Last Knights After
決意と願いのその先に-9
2週間後、神聖ブリタニア帝国首都。
遷都はされていたけれど、以前と同じ地名を持ったその街の中心。
皇宮に似せて、しかし以前のそれよりもずっと規模を縮小して造られた政庁の廊下を、紺のマントを纏った騎士が歩いていく。
いくつもある扉のひとつの前で足を止めると、ノックもせずにそれを開いた。
「失礼します、陛下」
その瞬間、三対の瞳がこちらを向く。
入ってきた人物を認識した途端、1人はソファに身を沈めたまま、つまらなそうに視線を逸らし、もう1人はにこりと微笑んだ。
「ああ、スザク」
最後の1人――ルルーシュは、入ってきた騎士の姿に安心したように微笑む。
最近よく見られるようになったその笑顔に気を良くしながら、スザクもにこりと笑い返した。
「姉上との打ち合わせは終わったのか?」
「うん。ヴォルスー元公爵の件は問題ない。全てコーネリア様が手配してくれたよ」
「そうか」
預かってきた報告書を手渡しながら、簡潔に報告をする。
それを聞いた途端、ルルーシュが安心したように笑った。
最高評議会を終え、帰ってくるまでの間の僅かな時間も、ルルーシュは国内の情勢を気にしているようだった。
それが大きな騒ぎにならないうちに収まったことに安心したのだろう。
帰ってきてからずっと難しい顔をしていたルルーシュの笑顔に、スザクも微笑む。
2人でほのぼのとしていると、その様子をずっと不機嫌そうに見ていたライが口を開いた。
「スザク。その手に持っているのは?」
「ああ、これ」
ライが示したのは、スザクの手の中にあった白いの封筒。
すっかり意識の外にあったそれに視線を落とすと、スザクはにっこりと笑ってルルーシュへ視線を戻した。
「はい、ルルーシュ」
「え?」
突然差し出された封筒とスザクを、ルルーシュは交互に見つめる。
訳がわからないと目を瞬かせるルルーシュに、スザクはふわりと笑顔を浮かべた。
「手紙。会長とリヴァルから」
ルルーシュが、ライが、スザクのその言葉に目を見開く。
2人揃って、視線をスザクが差し出す封筒に落とした。
よく見ると、その封筒の隅には懐かしい、あのアッシュフォード学園の校章が刻印されている。
それを認めた瞬間、ライが柔らかい笑みを浮かべる。
自分の視界の外にいる彼の変化には気づくことなく、ルルーシュは恐る恐るその封筒に手を伸ばした。
震えを抑えて、スザクから封筒を受け取る。
その一辺が既に切り取られていることに気づいて、思わず眉を寄せた。
「……封が開いている」
「仕方ないだろ?君は今、皇帝なんだから」
現在のブリタニア帝国の皇族、官僚など、政務に関わる人間宛の手紙には、必ずチェックが入る。
中身までは読まれることはないが、危険物が入っていないかどうか確認するため、開封するのだ。
それはルルーシュ自身が決めた制度だった。
未だ国内の反政府勢力が活動を続けているという状況では、用心することに越したことはないから。
自分が決めたことであるのに、ぶつぶつと文句を呟きながら、ルルーシュは封筒から白い便箋を取り出す。
やはりアッシュフォード学園の刻印が押されたそれを、ゆっくりと開いた。
その瞬間目に入ったのは懐かしい字。
柔らかいそれは、見間違えようもない。
中等部に入学した当初から慣れ親しんだ、ミレイの字だった。
『久しぶり、元気にしてる?
ああ、皇族宛の手紙って、検査があったわよね。こんな風に書いてたら、不敬罪で訴えられちゃうかな?
でも、その辺はきっとライやスザクが何とかしてくれるわよね。うん。
何とかしなさいよ!2人とも!
あれから、私たちもいろいろ考えました。
シャーリーのこと。ロロのこと。カレンのこと。ジノのこと。あなたたちのこと。
いろいろ考えて、考えてみた。
けど、やっぱり。うん。やっぱり変わらなかった。
ルルーシュは、ルルーシュよ。
話してみて、わかったの。
あなたはあなたで、スザクはスザクで、ライはライだって。
ナナリーだって、ニーナだって、変わっていない。
あなたたちは、私たちの知るあなたたちだって。
だから、ルルーシュ。
今は、まだ無理だと思うけど。
いつか、やることが全部終わったら、帰ってきなさい。
私たちは、ここでずっと、あなたたちを待っているわ。
だから、安心して帰ってきなさい。
ここが、あなたとナナリーとライの家で、あなたたち4人のいるべき場所なんだから。
それで、帰ってきたら、またチェスに行こう。
もう貴族なんていないけど、まだ偉ぶってる奴はたくさんいるんだからさ。
そいつら叩きのめして、思い知らせてやろうぜ。
俺たちは、ずっとお前のこと、待っているからな。
親愛なる我らが副会長へ。
ミレイ・アッシュフォード
リヴァル・カルデモンド』
「会長……、リヴァル……」
便箋を握る手に僅かに力を込め、ルルーシュが呟く。
その紫玉の瞳は潤み、涙を溜めていた。
ふと、頭に重みを感じて、視線を上げる。
いつの間にか手紙を覗き込んでいたらしいライが、柔らかい笑顔を浮かべてそこにいた。
その手が、ルルーシュの頭を撫でる。
その温かさに、優しさに、堪えていた涙がぽろりと零れた。
「よかったな、ルルーシュ」
呼ばれた声に、はっと視線を動かした。
ソファにいたはずのC.C.が、いつ間にか傍に立っていた。
その隣で、スザクが笑っている。
その目は、みんな温かくて、優しくて。
「ああ……」
答えたルルーシュの目から、綺麗な雫が零れ落ちた。
「さぁて。これで後は黒の騎士団の性根を叩き直すだけだな」
ルルーシュの頭から手を放したライが、にっこりと笑う。
その、明らかに純粋ではない笑顔に、スザクは思わず顔を引き攣らせた。
「ライ……。すんごくいい笑顔……」
「というか、黒の騎士団内部で何やら揉め事があったとか噂が立っているが、お前何かやったのか?」
「んー?僕って言うか、前の片割れがね」
ますます笑みを深めるライに、傍にいるルルーシュがひくりと顔を引き攣らせた。
「カレン……何をした……?」
「カレンが捕まった後、玉城がゼロに迫っていたって言ったら、何か変な方向に勘違いして暴走したらしいよ?」
ライの言葉に、ぴくりとスザクの顔が引き攣る。
ほんの僅かに怒りを浮かべた翡翠が、ぎぎぎと音が聞こえそうな動きでルルーシュに向けられた。
「ルルーシュ……?」
「確かに迫られたが……。だがあれは、自分の役職を早く決めろと急かされただけだぞ?」
そう。あの頃の玉城はひたすら役職が欲しいとせがみ、ゼロの後をついて回っていた。
だが、本当にそれだけだ。
スザクが考えているようなやましいことなど、何もない。
尤も、ルルーシュは何故かスザクが怒っているのかわからず、首を傾げるばかりだったが。
ルルーシュの言葉に、スザクは目を数回瞬かせる。
頭で言葉を反復し、それを漸く理解すると、今度は呆れたような目でライを見た。
「……ライ、確信犯だろ?君」
「え?何が?」
にっこり笑って首を傾げるライに、スザクは思わず顔を引き攣らせた。
「許すまじ玉城っ!ちょっと面貸しなさいっ!!」
「はあっ!?何でだよっ!?」
「問答無用っ!!」
「ちょ……っ!?落ち着けカレンっ!!」
「ルルーシュに手ェ出す奴は!私が許さないんだからぁぁぁっ!!」
2014.9.28 加筆修正