Last Knights After
決意と願いのその先に-1
東京の中心にある、超合集国代表団の宿泊施設。
一般人は立入りを禁止されているはずのその場所に、2人の少年少女がいた。
どの国の代表団の人間でもない、けれどこの国では顔を知られている彼女は、最近人気の女子アナウンサー、ミレイ・アッシュフォードだ。
そのミレイの後ろを、同じテレビ局の腕章をつけた私服姿の青い髪の少年が付いていく。
きょろきょろと何度も辺りを見回す彼は、恐る恐る前を歩くミレイに声をかけた。
「会長、本気なんですか?」
「本気も本気よ。このバイト、どうしてあんたを誘ったと思ってるの?」
きっと睨みつけるミレイに、少年はびくりと肩を震わせる。
確かに彼は、今日はアルバイトでここにきた。
同じ学園の先輩であるミレイの誘いを受け、彼女が勤めるテレビ局のスタッフとして、午前中の超合集国最高評議会の取材に来ていたのだ。
そのアルバイトは、今日の午前中だけの、日雇い。
先輩であるミレイも、午後は休みを取っているらしく、やりたいことがあるらしい彼女に誘われるままついてきたのだ。
その彼女の『やりたいこと』が、まさか各国代表団の宿泊施設への侵入だとは思わなかったけれど。
「リヴァルだって、会いたいでしょう?」
「そりゃあ、まあ……」
ミレイの問いに少年――リヴァルは頷く。
彼だって、彼女と思いは変わらない。
この宿泊施設のどこかにいるはずの友達――友達だったはずの人たちと、もう一度会いたい。
「会いたい、ですよ。会って、ちゃんと話をしたいけど、でも……っ!」
けれど、リヴァルは一度拒絶されたのだ。
もう四カ月も前になる、あの日。
必死にかけた声は届くことなく、悪友だったはずの彼は、自分に見向きもしなかった。
その理由は、今なら何となくわかる。
その後に起こった大きな戦闘。
その終盤に発信された放送で、もう1人の友人が、彼の本音をぶちまけたから。
でも、もしもまた、拒絶されたら。
あの冷たい目で見られたら。
そう考えると怖くて、足が止まってしまうのだ。
あの時の彼の目は、見たこともないほど冷たい色をしていたから。
「正面から行って駄目なら、裏から行くだけよ」
ミレイの言葉に、リヴァルははっと顔を上げる。
彼女の青い瞳は真っ直ぐに通路の先に向けられていた。
「会長……」
「絶対に、話を聞かせてやるんだから」
強い意志を浮かべたミレイの顔。
誰かに見つかったら、まずいことは十分わかっていた。
ミレイの場合、仕事が続けられなくなる可能性だってある。
けれども、彼女は退かない。
ただ、彼らに会うために、危険を承知で前に進もうとしている。
そんな想い人を目にしているうちに、リヴァルの中の迷いも自然と消えていた。
「……はい」
絶対に、話をする。あいつらと。
その決意だけを胸に秘めて、2人は見つからないよう慎重に廊下を進んでいった。
「カレンっ!なあ、カレン!」
「うるさいわねぇ。さっきから何よ」
「何って、本気かって聞いてるだけだろう?」
振り返り、怒鳴りつけるカレンに向かい、ジノが小声で尋ねる。
その問いに、カレンは不機嫌そうな顔をますます歪めた。
「ええ。本気よ」
「だが、黒の騎士団は、ブリタニア代表団の宿泊エリアには立ち入りをしないって契約になっているだろう?」
「だから、わざわざこれで来てるんでしょう」
ぐいっと、カレンは身に着けている服を引っ張った。
今のカレンの服装は、黒の騎士団の制服ではない。
1年以上も前に通っていた、アッシュフォード学園の制服を着ていた。
紅い髪は跳ねさせたままのその姿に、生徒会のアルバムの中にいた『病弱なお嬢様』の面影はない。
けれど、そちらのカレンを知らないジノには、今の彼女こそ自然に見えた。
そのジノも、同じく一時期だけ通っていたその学園の制服を身に着けている。
彼は必死に拒否したのだが、カレンに物凄い目で睨まれ、渋々それに腕を通したのだ。
「あいつも彼も、そういう理屈は通る奴らだもの。この服でなら、私たちを拒む理由はないはずだわ」
「でも、それだと一般人の不法侵入にならないか?」
「う……」
ジノの指摘に、カレンはびくりと体を揺らす。
考えていなかったのかと、ジノがため息をつこうとしたその瞬間、彼女は勢いよく腕を振り上げた。
「それでも!一般兵なんて説得して見せるわ!私はゼロの右腕だもの!」
「けどな!カレン!……あ」
「ジノ?」
「おい、あれって……」
不自然に止まったジノの言葉に、カレンが不思議そうに振り返る。
そのカレンに視線を動かそうともせず、ただ真っ直ぐに前を見つめるジノを訝しく思い、彼女も前を見た。
その瞬間、視界に入ったのは金髪と青。
辺りを窺い、身を潜めるようにしてそこにいるのは、見間違えるはずもない、見知っているはずの人。
その姿に、カレンは空色の瞳を大きく見開いた。
「会長!?それに、リヴァル!?」
思わず名を呼んでしまった瞬間、2人がびくりと震え、勢いよくこちらを向く。
目が合った瞬間、金髪の少女と青い髪の少年はその目を大きく見開いた。
「「カレンっ!?」」
カレンの名を呼んだ2人がこちらに駆けてくる。
先にカレンの下に辿り着いた青い髪の少年――リヴゥルが、驚く彼女の手を取った。
「うわあっ!本当にカレンだっ!よかったぁっ!」
「久しぶりね、カレン」
驚くカレンに、ゆっくりと近寄ってきた金髪の少女――ミレイの声がかけられる。
目を瞬かせたまま視線を向けたカレンは、彼女と目を合わせると、にこりと微笑んだ。
「……ええ。お久しぶりです、会長。リヴァルも、久しぶり」
「ああ……!久しぶり……っ」
答えようとしたリヴァルの目から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
何の前触れもなく泣き出したリヴァルに、カレンはぎょっとし、声を上げた。
「ちょっと!何で泣いてるの!?リヴァル!」
「だってだって……っ!漸くカレンが無事だってわかって、俺、俺……っ」
「リヴァル……」
「そうね。本当によかったわ」
「会長……」
かけられた声に顔を上げれば、そこには柔らかく微笑むミレイがいた。
目尻に涙を浮かべた彼女は、以前と変わらない笑顔で微笑む。
「カレンもジノも、みんな無事でよかった」
包み込むような笑顔でかけられた、その言葉。
彼女がこんな表情をするとき、そこに嘘はないと、短い付き合いの中でも知っていた。
「……ありがとうございます」
だから、カレンも笑顔を返す。
こんなにも自分を心配してくれていたミレイに、リヴァルに向かって、頭を下げる。
一瞬驚きの表情を浮かべた2人は、けれどもすぐに笑ってくれた。
「と・こ・ろ・で」
ずいっと顔を前に出したジノが、3人の会話に割ってはいる。
彼の存在をすっかり忘れていたカレンは、突然のその声に驚き、びくりと体を震わせた。
一瞬こちらを見た蒼の瞳は、けれどすぐにミレイとリヴァルに向けられた。
「感動の再会はいいんだけどさ。ここは一般人は立入禁止だぜ?なのに、どうしてお前たちがここにいるんだ?」
「そ、それは……」
「仕事よ」
言いよどむリヴァルとは裏腹に、ミレイははっきりとした態度で答えた。
その途端、ジノの目が訝しげに細められる。
「仕事?」
「ええ。ブリタニア代表団の取材に来たの」
「まあ、ミレイはわかるけど……」
「リヴァルは日雇いのアルバイトなのよ」
ジノの視線がリヴァルに映ったことに気づいたミレイが、彼を庇うように立ち、はっきりと答えた。
リヴァルも、身に着けたままのテレビ局の腕章を見せ、こくこくと頷く。
それでも疑いの眼差しで2人を見つめるジノの横で、カレンは不思議そうに首を傾げた。
「えっと、会長。仕事って?」
「え?……ああ、そうか。カレンは知らなかったのよね。私、卒業したの」
「ええっ!?」
「そうそう!会長、今はテレビ局の人気アナウンサーなんだぜ!」
「そういえば、時々テレビで……っ!?」
「なぁに?今まで気づかなかったの?」
カレンの反応に、ミレイはにやりと笑みを浮かべてみせる。
あまりにも変わらない彼女らしいその反応に、驚きに目を瞬かせていたカレンは、ふっと笑った。
テレビ局のアナウンサー。
その仕事は、なんというか、そう、とても。
「何だか、会長らしいですね」
「ふふっ。ありがとう」
カレンの言葉に、ミレイはにっこりと笑う。
ふと、その笑顔が消えた。
視線が足元に落ち、口元に浮かんだ笑みが、別の形に変わる。
「……あいつらも、そう言ってくれるかしら」
その言葉に、カレンとジノははっと彼女を見る。
隣にいたリヴァルも、複雑そうな顔でミレイを見上げた。
「会長……」
「ミレイ……」
呟くように名を呼べば、彼女ははっと顔を上げる。
軽く頭を振ってそれまでの沈んだ表情を消すと、不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、2人はどうしてその格好なの?」
一瞬きょとんとしたカレンは、しかしすぐに自分の体を見下ろして、気づく。
今の自分とジノは、アッシュフォード学園の制服を着ている。
カレンは、カレン・シュタットフェルトとしての籍は抹消されており、学園には戻っていない。
対してジノも、以前のスザクと同じ無期休学中ということになっていて、学園に顔を出してはいなかった。
そんな2人が、どうして学園の制服を着ているのか。
それをミレイとリヴァルが不思議に思って当然だ。
ぎゅっと、リヴァルから取り戻した手の拳を握る。
一度目を閉じると、カレンは真っ直ぐに目の前の2人を見つめた。
「私たちも、話しに来たんです。あいつらと」
その言葉だけで、2人には通じたようだった。
はっと瞠られた二対の双眸が、少しの間を置いて細められる。
「黒の騎士団は、ブリタニア代表団の宿泊エリアには入れないことになっているから。でも、黒の騎士団としてでなければ、会ってくれるかと思って」
黒の騎士団としてではなく、アッシュフォード学園の友人とてならば。
そうすれば話を聞いてくれると信じて、罰せられるかもしれないことを承知で、ここまできた。
話をしたかったから。
今度こそちゃんと、話をしなければならなかったから。
「カレン……」
「私、何もわかってなかったから。だから、ちゃんと話さなきゃと思って。だから……」
ぎゅっと目を瞑って、思いのたけを吐き出そうとした、そのときだった。
「お?カレンじゃねぇか!それにラウンズの金髪!」
突然かかった、ここにいるはずもない人物の声に、カレンはびくりと体を震わせる。
慌てて振り返れば、そこには見知った人たちの姿があった。
その姿にカレンが、その隣にいるジノが大きく目を見開く。
そこにいたのは、黒の騎士団がまだ日本の中で活動していた頃から所属する幹部の面々。
自分が所属していた旧扇グループのメンバーと、日本解放戦線時代から英雄と呼ばれた2人の豪傑。
「玉城!?扇さん!?みんな!?藤堂さんまで!?」
「……ってことは、黒の騎士団っ!?」
カレンが口にした名前に、リヴァルが思わず声をあげ、その口をミレイが慌てて塞いだ。
黒の騎士団の初期メンバーは、幹部としてその名前が知られている。
特に日本の首相になった扇と将軍と呼ばれる藤堂は、今では世界中の誰もが知る人物となっていた。
一瞬リヴァルを睨んだ藤堂の視線が、真っ直ぐにカレンとジノに向けられる。
その鋭い視線に見つけられた瞬間、カレンはごくりと息を呑んだ。
「なぜ君たちがここにいる?この辺りは、我々は立入禁止のはずだが?」
「その言葉、そのままそっくりお返ししますよ、藤堂将軍」
「うむ……」
口を噤んだカレンの代わりに、ジノが真っ直ぐに藤堂を見つめ、尋ねる。
普段より少し低い、騎士としての彼の問い。
その問いに、藤堂たちも答えを返すことはできないらしい。
らしくもなく黙り込む彼に、ジノは僅かに目を細めた。
睨み合う2人を交互に見つけていた扇の視線が、ふと動く。
ジノとカレンの後方で、こちらをじっと睨んでいる金髪の少女と、その少女に口を押さえられている青い髪の少年。
見覚えのないその2人の姿に、扇は少し迷ったように口を開いた。
「えっと、カレン。ヴァインベルク卿。そちらは?」
扇の問いに、カレンははっと我に返った。
一瞬後ろを振り返り、2人の姿を確認すると、扇に視線を戻して戸惑いがちに口を開いた。
「友達です。アッシュフォード学園の」
「おいおい。学生がどうしてここにいるんだよ!……って、あれ?」
怒ったように声を上げた玉城が、唐突に言葉を止めた。
その目が、じいっとリヴァルを庇うミレイを見つめる。
暫くそうしていたかと思うと、「ああっ!?」といきなり大声を上げた。
「あんた、テレビのお天気ねーちゃんじゃねぇか!」
「え、ええ。そうですけど……」
「あんた学生だったのか!?」
「いえ。もう卒業して……」
「彼女は、私が学園に通っていた頃の先輩よ」
戸惑うミレイに、カレンがフォローを入れる。
そう答えれば、玉城がそれで納得する性格だと知っていた。
案の定、玉城は「そっかー、すげぇなカレン」と、何故か嬉しそうに微笑んでいる。
そんな玉城を呆然と見つめていたジノが、不意にため息をついた。
深い深いそれを吐き出すと、顔を上げ、真っ直ぐに扇へと視線を向ける。
「それで、あなた方が、どうしてここに?」
ジノの蒼い瞳が、真っ直ぐに扇を射抜く。
一瞬怯んだ扇は、それでも真っ直ぐにジノを見返し、ゆっくりと口を開いた。
「……話をしたいと思ったんだ。ルルーシュと、ライと」
扇の口から出たその答えに、ジノは僅かに目を細め、カレンははっと顔を上げた。
「扇さんたちも……」
「けど、ここにいることが知られたら、問題なんじゃないですか?そりゃあ、私たちも人のことは言えないですが」
「そうだよなぁ。カレンと金髪はともかく、そっちの2人は部外者だろぉ?」
「部外者じゃありません!」
ジノの言葉に、玉城が同意するようにそう言った途端、カレンの後ろから大声が発せられた。
突然のそれに、カレンとジノは驚いて振り返る。
リヴァルを解放したミレイが、鋭い目でこちらを――いいや、黒の騎士団を睨みつけていた。
彼女の隣で咳き込んでいたリヴァルも、強い視線で騎士団を睨みつける。
「部外者じゃ、ありません。私たちは……」
「友達なんだ!ルルーシュも、スザクも、ライも!だから、俺たちは部外者なんかじゃない!」
「会長……、リヴァル……」
迷うことなくはっきりと彼らを友達と言い切る2人に、カレンは思わず目を奪われる。
その姿は、迷ってばかりだったカレンの目には、とても眩しかった。
「それよりも、黒の騎士団がルルーシュに話って、どういうことなんだよ!」
「そうです。ライはともかく、ルルーシュはあなたたちと関係ないでしょう?」
2人の言葉に、カレンははっと我に返る。
そして、気づいた。
そうだ。2人は知らない。
ルルーシュが、ゼロであることを。
だからこそ、何の迷いもなく言えるのだ。
彼らは友達だと。
扇も、彼らのその真実に気づいたらしい。
僅かに瞠られた目が、すうっと細められる。
「まさか、君たちは知らないのか?」
「な、何を、ですか?」
「決まってるじゃねぇか!ルルーシュはなぁ……」
友達を名乗る彼らが、知らないルルーシュの真実。
それを自分は知っていると知った玉城が、優越感を持って口を開こうとした、そのときだった。
「そこまでにしてもらおうか、玉城」
鋭く、低い声が、廊下に響いた。
聞き慣れたはずの、けれど未だ慣れない冷たさを持つその声に、カレンの体がびくりと震えた。
「それは当事者である自分たちが話すことであって、第三者であるあなたたちが伝えることではありません」
同じく廊下に響いた、別の声。
先ほどの声と同じく耳に馴染んだその声に、リヴァルたちの方へと向けていた顔を、ゆっくりと振り向ける。
空色の瞳が、扇たちのさらに向こう――自分たちがやってきた、廊下の先へと向けられる。
そこに、いつの間にか2人の少年が立っていた。
ジノのものに似た、けれど若干デザインの違う黒い騎士服に身を包んだ、2人の騎士。
紺のマントを羽織った茶色の髪の少年と、黒銀のマントに身を包んだ銀の少年。
「スザク……!?」
「ライ……!?」
ナイトオブゼロと呼ばれる皇帝の騎士たちが、そこにいた。
2014.9.27 加筆修正