月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story09 仮面

「この戦いこそが、世界を賭けた決戦となる!」

ルルーシュの声が通信を通して周囲に響く。
上空で静止させた蜃気楼の上に立ち、衣装と同じ目のデザインを施された剣を振りかざし、演説をする皇帝の姿に、ライは目を細めた。

「シュナイゼルと黒の騎士団を倒せば、我が覇道を阻む者は一掃される!世界は、ブリタニア唯一皇帝ルルーシュによって破壊され、然る後に創造されるだろう!打ち砕くのだ!敵を!シュナイゼルを!天空要塞ダモクレスを!恐れることはない!未来は、我が名と共にある!」

言い終わると同時に、ルルーシュを湛える声が上がる。
その中に浮かんでいる、明らかに量産機とは型の違う機体は、ただ2機。
スザクのランスロット・アルビオンと、ジェレミアのサザーランドジークだけだ。
もう1機あるはずの機体は姿を見せていない。
黒の騎士団がその重要性に気づかないまま、蜃気楼がアヴァロンに戻っていく。
続いて聞こえてきたのは、ダモクレスからオープンチャンネルで演説するシュナイゼルの声だった。

その演説を、その後のルルーシュとシュナイゼルのやり取りを、ライは薄暗いコックピットの中で聞く。
伏座式でないナイトメアなんて、1年以上も前のナリタ戦以来だ。
少し不安はあったけれど、それもすぐに消え去る。
ついに始まった2人のキングの決戦に、そんなものを感じている場合ではないと知っていたから。

コンソールを操作して、蒼月から移した特製のシステムを立ち上げる。
狙った場所に、気づかれないように回線を繋げると、同時にメインモニターに現在の戦況を表示した。
ライの潜んでいる場所は、ある一方以外から攻撃される可能性はまずない場所だ。
だからこそレーダーはその方向にのみ集中させ、自身は通信から流れてくる状況と戦況図に集中する。
一進一退の攻防。
相手が実力者同士であるから通用する、知略の勝負。
徐々にシュナイゼルに傾いているようなそれを、ライは黙って見守っていた。

『囲まれつつあります!』

セシルの報告に、ルルーシュが舌打ちする。
その顔を見た瞬間、ライは通信を開いた。

『反撃だ!スザクのランスロットを……』
「まだだ、ルルーシュ」

突如というべき状況で繋がった通信に、ルルーシュとセシルが息を呑んだのがモニター越しにわかる。

『ライ……っ!?』
「まだ反撃には早い。ニーナを待つには、時間稼ぎも必要だ。わかっているだろう?」
『だが……』
「大丈夫。もう少し引き延ばせば、必ず向こうに隙が生まれる」

そう。あと少し、もう少しだけ持てば、必ず黒の騎士団には隙ができる。
それはゼロの補佐として黒の騎士団に参加し、彼らを見続けてきたライだからこそ言える言葉。
ルルーシュもそれはよくわかっている。
だから、驚きの表情を浮かべたのは、一瞬。
すぐに冷静な表情を浮かべると、通信越しのライの顔を真っ直ぐに見た。

『……策は?』
「陣立てを変更。陣形は……」

戦況図を見ながら、頭で練り上げた陣形を伝える。
そうすれば、一瞬目を見開いたルルーシュは、けれど次の瞬間に口元に笑みを浮かべた。

『……わかった。全軍に伝達。指揮を一時的にラインハルトへと移す!』
『イエス、ユアマジェスティ』

セシルがルルーシュの命令を、ライの指示を全軍に伝える。
囲まれかけたブリタニア軍が、戦線を一気に下げ、態勢を整える。
シュナイゼルが僅かに見せた隙を無視し、戦線を立て直す、その動き。
それがルルーシュの指示によるものではないと、気づいた者は相手側にいるのだろうか。

「指揮を陛下へ」
『指揮をライへ』

向こうが防御の態勢に入れば、ライが指揮権をルルーシュ戻す。
再びこちらが崩れかければ、ルルーシュが指揮権をライに移す。
そうやって続けられる攻防は、未だ盤上の戦いを続けていた。



「……妙だね」

戦況図を見ていたシュナイゼルが、ぽつりと呟く。
その声に、傍にいたカノンが振り返った。

「シュナイゼル殿下?」
「ルルーシュが、ここまで防御に徹するとは……」

シュナイゼルの知るルルーシュは、攻撃こそ最大の防御と考えているタイプの人間だった。
少しでも隙を見せれば、ここぞとばかりにそこをついてくる。
実際に、中華連邦でチェスをやったときは、幼い頃の気質そのままの対局をしたというのに。
わざと作った隙を攻めず、守りに徹するその戦術。
それに違和感を感じずにはいられない。

けれど、そこまでだった。
シュナイゼルは知らない。
黒の騎士団に、ゼロが絶対の信頼を寄せ、頼っていた唯一の存在があったことを。
その存在が今も尚ルルーシュの傍に立ち、彼を支えていることを。
ルルーシュは絶対に他者を頼らない。
1人で抱え込み、全て自分で対処しようとする。
その前提の上で戦術を練っているシュナイゼルは気づかない。
白のキングである自分と対峙しているのが、黒のキングであるルルーシュではなく、黒のナイトであるその存在に摩り替わっているという事実に。

「あーっ!もうやってられるかーっ!!」
「玉城っ!?」

突如通信越しに響いた雄叫びに近い声に、シュナイゼルははっと顔を上げた。
同時に聞こえる扇の叫びに、モニターを見る。
自軍を示す赤い信号のひとつが、無謀にも飛び出していく。

「俺に続けぇぇぇっ!!」
「待てっ!玉城っ!まだ指示は……っ!」
「……ジェレミア卿っ!」

斑鳩に扇の声が響くと同時に、ブリタニア側にライの声が響き渡った。
ブリタニア側に浮かんでいた巨大なオレンジの物体が、飛び出してきた小隊に突っ込む。
放たれたミサイルが、回転体当たりが、玉城を初めとした暁隊に襲い掛かる。
「な……っ!うわあああぁぁっ!!」
あっという間に玉城機を初めとする数機がコックピットを射出し、爆散する。
それが十数個の赤い信号の消失を示した瞬間、ライが叫んだ。

「敵軍の陣形はこれで崩れた!ルルーシュ!」
「ああ!レスター隊、進撃!崩れた部分を叩けっ!」

ルルーシュの指示と同時に今まで防御に徹していたブリタニア軍が動く。
玉城の独断先行で生じた隙から、一気に右翼を引きちぎる。

「く……っ!シュナイゼルっ!」
「……右翼を下げて。黎星刻を初めとする、主力は前進。向こうの進軍を止めるんだ」

星刻の言葉に、シュナイゼルは目を細めて指示を出す。
その主を、カノンは不安そうに振り返った。
普段は涼しい顔を浮かべている、その表情。
それがほんの少しだけ崩れていることに、彼は気づいていた。

「さすがだな、ライ。お前は、本当に人をよく見ている」

対するルルーシュは、ライが齎した結果に笑みを浮かべる。
黒の騎士団で『双璧』と呼ばれたライの本来の真価は、剣としての力だけではない。
頭を支える指揮官としての力も、周囲の想像以上に持っている。
騎士団時代の彼は、あくまでゼロを立て、自身は後ろに引いていたから、目立たなかっただけなのだ。
彼は、本来は『騎士』ではなく『王』。
人の上に立つ立場の人間。
ギアスの暴走が故に暗黒史に名を刻まれた王は、それさえなければ稀代の名君、もしくは戦王として名を残したに違いない。
それくらいライは人を見る力に長けていた。

「陛下!敵左翼、前進してきます!」
「こちらも左翼を出す!ストロング隊、前進せよ!」

一度相手の陣形が崩れた今、攻めることを戸惑う理由はない。
はっきりとした口調で指示を出し、ルルーシュは動き始めた戦況図を真っ直ぐに見つめた。



戦況は混乱を極め始めていた。
最初の一手は、玉城の独断先行でブリタニア側に利があった。
だが、個々の実力の面で言えば、黒の騎士団側が優勢だ。
紅蓮を初めとしたエース級パイロットの数が違う。
第二次トウキョウ決戦で欠けた分の戦力はトリスタンとモルドレッドが埋め、『双璧』の片翼が失われる以前と同等の力を持っている。
対してブリタニア側の現在参戦しているエース級の腕を持つパイロットは、スザクとジェレミアのみ。
巧みに陣形を変化させることで優勢を保ってはいるが、いつまで続けられるかはわからなかった。

神虎で戦い続ける星刻は、周囲の状況に舌打ちをする。
徐々にこちら側が押し始めているが、このままではこちらの陣形が完全に崩れるのも時間の問題だった。
「シュナイゼル!このままでは!」
「わかっていますよ。両翼を一気に砕きましょう。扇要」
「ああ。南!」
「艦首拡散ハドロン重砲セットっ!」
「七番隊、射画外へ移動」
「ゲフィオンコントロール、同調良し!いけま……」
オペレーター3人娘の声が、不自然に止まる。
一瞬息を呑んだような表情を見せた後、ハドロン砲のコントロールをしていた水無瀬が叫んだ。

「富士山内部より熱源っ!」
「何……っ!?」

扇が反応するより早く、斑鳩を衝撃が襲う。
予想外のその揺れに、ブリッジから悲鳴が上がる。

「ハ、ハドロン砲沈黙っ!?」
「他の火器も次々と破壊されていきますっ!」
「そんな、馬鹿な……っ!?」

計器が示す、斑鳩の戦闘能力の沈黙。
ひとつの狂いもなく火器だけを破壊していったのは、富士の火口から飛び出した光。
かつてランスロットが使っていたヴァリスに似たそれに誰もが息を呑んだそのとき、火口から何かが飛び出してきた。
蒼い光を描くそれは、上空にいたナイトメアを一瞬で屠り、アヴァロンの前、ランスロットの傍に降り立った。
静止して、初めて肉眼で認識できた、その機体。
それを見た瞬間、黒の騎士団側につく誰もが目を見開く。

「あれは……」
「蒼い、ランスロット……?」

そこにいたのは、紛れもなくランスロットだった。
スザクに乗るそれとはカラーリングの違う、白い機体。
背に広がるエナジーウィングは、空に吸い込まれそうな鮮やかな蒼。
銃を手にしたそれに、息を呑んだその瞬間だった。

『陛下』

オープンチャンネルで響いた声。
それは、黒の騎士団の誰もがよく知る少年のもの。

「……ライっ!?」

扇が、藤堂が、カレンが、驚きに声を上げる。
通信モニターに映ったのは、間違いなくひと月と少し前まで黒の騎士団にいた銀の少年。
ゼロと共に騎士団を去って以来、一度も戦場に出ていなかった彼の姿が、そこにあった。

不意にモニターが2つに分割される。
その片方に、白い皇帝服に身を包んだルルーシュの姿が映し出された。

『今ので斑鳩の全武装は封じたか?』
『ええ』
『追加武装は?』
『全て確認済みです。敵旗艦の火器は、全て沈黙しました』
『そうか。さすがだな』
『お褒めに預かり光栄です』

笑みを浮かべるルルーシュの横で、ライが笑う。
騎士団にいた頃には、決して見せなかった残忍な笑み。
その表情に、彼をよく知る――知っていたはずの者たちは、息を呑む。

『では』
『はい』

ルルーシュの言葉に、ライが頷く。
その紫紺の瞳が、一瞬こちらを見た気がした。

『ナイトオブゼロ、ラインハルト・ロイ・エイヴァラル。ただ今を持って戦線に復帰いたします』

はっきりと口にされたその言葉は、皮肉にも、捕虜となっていたカレンが戦線に復帰した際、ゼロであったルルーシュに告げたものと同じものだった。




2008.10.14
2014.8.29 加筆修正