月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

決意と願いのその先に-3

「人を信じるということは、とても勇気のいることです」

カツンと靴を鳴らし、ライが一歩前に出る。
スザクの笑みに思わず見入っていた彼らは、その音に、声に、はっと我に返った。

「親に捨てられ、周り中は敵ばかり。自分に接してくる大人は、自身の保身を最優先に求め、いざとなれば自分たちを切り捨て、道具にするかもしれない奴ばかり。そんな環境で育った人間が、人を信じるのにどれほどの勇気が必要か、あなた方は知っていますか?」

先ほどまでの冷たい表情ではない、騎士団時代のライがよく浮かべていた、真剣な表情。
その顔を、目を、逸らすことなく真っ直ぐに向けて、ライが一歩一歩彼らに近づいていく。

「信じた傍から裏切られるかもしれない。信じたはずの人が、自分の敵になるかもしれない。そんな恐怖を抱えて生きることが、どれほど心を蝕むか。あなた方は知っていますか?」

カツンと音を立てて、ライが足を止めた。
彼と騎士団の面々の間の距離は、先ほどの半分になっている。
暫くぶりに見た、冷たさ以外の熱を宿した紫紺が、真っ直ぐに彼らを射抜く。

「信じたいのに、信じられないんです。本当は頼りたいのに、頼れない。そうやって信じて、裏切られたら、心が保てないから。信じて絶望に叩き落されるくらいなら、最初から諦めてしまった方が、楽だから」
「ライ……」

ライの言葉に、スザクは目を細める。
この中で唯一、彼だけが知っていた。
ライの過去。
ライが『ライ』でなかった頃に抱えていたもの。
だから、スザクだけが気づく。
これは何も、ゼロのことだけを言っているのではない。
これは、全てライ自身の経験だ。

「ゼロに全く非がなかったとは言いません。何も語らなかったゼロにも責任はある。そして、私自身にも」

ライもまた、話さなかった。話そうとしなかった。
自身の過去を、その身に宿る王の力のことを。
何ひとつ彼らに打ち明けることなく、隠し続けた。

「それを認めたうえで、問います。あなた方は、本当の意味でゼロを信じたことが、ありましたか?」

びくりと、騎士団の面々の体が震えた。
それは、ライが斑鳩を去ったあの日、ライが彼らに向けたものと同じ問い。
あの時よりもずっと静かな声で問われたそれに、誰もが動揺する。

「わ、我々は……」
「少なくとも、千葉隊長。あなたは、ゼロのことを信じたことはなかったはずです」
答えようとした千葉の言葉を、ライはぴしゃりと遮断する。
それに目を瞠った彼女を見て、ライはその紫紺の瞳を僅かに細めた。
「私はあなたから、ゼロを認めるような発言を聞いたことがありません。あなたと朝比奈隊長は、ずっとゼロを疑い続けていた」
「そ、それは……」
「他の皆さんは、どうなんですか?」
言いよどんだ千葉には興味がないと言わんばかりに、ライは別の人物へと視線を向ける。
その先にいた扇は、深みを増した紫紺と目が合った途端、反射的に視線を逸らした。
「お、俺たちは……」
「すぐに答えられないということは、やはりあの時と変わらないのですね」
ライの瞳に、失望の色が浮かぶ。
紫紺に、消えていた冷たい光が、再び浮かび上がる。

「あなた方は、ゼロを信じてはいなかった」

感情の篭らない声で、はっきりと告げられたそれは、宣告だった。
黒の騎士団幹部が、自分たちの総帥に対して侵した罪の宣告。
そうすることで彼らがそれを否定しないように、彼らをそこに縛り付けるために、ライはただ事実を突きつける。

「信じていなかったからこそ、歩み寄ろうとしなかった。ゼロはどうせ何も言わないからと決め付け、話をしようとしなかった。彼の考えも、願いも、夢も、本当の想いも、何ひとつ知ろうとしなかった。知ろうとする気すらなかった」

かつて、斑鳩を去った日には、感情のままに叩きつけた言葉。
それを今度は一字一句、まるで言い聞かせるように口にする。

「知ろうともせずに、全てを押し付けてきた。希望も、責任も、罪も、全て彼ただ1人に押し付けて、彼の言葉に流されてきただけだった」

否定はさせない、させはしない。
一度反論できなかったそれを、今更否定することは許さない。
もしもそれを否定するのならば、叩きつけてやればいい。
彼らが、人に流されず、自分たちの力だけで選び取った未来など、何もなかったのだという事実を。
あの最終決戦だって、結局彼らはルルーシュとシュナイゼルの手のひらの上で踊っていただけだったのだから。

「そんなあなたたちが、今更彼に……僕らにどんな話があるというんです?」

ライのその問いに、騎士団の面々は驚いたように顔を上げた。
驚いたのは彼らだけではない。
いつの間にか傍に歩み寄っていたスザクが、感心したような声を上げた。
「あ、そこは聞くんだ?」
「話を聞く気がないから避けている、なんて思われるのは癪だからな」
「確かにね」
ふいっと横を向き、それでも視線だけは騎士団から外そうとしないライに、スザクはくすりと笑う。
ほんの少しだけ和らいだ、2人の雰囲気。
それに、騎士団の面々の表情から、僅かに緊張が抜ける。
それを見た紫紺と翡翠の二対の双眸に、再び冷たい光が浮かび上がったことには気づかないまま、扇は一歩前に出た。

「も、もう一度、彼と協力したいんだ!」

真っ直ぐにライを見て、扇は口を開く。
その顔は、どうにか話を聞いてもらいたいという焦りばかりが浮かんでいて、ライをますます不快にさせる。
そんなライの感情に気づくはずもない扇は、ただ必死に言葉を紡いだ。

「彼と協力して、力を合わせて、超合集国を創っていきたい!だから、力を貸して欲しいんだ!」

日本を、ではなく、超合集国を。
そう口にできるようになったということは、少しは彼の考えにも変化が現れたということなのだろう。
けれど、所詮彼は、そこまでだった。

「各合衆国を纏めた彼なら、きっと平和を創ることができる!だから、俺たちと、また……」
「……ふざけるな」

言いかけたその言葉を、遮ったのはライではなかった。

「え……?」
突然、それも思いがけない人物から発せられた声に、扇は言葉を止め、呆然と視線を動かす。
その発生源である人物視線が合った途端、声の主はカツと床を鳴らし、一歩前に出た。

「あなた方は、エイヴァラル卿の話の何を聞いていたんですか?」
「く、枢木スザク……?」

ぎろりとした翡翠の瞳が、扇を睨みつける。
一歩一歩、確実に距離を詰めていくその姿に、何故か言い知れぬ恐怖を感じて、扇は思わず後ずさった。

「ゼロなら、平和を創ることができる?だから、力を貸してくれ?」
「そ、そうだ。だから……」
「そうして、あなた方はまた押し付けるんですか?彼に、全てを」

カツンと、わざとらしく床を鳴らして、スザクが足を止める。
真っ直ぐに向けられた翡翠には、今は怒りの炎が宿っていた。

「あなた方が信じられないと、裏切り者と切り捨てた彼に、また背負わせるんですか。今度は日本だけではなく、世界を、たった1人に」

スザクの言葉に、扇はその目を大きく見開く。
体の脇に下されたままの手が、僅かに震え出す。
今更、自分の失言に気づいても、もう遅い。
スザクは、そしてライは、しっかりと聞いてしまった。
元黒の騎士団の事務総長であり、現日本国首相である男の本心を。

「あなた方は、結局何もわかっていない。ライの言葉も、神楽耶がジェレミア卿に託した、ルルーシュに対する言葉の意味すらも」

相棒であり、契約者である友人と、従妹である少女を侮辱したも同然の扇を、スザクは憎しみを込めて睨みつける。
終戦のあの日、神楽耶は言った。
誰かの意見に流されず、誰かに責任を押し付けることはしないと。
自らの言動の責任は、必ず自分自身で取ると。

『今まで、私たちを導いてくださって、ありがとうございました』

そう言って頭を下げた彼女の決意すら、わかっていないのだ、この大人は。
彼女がその瞬間に決めた覚悟を、全く理解していない。
罪を、責任を自覚し、自らの足で歩いていくと告げた彼女の言葉を、理解しようともしていない。

怒りのまま騎士団の面々を詰め寄ろうとしたスザクの肩に、不意に誰かの手が置かれた。
驚き、視線を向ければ、そこにいたのはライだった。
静かな表情を浮かべたライは、ほんの一瞬だけスザクに視線を向けると、一歩前へ出る。
びくりと体を震わせる扇を一瞥すると、そのまま真っ直ぐに藤堂へ視線を向けた。

「平和は、1人で創るものではありません。たった1人で、それを創ることができるはずもない」

静かに口を開いたライの言葉に、藤堂が驚きの表情を浮かべ、目を瞠る。
そんな藤堂を見つめたまま、ライは僅かに目を細めた。

「確かに、基盤は1人の人間の力で創れるかもしれない。実際に、陛下はそれを成そうとしました。けれど、1人の力でできるのは、そこまでだ」

どんなに努力をしたとしても、人1人の力では、できることに限界がある。
世界の全てを相手にした願いであれば、尚更だ。

「そこから先は、世界に生きる全ての人間で創っていかねばならない。その世界に生きる人間が創る気がないのならば、その平和が約束されるはずはないですから」

訪れた平和を守っていくのは、続けていくのは、平和を創った本人ではなく、そこに生きる人々なのだ。
どんなに創造主となった者ががんばったとしても、他の人間が平和を保つ努力をしなければ、それは簡単に崩れ去る。
簡単に、壊されてしまう。

「その辺りは、シャルルやシュナイゼルの方がよくわかっていたな」

カツンという、床を鳴らす音が響いた。
それと共に耳に届いた声に、ライとスザクは驚き、勢いよく後ろを振り返った。
そこにいたのは、淡い紫のスーツを身に着け、長い髪を後ろでひとつに纏めた1人の少女。
自分たちの最愛の王の共犯者であり、自分たちの『契約者』である碧の魔女。

「C.C.!?」
「だからあいつらは望んだのだろう?過去を。そして今日であり続けることを」

驚く2人の声を無視し、C.C.はヒールを鳴らして歩み寄ってくる。
その口から紡がれる、名を口にされない人物を思い出し、ライとスザクは眉を寄せた。

「逆らう意志がない。逆らうことを望めない。そんな世界なら、確かにそれは平和だな。意志も希望もなくなれば、争いなんてものは起こらないから」

逆らっても無駄な世界ならば、人々は諦める。
望んでも無駄な世界ならば、人々は望まなくなる。
そうすれば、確かに戦争は起こらなくなるだろう。
けれど、それでは明日は望めない。
世界は昨日、あるいは今日のまま変わらず、留まり続ける。

「案外、そっちの方がよかったんじゃないのか?こいつらにとっては」

にいっと口元で弧を描き、くすくすと笑うその顔は、まさに魔女そのもの。
その笑みに魅入られてしまったかのように、黒の騎士団の面々は呆然とした表情でその場に立ち尽くしている。
そんな彼らを、そしてC.C.を見ているうちに、己の中の怒りがだいぶ落ち着いてきたライとスザクは、顔を見合わせ、2人同時に盛大なため息をついた。

「C.C.。あからさまに喧嘩を売るな」
「何を言う。お前たちだって、同じことをしていただろう」
「一応遠まわしのつもりだったよ、僕らは」

ぼそりと呟くスザクの視線は、確実に明後日の方向を向いていた。
そんなスザクを見て、ふんと鼻を鳴らすと、C.C.は未だ呆然と立ち尽くしている扇たちへと視線を移す。

「私はただ、事実を述べたまでだ」

不敵に笑っていたその金の瞳が、すうっと細められる。
不機嫌を隠そうともしないその態度に、彼女を知らないジノとリヴァル、ミレイは思わず体を震わせた。

「自分で明日を掴み取る気がないんだろう?全てをただ1人に押し付けて、自分たちは楽をしようとしている。そんな奴らに情けなどかけてやる必要など、ないと思うがな」

C.C.の、怒りすら宿した金の瞳。
それを見た瞬間、扇を始めとする誰もが息を呑む。
彼女が騎士団の面々に向ける目は、いつだって無感情だった。
興味も関心もなく、ただゼロの側近だから、そこにいるだけ。
そんな存在だった彼女の、初めて見る怒りという感情が宿った目に睨まれ、誰も何も言うことができない。
彼女の言葉に、反論することができない。

「お、俺たちは……」

声が震えるのを必死に押し隠して、扇が何とか口を開いた、そのときだった。

「お前たちは知らないだろうから教えてやる」

言い訳は許さないとばかりに、C.C.が口を開いた。
彼らの知るどんな彼女よりも低い声で、どんな彼女よりも冷たい目を向けて。
その声に、びくりと体を震わせた扇は、思わず口に仕掛けた言葉を飲み込む。
それには気づかなかったふりをして、C.C.は視線を彼らからその後ろへと移した。
そこにいたのは、カレンを初めとする、まだ10代の少年少女。
アッシュフォード学園に、ほんの一時でも籍を置いていた子供たち。

「ルルーシュは、この2人やカレン、そこの青い髪の坊やと同じクラスだったんだ」

片手で傍に立つ2人の騎士を、顎でその少年たちを示しながら、C.C.は扇を、藤堂を、その傍で言葉を失う大人たちを睨みつける。
彼女の言葉に、扇が目を見開いた。
浅はかな彼でも気づいたのだろう。
C.C.が、何を言わんとしているのか。
けれど、気づいたからと言ってやめてやるほど、C.C.は優しい女ではない。
彼女が優しくするのは、ただ1人、共犯者である少年だけだ。

「つまり、あいつはまだ18だ。こいつらと同じな」

だから、容赦なく突きつけた。
彼らが目を逸らしていた、もうひとつの事実を。




2008.11.18
2014.9.27 加筆修正