月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story07 ただひとつの欠点

微笑んでいたライの顔が、すぐに真剣なものに戻る。
一度視線を落とした彼は、真っ直ぐにルルーシュを見て口を開いた。

「ただ、ひとつだけ欠点がある」
「欠点?お前のギアスに?」
「ああ」

ルルーシュの問いに、頷く。
一度下ろした右手で、もう一度自身の左目に触れた。

「僕のギアスは聴覚が媒体。ルルーシュのように、相手の目を見る必要はない。相手が僕の声を認識すれば、通信越しでもかけることは可能だ。けれど、その他の条件は変わらない」
「それは使用回数のことか」
「ああ。僕のギアスも、1人に一度しか聞かない」

視覚が媒体ではない分、そして通信でも使用可能な分、ライのギアスはルルーシュよりも強力だ。
だからこそ、ライは今までそれを一度も使おうとはしなかった。
それほど強力なそれの、欠点。
現状においてそれを指摘するなら、それはただひとつ。

「僕のギアスは、シュナイゼルには使えない」

そう、それが最大の欠点。
最も動きを封じるべき人物に、ライのギアスはもう使えないのだ。
その言葉に、ルルーシュは思い切り眉を寄せる。

「どういうことだ?」
「ルルーシュ、覚えているかな?まだスザクがユーフェミア皇女の騎士になったばかりの頃に黒の騎士団が行った、ランスロット捕獲作戦」
「ルルーシュが、僕にギアスをかけた、あの?」
「ああ」

スザクの問いに、ライは頷く。
それはまだ、スザクがユーフェミアの騎士になったばかりの頃。
ゼロが、スザクを捕獲し、仲間に引き入れるために行った作戦だった。
結局シュナイゼルと、おそらくはV.V.の介入で失敗に終わったそれは、スザクにとって、そしてライにとっても大きな変化を齎す出来事となった。
スザクは『生きろ』というギアスをかけられ、ライは自ら捨てた記憶を全て思い出したのだから。

「あの頃、僕はまだギアスの使い方を思い出していなかった」
「そうだったな。お前はよく私に対してギアスを使っていたが、あれは全部感情の高ぶりが原因で無意識に行ったことだった」
「ああ。それまでは対象が全部C.C.だったから問題なかったけれど……。あの時、実は僕は、君とカレン以外の黒の騎士団全員にギアスを使っている」
「何っ!?」
ライの思わぬ告白に、ルルーシュは思わず声を上げる。
その慌てぶりに、C.C.が呆れたようにため息をついた。
「安心しろ、ルルーシュ。こいつが騎士団に対して命じたのは、『自分にかまうな』という命令だ」
「何でそんな命令を……?」
今度はスザクが首を傾げる。

確かに、それだけ聞けばおかしいと思うだろう。
状況を考えれば、ゼロとカレンを探せと命令するべきだ。
けれど、ライはそれをしなかった。
違う。できなかったのだ。
そのときギアスを使ってしまったのは、彼の意志ではなかったのだから。

「お前たちとカレンだけが行方不明になったとき、ライは自分を酷く責めてな。1人になりたがっていたのを、騎士団の連中が放っておかなかったんだ」
「それで感情が高ぶって叫んだ言葉にギアスが反応したんだ。僕自身は、使ったつもりはなかったんだけどね」
「それで、俺たちがいない間お前が何処にいたのか、誰も知らなかったのか」
「ああ」

1年越しの疑問の答えに行き着き、納得したように呟いたルルーシュに、ライは肯定の言葉を返す。
それが暴走の兆候だと気づいたのは、記憶を取り戻した後の話だ。
そのときのことを思い出し、ライは軽く頭を振る。
その後に自分が起こした行動。
それによって生まれた後悔。
それに思いを馳せている時間は、今はない。
だから浮かんだ想いを再び鎮めるため、一度大きく息を吐いた。

「まあ、騎士団の方はいいんだ。ジェレミア卿に頼んで全員にギアスキャンセラーをかけてもらったから、問題ない」

はっきりとそう告げたライの言葉に、驚きの声を上げたのはC.C.だった。
金の瞳が、勢いよくライとジェレミアに向けられる。
「お前たち、そんなことをしていたのか」
「ああ。理由は教えてもらっていなかったが、まさかそれが理由だったとは」
「念のため、のつもりだったんですけど。まさかこんな風に役に立つ日が来るとは思いませんでしたよ」
そう言って、ライは苦笑する。

そう、念のためだった。あくまでも。
それでも懸念はあったから、ギアス響団の作戦のあと、超合集国設立のときにジェレミアに頼んだのだ。
騎士団の幹部――即ち、創設メンバー全員に、ギアスキャンセラーをかけてほしいと。
ルルーシュがカレンと咲世子以外の騎士団メンバーにギアスをかけていないことを知っていたから、迷わず頼んだ。

「それで、ここからが問題なんだけど」

黒の騎士団は、今話したとおり問題はない。
もしも彼らがフレイヤを撃つようなことがあっても、ライのギアスで止めることができる。
問題は別のところにあった。

「僕がその後、神根島に君たちを探しに行ったことは話したよな?」
「ああ」
「そのとき、僕はブリタニア軍に対してもギアスを使っている。たぶん、君たちが降りてくる前、あの遺跡にいた全員が僕のギアスにかかったはずだ」
遺跡という言葉に、スザクがはっと目を見開く。
彼の告げる遺跡がどこか、そのときのそこがどんな状況だったのか、気づいたのだろう。
ルルーシュもまた、同じように目を見開いて、その表情を歪めていた。
「あのときあそこにいたのって、確か……」
「ロイドさんにバトレー、そして……」
「シュナイゼルか……」
ルルーシュの言葉に、ライは頷く。
その答えに、ルルーシュはその拳を強く握り、舌打ちをした。

「だから、シュナイゼルに僕のギアスは効かない。もしもフレイヤ発射ボタンをシュナイゼルが握っていたら、僕のギアスでは止められない」

絶対遵守のギアスは1人に一度しか効果がない。
その条件はルルーシュもライも変わらない。

「ギアスを使うには、その前にジェレミア卿にギアスキャンセラーを使ってもらう必要があるけれど」
「さすがに、ダモクレス全体にかけることは出来かねます。それに、効果範囲が広大になってしまう分、下手に使えば我が軍の兵士にも……」
「ギアスキャンセラーが届き、ギアスが解けてしまうか……」

今のブリタニア軍は、ルルーシュのギアスによって統率されている。
そのギアスが解けてしまえば、彼らが素直に従うとは保障できない。
いや、正気に戻ってしまえば、彼らは確実にルルーシュに反旗を翻すだろう。
ルルーシュの頭の中にある戦術は、彼らの犠牲を前提としたものであるのだから。

「だから、これは一種の賭けだ」

ライが再び口を開いた。
その目には、先ほどまでの不安と焦燥はない。
ただ強い意志を宿した光だけが、彼の紫紺の瞳に浮かんでいた。

「僕がギアス能力者だと知っているのは、このアヴァロンにいる人間だけだ。シュナイゼル以外の誰かがスイッチを握っていて、それが撃てなくなれば、シュナイゼル自身もギアスにかかったと思い込む可能性がある」
「だが、スイッチを握っているのが、シュナイゼルだったとしたら」
「僕では止められない。そのときは、ニーナの装置に頼るか、兵に爆破させるしかない」

ニーナの装置が間に合わなければ、兵を特攻させ、爆破する。
それが彼らの命を散らすものだということも、理解している。
けれど、しなければならない。
今ここで、ルルーシュが倒れるわけにはいかないのだから。

「本当に、賭けだな」
「だが、試す価値はあるだろう?」
「……ああ」

一度息を吐いて、ルルーシュ顔を上げる。
真っ直ぐに自分を見つめる紫紺を見返し、ふっと笑みを浮かべた。

「その手に賭ける。頼むぞ、ライ」
「了解」

ルルーシュの言葉に、ライも笑う。
それにより深い笑みを返すと、ルルーシュは周囲を見回した。

今ここに集うのは、ルルーシュの意志を、目的を知り、それでも付き従ってくれるかけがえのない仲間だ。
ルルーシュをただ1人の主と決め、ついてきてくれたジェレミア。
同じく騎士団を裏切り、戻ってきてくれた咲世子。
ルルーシュたちの真意を知り、そのうえで手を貸してくれるセシル。
ふざけているようではあったが、きっと彼女と同じ想いを持ち、ついてくれたロイド。
自分の犯した罪を認め、それを償おうとしているニーナ。
全てを知り、時には意見をしつつも、同じ道を共に歩き続けてくれる騎士、ライ。
一度は道を違え、けれど今では同じ目的のために手を取り合った騎士、スザク。
そして、ずっと傍にいてくれた、共犯者である魔女、C.C.。

おそらくは、これが最後なのだと思う。
彼らと同じ場所でこうして話をすることは、きっともうない。
だからこそ、決意と感謝を込めて、口を開いた。

「この戦い、必ず勝つ。シュナイゼルの世界を否定し、明日を掴むために」

未来を、願う明日を、手に入れるために。
そのために、恐怖で人々を縛ろうとするシュナイゼルを否定する。
それが人々の望む明日でないと、知っているから。

「すまないが、皆、力を貸してくれ」
「「イエス、ユアマジェスティ」」

その場にいるC.C.を除いた全員が、ブリタニア式の礼を取る。
真っ直ぐに自分を見つめる仲間たちを見回し、ルルーシュは微笑んだ。



全ては、この戦いで決まる。
目的を果たすためにも、負けるわけにはいかない。
昨日を、今日を乗り越えて、明日を掴むために。
そのためだけに、自分は最も嫌っていたこの地位に立ったのだから。




2008.10.12
2014.8.24 加筆修正