Last Knights
Story10 切り札のカード
『陛下』
『まだだ』
モニターに映った黒銀の騎士が、白い衣装を纏った黒の王に呼びかける。
それに、王はただ一言言葉を返した。
それだけで、騎士には彼が言いたいことが伝わったらしい。
一度目を閉じると、その夜の始まりを思わせる瞳を真っ直ぐに前へと――おそらくはモニターに映っている主へと向けた。
『そうですか……。任せていただいても?』
『ああ、頼む』
王の答えに、言葉は返さず、頷く。
視線が何かを確認するように素早く動き、右手が動いたのが肩の動きで受かった。
『右翼を立て直す!第3守護陣展開!アヴァロンは後方へ!』
『イエス、マイロード』
『第一から第四特装師団は前へ!敵主力のアヴァロンへ接近を何としても阻止しろ!』
そして口から発せられたのは、指示。
指揮官が、軍全体に下すそれ。
それを目にした瞬間、シュナイゼルは目を瞠った。
「もしや、今までの指揮官は……」
ブリタニア軍に指示を出していたのはルルーシュだと思っていた。
だが、この騎士の姿を見て、今尚それを確信していられるほど、シュナイゼルは馬鹿ではない。
同時に気づく。
ずっと感じていた違和感。
ルルーシュを相手にしているときとは違う、その正体に。
『スザク!』
『ああ、わかっている!』
黒銀の騎士が、死神と呼ばれた騎士に呼びかける。
迷うことなく返ってきた答えに、モニターの中の彼が笑った。
『指揮を陛下へ!フォード隊は私とスザクについて来いっ!』
それを最後に通信が切れる。
真っ黒になった画面を見つめたまま、シュナイゼルは口元に笑みを浮かべた。
「……ルルーシュが、人を頼るとはね」
昔から人を頼らず、1人で全てを抱え込む子だった。
それはゼロになってからも変わらない。
黒の騎士団が簡単に彼を手放したことからも、それは容易に想像できる。
その、あの子が。
孤高の王であった彼が頼り、一時的にとはいえ、軍を任せるほどの人物。
そんな人物がいたことは、予想外だった。
だが、それもここまでだ。
愚かにも、彼らはシュナイゼルが感じていた違和感の正体を、オープンチャンネルで晒した。
それが彼らの失態。彼らの甘さ。
どんなに知略に長けていても、所詮は子供。
違和感の正体さえ知ってしまえば、対策などいくらでも練ることができるのだから。
「ならば、こちらも準備に入ろうか」
シュナイゼルは笑う。
ライがわざわざ全軍の前で指揮官として動いた、本当の目的。
それに気づかないまま、最後のカードを戦場に投げるために。
向かってくる暁隊を屠りながら、ライは口元に笑みを浮かべた。
ライが、わざわざ全軍の前で、皇帝の騎士としてブリタニア軍に指示を出した目的。
その狙いどおり、黒の騎士団の上層部の動きが鈍ったからだ。
今まで戦場に出なかったライが、新たな機体を得てこの場に現れたことは、黒の騎士団の上層部に少なからず衝撃を与えたらしい。
彼らは、ゼロを――ルルーシュを信用しなくなってからも、ライのことは信じていたようだったから。
蒼月から移したシステムから聞こえてくる、斑鳩のブリッジからの会話。
それを聞きながら、戦闘中にも関わらず、ライは笑みを浮かべた。
蒼月からランスロットクラブ・アルビオンに移したこのシステムは、元々非常用に蜃気楼に詰まれる予定だった、斑鳩のブリッジの遠隔操作装置の試作機だ。
ラクシャータにも内密に外部に開発させていた、ゼロとライ、そしてC.C.しか知らなかったその装置。
試作機であるが故に、接続できるのは通信機能だけだったが、今の彼らにはそれで十分だった。
結局蒼月にしか組み込まれなかったその装置を使い、ライは斑鳩の通信機能を半分ほど掌握していたのだ。
ひと月かけて成し遂げたそれのおかげで、黒の騎士団の動きはずっとライには筒抜けだった。
だからこそ、ライは昨日、アヴァロンのブリッジで断言したのだ。
黒の騎士団は『本隊のみ』この決戦に参戦する、と。
『ライ……っ!!』
唐突にコックピットに響いた声に、ライははっと視線を動かした。
同時に、とっさに機体を退く。
一瞬前までライがいたその場所を、炎の色を持った光が襲った。
それは紛れもなく輻射波動の光。
ライが、ひと月と少し前まで使っていたものと同じ武装。
これを攻撃に使うのは、蒼月が騎士団から失われた今、ただ1人しかいない。
「カレンかっ!?」
とっさに機体を振り向ければ、視界に入ったのは紅い機体。
有線で射出された腕をシールドで弾く。
『どうしてっ!どうしてあなたまで、こんなっ!!』
「それはこっちのセリフだ!カレンっ!」
そのまま突っ込んできた紅蓮を避け、叫ぶ。
すれ違いざまに、腰にマウントされたヴァリスを引き抜き、数発放った。
牽制として撃ったそれは、紅蓮に当たることなく空の彼方へと消える。
「君たちは何故シュナイゼルについたっ!フレイヤを使うあの男にっ!」
『そうしなければ、あなたたちを止められないからっ!!』
「だから容認するのかっ!あの男を、またっ!!」
『また……?』
ライの言葉に、ぴくりとカレンが反応する。
そのときに、ライはぎっと紅蓮を睨みつけた。
「また、だろうっ!黒の騎士団は、あの男を認めて、彼を認めなかったっ!」
『だが、それはっ!!』
「……っ!?」
突如飛び込んできた声に、レーダーに映った機影に、ライは息を呑む。
けれどそれは一瞬で、すぐにMVSを抜き、襲い掛かってきた刃を受け止めた。
『あの男が、我々を騙していたからだっ!!』
「藤堂鏡四郎……っ!!」
目の前に飛び込んできたのは、自分がひと月前まで乗っていた蒼い機体と酷似した、黒い機体。
乗っているのは、あの日ルルーシュを追いかけようとした自分を止めた男。
自分がルルーシュを信じているのは、ギアスをかけられているからだと決め付けた、愚かな武人。
「まだそんなことを言っているのか、あなたは……っ!」
『事実だろうっ!!』
「事実かどうか、確かめる努力すらしなかった貴様が……っ!!」
ひと月前と何ひとつ変わらない感情を宿している藤堂の刃を、全力で弾き返す。
それでも向かってくるそれに、決定的な一撃を加えようとしたそのとき、突如コックピットを衝撃が襲った。
「ぐぅ……っ!?」
『ライっ!!』
スザクの声が聞こえたのと同時に、機体の側を赤い光が駆け抜けていく。
その先にいた紺色の機体が、慌てたように飛び去った。
「暁直参仕様……。千葉凪沙か……っ!」
『大丈夫か!?』
「ああ。すまない、スザク。助かった」
通信モニターに映ったスザクに笑みを浮かべてみせれば、彼はほっとしたように笑みを返した。
けれど、それはすぐに緊迫した表情に戻る。
『スザク……っ!!』
『……カレンっ!?』
紅蓮が輻射波動を起動させ、ランスロットに襲い掛かった。
それを寸前で避けたランスロットのエナジーウィングから、エネルギー矢を放つ。
それを同じくエナジーウィングを使って回避する。
『あなたたちは、私が……っ!!』
「スザクっ!!……っ!?」
『ライっ!貴様らは、我らがここで……っ!!』
ランスロットに加勢しようとしたランスロットクラブに、斬月の刃が襲い掛かる。
それを再びMVSで受け止め、ライは舌打ちをした。
「……残念です、藤堂さん。あなたや扇さんは、もっと人を見る目がある人だと思っていました」
『権力に塗れた今の貴様が、そんなことをよく……っ!!』
くっと、ライの唇が弧を描いた。
一瞬銀髪の下に隠れた紫紺が、真っ直ぐ斬月に向けられる。
再び照明の下に晒されたそれは、僅かに雰囲気を変えていた。
「否定はしないさ。ああ、そうだ。もうひとつ、否定をやめようか」
『何……?』
「私が騎士団を去った日、お前たちに告げた言葉を覚えているか?」
くつくつと笑いを漏らすライに、藤堂は目を瞠る。
同時に思い出されているのは、ひと月と少し前のあの日。
ゼロが脱走し、ライとC.C.がそれを追いかけて騎士団を去ったあの日に、ライ自身が斑鳩のブリッジで幹部たちにぶつけた言葉。
「『ルルーシュは、僕にギアスをかけていない』。それを今、否定する」
その言葉に、藤堂が、カレンが目を見開き、スザクが目を細める。
予想していなかったその言葉に、紅蓮の動きが一瞬止まる。
その隙を突いて、ランスロットが紅蓮を思い切り蹴り飛ばした。
「私は、ルルーシュのギアスにかかっているさ。そう、今は……っ!!」
そう。あの時は確かに、ライはルルーシュのギアスにはかかっていなかった。
でも今は違う。
今のライには、ルルーシュのギアスがかけられている。
ライ自身が望んだ、ルルーシュとの約束として。
「だから、私は『生きる』っ!」
その瞬間、ライの紫紺を、紅い光が縁取った。
MVSが斬月の刃を弾く。
そのまま機体を退き、その場でバック転でもするかのようにくるりと一回転すると、MVSを振りかざし、すれ違いざまに斬月の左足をもぎ取った。
『ぐ……っ!!』
『藤堂さんっ!?』
衝撃に藤堂のくぐもった呻き声が漏れ、傍にいたカレンが悲鳴を上げる。
それにかまわず、止めを刺そうと機体を反した、そのときだった。
『準備は整った』
「……っ!?シュナイゼル!?」
インカムから直接耳に届いた、シュナイゼルの声。
斑鳩のブリッジを通して伝えられるそれに、ライはランスロットクラブをその場に静止させる。
『ナナリー、照準は合わせてある。黒の騎士団の戦力が低下した今、フレイヤという力で』
『……はい』
「ナナリーっ!?」
シュナイゼルの口から告げられた名前に、それに返事を返した少女の声に、紫紺の瞳が思い切り見開かれた。
今の会話が示しているのは、ただひとつ。
フレイヤのスイッチをナナリーが持っていて、それが今まさに使われようとしている。
その事実に、ライは思い切り舌打ちをした。
「ちぃっ!スザクっ!!」
『ああ、わかったっ!!』
『待てっ!!』
『行かせないっ!!』
一気に飛び上がるランスロットクラブを、斬月が追いかけようとする。
その間にランスロットが割り込み、行く手を阻む。
紅蓮と斬月――黒の騎士団の現エース2機を押し付けてしまったことに申し訳なさを感じたが、それはすぐに押さえ込んだ。
片手で通信機を操作しながら、上空へと飛び上がる。
既に機能は音声のみに切り替えてはいたが、周波数を合わせている時間はない。
だから、戸惑うことなくオープンチャンネルで回線を開いた。
『お兄様の罪は、私が……』
そう呟いたナナリーが、今まさにフレイヤの発射スイッチを押そうとした、そのときだった。
「撃つなっ!!ナナリーっ!!」
ライの左目が、紫紺から真紅に変わる。
声を発すると同時に、その瞳に宿った刻印が、まるで鳥の翼のように羽ばたいた。
2014.8.24 加筆修正