Last Knights
Story04 剣と盾と鎧
ただ1機アッシュフォード学園に残っていたはずの航空艇が、アヴァロンに着艦する。
扉が開いた瞬間、ライはその中から飛び出した。
ルルーシュに変わり、各国代表との『交渉』を続けていたはずの彼の姿に、その場にいた兵士が驚く。
だが、皇帝の騎士である彼に意見できる者がいるはずがない。
周囲の声を無視して格納庫を飛び出すと、ライは一直線に目的の部屋へと走った。
「ルルーシュ!C.C.!スザク!」
自動式の扉が開くのを待つことすらもどかしく思いながら、開いた扉の中に飛び込む。
声をかけた瞬間、二対の瞳がこちらを向いた。
「……ライ、か……」
チーズ君を抱いたまま、ソファに腰掛けたC.C.が、飛び込んできたライの名を呼ぶ。
「……学園は?」
「ジェレミア卿に任せてきた。それよりも……」
スザクの問いに簡潔に答え、ライは視線を動かす。
探し人であるルルーシュは、本が並んだ棚の隅に手をついて立っていた。
その顔が、勢いよく上げられる。
紫玉の瞳が、ぎっとチーズ君を抱き締めるC.C.を睨みつけた。
「C.C.っ!!何故ナナリーのことがわからなかったっ!!」
「私は神ではない。ギアスによる繋がりがない人間のことまでは」
「前のときは、犯人がV.V.だったから気づいたわけか」
「ああ、そうだ」
目を細めるライに、C.C.は淡々とした口調で肯定の言葉を返す。
前回と違い、今回はナナリーの傍にギアスの関係者はいなかった。
だから気づかなかった。気づけなかった。
「……っシュナイゼルめ、この事実を今まで隠しておいたのか。カードとして効果的に使うためにっ!!」
ルルーシュの手が、テーブルに並べられたチェスの駒を薙ぎ払う。
床に散らばる駒に目を向けることなく、ルルーシュは自身の服の胸元を掴んだ。
「貴様のカードの切り方は絶妙だったぞ……!こんなにも……こんな、にも……っ」
「ルルーシュ」
スザクの声に、ルルーシュは顔を上げる。
その瞬間、目の前に延びたスザクの手が、ルルーシュの胸倉を掴み、引き上げる。
「スザク!?」
突然のそれに、ライが驚いて彼の名を呼び、C.C.が立ち上がる。
「戦略目的は変わらない」
引き寄せられ、そう告げられた瞬間、ルルーシュが目を見開く。
「ナナリーが生きていたからと言って、立ち止まることは出来ない!何のためのゼロレクイエムだっ!」
吐き捨てるように言い放ち、ルルーシュを解放する。
突き飛ばされる形になったルルーシュは、そのまま勢いよく尻餅をついた。
力なく自分を見上げるルルーシュを一瞥すると、スザクはそのまま部屋を出て行く。
「約束を思い出せ」
「スザク!」
去り際に一言、冷たくそう告げたスザクを、C.C.が追いかける。
2人の姿が完全な扉の向こうに消えるのを見て、ライはため息をついた。
扉から視線を外し、ルルーシュに向ける。
未だ座り込んだまま、俯いてしまった彼に、驚かせないように静かに近寄り、膝をついた。
「大丈夫か?ルルーシュ」
「ライ……」
ゆるゆると顔を上げたルルーシュが、弱々しく名を呼ぶ。
その目を見た瞬間、ライは思わず眉を寄せ、目を細める。
力の抜けた紫玉の瞳には、ほんの1時間ほど前まで宿っていた強い光はない。
弱々しくなってしまったそれは、1か月前のあの日――第二次トウキョウ決戦直後の彼を思わせ、ライは思わず目を伏せた。
「……ごめん」
「何故、お前が謝る」
「僕が、あの後ジェレミア卿とナナリーを探しに出ていたことは、話しただろう?」
ルルーシュの視線が、床へと落ちる。
ほんの僅かに頭が上下し、頷いたことを悟ったライも、同じように視線を落とす。
「あの時可能性を思いつけばよかった。思いついて、もっと探しておけば、きっと……」
「……仮定の話だな」
そう、仮定の話だ。
もしもあの時、ナナリーを見つけられたとして、引き換えにライは、ルルーシュが騎士団に裏切られた事実を知らないままになっていたかもしれない。
ナナリーとルルーシュを引き合わせることなどできず、結局シュナイゼルにナナリーを連れて行かれるか、ナナリーが騎士団に殺されていたかもしれない。
それでも、考えずにはいられない。
「仮定だとしても、僕は……」
言いかけた言葉が、不意に途切れる。
ライの手に、自分のものではない熱が触れた。
思わず視線を動かせば、そこに乗っていたのは、自分のそれよりもずっと白く、細い手。
顔を上げ、ルルーシュを見れば、乗せられたそれに力が篭る。
「……わかっているんだ。スザクが、言っていることも」
ぽつりと呟いたルルーシュの顔は、俯いてしまっていて見えない。
けれど、僅かに肩が震えていて、それが激情を必死に押し殺していることを伝えていた。
「俺たちは、立ち止まれない。俺たちが願う明日のために、立ち止まるわけにはいかない」
1か月前、あの空間で交わした約束。
他人に優しくなれる世界のために、シュナイゼルの世界を否定するために、ルルーシュと、スザクと、C.C.と、そしてライの4人で結んだ契約。
その願いのためだけに、こうして自分たちは表舞台へ戻ってきた。
黒の騎士団も、ラウンズも、学園も、全てを捨てる覚悟をして。
皇帝とその騎士として、それを裏から見守る魔女として、世界に嘘をつき、世界を裏切る道を選んだ。
「わかっているんだ!だけど……っ!」
その瞬間、ライは開いている腕でルルーシュを抱き締めた。
俯いていたルルーシュは、突然視界に飛び込んだ銀に驚き、顔を上げる。
けれど、乗せられた手はそのままに、もう片腕でしっかりとルルーシュを抱き締めているライの顔は、彼からでは見えなかった。
「どちらでもいいよ。僕は」
「……ライ?」
「逃げたいなら逃げればいい。君は十分がんばった。今逃げたって、本当の君をわかってくれる人たちは、誰も責めないよ」
「……スザク以外は、な」
そう、きっと、ルルーシュの考えを知り、その上でついてきてくれている人たちは、彼を責めることはないだろう。
C.C.は仕方がないと言って許すだろうし、既に事情を知るロイドとセシルも、きっと許してくれる。
ジェレミアはああいう人だ。
何があってもルルーシュについてくるだろう。
そして、シュナイゼルのところから逃げてきた咲世子も、きっと同じ。
日本人として黒の騎士団に参加しながら、それでもルルーシュの下に戻ってきた彼女も、きっとルルーシュを許してくれる。
彼女は、ナナリーと共に暮らすルルーシュを、誰よりも近くで見てきた人だから。
許さないのは、ルルーシュの言うとおり、スザクだけだ。
ライやC.C.とは違う、あの時結んだ契約のためだけにルルーシュの傍にいる彼は、ルルーシュが逃げ出すことを許さない。
ルルーシュもライも、それは十分わかっている。
ならば……。
「スザクが君を責めるなら、僕が守る」
ルルーシュがはっと顔を動かす。
けれど、抱き締められている彼がどう視線を動かしても、目に入るのは銀色ばかりで、ライの顔は見えない。
代わりにルルーシュを抱き締めるライの腕の力が強くなった。
「もしも、スザクが君を裏切り者と呼んで殺そうとしても、僕が守る。僕は、ずっと傍にいるよ。それが、僕の願う明日だから」
そう、再び目覚めたあの日から、ただそれだけを願ってきた。
カレンや卜部に会い、再び黒の騎士団に参加したのも、そのため。
作戦補佐として、『双璧』の片割れとして、騎士団を支えてきたのもそのためだ。
「ライ……」
名前を呼ばれ、体を離す。
力なく自分を見つめてくるルルーシュに、にこりと微笑んだ。
綺麗な黒髪を、いつの間にか解放されていた手を伸ばし、撫ぜる。
「少し、休んだ方がいい。必要なことは、僕がやっておくから」
「……ああ」
まだ体に力が入らないルルーシュに手を貸し、立たせる。
少し危なげな足取りの彼に付き添い、寝室の扉を開け、中へと促した。
「おやすみ、ルルーシュ」
ゆっくりと休んで欲しくてそう告げれば、不安そうな紫玉がこちらに向けられた。
それにもう一度微笑めば、弱々しい、けれどもはっきりそうだとわかる笑みが帰ってきた。
そのまま寝室に消えていく彼を見送って、扉を閉める。
完全にそれが閉まった瞬間、ライは大きく息を吐き出した。
同時に浮かんだのは、自嘲の笑みだった。
本当はわかっていた。
ルルーシュは、こんなことでは折れない。
以前の――母親の真実を知る前の彼ならばともかく、全ての真実を知り、それでも明日が欲しいと言った今の彼は、この程度で今の自分を捨てたりはしない。
それを知っている。
疑うなんてことは、これっぽっちもない。
けれどあれは、あの言葉は、全てライの本心だった。
ルルーシュがいなければ、ライにとって世界など意味がない。
ルルーシュと一緒でなければ、起こしてきた罪にも、自分の命ですら、全てに意味がなくなる。
だから、もしもルルーシュがその道を選んだとしても、ずっと傍にいる。
それが、ライ自身の願いでもあるのだから。
だから。
「ライ……」
ふと、扉が開く音と共に聞こえた自分を呼ぶ声に、ライは顔を上げ、振り返る。
そこには、先ほどスザクを追って出て行った少女が立っていた。
「C.C.」
「ルルーシュは?」
「奥に」
自分の目の前の扉を示し、邪魔にならないように移動する。
その行動に、何故かC.C.は悲しそうに目を細めた。
「いいのか?共に居なくて」
「僕はもう、ルルーシュと話したから」
薄く微笑んでそう答えれば、途端にC.C.がその金の瞳を見開く。
驚く彼女に笑みを零したと思った途端、ライのふと、視線を床に落とした。
「それに、僕はルルーシュを疑っていない」
一度目を閉じて、真っ直ぐにこちらを見つめるC.C.へ紫紺の瞳を向ける。
ますます驚いたように目を見開く彼女に、ライはにこりと微笑んだ。
「彼は立ち上がるよ。彼は、僕らが思っているよりずっと強くなった。それが、いいことなのかは、わからないけれど」
大切な、多くのものを喪った。
過去の、ルルーシュにとっては残酷な真実を知った。
零れ落ちたもの、消え去ったもの。
それは確かに多すぎて、それまでのルルーシュを、彼の願いを、少しずつ壊していった。
けれど、それと引き換えに、気づいたものがあるもの、また事実なのだ。
ルルーシュにとって大切だったもの、大切な人たち。
壊れることと引き換えに、生まれていった新たな想い、願い――記憶。
それら全てが、確かにルルーシュを成長させた。
喪失が、自ら生み出した混沌が、彼にそれまでとは違う光を与えた。
あのままだったら確実に折れていただろうルルーシュに、踏み止ませる強さを与えるほどに。
それは、きっとスザクも同じだ。
喪失が、裏切りという行為が、それまでの彼の中にあったものを壊し、新たな想いを、願いを生んだ。
そうして生まれた新たな光が、それまでの信念を捨てさせ、新たな道を選ばせた。
ルルーシュもスザクも、確実に変わっていた。
全てを受け入れ、それでも前を見据える覚悟を、お互いを許す覚悟を持てるまでに成長した。
それは、出会ったばかりの頃の彼らには、決してなかったもの。
それを、これまで敵対し、すれ違っていた間に、2人は確かに培っていたのだ。
「だから、僕も覚悟を決めないと」
「何を言っている。お前は……」
「違うよ、C.C.」
不思議そうな顔をするC.C.に、ライは再び微笑む。
わけがわからないと言わんばかりの彼女に向かい、ゆっくりと口を開いた。
「君と同じ覚悟じゃない。僕自身の願いのための覚悟だ」
その言葉に、C.C.は僅かに目を見開いた。
「ライ……?」
不思議そうな、不安の混じった声が、ライの名を呼ぶ。
けれど、ライはそんな彼女に薄く微笑みかけただけで、それ以上は何も言おうとはしなかった。
そのままC.C.の脇を通り抜け、部屋を出る。
扉が閉まる瞬間に見えた彼女の瞳が、何か言いたそうな色を浮かべていたけれど、それは敢えて無視した。
立ち止まることもせずに、迷うことなく彼は目的地に向かって歩き出す。
向かうのは、スザクも向かったであろう格納庫。
ライ自身の新たな剣が置かれているその場所に向かい、彼は一度も振り返ることなく歩いていった。
2014.8.24 加筆修正