイを見て口を開いた。
「思い出して、いただけましたか?会長」
「ええ……。思い出したわ……」
ミレイがゆるゆると手を下し、顔を上げる。
驚きの色を浮かべたままの青い瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられた。
「そうよ。私は確かに知っていた。ルルーシュのことも、ナナリーのことも……」
そうだ。自分は知っていた。
マリアンヌの遺児であるルルーシュとナナリーが、8年前の戦争の後、公式では死んだことになっていたことも。
その2人を、祖父であるルーベン・アッシュフォードが後見人として引き取ったことも。
正体がばれることを恐れたルルーシュが、わざと自分の力を抑えていたことも。
ルルーシュとナナリーが、とても仲の良い兄妹であることを。
全部全部、ミレイは知っていた。
知っていて、2人を受け入れた。
知っていたからこそ、学園生活を楽しんで欲しくて、生徒会に引っ張り込んだ。
それなのに。
「どうして忘れていたの?どうして、私……」
「それも、全てお話します」
うろたえるミレイに向かって、ルルーシュは微笑む。
ミレイがその声に顔を上げたときには、ルルーシュの視線は彼女から外れていた。
「ナナリーにも、聞いて欲しいんだ」
「お兄様?」
「お前にも、ずっと話さなければならないと思っていたことがあるから」
自分を見つめる紫玉の瞳が、切なそうに細められる。
それに酷く悲しいものを見た気がして、ナナリーはルルーシュの手を握る己の手に力を込めた。
少し痛いほどのそれにも、ルルーシュは文句を言わずに微笑むだけだ。
空いている手でナナリーの頭を撫でると、一度閉じた紫玉の瞳を真っ直ぐにミレイたちへと戻した。
「さっきも言ったとおり、俺の本当の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。元ナイトオブシックス、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子で、ナナリーの同母兄だ。それは、思い出してもらえたと思う」
ルルーシュの視線が、ミレイだけではなくリヴァルにも向けられる。
一瞬びくりと肩を震わせたリヴァルが、困惑した様子でミレイを見た。
その視線に気づいた彼女が、ナナリーのことを言っているのだと告げれば、漸く納得がいったらしいリヴァルははっきりと頷く。
その反応に薄く笑みを浮かべたルルーシュは、一度目を閉じると、ため息をつくように息を吐き出して、続けた。
9年近くも前になるあの日、母親がテロリストの襲撃によって、命を落としたこと。
ナナリーが視力と足の自由を失ったのは、そのときであったこと。
警備の甘さに反感を持ったルルーシュが、父である先帝に謁見を申し込んだ結果、母を喪った兄妹は廃嫡され、人質として、表向きは留学生として、日本へ送られたことを。
「日本に渡った俺たちは、当時の首相、枢木ゲンブの元に預けられた。スザクに出会ったのは、そのときだ」
ルルーシュの視線が、ナナリーの隣に立つスザクに向けられる。
その視線に気づいたスザクは、静かに頷いた。
「けど、その生活も、長くは続かなかった」
自分たちがいるのにも関わらず、ブリタニアは戦争を仕掛けてきた。
それを逆に利用して、ヴィ・ブリタニア兄妹を、書類上死んだことにした。
そうすれば、二度と政治の道具に使われなくて済むと、そう考えて。
「その後、俺たちは皇族の名を捨て、アッシュフォードに身を寄せた。だから、俺たちはあそこにいた」
「でも、ならなんで、ナナリーだけが戻ったんだ?お前は、ずっと学園にいただろ?」
ぎゅっと拳を握ったリヴァルが、恐る恐ると言った様子で尋ねる。
その問いに、ルルーシュは静かに目を伏せた。
ナナリーが、自分の手を握る手に力を込めたのがわかる。
それでも、ルルーシュは暫くの間、顔を上げることができなかった。
それは、スザクと再会したあの日の翌日から、ルルーシュがずっと隠し続けてきた真実。
それを口にするのが、本当は怖かった。
だって、その隠し続けてきた『自分』は、多くを奪っているのだ。
シャーリーの父親を、シャーリーを、そして多くの人々の命を。
それを知られるのが、本当は怖かった。
けれど、話さなければならない。
話さなければ、彼らの記憶が変わっていた理由を、説明することができないから。
彼らにはもう、嘘をつきたくなかったから。
なかなか顔を上げないルルーシュに、リヴァルが不安そうな表情を浮かべる。
黙ってそれを見ていたライが、不意に口を開いた。
「さっきの僕たちと黒の騎士団の会話で、気づかなかったのか?リヴァル」
「ど、どういうことだよ?」
聞き返すリヴァルに、ライは目を細める。
スザクはそっと目を伏せ、ナナリーもルルーシュの手を握ったまま、顔を俯けた。
3人のその反応に、リヴァルの不安はますます高まる。
「ルルーシュ?ライ?スザク?ナナリー?」
早く答えて欲しくて、4人の名を呼んだ。
その声に、ルルーシュがゆるゆると顔を上げた。
意を決した紫玉の瞳が、真っ直ぐにリヴァルに、ミレイに、そしてジノに向けられる。
形の良いその唇が、ゆっくりと開いた。
「……俺が、ゼロだったからだ」
そう告げた瞬間、カレンがこちらに向けていた目を、ふいっと逸らした。
「……え?」
リヴァルが、その目を見開き、声を漏らす。
呆然とした瞳が、真っ直ぐにルルーシュに向けられる。
「ル、ルルーシュ、何言って……」
「何度でも言うさ。俺がゼロだ」
冗談を言われたのだと信じ込みたくて口にした言葉を、ルルーシュはあっさり遮り、自らの言葉を肯定する。
「黒の騎士団の創設者。第二次トウキョウ決戦で死んだ、仮面の反逆者。ゼロは、俺だ」
はっきりと告げたその言葉に、リヴァルとミレイが大きく目を見開く。
黒の騎士団にいるジノは、さすがにカレンから何か聞いていたらしい。
彼はその蒼い瞳を、何か言いたげに細めただけだった。
「そう、だったの。やっぱり……」
不意に、見開いていた目を細めたミレイが、ぽつりと呟く。
その言葉に、ルルーシュはその紫玉の瞳を僅かに瞠った。
「気づいていたんですか?会長」
「いいえ、全然。ただ、さっきの黒の騎士団の人たちと、2人の会話を聞いていれば、ね」
ゆっくりと首を振ったミレイの言葉に、ルルーシュは訝しげに眉を寄せる。
その視線が両脇に立つ2人の騎士に向けられていることに気づいて、ルルーシュはスザクを振り返った。
黒の騎士団が関わるとき、ライは何があっても口を割らないと、この四カ月の間に学んでいたから、迷わず彼に問いかける。
「何かあったのか?」
「後で話すよ」
「絶対だぞ?」
「うん。約束する」
薄く笑みを浮かべて頷くスザクに、ルルーシュはふっと笑みを浮かべた。
反対側でライが不機嫌な表情を浮かべたことを気配で感じたけれど、それには気づかないふりをして、ミレイたちに向き直った。
3人のやり取りに懐かしさを感じながら、ミレイは視線を隣へ向ける。
そこには、先ほどからルルーシュと目を合わせないように俯いている紅い髪の少女がいた。
僅かに震えている少女の姿に目を細めながら、ミレイは静かに尋ねた。
「カレンは、知っていたの?」
「……ブラックリベリオンのときに」
「……そう。ニーナ。あなたは?」
「ダモクレスとの決戦の前に、全部聞いたわ」
「そう、だったんだ」
迷うことなく、はっきりと答えたニーナに、ミレイは目を細めた。
その姿は、学園で匿っていた頃よりもずっと強く、綺麗に見える。
よく知っていたはずの幼馴染の姿に眩しさを感じながら、ミレイは視線をルルーシュへと戻す。
そして、ふと、思い至った可能性を口をした。
「ねえ……。もしかして、シャーリーも知ってたのかな?」
「えっ!?」
ミレイの問いに、リヴァルが驚く。
自分でも、何を言っているのだろうと思う。
けれど、それなら、わかる気がするのだ。
1年前、シャーリーが突然ルルーシュを他人のように接するようになった理由も。
そして、あんなに明るかった彼女が、突然いなくなってしまった理由も。
ルルーシュが、真っ直ぐにこちらに向けていた目を、手元に落とした。
ゆっくりとそれを閉じ、代わりにゆっくりと口を開いた。
「……はい」
重々しく告げられたそれは、肯定の言葉。
それを聞いた途端、ミレイは静かに目を伏せた。
「……そっか。私たちだけが知らなかったんだ」
「話せることでは、ありませんでしたから」
薄く目を開いたルルーシュが、小さく答える。
彼の言うことは尤もだ。
ブリタニア人で、しかも元とはいえ皇子である彼がテロリストだったなんて、堂々と言えるはずがない。
「でも、これで気づいていただけるはずです。会長とリヴァルの記憶の違い。ナナリーのことを、忘れていた理由」
黙り込んでしまったルルーシュの代わりに口を開いたのは、スザクだった。
その言葉に、ミレイはゆっくりと顔を上げる。
「……ブラックリベリオンで、黒の騎士団が負けたから、ね」
「……はい」
ほんの少しの間を置いて、はっきりと返された肯定の言葉。
その言葉に、ミレイは自嘲の笑みを浮かべる。
「じゃあ、私たちの記憶を変えたのは、スザク君、かしら」
その言葉に、リヴァルがはっと顔を上げた。
1年前のブラックリベリオンで、ゼロを捕らえたのはスザクだった。
彼は、その功績でナイトオブラウンズという地位を手に入れたのだ。
だとすれば、ミレイがそう考えるのは当然のことだった。
彼女のその問いに、スザクはその翡翠の瞳を細める。
けれど、その視線が逸らされることは、決してなかった。
「正確には違います。でも、否定しません」
「スザク……っ!?」
スザクの言葉に、ジノが驚いて声を上げる。
彼も、まさかスザクがそんなことをしているなんて思わなかったのだろう。
学園に揃って顔を出していたときの彼らは、あんなに仲がよさそうに見えたから。
「そう……」
スザクの答えに、ミレイはそっと目を伏せる。
その姿を見て、ライは痛みを宿した紫紺を細めた。
ただ淡々と、聞かれた事柄の事実だけを告げた2人の言葉を、ミレイはどう思っているだろう。
2人の言葉は、事実を語っているけれど、真実は口にされていない。
事実の中に伏せられた、2人の本当の想いは、何ひとつ語られてはいなかった。
不安に揺れるライの視線の先で、ミレイはゆっくりと顔を上げた。
その目は、ただ静かな光を宿して、真っ直ぐにこちらを――ルルーシュを見つめていた。
「ひとつ、聞いてもいいかしら?」
「何でしょう?」
静かなミレイのその問いに、答えたのはルルーシュだった。
何もかも受け入れているような、穏やかな瞳。
それに目を細めると、ミレイはゆっくりと口を開いた。
「ロロは、本当は誰だったの?」
その途端、ルルーシュの体がびくりと震える。
「ロロ……?」
聞き慣れない名前に、ナナリーが首を傾げた。
その言葉に、スザクがはっと彼女を見る。
その2人の様子にも気づかないまま、ミレイはルルーシュに向けたままの青い瞳を、僅かに細めた。
「私の知る限り、マリアンヌ様の血を引く御子は、あなたたち2人だけだったはずだわ。それじゃあ、ロロは……」
「弟です」
はっきりとそう答えたのは、ルルーシュではなかった。
ルルーシュが弾かれたように隣を見る。
そこにいたのは、銀の少年。
迷いのない瞳で、真っ直ぐにミレイたちを見つめる黒銀の騎士だった。
「ロロは、ルルーシュの弟です」
紫紺の瞳に浮かんだ光と同じ、迷いのない言葉で、はっきりとそう告げる。
その言葉にルルーシュは目を細めた。
「ライ……」
「血は繋がっていなくても、ルルーシュとロロは、兄弟です」
血の繋がりなんてなくても、ロロのルルーシュに対する想いは、偽りなどではなかった。
あの最悪な状況の中で、大嫌いだと、殺してやりたかったと叫ばれても、ただ純粋にルルーシュを信じ、ルルーシュを守り抜いた彼を。
ルルーシュの中に『真実』を残して逝った彼を、偽物だなんて言わせない。
「……ああ、そうだ」
ナナリーと繋いでいない方の手をぎゅっと握り締め、ルルーシュが口を開く。
その言葉に驚くナナリーには視線を向けず、真っ直ぐに目の前に立つミレイたちへと顔を向けた。
「ロロは、俺の……ルルーシュ・ランペルージの弟だ」
2014.9.28 加筆修正