月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

決意と願いのその先に-2

第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士、ナイトオブゼロ。
それまでの帝国を壊した彼を守る、剣と鎧。
白の死神と、銀の悪魔。
様々な呼び方をされている、若き皇帝と変わらぬ年齢の2人の少年。
その少年たちは、不機嫌そうな目でその場にいる大人たちを睨みつけていた。
2人の手には会議用の資料が入ったケースがある。
先ほどまで行われていた、ある打ち合わせの資料が入ったそのケースを抱え直すと、ライはぎろりと扇を睨みつけた。

「我々が滞在している間、このエリアに黒の騎士団の許可のない立入りはご遠慮いただきたいと、皇議長とお約束したはずだったのですが……」

扇を、黒の騎士団の面々を睨みつけるその紫紺の光が鋭くなる。
隣に立つスザクも、その翡翠に冷たい光を宿し、騎士団の面々を睨みつけていた。

「どうして、あなた方がここにいるのですか?」

先ほどよりも一層低くなる声。
彼が本気で怒ったときのみに発せられるその声に、扇は思わず息を呑んだ。

「そ、それは……」
「許可を取った、などという言い訳は通じません。許可が下りているのならば、自分かエイヴァラル卿のどちらかが必ず聞いているはずですから」
「我々2人に連絡が一切なかった。ということは、黒の騎士団側からの会談の申請は出ていないということです」

すうっと、ライの紫紺が細められる。
鋭い光を宿したままのそれが、真っ直ぐに扇を、藤堂を射抜く。

「それなのに、どうしてあなた方がここにいるのですか?」

殺気すら感じる、その視線。
もしも視線だけで人を殺すことができるなら、自分たちは、確実にライに殺されていた。
そう確信してしまえるほどの目をするライに、息を呑む。
それに屈してしまいそうな自分を奮い立たせ、扇は必死にライを見つめ返した。

「は、話をしたかったんだ、ライ!君と、ゼロと!」
「……ゼロ?」

それまでこちらを睨みつけるだけだったライが、くつりと笑う。
顔に浮かんだその笑みに、騎士団の面々は息を呑み、リヴァルがひっと小さな悲鳴を上げた。
それは、ライが斑鳩を去ったあの日にも浮かべていた笑み。
人を見下す王の笑みだった。
その笑みを浮かべ、ライはくつくつと笑う。
あの日と全く変わらない冷たい光を、瞳に浮かべて。

「おかしなことを言う。ゼロは第二次トウキョウ決戦で死んだ。それは、あなた方が出した公式発表だったはずだ」
「それは……っ!」
「そもそも、話を聞かずにゼロを切り捨てたのは、あなた方だ」

はっきりと突きつけられたその言葉に、扇は思わず口に出しかけた言葉を飲み込む。
それを見たライの笑みが、ますます深まる。
けれど、その紫紺の瞳は、決して笑ってはいなかった。

「第三者の与えた情報を鵜呑みにし、話をする機会も持たずにゼロをブリタニアに……シュナイゼルに売り払ったのは、あなた方だろう」

静かに、本当に静かな声で告げられたその言葉。
それを聞いた瞬間、騎士団の面々の肩がびくりと震え、後ろにいる少年たちが驚きの声を上げる。
「えっ!?」
「黒の騎士団が、ゼロを売った……!?」
「ライ!それは……」
「事実です」
反論しようとした扇に、ライは冷たく言い放った。
言葉と態度ではっきりと拒絶を示され、扇は再び言葉を飲み込む。

「あなた方は、ゼロと引き換えに日本の解放を求めた。それは、私が騎士団を抜けた日に、あなた方が私に伝えた事実だ」

ただでさえ鋭くなっているライの視線が、ますます強くなる。
射抜かれるだけで息苦しいそれと共に、向けられる殺気も増しているような気がした。

「今更、それを否定することは、許さない」

ごくりと、誰かが息を呑んだ。
もしかしたら、自分だったのかもしれない。
確かめようなんて、思えなかった。
自分たちを真っ直ぐに見つめる紫紺の瞳から、視線を逸らせない。

ふと、ライがその怒りを宿した紫紺を閉じる。
彼の視線が逸れたことに、扇は無意識のうちに安堵し、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
その瞬間、再び開かれた紫紺が、真っ直ぐにこちらに向けられる。
目が合った瞬間、扇はびくりと、目に見えてわかるほど大きく肩を奮わせた。
その目からは、先ほどまでの強烈な殺気は消え去っていた。
けれど、冷たさだけは何処までも変わらない。
あの日からずっと、ライが彼らに向ける目は、冷たい光が宿っていた。

「あの時、ゼロと彼の弟は、あなた方に殺されたのだと、私は思っています」
「……っライっ!!」

ライの言葉に、扇は堪らず声を上げる。
ゼロの弟。
それが誰のことを示すのか、彼らは知っていた。

ロロ・ランペルージ。
蜃気楼を奪い、ゼロを連れて逃げた少年。
彼は、ゼロを兄と呼んでいた。
そして、斑鳩を去ったあの日に、ライも彼をゼロの弟だと認めた。

「違わないだろう?あの時、黒の騎士団はゼロをブリタニアに売った。騎士団を創り、あなた方を導き、『奇跡』を起こし続けてきたゼロを、いとも簡単にシュナイゼルに引き渡そうとした。それも、身柄を引き渡そうとしたわけじゃない。命を差し出そうとした」
「何故、君がそれを……っ」
「蜃気楼に記録が残っていたんですよ」

初めて耳にする事実に、扇はその瞳を驚愕に見開く。
彼だけではない。
藤堂も、玉城も、杉山も、南も、カレンすらも、ライが知らなかったはずの事実を知っていることに、そしてライの告げた事実に、その目を大きく見開いていた。
そんな彼らを見て、ライはふんと鼻を鳴らす。

「たぶん、ゼロの弟が蜃気楼を起動させたときに、間違って記録装置を起動させたんでしょう。あれには、全部残っていました。あなた方が、ゼロに銃を向けたことも。その上で、ゼロを問い詰めたことも……」

不意に、ライが言葉を止めた。
その目が、ちらりと藤堂を見る。
一瞬から見合った視線に藤堂が驚く間もなく、彼は再び口を開いた。

「生身の彼に、暁の銃を向けていたことも、全て」

ライが冷たく言い放ったその瞬間、後方で話を聞いていたジノが声を上げた。
たちまち自分に集まった視線を、気にしていられるほどの余裕はない。
だって、彼は知っていた。
暁――その名を持っているのは、人ではない。

「暁って、ナイトメアか!?」
「そんなっ!?嘘だろ……!?」

ジノの言葉に、漸くその驚きの理由を理解したリヴァルが声を上げる。
その隣で、ミレイが勢いよく目の前にいる大人たちを見た。
4人の中で、唯一その事実を知っていたカレンだけが、ふいっと視線を逸らす。
彼らの反応を見て、ライは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

「弱者の味方を名乗っていたあなた方が、圧倒的弱者の立場に立った生身の人間にナイトメアの銃を向ける。それなのに、あなた方は正義の味方を気取り続けた。……はっ!お笑いだな」

隠すことなく零された笑みは、間違いなく嘲笑だった。
一方的にぶつけられるその言葉に、扇は言葉を返すことができずに、俯く。
旧扇グループの面々も、誰も何も言葉を返すことができない。
藤堂すら黙り込み、ライから視線を外した、そのとき。

「だが、それもこれも、全てはゼロが何も語らなかったからだ!」
「千葉!?」
「言わせてください、藤堂さん!」

今までずっと黙っていた千葉が、声を上げる。
静止しようとする藤堂を振り切って、彼女は目の前に立つ銀の少年を睨みつけた。

「ゼロは、何も語らなかっただろう!自分の正体も、過去も、ギアスのことも、何もかも語らず、全て認めた!我々は駒だったと、全てはゲームだったと、そう言ったのは奴自身だっ!」

そうだ。あの時、ゼロはそれを認めた。
蜃気楼に全ての証拠が残っていたのだとしたら、ライもそれを見ているはず。
それを指摘しようと、顔を上げた瞬間、扇は息を呑む。
目の前に立つ、黒銀の騎士。
先ほどまでこちらを見下すような笑みを浮かべていた彼の表情が、それまでとは一変していた。
それまでの殺気も怒気も嘲りも、全てから顔から消えている。
変わらないのは、瞳に宿る冷たい光。
その光だけを真っ直ぐに向けたまま、ライはつまらないものでも見るかのような目で、こちらを見つめていた。
その口が、ゆっくりと開かれる。

「……語ったところで、あなた方は信じたでしょうか?」

ゆっくりと紡がれたその言葉。
はっきりと聞こえたはずなのに、一瞬何を言われたのか、わからなかった。

「な、に……?」

それは、千葉も同様だったらしく、言っていることが理解できないと言わんばかりの顔でライを見つめる。
その千葉を、ライはただ静かに見つめていた。
怒りも何もない、ただ冷たい光だけを宿す瞳で、真っ直ぐに。

「ゼロがブリタニアの皇子だと知っていたら、あなた方は彼を信じましたか?」
「それ、は……」

ライの問いに答えることができず、千葉が言いよどむ。
同時に後ろで驚きの声が上がった。

「えっ!?」
「ゼロが、ブリタニアの、皇子……」

自分たちの後ろにいる学生。
カレンの友人である彼らは、ゼロの正体を知らない。
だからこそ出る、驚きの言葉。
誰だって思わないだろう。
ブリタニアを敵に戦っていた仮面の反逆者が、その国の皇子だなんて。
自分たちだって、最初は驚いたのだから。

千葉の、そして扇たちの様子を見ていたライが、不意にため息をついた。
そのまま、ゆっくりと目を伏せる。
扇たちが、答えを返さなかったこと。
それがそのまま、彼への答えになっていた。

「……でしょうね。誰も、敵国の皇子なんて信じない。たとえ、既に廃嫡された身だったとしても。ゼロ自身、それを感じ取っていた」

先ほどよりも、感情の篭ったその声。
諦めたようなそれに、ライの隣に立つスザクが眉を寄せる。
そのスザクにほんの一瞬だけ視線を送ると、ライは再び、真っ直ぐにこちらを見た。

「それを感じ取った上で、彼が正体を明かしたのは、キョウト六家の桐原翁だけでした」
「桐原は、知っていたというのか?ゼロの正体を!?」
「ええ。黒の騎士団が初めてキョウト六家の当主と会談が認められたとき、ゼロは桐原翁の前で仮面を取りましたから。そこにいる創設メンバーの方々は、それをご存知のはずですが?」

藤堂の問いに、ライは淡々とした口調で答える。
彼の言葉に、藤堂がこちらを向いた。
無言で問いかけてくる彼に、扇は首を縦に振る。
確かに、ゼロは初めてキョウトに呼ばれたあの時、桐原の前で仮面を取った。
マントに隠れて自分たちには見えなかったその顔を見て、桐原ははっきりと言い切ったのだ。

ゼロは、紛う方なきブリタニアの敵であると。

「その上で、桐原翁はゼロを信じ、日本の未来を託した。決してゼロの正体を語らず、墓の下へ持っていった。彼は、ゼロがブリタニアを憎んでいることを、知っていたから」

確かにあの時、ゼロが何かを命令した気配はなかった。
だから、桐原は確かに自分の意志でゼロを認め、黒の騎士団への援助を申し出てくれたのだ。
扇も玉城もカレンも、それをその目で見て知っていた。

「藤堂将軍。あなたも、知っていたはずです」

ゆっくりと紡がれたその声に、藤堂ははっと顔を上げる。
ほとんど反射的に視線を向けたその先にいたのは、ライではなかった。
ライと同じ騎士服を纏った、翡翠の瞳を持つ少年。
スザクが、ライと同じ冷たい光を浮かべた目で、真っ直ぐに自分を見つめていた。

「あなたは、会ったことがあったはずです。ゼロと。8年前、自分と一緒にいた頃の彼と」

スザクの言葉に、藤堂は僅かに目を瞠る。
ゼロの本名。
そして、エリア11の最後の総督となった若すぎる皇女。
その2つの名前に、藤堂は確かに聞き覚えがあった。
今考えてみれば、そう思うのは当然だったのだ。
それは、自分が出入りしていたあの神社――スザクの実家で出会った、あの幼い皇子と皇女だったのだから。

「彼が何故日本にいたのか。ブリタニアに、どんな仕打ちを受けていたか、あなたは知っていたはずだ」

スザクの言うとおり、藤堂は知っていた。
知っていたのに、忘れていた。
思い出そうとすらしなかった。
あの2人は、公式記録で死亡したことになっていた。
だからこそ、忘れていた。
記憶の底に閉じ込め、思い出そうともしなかった。

「知っていたあなたすらゼロを信じなかったのに、知らない他の日本人が、果たしてゼロを信じたでしょうか?」

スザクの翡翠が、鋭い光を浮かべ、藤堂を射抜く。
真っ直ぐにそれを受け止めた藤堂は、迷いのないのその瞳を見て、目を細めた。

「……君も、ゼロの正体を知っているんだな……」
「ええ、知っています。ブラックリベリオンのときに知りました」

はっきりと答えたその瞬間、くすっと笑みが零れた。
あまりにも場違いなそれに、スザクが隣を見る。
先ほどまで冷たい表情を浮かべていたライが、楽しそうに笑っていた。
スザクの翡翠と、ライの紫紺が絡み合う。
その瞬間、ライは口元を歪ませ、にやりと笑った。

「嘘つけ。もっと前から気づいていたくせに」

先ほどまでとは全く違う、感情の篭った声。
それを聞いた瞬間、スザクはその翡翠見瞳を見開いた。
けれど、それは本当に一瞬で、すぐにライと同じ楽しそうな笑みを浮かべる。

「……そうだね。気づいていたよ。だってゼロの言動は、彼にとてもよく似ていた。気づいていて、あの日までずっと、それを否定していたんだ、僕は。でも……」

スザクの顔から笑みが消える。
代わりに浮かんだのは、冷たい表情。
この場にいる誰もが見たことのない、ゼロに対して憎しみ向けていたときに浮かべていたそれに、誰もが息を呑む。
その表情を知っているライは、ただ無関心に黒の騎士団を見つめ、同じく見たことがあったカレンは、スザクのその目を見た途端に震え上がった。

「僕は見てしまった。その仮面の下の顔を。そして知っていた。彼が誰で、どんな過去を持っているのかも。知っていたから、ゼロを捕らえた自分は、ナイトオブラウンズという地位を得ました」

その瞬間、カレンの体が可哀相なくらいにびくりと震えた。
スザクがゼロの顔を知ったその時、カレンもその場にいたのだ。
そのカレンを、スザクは冷たい目で見つめる。
けれど、それは本当に僅かな間だけだった。
すぐに翡翠は、震える少女から外され、目の前で言葉を失っている大人たちへと向けられる。

「そして、知っているからこそ、自分は彼と手を組んだ」

そう告げた途端、扇が、藤堂が、千葉が、その目を大きく見開いた。
その彼らに向かって、スザクは笑みを浮かべる。
それは、先ほどまで浮かべていた、あの暗く冷たい笑みではない。
ダモクレスで、ライとC.C.と契約したときに浮かべた、柔らかな、けれど決意に満ちたものだった。

「あの日、自分たちが願った『明日』を迎えるために」




2008.11.18
2014.9.27 加筆修正