Last Knights After
決意と願いのその先に-5
「戻りました」
手動式の扉を開け、談話室へと入る。
その途端、すぐ傍のソファに陣取っていた青い髪の女性がくるりと振り返った。
「お帰りなさい、スザク君、ライ君、C.C.さん」
「ただいま、セシルさん」
にっこりと微笑むセシルに向かい、スザクが微笑む。
ふと、彼女が持っているティーカップに、そしてその向こうのテーブルに並べられたものに気づいて、スザクは首を傾げた。
「あれ?もしかしてお茶会ですか?」
「そうなの。先ほどまで陛下が腕を揮ってくださっていてね」
満面の笑顔のまま答えたセシルの前に並べられているのは、形のよいお菓子の数々。
傍でお茶の用意をしている咲世子に視線を向ければ、彼女は困ったような、けれど楽しそうな笑みを浮かべた。
その笑顔を、純粋に喜ぶセシルを見て、ライはため息をつく。
「またそんなことしてるんですか、ルルーシュは」
「いいじゃないか、ライ。公務ばっかりのルルーシュの唯一の楽しみだろ。ナナリーと一緒のときのお茶会は」
「だからって、睡眠時間削って用意しておくのはどうかと思わないか?スザク」
「あ、あははは……。それは、まあ、ほら。ルルーシュだし」
苦笑を浮かべつつ答えるスザクのその言葉に、ライは大きなため息をつく。
けれど、結局は自分もその一言で納得してしまうのだから、仕方がない。
そんな自分に呆れながら、「そうだな」と同意の言葉を返した。
ルルーシュもナナリーも、学生の頃のように四六時中一緒にいるわけではない。
ルルーシュは皇帝として、新しい国づくりのために奔走しているし、ナナリーもナナリーで、ブリタニアの皇帝補佐という名目の元、外交官のような立場に立ち、世界中を飛び回っていた。
だからこそ、この兄妹は2人で同じ場所にいることのできる間は、その時間を何よりも大切にする。
その想いを叶えてあげたいと思うからこそ、ライもスザクも、やめろと言えないのだ。
それが原因でルルーシュが睡眠不足で体調不良などになったら、そのときは自分たちのことなど棚に上げて全力で怒るのだけれど。
「で?肝心のルルーシュとナナリーは何処に?」
「あの人たちなら、今は陛下の執務室だよ~」
談話室の隅に設置されたパソコンの前に陣取っていたロイドが、くるりと振り返った。
その手には、既にルルーシュ特製と思われるプリンが握られている。
ロイドの言葉に、それまで笑顔だったセシルと咲世子の表情が曇った。
「本国のコーネリア様から連絡があったらしくて、今はジェレミア卿とアールストレイム卿と一緒に篭ってらっしゃるわ」
「コーネリア様から?」
「またどこかの貴族が反乱でも起こしたのか」
「だろうねぇ」
「ルルーシュ様は、貴族の方々にも普通の生活ができる程度の資産は残したはずなのですが」
咲世子の言葉に、スザクは眉を寄せ、ライはため息をついた。
今まで特権階級として贅沢三昧な生活をしていた貴族が、その制度がいきなり廃止になったからと言って、一般市民と同じように働くことができるとは思わない。
だからこそ、貴族制度の廃止を実行した際に一度は没収した財産を、終戦後に一部返却したのだ。
一般市民の生活水準を考慮したうえで、数年間は仕事ができなくても暮らせるようにと。
10年ほどで底をつくことを前提としたそれは、その間に貴族たちが就業という義務を覚えてくれればよいという考えの下に実施したものだった。
だからと言って、それで全ての貴族が納得するはずもない。
それはブリタニア出身の者たちには――特にライとロイドは、身に染みて知っていた。
「まあ、気持ちはわからなくもないけど」
「おんやぁ。君の口からそんな言葉が出るなんてねぇ」
「僕も元は貴族で地方領主ですよ、ロイド元伯爵」
「僕には階級なんてどうでもいいことだからねぇ。研究さえできれば、何だっていいよ」
「ロイドさんらしいです」
くるりと椅子を回し、再びパソコンに向き直ってしまったロイドに、スザクが苦笑を漏らす。
スザクの知る限り、ロイドはずっとこういう人だった。
貴族であることが嘘ではないかと思ってしまうほど、さばさばというか、大らかというか、敢えて良く言うのならば、そんな感じなのだろう。
敢えて、良く言うのならば。
「とにかく行ってみます。ああ、ニーナ」
ライの声に、セシルの向かい側のソファでお茶を飲んでいたニーナが、顔を上げる。
終戦後、正式にキャメロットに加入した彼女は、こうしてロイドやセシルと行動を共にすることが多かった。
「一緒に来てくれるかな?」
「え?ええ。構わないけど?」
微笑んで尋ねたライに、一瞬きょとんとした表情をしたニーナが頷く。
その姿に目を細めたスザクが、くるりと後ろを振り返った。
「C.C.、君はどうする?」
「私はここに残る」
髪を纏めていたゴムを外しながら、C.C.はスザクの脇を通り抜ける。
そのまま先ほどまでニーナが代わっていたソファに腰掛けると、おもむろに目の前に置かれたクッキーを摘んだ。
「そちらについては、私も第三者だからな」
さくっとわざとらしく音を立てながら、それでもはっきりとそう告げた彼女に、ライとスザクは目を細める。
腰掛け、腕を背もたれに広げるその仕種は偉そうだったけれど、表情がほんの僅かに寂しそうだったことに、2人は気づいていた。
「必要ならば呼べ。行ってやらんこともない」
「はいはい。わかったよ」
さっとさと行けとばかりにしっしっと手を振るC.C.に向かって、ライはわざと偉そうな態度で答える。
思わずむっと眉を寄せたC.C.の表情には気づかないふりをして、2人はニーナを連れ、談話室を後にした。
その直後、思わぬ来客の姿を目にしたニーナの驚きの声が響き、それに驚いて部屋を飛び出そうとした咲世子をC.C.が止めたことを、彼らは知らない。
窓から暖かな光が入り込み、室内を照らす。
その窓の傍にある机に、黒い服を着た黒髪の少年が座っていた。
その傍に桃色のドレスを身につけた車椅子の少女が寄り添い、その隣には白い騎士服と桃色のマントを纏った、やはり桃色の髪の少女が立っている。
その反対側――少年の隣には、顔の半分をオレンジ色の仮面で覆った男が立っていた。
4人の視線は机の上――少年の目の前に置かれたノート型の端末に集中している。
「では、そちらの処置はお任せします」
『いいのか?私に任せても』
「こういうことは、私よりあなたの方が得意でしょう?」
画面に映った異母姉に向かい、黒の少年――ルルーシュは微笑む。
その姿に、コーネリアは僅かに眉を寄せた。
「それに、私は評議会が終わるまで、本国には戻れません。下手に枢木かエイヴァラルの片方を先に本国に帰して、他国の不安を煽るわけにもいきません」
皇帝の騎士、ナイトオブゼロの名を持つ2人。
常にルルーシュの傍に在り、離れようとしない2人が、その傍を離れる。
その行為が国民に、そして他国に及ぼす影響を想像することは容易い。
宰相として他国に赴くことのあるライならばまだ言い訳が考え付くものの、それでも黒の騎士団の創設メンバーがいるこの国でそれをしてしまえば、要らぬ憶測を招くことは必須だろう。
ナイトオブゼロが騎士団の創設メンバーを警戒し、日本国内ではほぼ絶対にルルーシュの傍から離れないことは、各国の代表団には周知の事実となっていたから。
「私の指示に従うのは、あなたにとって不快でしかないのかもしれません。ですが、私が今頼ることができるのは、あなたしかいない」
ナイトオブゼロを戻せない以上、そしてジェレミアがここにいる以上、すぐに動くことができるのは、ブリタニア国内で内政と軍事の取り纏めを引き受けているコーネリアだけなのだ。
全面的に、とは言えないものの、確かな信頼を寄せて頼ることのできる存在は、彼女だけ。
彼女が、争いのなくなった今の世界を喜んでいると知っているからこそ、ルルーシュは迷わず頭を下げる。
「ユフィの望んだ優しい世界のためにも、よろしくお願いします」
その姿に、コーネリアは一瞬目を瞠った。
すぐにそれを引っ込めると、大きな息を吐く。
その顔に浮かぶのは、複雑な表情。
大切な妹を殺した男を許せない。
けれど、その妹が望んだ優しい世界を、壊したくない。
そんな迷いが、彼女の中にあることを知っていた。
『……わかった』
暫くして、もう一度ため息を吐き出したコーネリアが、静かに答える。
それに顔を上げた瞬間、逸らされていた瞳が真っ直ぐにこちらを見つめた。
『だが、忘れるな。私は、まだお前を許したわけではない』
「ええ。存じています」
『いつか、私がお前を殺すかもしれんぞ?』
「それでも構いません」
「お兄様っ!?」
迷うことなく答えたルルーシュに、ナナリーが声を上げる。
その声に、ルルーシュは視線を動かした。
自分の腕を掴み、真っ直ぐに見つめるナナリーに向かって、薄く微笑む。
そのまま視線を画面に戻すと、浮かべた笑みを深めた。
「そのときは、私の騎士たちが黙っていないと思いますが」
にっこりと笑って告げられた言葉に、コーネリアは目を見開いた。
その笑顔の中に垣間見えるのは、白の皇帝服を着ていたときの彼が浮かべていた、魔王の笑み。
けれど、あの頃とは違う、冷たいだけではないその笑みに、コーネリアは目を伏せると、諦めたように息を吐き出した。
『……まったく。厄介な奴を弟に持ったものだ、私も』
「そのセリフ、そのままお返ししますよ、姉上」
笑顔のままそう告げるルルーシュの言葉に、コーネリアは顔を上げる。
色の違う紫が絡み合ったその瞬間、彼女はふっと笑った。
『早くこちらに帰って来い。これまでには、必ず終わらせておいてやる』
彼女の言葉が終わると同時に、通信が切れた。
真っ黒になった画面を目にした途端、ルルーシュはふうっと息を吐き出す。
少しは緊張していたのだ。
コーネリアは、元皇族として自分の下で働いてはいたけれど、未だに自分を敵視している部分があったから。
気を緩め、背もたれに身を沈めようとしたそのとき、くいっと腕を引かれた。
顔を向けると、真剣な表情をしたナナリーが、真っ直ぐに自分を見つめていた。
「お兄様……」
ほんの僅かに不安を滲ませた、自分よりも薄い、青みのかかった紫の瞳。
それを目にしたルルーシュは、ナナリーを安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。だからそんなに怒らないでくれ、ナナリー」
「だって!お兄様は私が何度言ってもご自分を大事にしてくださらないんですもの」
いつも自分よりも、他の誰かを優先する。
自分の幸せよりも、他の誰かの幸せを優先する。
自分にそういった傾向があることは、騎士である友人たちに指摘されていたから、知っていた。
終戦後はそんなつもりはなかったけれど、ナナリーの目から見れば、自分の行動はそう見えているらしい。
ぎゅっと腕を掴んだ手に力を込めたまま、ナナリーが俯く。
「私は、お兄様のいない世界なんて、嫌なんです」
「うん」
「お兄様のいない世界は、どんなに優しくても、私には優しい世界じゃないんです」
「うん」
「だから、そんな世界を創ろうとしたお兄様は、嫌いです」
「……うん」
「でも、私はお兄様が好きなんです。愛しています」
膝の上に下されていたもう片方の手が、ルルーシュの腕に伸ばされる。
両手で、まるで逃がさないと言わんばかりにルルーシュの腕を掴んだまま、ナナリーは顔を上げた。
「だから、いなくならないで。私を、独りにしないでください」
涙を浮かべた薄い紫の瞳。
それに見つめられ、ルルーシュは目を細める。
それはあの日――オダワラ基地で再会したときにも言われた言葉。
あの日と同じ、いや、それよりもずっと強い眼差しで自分を見上げるナナリーを、無理な姿勢にならないようにと、そっと抱き寄せる。
「1人になんてしないさ。俺は、ナナリーの傍にいる。今度こそ、約束するよ」
「本当ですね?」
「ああ。絶対だ」
そう答えれば、漸くナナリーが笑った。
ふわりと、そんな音が似合う笑顔に、無意識のうちに顔が綻ぶ。
「だったら、許してあげます」
「ありがとう、ナナリー」
満面の笑みで微笑むナナリーに、笑顔と言葉を返した、そのときだった。
カシャッという機械音が耳に届いて、2人は驚き、その発生源へ顔を向ける。
そこには、ちゃっかりと携帯を構え、2人に向けているアーニャがいた。
「記録……」
「アーニャ!?」
「ア、アーニャさん!?」
驚く兄妹の声に、アーニャが顔を上げる。
目が合った瞬間、その口元に薄い笑みが浮かんだ。
「陛下とナナ様のツーショット、もらった」
満足そうなアーニャの言葉に、思わず唖然と彼女を見つめる。
状況を頭が理解するより先に、ルルーシュの隣にいた男が動いた。
アーニャの傍に立った男は、身を屈め、彼女に内緒話をするかのような格好で口を開いた。
「アーニャ。後で私にもそれをくれないか?」
「わかった。あげる」
「ジェレミア!!」
「申し訳ありません、陛下。ですが、おふたりの笑顔は私の人生最高の宝ですので」
「あのなぁ……」
「ふふっ。私は構いませんよ」
「ナナリー!?」
「ありがとうございます、ナナリー様」
笑顔で快諾したナナリーに、ルルーシュが驚きの声を上げる。
それとは逆に嬉しそうな笑みを浮かべたジェレミアに、ルルーシュが全力で文句を言おうとした、そのときだった。
「入るぞ、ルルーシュ」
手動式にしていた扉が、突然開いた。
その瞬間、ほぼ反射的とも言っていい動きで、ルルーシュが視線を向ける。
そこにいた少年たちの姿を目にした瞬間、ルルーシュは助かったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「ライ!スザク!」
名を呼ばれた2人――ライとスザクは、部屋の入口に立ったまま唖然とした顔でこちらを見つめていた。
暫くして、先に我に返ったライが、ふうっと部屋の奥にいる4人に聞こえるほど大きなため息をついた。
「……何してるんだ?」
「い、いや。ちょっと」
「ルル様とナナ様の写真の話してた。スザクとライもいる?」
「ルルーシュとナナリーの写真?」
「これ」
アーニャが携帯を2人に差し出す。
その画面に映っていたのは、先ほど撮ったばかりのルルーシュとナナリーが笑顔で笑い合っている写真。
それを見たライは、思わず顔を綻ばせる。
「あ、可愛い」
「いいな!アーニャ、それ僕の携帯にも送って!」
「僕も欲しいな」
「わかった。送る」
「お、おい!お前たち!」
ルルーシュが慌てて声を上げる。
ライとスザクまでもがアーニャ側に回るなんて、彼にとっては想定外もいいところだ。
何とか止めようと立ち上がろうとするけれど、腕に添えられたままのナナリーの手がそれを留める。
振り払いたいけれど、ナナリー相手では絶対にできない。
どうすればよいのかと1人葛藤していると、ちゃっかり携帯を取り出していたスザクが、くるりとこちらを向いた。
「いいじゃないか、ルルーシュ。君とナナリーが揃っている写真って、今じゃ凄く貴重なんだから」
「だからって!」
「君たちの写真なら何だってほしいんだ、僕らは」
「お前たちなぁ……」
ライまでもが笑顔でそんなことを言い出してしまっては、ルルーシュに止める術はない。
ライを下手に怒らせると、後が怖いのだ。
日常の中でそれを嫌というほど思い知って以来、ルルーシュはなるべくライの逆鱗には触れないようにしようと、日々心がけていた。
「ところで、コーネリア様から通信が入ったって聞いたけど?」
携帯を閉じたライが、真剣な表情を浮かべて尋ねる。
その切り替えの早さについていけず、一瞬きょとんとした表情を浮かべたルルーシュは、すぐに我に返り、頷いた。
「ああ。そちらはもう済んだ」
「また地方貴族の反乱?」
「ああ。例のヴォルスー元公爵だ」
ルルーシュの答えに、ライは不機嫌そうに眉を寄せた。
「シュナイゼルを使って帝位の簒奪を計画していると情報の入っていた奴か」
「実際には無駄な行為だけどな」
「シュナイゼルに、ギアスに抗うほどの意志があるとは思えないしね」
ダモクレスで敗れて以来、シュナイゼルはずっとルルーシュのギアスの支配下にある。
何事にも執着を持たなかった彼が、それを自力で破ることは難しいだろう。
「まあ、油断大敵だな。ギアスは絶対じゃないから」
「だが、姉上が自ら動いてくださるそうだから、何とかなるだろう」
「コーネリアが、ねぇ……」
「それよりも」
思い切り眉を寄せて呟いたライの言葉を遮るように、ルルーシュが声を発した。
紫玉の瞳が、真っ直ぐに騎士2人へと向けられる。
「戻ってきたということは、調整の方は終わったのか?」
「え?ああ、うん」
「例の件、神楽那は快諾してくれたよ」
「そうか。彼女には迷惑ばかりかけるな」
スザクの答えに、ルルーシュは小さく息を吐き出し、笑みを浮かべた。
安心したようなその顔に、ナナリーが不思議そうに首を傾げた。
「何ですか?例の件って」
「ブリタニア軍の、黒の騎士団加入の延期のことだよ」
返ってきたスザクの言葉に、ナナリーは驚いたように小さく声を上げる。
その傍でアーニャが目を細め、ジェレミアが軽く目を瞠った後、薄く微笑んだ。
3人のその反応に、スザクは苦笑を浮かべる。
「まだ国内の情勢が安定していないし、黒の騎士団幹部と僕らの仲が、どうもね」
「僕たち自身のせいでもあるから、その辺は仕方ないけど。今のまま騎士団と軍を併合して、今回みたいなときに動けなかったら困るだろう?」
ライの告げる『今回のみたいなとき』とは、言うまでもなく、貴族の反乱のことだ。
初期の頃より確実に少なくなっているけれど、まだルルーシュの政策に反発する貴族は多く、不安要素はなくなっていない。
黒の騎士団の軍事活動には、超合衆国最高評議会の決議が必要だ。
もしブリタニア軍が黒の騎士団に正式に併合されてしまえば、今回のようなときに、単独での対応が不可能になる。
「だから、ブリタニアが民主国家に移行するそのときまでは、ブリタニア軍の騎士団併合は待って欲しいとお願いしてきたんだ」
「でも、それは……」
「ああ。超合集国の理念に反する行為だ」
困惑するナナリーに答えたのは、ルルーシュだった。
超合集国連合に参加する全ての国は、独自の武力を永久に放棄し、その上で黒の騎士団と契約する。
その合集国憲章に違反することだということは、それを纏めたゼロ本人であるルルーシュ自身が一番わかっている。
「だが、今はまだ、それが必要だ」
超合集国で、未だ帝国を名乗るブリタニアが微妙な立場にあることもわかっている。
けれど、今はまだ、力を放棄することはできない。
「強者が弱者を虐げるのではなく、誰かに手を差し伸べることができる世界を創るために」
「みんなで明日を迎えるために」
そのために必要な力を、放棄するわけにはいかないのだ、今は。
望んだ明日を手に入れるために、もう少しだけは、抗い続けなければならない。
過去を求める者たちに、国を委ねるわけにはいかないのだから。
「何かに憎しみを集めることができれば、それが一番手っ取り早かったんだが……」
ルルーシュが、ため息混じりにそう呟いたときだった。
ばちんっと、それはそれは大きな音が室内に響いた。
「痛っ!?ナ、ナナリーっ!?」
「お兄様。私の話を聞いていましたか?」
飛び上がったルルーシュが勢いよく顔を向けた場所には、にっこりと微笑んだナナリーがいた。
その言葉に、笑顔に、ライとスザクは悟る。
またルルーシュが、ナナリーの地雷を踏んだのだ。
「じょ、冗談だ。本当に」
「なら許します」
にっこりと微笑むナナリーの背後に黒い影を見た気がして、スザクは視線を逸らし、ライは苦笑を浮かべた。
ナナリーの騎士であるアーニャは、もう慣れっこであるらしく、そんなナナリーすら写真に収めている。
ジェレミアは腕を摩るルルーシュに慌て、けれど何も言うことができずにおろおろとしていた。
「平和だなぁ……」
「いいことだよ」
何だかしみじみとそう感じてしまい、思わず呟いたライに、視線を逸らしたままのスザクが答える。
正直なところ、ナナリーがこんなにもいろんな意味で強くなるとは、2人とも想像していなかった。
けれど、それはそれでよかったとも思う。
ナナリーのその強さが、神根島の一件以来、何かとネガティブな思考に陥りやすいルルーシュの支えになっていると知っていたから。
ライとスザクが、視線だけを見合わせる。
小さく苦笑を浮かべると、軽く息を吐き出して、顔を上げた。
「ところで、陛下にお客様がお見えなのですが」
「客?俺に?」
「ええ」
突然騎士としての言葉遣いになった2人に驚きつつも、それ以上に珍しい言葉に、ルルーシュは不思議そうに2人を見る。
視線で誰だと尋ねるが、ライもスザクも、微笑むだけで答えない。
それどころか、お互いに視線を合わせ、何か企んでいるような笑みを浮かべるだけだ。
「お通ししますが、よろしいですね?」
「あ、ああ」
疑問に思いつつも、彼らがわざわざここまで案内したということは、その必要があると判断した者なのだろう。
そう考え、戸惑いながら頷けば、2人はにっこりと微笑んだ。
そのまま、扉の傍へ歩み寄ったライが、僅かにそれを開き、外へと声をかけた。
「ニーナ。入ってくれ」
「ええ」
口にされた名前に、聞こえてきた声に、訝しげに眉を寄せる。
どうして、ニーナが一緒にいるのか。
浮かんだその疑問は、しかし口にされるより先に消え去った。
ゆっくりと開かれた扉。
そこから入ってきたのは、ニーナだけではなかった。
その事実を、入ってきた者たちの姿を認識した途端、ルルーシュはその紫玉の瞳を驚きに見開き、がたっと音を立てて立ち上がる。
入ってきたのは、2人の少女と、2人の少年。
「ルルーシュ……」
「みん、な……」
金髪の先輩と、青い髪の悪友と、紅い髪の元部下と、金髪の後輩。
アッシュフォード学園で共に過ごしたことのある、懐かしい友人たちだった。
2014.9.28 加筆修正