月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story05 決意と覚悟

「ライ、ここにいたのか」
「スザク」

新しい機体のコックピットに繋いでいた端末から顔を上げる。
隣に立ったのは、自分と同じ、僅かに色の違う騎士服を纏った黒の騎士。
かつて友人だった、今では戦友と呼ぶべき立場に居る彼に、ライは笑みを浮かべた。
「ルルーシュは?」
「今はC.C.と話してるよ」
スザクの問いに、ライは軽い口調でそう答え、端末に視線を戻す。
黙々と作業を続けるライに、スザクは目を細めた。

「君は傍にいなくていいのか?」

スザクの言葉に、ライの手が一瞬止まる。
そのままくるりと、紫紺の瞳が翡翠のそれに向けられた。
「何?心配してくれるのか?」
「誰が」
ふいっと視線を逸らすスザクに、ライは笑みを浮かべる。
視線を戻し、作業を再開しながら、気づかれないように息を吐き出した。

「何だかんだ言って、一番ルルーシュの傍にいたのは彼女だし、ね」

ライは、一度逃げた。
アッシュフォード学園から、黒の騎士団から、世界から――そして、ルルーシュから。
自分の力を恐れ、逃げ出したライは、記憶を取り戻したあの日から再会するまでの間、ルルーシュの傍にはいなかった。
けれど、C.C.は違った。
ライがいない間も、彼女は確かにルルーシュの傍にいたのだ。

それは、今も尚ライの心に後悔を残す、変えようのない事実。
痛みを浮かべ、ほんの僅かに細められた紫紺の瞳を見て、スザクは目を細める。
そのまま視線を目の前の機体に動かすと、呟くように尋ねた。

「……機体の調子は?」
「順調。決戦までに、ロールアウトは可能だって、ロイド博士が言ってた」

ライがナイトオブゼロとなってから今まで一度も戦場に出なかったのは、第一に機体がなかったからだ。
黒の騎士団時代に使っていた蒼月で戦場に出ることもできた。
けれど、ライ自身がそれを拒否したのだ。
あれは黒の騎士団の機体であり、ナイトオブゼロとしての自分の機体ではないから。
黒の騎士団のライではなく、ナイトオブゼロのラインハルトとして戦場に立ちたいからと、ライが拒んだ。
そもそも、あの機体で今の紅蓮と対等に戦えるとは思わない。
だからこそ、ライは望んだ。
スザクと対になる、新しい機体を。

「テストなしにいきなり実戦か」
「大丈夫だよ。そういうのは慣れてる」

黒の騎士団時代に乗っていた機体も、試作機の意味合いの強い機体ばかりだった。
突然与えられ、マニュアルを読むだけで実戦に出ることは、もう慣れている。
だから大丈夫だと、ライは笑う。
その笑みが、不意に消えた。

「……スザク」

名を呼ばれ、スザクの視線がライに戻る。
ライは、視線を上げることはしなかった。
ただ端末の画面を見つめたまま、手を動かし続ける。

「この戦い、今までで一番激しいものになる」
「ああ。シュナイゼルは、全力でこちらを叩き潰しに来るだろうな」

ダモクレス、フレイヤ、そして黒の騎士団。
世界がルルーシュを敵と見なした今、シュナイゼルは使える全てのものを使って攻めてくるだろう。
完全なる『虚無』の存在である彼に、隙など、きっと存在しない。

「だから、こちらも全てのカードを出す」

ライの言葉に、スザクは目を見開いた。
ルルーシュの使っていない、最後のカード。
その存在を知っていながら、黒の騎士団時代から決して使うことのなかったそれを、今はスザクも知っていた。

「ライ?まさか……」
「ニーナは、きっとやってくれる。けれど、それが開戦に間に合うという保証はない」

自分の研究が世界に齎した、結果。
それを目にしたニーナは、進んでこちら側についた。
今はロイドやセシルと共に、対フレイヤ装置を作ろうと必死になっている。
けれど、ライの言葉どおり、それが間に合う保証はないのだ。

「だから、そのときは僕がフレイヤを『無効化』する」

ぴたりとキーボードを叩く手を止め、ライは宣言する。
その言葉の意味を、スザクは知っていた。
ライの過去を聞いたから。
ライの持つ力を、知っていたから。

「……ルルーシュは、許可したのか?」
「許可をもらう必要はないよ」

あっさりとそう告げるライに、スザクは驚く。
それが気配でわかったのか、ライは端末に視線を落としたまま、薄く笑った。

「僕は君と同じルルーシュの騎士だ。彼を守るための行為に、彼の許可をもらう必要はない」

主を守ることは、騎士に与えられた義務であると同時に最大の権利だ。
その権利を行使するために主の許可を得る必要はない。

「彼を守るために、僕と彼の誓約のために。そのために、私はもう一度、この名を名乗ると決めたのだから」

ラインハルト・ロイ・エイヴァラル。
それは、かつてライ自身が恐れ、封印した彼の本当の名前。
ルルーシュとC.C.しか知らなかった、記憶を失う以前のライの名前だ。
記憶と共に捨てたはずのそれをもう一度名乗ったのは、ライの覚悟の証だった。

「ライ……」

スザクが目を細め、彼の名を呼ぶ。
その声に、ライもまた目を細めた。

「悪魔と呼びたければ呼べばいい。狂王と罵りたければ罵ればいい。それでも、ルルーシュが前へ進むと決めたなら、僕は彼と共に歩く」

健やかなる時も病める時も、彼を支え、共に歩くと誓ったから。
その誓いを、今度こそ守るために、盾であることを望んだ自分は剣となろう。

「もう、絶対に傍を離れたりしない」

キーボードに乗せた拳を、ぎゅっと握り込む。
その瞳が、目の前にある端末ではなく、ここではない何かを映す。
強い意志を浮かべたその瞳に、スザクもまた頷き、目の前の機体を見上げた。




2008.9.15~2008.9.23 拍手掲載
2014.8.24 加筆修正