Last Knights
Story06 折れない意志
現在のブリタニア軍の旗艦となっている浮遊航空艦。
そのブリッジに、新皇帝派の主要な人物が集まっていた。
ギアスではなく、自らの意志で新皇帝につき、戦うことを決めた人々。
その視線が、前方に表示されたモニターに集中している。
それを操作しながら、セシルは重々しく口を開いた。
「各境界の我が軍と黒の騎士団は、現在緊張状態にあります。これ以上の増援は難しいかと」
「となると、やはりこちらで動かせるのは、今日本にいる軍だけ、ということになりますね」
「そうだな。後は黒の騎士団がどう出るかだが……」
スザクの言葉を受け、ジェレミアがそう呟いた、そのときだった。
「黒の騎士団本隊は、シュナイゼルと手を組むそうだ」
ブリッジ後方の扉が開くと共に、耳に届いた声。
普段とは違い、少しばかり怒りを滲ませたそれに、誰もがそちらを振り返った。
そこにいたのは、先ほどまで格納庫に詰めていた黒銀の騎士。
紫紺の瞳に怒りを浮かべたライが、そこにいた。
「ライ」
「その情報の真偽は?」
「確定情報。覆されることはないですよ」
はっきりと告げたライに、スザクとC.C.が目を細め、ジェレミアとセシル、咲世子がため息をつく。
「予想どおりと言ったところか」
「ああ。あちらはルルーシュの行動に怒っているようだからね。自分たちのことは棚に上げて」
「まだ怒っているのか、ライ」
「許せるとでも思ってるのか?C.C.」
「まあ、許さないだろうな、お前は」
黒の騎士団が、日本の返還と引き換えにゼロ――ルルーシュをシュナイゼルに売り渡そうとしたこと。
それは彼の素顔を知り、騎士団に参加していたC.C.、ジェレミア、咲世子の3人にとっても許せないことだった。
だが、ライの怒りはその比ではない。
最初からゼロをルルーシュと知り、ギアスという力すら知った上で手を取った。
その上で、ずっとルルーシュを傍で見続けてきた。
孤独も悲しみも後悔も、そして決意も、全て傍で受け止めてきた。
その彼には、黒の騎士団がルルーシュにぶつけた言葉が、現実が許せなかった。
何も語ろうとしなかったルルーシュ自身にも、責があることは理解している。
けれど、黒の騎士団のメンバーも、ゼロに対して歩み寄ろうとはしなかった。
それをしたのは、黒の騎士団を抜け、今も尚ルルーシュの傍に居る者だけだと知っていた。
だからライは許せない。許そうと思わない。
ルルーシュを利用してきたくせに、正体を知った瞬間に切り捨てた騎士団を、許さない。
一度目を閉じたライが、深く深呼吸する。
そうして湧き上がった怒りを静めると、手にした小型端末を操作し、口を開いた。
「あちらの戦略は、黒の騎士団本隊とダモクレス。黒の騎士団にはトリスタンが、ダモクレスにはモルドレッドが合流していることが確認できた」
「ジノとアーニャか……」
それぞれのパイロットの名を呟いたスザクが、目を細める。
かつて、ナイトオブラウンズだった頃、最も近しい場所にいた同僚。
先日の戦闘に姿を見せなかったナイトオブナインを含め、生き残った彼らはシュナイゼルの側についた。
もう捨てたはずなのに、何か思うところがあったのか、スザクは目を伏せる。
それを横目で見ていたC.C.が、ふうっと大きなため息をついた。
「考えると、ずいぶんこちらが不利だな。あちらにはエース級のパイロットが多くいるが、こちらはスザクとジェレミアのみ。達人同士の戦いになれば、どれほど持つか」
「2人じゃない。3人だ」
はっきりと告げられた、否定の言葉。
その言葉に、誰もが驚き、その主に視線を向けた。
「ライ?」
「クラブが完成した。この決戦、僕も出る」
はっきりと告げられたその言葉に、既に話を聞いていたスザク以外の誰もが驚き、息を呑む。
黒の騎士団を出てから、一度も戦場に出ることのなかった銀の騎士。
かつては紅蓮と共に騎士団最強のダブルエースとして戦場を駆けた彼が、新たな剣を得て戦場に戻る。
それがこの戦いにおいてどんな意味を持つか、わからない者はいなかった。
「システムは?」
「蒼月から全て移した。あっちは、もういつでも廃棄できる」
スザクの問いに、ライは迷うことなく答える。
その答えに、スザクは目を細めた。
中華連邦に渡った頃から大切にしていた愛機を捨てると言ったのは、彼の覚悟そのものだ。
それを知っているからこそ、スザクは何も言わず、C.C.は薄く笑みを浮かべた。
「第九世代ナイトメアフレームが2機か。これは心強いことだ」
「でも、クラブは急ごしらえですから。心配な部分もありますが」
「大丈夫ですよ、セシルさん。僕の乗っていた機体は、全部そんな感じのものでしたから」
青い月下も同じような意味合いで与えられた機体だった。
蒼月は、ルルーシュがライのために用意した機体だったけれど、製作者のラクシャータは初めて試す装備を積んだと笑っていた。
だから大丈夫だと、漸く本来の表情を見せ、ライは笑う。
それにセシルが、多少複雑そうな表情のまま微笑み返したときだった。
「なるほど。では、こちらの切り札は全て使えるということか」
ブリッジに響いた、声。
それはまだ自室にいるはずの、自分たちが望んで仕える主のもの。
「ルルーシュ!?」
「ルルーシュ様!」
扉から入ってきた、白い衣装に身を包んだ皇帝。
マントも帽子も身につけ、悠然とした足取りで入ってきた彼は、ブリッジに用意された玉座の前に立つ。
その紫玉の瞳で真っ直ぐにその場にいる者たちの顔を見回し、ふっと笑った。
「心配かけてすまなかったな」
穏やかなその表情に、スザクとC.C.が目を細め、ライは視線を落とす。
彼らとジェレミア、そして咲世子は、ルルーシュが何よりもナナリーを大切にしていた事実を知っている。
だからこそ、彼女をも敵とすると決めたルルーシュを見ているのが、辛い。
けれど、奮い立たせたのは3人であり、その道を阻まないと決めたのはジェレミアと咲世子自身だ。
だからこそ、彼らは何も言わない。言えない。
「ルルーシュ様……」
「そんな顔をするな、咲世子。俺は大丈夫だ」
ただ名を呼ぶことしかできない咲世子に、ルルーシュは笑みを返す。
彼女が自分を、そしてナナリーを大切にしてくれていることを、ルルーシュは知っていた。
一度は黒の騎士団を選び、ナナリーの傍から離れた彼女が、こうして自分の意志を持ってここに戻ってきたことが、その証明だ。
それに感謝する権利はあっても、責める権利はない。
もう一度名前を呼ぼうとする咲世子を手で制し、ルルーシュは前へと向き直った。
視界に、意志を持ってこの場に集った全員が入る。
全てを知ってなお、ついて来てくれる部下――いや、仲間たち。
その彼らを真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「この決戦、全てをかけた戦いになる」
「おそらくは、これが最後」
「ああ。勝った方が、世界を制する」
ルルーシュとシュナイゼル。
この戦いを統べる、2人のキング。
勝者となったどちらかが、この世界を手に入れる。
だからこそ、負けられない。
願う明日のために、負けるわけにはいかない。
シュナイゼルが勝利したそのときに、明日はないと知っているから。
「そのために、ニーナとロイドには急いでもらわなければならない」
トウキョウで保護したニーナには、ロイドと共にアンチフレイヤ装置の開発に関わってもらっている。
フレイヤを造った本人である彼女ならば、他の誰よりも短い時間でそれを完成させてくれるだろう。
そう思うと同時に、不安もあった。
ルルーシュは、ユーフェミアを殺したゼロ本人だ。
ニーナが憎み、その手で殺そうとした、ゼロ。
その自分に、彼女が手を貸してくれる保証なんて、何処にもない。
「ルルーシュ」
一度足元へ落としてしまった視線を、上げる。
声のした方へ向ければ、そこには薄い笑みを浮かべたライがいた。
目が合うと、彼はますますその笑みを深める。
「ニーナは、必ずやり遂げてくれるよ」
「……だと、いいが」
「大丈夫。だって、彼女は強くなった」
「そうだね。最後にトウキョウで会った彼女とは、別人みたいだ」
ライの言葉に、スザクが同意する。
彼が見た最後にニーナは、自分の齎した結果を受け入れられず、怯えていたと言った。
けれど、先ほど様子を見てきた彼女には、そんな様子は全く見られなかった。
ただ真っ直ぐに前を見つめ、歩いていこうとする目。
ライが、まだゼロの正体を知る前のカレンが良く見せていたそれと同じ目を、ニーナはしていた。
「でも、だから、彼女がやり遂げるまで、僕が代わりをする」
「……ライ?」
笑みを消し、はっきりと告げるライに、ルルーシュは目を瞠る。
一度目を閉じた彼は、周囲を見回した後、その紫紺を真っ直ぐにルルーシュを見た。
「シュナイゼルがフレイヤを使い出すまでに『あれ』が完成しなかった場合、僕がギアスを使う」
「ライっ!?」
その言葉を聞いた瞬間、ルルーシュは驚きに声を上げた。
それは、ライが再会してから一度も使わなかった力。
そしてルルーシュも、その力を二度と彼に使わせるつもりはなかった。
ライのギアスは、一度暴走している。
1年前にも、二度目の暴走の兆候を見せていたとも聞いている。
次に暴走すれば、一体何を引き起こすかわからない。
だからこそ、使わせなかった。使わせたくなかった。
その暴走が齎す結果を、ルルーシュ自身も身に染みて知っていたから。
「駄目だっ!お前は……」
「君の許可は要らない」
「……っ!?」
「駄目だと言われても、僕はやる」
はっきりとそう告げるライに、ルルーシュは息を呑む。
こういう態度を取るときのライは、頑なだと知っていた。
どんなに説得しても、叫んでも、絶対に折れない。
それがルルーシュの意志に反することだと知っていても、絶対に自分の意志を曲げないのだ。
現に、今もそう。
ライは退くどころか、薄く笑みを浮かべた。
「無理矢理やめさせようとしても無駄だよ。僕にはもう、君のギアスは効かないはずだ」
「だが……っ!」
ルルーシュが、ばっとライの隣を見る。
そこにいる人物と目が合い、口を開くよりも、ライが言葉を発する方が早かった。
「ジェレミア卿。それは使わないで下さい」
ジェレミアが、表情を変えずにライを見る。
ライもまた、その琥珀の瞳を見返した。
「これは、必要なことです」
はっきりと告げる紫紺の瞳に浮かぶのは、強い意志の光。
何者にも汚すことのできない、高貴な色。
少しの間その目を黙って見つめ返していたジェレミアは、やがて小さく息を吐き出すと、頷いた。
「……わかった」
「ジェレミアっ!!」
「申し訳ありません、陛下。ですが、私も必要なことと思います」
思わず声を上げたルルーシュに向かって、ジェレミアは迷うことなく言葉を返す。
この場にいる誰もが、既にライのギアスを知っている。
それが、フレイヤを止める可能性を持つものだということも、理解している。
だからこそ、止めることはできない。
シュナイゼルに勝つことを優先するならば、使えるものは全て使うべきだと、理解しているから。
「ルルーシュ」
それでも何とかライの意志を変えようとするルルーシュに向かって、今度はスザクが口を開いた。
その声に、ルルーシュは勢いよく彼を振り返る。
焦りを通り越し、怒りすら浮かべた紫玉の瞳を、スザクの翡翠が真っ直ぐに見つめた。
「これは、ライが決めたことだ。君が否定できることじゃない」
「スザク……っ!」
「そうだな」
「C.C.!!」
まさか、ギアスのことを誰よりも知っている魔女までもが同意すると思わなかったのだろう。
C.C.の言葉に、ルルーシュは悲鳴のような声を上げた。
朝日の光を映した金の瞳が、真っ直ぐにルルーシュの紫玉を見つめる。
「諦めろ、ルルーシュ。こいつが頑固者だということは、お前も知っているだろう」
「だが……」
「ルルーシュ」
それでも納得しようとしないルルーシュに、再びライが声をかける。
先ほどからまったく色を変えない紫紺を見て、ルルーシュは息を呑んだ。
言葉を止めたルルーシュに向かい、ライは微笑む。
いつもの穏やかな表情ではなく、強い意志を持った笑みで、笑う。
「君のために僕がギアスを使おうとしていると思うなら、それは間違いだよ」
「何……?」
思わぬ言葉に、ルルーシュが僅かに瞠目する。
そんな彼に向かって微笑むと、ライは笑みを消した。
瞳に宿した確かな意志は変わらないまま、ただ真剣な表情をルルーシュに向ける。
「君のためじゃない。これは、僕のためだ」
ひゅっとルルーシュが息を呑んだ。
再会してから今まで、ルルーシュのことを最優先に考えてきた、ライが告げた言葉。
今まで告げられたことがなかったからこそ、ルルーシュは驚く。
「僕が、もう二度と後悔しないために。僕は、そのためにこの力を使う」
ライの右手が、彼自身の左目に触れる。
ルルーシュとC.C.だけが見たことがある、その瞳の色。
ルルーシュと同じ刻印を浮かべた真紅の瞳。
紫紺にその色が薄っすらと浮かび上がったような気がして、ルルーシュは息を呑んだ。
「誰にも邪魔はさせない。それが、君だったとしても」
「ライ……」
変わり始めたその色が物語る、ライの覚悟。
ライは本気だ。
ルルーシュにギアスをかけることになろうとも、その意志を曲げることはない。
誰よりも――本当ならばルルーシュよりも気高く、強い心を持った、古の王。
『狂王』と呼ばれた頃の面影すら感じさせるほど、強い意志を浮かべた顔。
この表情を浮かべたライの心を折れたことは、今までに一度もなかった。
だから、これ以上何も言っても駄目なのだと、彼の意志は変わらないのだと、漸く悟った。
「……わかった」
本当は使わせたくはない。
二度とあんな想いをさせたくない。
けれど、それをライが選ぶのならば、自分に止める権利はないことを、本当は痛いほど知っていた。
だから、ルルーシュはため息をひとつだけついて、笑う。
彼を信じているからこそ、疑っていないからこそ、真っ直ぐにその目を見て、託す。
そうすれば、ライも笑みを浮かべて答えてくれると、知っていた。
「もしものときは、頼むぞ」
「ああ、もちろん」
予想どおり、ふわりと笑ったライは、はっきりと答える。
その事実に、ルルーシュは浮かべた笑みをほんの少しだけ深めた。
2014.8.24 加筆修正