月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

決意と願いのその先に-4

「18歳……」
C.C.の言葉に、南がぽつりと呟く。
しっかりとそれを耳にしたC.C.が、その金の瞳を僅かに細めた。

「そうだ。18だ。まだ、18の子供なんだ。ルルーシュも、スザクも。ナナリーに至っては、まだ15だ」

兄と共に明日を掴もうと、終戦後、新皇帝派の1人として表舞台に戻ることを決めた皇女。
ルルーシュを止めるために罪を背負おうとした彼女は、まだ15歳の少女なのだ。
そして、それは超合集国を背負って立つ神楽耶も同じ。
彼女たちはまだ、本来であれば守られる立場にいていいはずの年齢だった。

「そんな子供たちに、責任を押し付け、大人はその後にただついていく。それが日本人なのか?」
「それ、は……」

大人が守るべき存在に、責任を押し付けること。
彼らが目を逸らしていたその事実を、C.C.は容赦なく突きつける。
曖昧な表現などしない。
彼らが誇りとしてきたものを引き合いに出し、徹底的に思い知らせる。

それは、数百年の時を生きてきた彼女だからこそ、言える言葉。
この中の誰よりも年上で、誰よりも世界を見てきた彼女だからこそ、その事実を鋭利な刃にすることができた。
彼女にとっては、扇たちもまた、幼い子供に過ぎないのだから。

「扇首相。藤堂総合幕僚長」

カツンと床を鳴らし、ライが一歩前に出る。
一瞬C.C.が不満そうに眉を潜めたが、すぐに息を吐き出すと、その場を譲るように横へと動いた。
そんな彼女に一瞬だけ視線を送ると、ライは真っ直ぐに2人を見つめる。

「あなた方は、終戦のあの日、我らがあなた方に伝えた要求を覚えていらっしゃいますか?」
「え……?」

言われた瞬間、それが何のことかわからなかったらしい。
不思議そうな顔をした扇に、ライは鋭い光を宿したその目を細める。

「我々が黒の騎士団に告げた要求は3つ。うち2つは、既に果たされました」

その言葉に、漸く何の話か気づいたらしい扇が軽く目を瞠り、藤堂は目を細めた。
ライが口にした要求というのは、あの最終決戦の直後、皇帝の騎士である2人と黒の騎士団の間で行われた会談で、ライとスザクが黒の騎士団に突きつけた、あの要求だ。
フレイヤで世界を掌握し、独裁政治を行おうとしたシュナイゼル。
彼に加担した責任を、騎士団の解散という方法で取ることを強制しない代わりに、3つの条件を飲ませた。
そのうち2つは、既に果たされた。
黒の騎士団の捕虜となった新皇帝派の者たちは即時解放され、終戦後、全ての植民エリアを解放したブリタニアは、超合集国への参加を認められた。

「けれど、3つ目は……最後の要求は、果たされていない」

黒の騎士団が、超大国と契約を結ぶ軍事組織として、自分自身の目で世界を、現実を見つめ、道を選び取る努力を怠らないこと。

それはライが黒の騎士団に、いいや、騎士団の創設時から幹部職に就いている日本人に向けたものだった。
ゼロに全てを託し、彼を頼ることしかせず、ゼロを信じられなくなった後はシュナイゼルに従うことしかしなかった彼らへの、要求。
皇神楽耶は、それにはっきりと答えを示した。
自らの口で、自らの決意を告げた若き議長は、今は合衆国日本の代表職を辞し、超合集国全体の代表として世界に立っている。

「今のあなた方は、現実を見つめているでしょうか?自分自身で、道を選び取ろうとしているでしょうか?誰かに責任を押し付けてその誰かに道を選ばせることなく、自身で道を選んで前に進もうとしているでしょうか?」

まだ15の少女でしかない神楽耶が、その要求を果たそうとしている今の世界で、彼らはそれを果たしているのか。
そう聞かれれば、ライははっきりと答えるだろう。

黒の騎士団の創設メンバーは、1人としてその要求を理解していた者はいない、と。

「それにはっきりとした肯定の言葉が返ってこなければ、我々はあなた方を、彼に会わせるつもりはありません」
「肯定の言葉が返せないのならば、あなた方が再び彼に全てを背負わせようとすることは、目に見えていますから」

ライだけではなく、スザクまでもがはっきりとそう告げる。
紫紺の瞳が、翡翠の瞳が、はっきりとした強い意志を浮かべ、彼らを射抜く。

「俺たちは、もう二度とルルーシュだけに全てを背負わせたりしない」
「彼が背負うものを、僕たちも背負う。彼1人に、全てを押し付けたりしない」

たった1人で全てを抱え込み、孤独の道を歩もうとした、誰よりも優しい自分たちの王。
全てを背負って世界から消えようとした彼に、二度と同じ道を歩ませたりしない。
伸ばした手を、彼は掴んでくれた。
共に生きることを望んでくれた。
だからこそ、ライはもちろんスザクも、もう迷わない。

「「ルルーシュを、独りになんて、絶対にしてやらない」」

王の力を持つ者は孤独になる運命だというのならば、それにすら抗ってみせる。
同じ力を持つ者として、その力を認めた者として、彼に手を伸ばし続ける。
その手を掴み、引き寄せるまで、何度も。
彼を、世界から弾き出させたりなんか、しない。

「何かを成すためには、結果を残さなければならない」
「そのための手段は、何かを否定することにも繋がる」

ライとスザクが、突然口にした言葉。
その言葉の意味がわからず、扇たちは不思議そうに2人を見る。
真っ直ぐに自分たちを射抜く、二対の双眸。
そこに宿る光は変わらない。
強い強い意志の光が、曇ることなくそこにあった。

「ならば俺たちは、以前の世界を否定する」
「その上で、僕たちは世界に新しい形を残そう。ルルーシュと共に」
「俺たちは、ルルーシュの傍にいる。ずっと彼の傍で彼を支え、彼と共に歩き続ける」
「僕たちの地位は……ナイトオブゼロの称号は、そのためのものだ」

王である彼に、最も近い場所にいるために。
彼の剣として、鎧として、その隣に立つために。
そのための地位。そのための、ナイトオブゼロ。
その称号は、他の誰でもない、彼の騎士だという証。

「そのために、俺たちは生きる」
「犯してしまった罪も、この身に浴びた血も、全て背負って生き続ける」

どんな言い訳を並べても、罪が許されるわけではない。
罰を受けなければならない身だということは、自身が誰よりもわかっている。
けれど、それと自分を許さずにいることが同意ではないということも、知っていた。
自分を許さないままでいることが、自分を大切に思っていてくれる人を、どんなに悲しませるかを、知ったから。
大切に思う人が、その人自身を許さないままでいることが、どれほど辛く、悲しいことであるのかを、知ったから。

だからこそ別の形での償いを。
存在を消すことで罰を受けるのではなく、生き抜いて結果を残すことで、喪った人たちが遺した想いに、答えを。

「犯してしまった罪に対する責任を、果たすために」
「始めてしまった責任を果たすためにも、生き抜いてみせる」

生きて、新しい世界を創る。
強者が弱者を虐げることが当たり前の世界ではなく、誰もが他人に優しくなれる世界を。
それが実現するその日まで、表舞台から退くことなく、力を尽くすこと。
それこそが、彼らが自分自身に課した罰。
そして、彼らの望んだ『明日』を紡ぐための手段。

「ライ……」
「スザク、お前……」

呆然とその光景を見ていた少年たちが、99代皇帝の騎士となってから初めて会う2人の姿に、息を呑む。
共にいた頃の彼らは、こんなにも強い意志を持っているわけではなかった。
これほど生きることに貪欲でもなく、それどころか、そこから遠い雰囲気すら持っているように見えたこともあった。
記憶を失い、学園にいた頃のライとは、第三皇女や先帝の騎士だった頃のスザクとは全く違う、強い意志を持った2人の姿に、友人であるはずの少年と少女は、同僚だったはずの少年は、言葉を失う。
その中で、ただ1人だけ、言葉を発した少女がいた。

「そうか……」

呆然と2人を見ていたカレンが、何かに気づいたように声を漏らした。
その瞬間、その場にいる全員の視線が彼女に集まる。
けれど、その視線すら、今の彼女には意識の中には入ってこないらしく、その空色の瞳は、ただ目の前に立つ2人の騎士を見つめていた。

「だから、あなたたちは『ゼロ』なのね……」
「え?」
「カレン?」

扇が驚いたように振り返り、ジノが不思議そうにカレンを呼ぶ。
その視線も、声も、今のカレンには届いていない。
ただ真っ直ぐに2人を見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ナイトオブゼロ。ゼロの、騎士……」

その言葉に、ライとスザクが驚いたように目を瞠った。
けれど、それは一瞬。
すぐにその表情を消した2人が、ふわりと微笑む。
それは、まだカレンが学園にいた頃のスザクが、ゼロが復活したばかりの頃のライが、よく浮かべていた柔らかな笑顔。

「そうだよ、カレン」

自分の名を呼ぶライの声に、カレンは目を瞠る。
それは、本当に久しぶりに聞いた、優しい声。
まだ自分たちが黒の騎士団の『双璧』であった頃に聞いていた、彼の声だった。

「僕たちは……僕とスザクは、ゼロの騎士だ」

柔らかな笑顔のまま、胸を張り、はっきりと告げられたその言葉に、カレンは一瞬大きくその目を瞠る。
すぐに目を伏せると、堪っていたものを吐き出すように、大きく息をついた。

「……そう。そうだったの……」

それは、かつてライと共に、カレンが立っていたはずの場所だった。
けれど、結局カレンは選ばれなかった。
信じることができなかったから。
ルルーシュを、信じ続けることができなかったから。

ライは、ずっとルルーシュを信じていた。
ひたむきに、ルルーシュが隠そうとした本当のルルーシュを信じ、その傍に在り続けた。
そしてスザクも、あんなに憎み合い、敵対していたはずの彼も、最後にはルルーシュを信じたのだ。
ルルーシュが隠し続けた本質に、気づき、それを信じた。
だからこそ、2人は選ばれた。
本当の王となった、ルルーシュの騎士に。
命を預け合う存在に、選ばれた。

今更、そんなことを考えても仕方ないとわかっている。
自分は、選ばれなかった。
そして、選ばなかったのだ。
ルルーシュの傍にいることを。
彼を、守り続けることを。

けれど、もしも。
もしも、自分がもっと、ルルーシュのことを知ろうとしていれば。
彼を信じ続けることができていたら、自分も彼らのように、ルルーシュの騎士として傍に立つことができたのだろうか。

俯いてしまったカレンに、ライはほんの少しだけ、笑みを深めた。
それは、隣にいたスザクと、傍にいたC.C.しか気づかない程度の、僅かな変化。
2人だけは気づいていた。
ライのその笑みが、喜びを含めたものだということに。

ライの紫紺が、ちらりとスザクを見る。
驚きに目を瞠っていたスザクは、すぐにその意図に気づき、浅く頷いた。
それに先ほどとは別の笑みを浮かべたライが、頷き返す。
一度目を閉じ、真っ直ぐに前へと顔を向ける。
再びその瞳を開いたとき、2人の顔から柔らかな笑みは消えていた。
代わりに浮かんだのは、微笑みを浮かべる前の、強い意志を宿した顔。
同じ光を宿した二対の双眸が、真っ直ぐに黒の騎士団を、ジノを、カレンを見つめる。

「だから、私たちは彼を守る。彼と共に生きるために。彼と共に、明日を迎えるために」
「たった1人で真実を背負い、嘘をつき続けることで罰を受けようとした彼を、守り続けてみせる」

それは、あの日、ダモクレスで2人とC.C.が結んだ契約。
自らの『真実(ほんとう)』の願いに気づいた彼らが交わした誓い。

「だから、彼を傷つけることしかしないあなたたちを、彼に会わせることはできません」

はっきりと告げられたその言葉に、扇は我に返る。
慌てて2人の騎士に顔を向けるけれど、彼らの表情は変わらない。
ただ無表情にこちらを見ている彼らに、反論をしなければならないのに、できない。
「お、俺たちは……」
それでも何とか2人を説得したいと、口を開いたそのときだった。

「それでも、どうしても話がしたいというのなら、皇神楽耶様か黎星刻殿、おふたりのどちらかを伴った上で、申請してください」

唐突にそう告げたのは、ライだった。
その言葉に、扇は驚いたようにライを見る。
「神楽耶様と、星刻総司令……?」
「どうして、彼らを?」
呆然とする扇に代わり、藤堂が尋ねた。
その問いに、ライの顔に薄い笑みが浮かぶ。
彼らを嘲るわけでもない、本当に純粋な笑みが。

「あのおふたりからは、明確なお返事を頂きましたので」

その言葉に、扇と藤堂は目を見開いた。
ライは認めた。
あの会談で決意を告げた神楽耶を。
そして、いつの間にか彼らと言葉を交わしていた星刻を。
いとも簡単に、あっさりと認めたのだ。
ライが黒の騎士団全体を憎んでいると思い込んでいた扇と藤堂は、その事実に驚く。

彼らは知らない。
ライが実際にここまで冷たく当たるのは、ゼロが切り捨てられたあの日、斑鳩にいた者たちだけだ。
それ以外の人間には、ライは最初から話を聞く姿勢を見せていた。
話を聞かずに、一方的に切り捨てる。
それがどんな結果を生み出すか、彼は身に染みて知っていたから。

「おふたりのどちらかの立会いの下ならば、我らも会談を承諾しましょう」

真実を知り、話をして、それで尚、望む言葉を返してくれたあの2人なら、目の前にいる裏切り者たちの暴走を戒めてくれると信じているから。
そう信じられるだけの言葉を、あの2人は返してくれたから。

「それが、同じ日本人として」
「同じ黒の騎士団の幹部だった者として、我々ができる最大限の譲歩です」

スザクとライの言葉に、扇と藤堂は黙り込んだ。
他の面々も、何も言うことができない。
まだ、10代の子供であるはずの彼らに、反論することができない。
何も知らなければ、きっと反論することはできただろう。
けれど、彼らは見てしまった。
あの日、ダモクレスで自身の本音を曝け出した彼らの姿を。
そして、オダワラ基地の通信室で、ライに抱き締められて泣いた、若き皇帝の姿を。
あれを見て、終戦後の彼らの成し遂げてきたものを見て尚、全てを演技と思えるほど、非情にはなれるはずもなかった。

何も答えない騎士団の面々に、ライとスザクはわざとらしく大きなため息をつく。
それが、合図。
びくりと体を震わせる彼らを一瞥すると、わざと恭しく頭を下げた。

「……それでは、我々はこれで失礼します」
「騒ぎにならないうちに、ここから立ち去れることをお勧めします」

もうこれ以上話を聞くつもりはないと態度で示し、書類ケースを抱えて歩き出す。

「ああ、それから」
ふと、何かを思い出したように、ライがもう一度黒の騎士団へと視線を向ける。
「いい加減、私のことを愛称で呼ぶのをやめていただきたい」
「え?」
「私の名はラインハルトです。あなた方にライと、愛称で呼ばれるほど親しくなったつもりはありません」
「ライ……!?」
扇の表情に驚きと絶望が浮かぶ。
その表情を見たライが、不機嫌そうに睨み返せば、彼はそのまま言葉を飲み込んだ。
隣でスザクが小さくため息をついたことに気づいたけれど、それは気づかなかったことにした。
「それでは」
「あ……」
何か言おうとする扇を無視し、自分たちのいるべき場所に戻るため、彼らと少年たちの脇を通り抜けた。
その態度に、漸く諦めたらしい藤堂が、まだこちらに呼びかけようとしている扇の肩を叩き、引き返すように促す。
それを合図に渋々と騎士団の面々が歩き出したのを確認して、ライとスザクは足を止めた。
そのまま、まるで示し合わせたかのように2人同時に振り返ると、騎士団と共に立ち去ろうとする少年たちに向かって声をかけた。

「カレン、ミレイさん、リヴァル」
「ジノも。何をしてるんだ?早く来てくれ」
「え……?」

突然名を呼ばれ、少年たちが驚いて振り返る。
その彼らに向かい、ライとスザクはにこりと微笑む。
その笑顔は、彼らがよく知る、学園にいた頃の2人がよく浮かべていたものだった。

「話をしに来たんだろう?」

スザクの問いに、リヴァルとミレイが驚きの声を上げ、カレンとジノが息を呑む。
しかし、何かに気づいたように後ろを振り返ったカレンは、すぐに目を伏せ、俯いてしまった。
「で、でも、私は……」
「確かに、黒の騎士団の宿泊エリアへの立ち入りはご遠慮いただいている」
はっきりと告げられたライの言葉に、びくりと体が震える。
今は仮に黒の騎士団に所属していることになっているジノも同じだ。
黒の騎士団と口にしたときのライの声には、ほんの少しだが、冷たさが含まれていた。
そんな2人に、ライはくすりと笑みを零した。
気づかれないうちらそれを引っ込めると、その紫紺の瞳を細め、ふわりと微笑む。

「けど、アッシュフォード学園の関係者に、それをお願いした覚えはないよ」

「……ライっ!?」
その笑顔のまま告げられた言葉に、カレンは驚いてライの名を呼んだ。
呼んでしまってから、先ほどライが扇に向かって告げた言葉を思い出し、慌てて口を両手で押さえる。
そんなカレンに向かって、ライは微笑んだ。
「ライでいいよ。カレン」
そう言った彼が浮かべたのは、先ほどと同じ、黒の騎士団の『双璧』として共に在った頃に、カレンによく向けていた笑顔で。
その笑顔のままライが、隣に立つスザクが頭を下げた。
恭しい、けれど先ほど黒の騎士団を相手にしたわざとらしいものとは違うそれに、4人は驚き、息を呑む。

「アッシュフォード学園生徒会役員、リヴァル・カルデモンド様、紅月カレン様、ジノ・ヴァインベルク様」
「並びにそのOG、ミレイ・アッシュフォード様。我ら2人が、責任を持ってご案内いたします」

2人が、ほとんど同時に顔を上げる。
再び目に入ったその顔に浮かんでいたのは、まるで悪戯が成功したときのような子供のような笑みだった。

「「どうぞ、ルルーシュ様の下へ」」

そう言って笑うライとスザクを、その2人を見て驚くカレンたちを、壁に背を預けたC.C.は、慈しみを持った笑みで見つめていた。




2008.11.18
2014.9.27 加筆修正