Last Knights
Story08 決戦前夜
夜の帳が落ちる。
富士の上空に向けて航行するアヴァロンも、眠りに落ちる。
眠らないのは、ニーナたちフレイヤ対策チームと、夜勤についているごく一部の者たちだけだ。
そんなアヴァロンの中を、ルルーシュは1人歩いていた。
人前に出るときはつけているマントも帽子も、今はない。
服の裾を揺らしながら歩いていると、ふと通路の先に見慣れた人影を見つけた。
皇帝服と対になるようにデザインした騎士服。
マントをつけずに黒銀のそれを纏うその姿に、ルルーシュは目を細めた。
「ライ」
「ルルーシュ」
呼びかければ、気づいた彼はこちらを向き、薄く微笑む。
「どうしたんだ?日が昇ったら決戦だぞ?寝なくていいのか?」
「それはこちらのセリフだ」
ごく当たり前に言い返せば、彼は苦笑とも微笑みとも取れる、微妙な笑みを浮かべた。
「僕は……ちょっと、ね。いろいろ考えていたら、寝付けなくて」
「奇遇だな。俺もだ」
その言葉に、ライはぱちぱちと目を瞬かせる。
久しぶりに見た気がする無防備なその表情に笑みを浮かべると、ルルーシュは彼の隣に立った。
目の前には、戦艦には少ない窓がある。
そこから広がるのは日本の大地。
暗闇に飲まれたその大地を、今この目で見ることは叶わなかった。
ふと、隣のライを見る。
同じように窓から外を見つめる彼の瞳は、自分よりも濃く、紺に近い紫だ。
その紫紺が片方だけ真紅に染まることを、ルルーシュは知っている。
あの毒々しい紅に、その綺麗な紫紺を侵食されたくない。
そんな想いが胸に湧き上がる。
自分の瞳の色は、もう完全にあの紅になってしまったからこそ思う。
ライが好きだと言ってくれた紫は、本来はもう喪われているのだ。
今の色は、カラーコンタクトで作り出している偽りでしかないのだから。
そんなことを考えてしまっていたからだと思う。
もう決着がついたはずのその葛藤が、口をついて出てしまったのは。
「……本当に使うつもりなのか?ギアスを」
「みんなの前で認めただろう。今更だな」
「それは、そうだが……」
不満そうにこちらを見るライから、視線を逸らす。
ライが言いたいことはわかっている。
一度認めることを覆すなと、決めたことを貫き通せと、その紫紺の瞳が語っていたから。
それがわかったからこそ、ルルーシュは拳を握った。
そして、真っ直ぐに窓の外を見つめて、口を開いた。
「……お前が、ここまで協力してくれるとは思わなかった」
「……へえ?どうして?」
「だってお前は、ゼロレクイエムを認めていなかっただろう」
すうっと、ライの紫紺が細められる。
一気に笑顔が消えたそれに、ルルーシュは心の中でため息をついた。
それを悟らせないように、真っ直ぐにライを見つめ返す。
暫くの間、無表情にルルーシュを見つめていたライが、不意に視線を逸らした。
「『認めていなかった』じゃない。今だって認めていないよ、ルルーシュ」
一度目を閉じて、再び開いた紫紺を真っ直ぐに見つめる。
静かな、けれど確かな意志が、その上に浮かんでいた。
「ゼロレクイエムは認めない。最初から、認めていない。でも、シュナイゼルの願う世界も、僕は認めない」
フレイヤという恐怖に支配された世界。
人が人としての意志を持てず、ただシュナイゼルに従うしかない世界。
そんな世界は認めない。
それはルルーシュとスザク、そしてライが共通して持つ、変わることのない意志。
だからライは手を取った。
ゼロレクイエムという約束で繋がったルルーシュとスザク。
2人の約束を否定しながら、その2人と共に歩くことを選んだ。
ただ、シュナイゼルの世界を否定するためだけに、2人の道を容認した。
「ゼロレクイエムよりも、今はそっちを何とかする方が先だ。だから、僕は迷わない」
「何とかできたら、どうするつもりだ?」
「さあ?」
ルルーシュが一番聞きたかった問い。
それをライは笑って流す。
答えるつもりのないその態度に、ほんの少しだけ怒りが湧き上がる。
けれど、この件に関して、自分に怒る権利はないと知っているからこそ、ルルーシュは言葉を無理矢理飲み込んだ。
いつだってルルーシュを、ルルーシュを守ることを優先してくれたライ。
その気持ちを踏み躙るようなことをしているという自覚があったから、怒りをぶつけることができなかった。
「僕が君たちと結んだ契約は、あくまでシュナイゼルを倒すところまで。その後は契約外だ。シュナイゼルを倒したなら、僕は君たちと共に歩く理由はない」
そんなルルーシュの心情を読み取ったかのように、ライは告げる。
迷うことのない、はっきりとした口調で。
「けど、君との誓約を破るつもりも、ない」
「ライ……」
ライの言葉に、ルルーシュは軽く目を瞠る。
ゆっくりと、彼の紫紺がこちらに向けられた。
その瞳に浮かんでいるのは、相変わらず焦ることのない意志の光。
「君との誓約は、守るよ。たとえ、何があったとしても。そのためだけに、僕はこの世界に戻ってきたのだから」
それだけ告げると、ライはルルーシュから視線を外し、踵を返す。
「ライ……っ!」
慌てて名を呼ぶけれど、ライは振り返らない。
ただひらひらと手を振って「おやすみ」と告げると、自室の方へと去っていく。
それが、自分たちの契約に対するライのささやかな抵抗であるように思えて、彼を追いかけることができなかった。
「ライ」
ふと、呼びかけられた声に顔を上げる。
自分に与えられた部屋の前に1人の男が立っていた。
顔の半分をオレンジ色の仮面に覆われたその男の姿を見て、ライは薄く微笑む。
「こんばんは、ジェレミア卿。お散歩ですか?」
「いいや。貴公と話をしたいと思っただけだ」
真っ直ぐにこちらを見つめる琥珀の瞳は全く笑っていない。
その目に、彼の真意を悟り、ライも笑みを消した。
冷たい紫紺が真っ直ぐにジェレミアを見つめる。
「君は、本当にやるつもりか?」
「ええ。止めても無駄ですよ」
ジェレミアの問いにはっきりと答える。
その表情は、動かない。
ただ目に浮かんだ光だけが鋭くなり、真っ直ぐにジェレミアを射抜く。
「邪魔はしないでください。邪魔するというのなら、いくらルルーシュを信じてついてきてくれたあなたでも、容赦しません」
はっきりとそう告げるライの目は、本気だ。
ここでジェレミアが、ルルーシュにも明かしていないライ個人の計画を止めようとすれば、彼は抵抗するだろう。
たとえそれでこちらの戦力が少なくなったとしても、きっと彼はここを去る。
それほどの覚悟を、彼はしていた。
「……本気、なのだな?」
「ええ。先ほどから何度もそう言っています」
真っ直ぐにこちらを見る紫紺は、揺れない。
全く迷いのない瞳。
たとえそれで主が傷つくことになったとしても、彼は自分の道を曲げない。
そうすることが彼なりの信頼の証だと、断言することができるから。
「……わかった」
ふと目を閉じて言葉を発したジェレミアに、初めてライの表情が動く。
少し驚いたような表情になったライに、ジェレミアは背を向けた。
「貴公の好きにするがいい。私は何も聞かなかったことにする」
「ジェレミア卿……」
呆然とした声で自分を呼ぶ彼を振り返る。
予想どおり、驚きに瞠られた紫紺とぶつかった。
その紫紺に向け、笑みを浮かべる。
ルルーシュと合流した後の彼が浮かべるようになった、優しく包み込むような大人の笑み。
それを目にした途端、ライの目がますます見開かれた。
「私も、本当は貴公と同じ気持ちだからな」
それだけ告げると、ジェレミアは今度こそ背を向け、歩き出す。
先ほどライがルルーシュにそうして見せたように、迷うことなく、ただ前を見て。
「……ありがとうございます」
少し遅れてライの声が聞こえた。
視線だけを振り向けてみれば、その頭が深々と下げられていることに気づく。
それに薄く笑みを浮かべると、ジェレミアは視線を戻し、その場を離れる。
心はきっと、彼の計画を最初に聞かされたその瞬間から、決まっていた。
2014.8.29 加筆修正