月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story03 彼の立つ場所

日本に戻ったエリア11の首都、トウキョウ租界。
そのフレイヤの範囲に入らないぎりぎりの位置にあった、アッシュフォード学園。
神聖ブリタニア帝国の新皇帝が、超合集国へ参加するための交渉場所として選び、今まさにその評議会が開かれているその場所。
かつて生徒として通っていたそこで、カレンは愛機に飛び乗った。
部下である零番隊の隊員に指示を出し、機体を学園の地下から地上に上げる。
目標は、先ほど新型となったランスロットが飛び込んでいった体育館。
いつも何重にも策を練るルルーシュが、各国代表を人質に取ったその場所だ。

『退けっ!ここは退くんだ、紅月君!』

紅蓮聖天八極式を乗せたエレベーターが完全に外へと出ると同時に、斑鳩にいる星刻から通信が入る。
それに一瞬だけ視線を向けたカレンは、目の前の体育館を睨みつけたまま答えた。
「ルルーシュを倒すのは私です!それに、あのランスロットと戦えるのは、紅蓮しか!」
『ここで戦闘になれば、各国代表も喪うことになる!いきなり国の指導者がいなくなったら……』
「でも!天子様だって危ないのに!」
『わかっているっ!だが、相手はルルーシュだ!』

ルルーシュ――かつて黒の騎士団を率いたゼロだった男。
何重にも策を張り、団員にすら気づかれないように汚い手を使い、周囲を騙し続けてきたブリタニアの皇子。
一度敵として対峙した星刻には、身に染みてわかっているのだろう。
目的を達するために、手段を選ばない。
そんな人間が敵に回ったときの、恐ろしさが。

『人質を殺す覚悟があっての行動。ここは各国の判断を待たねば、超合集国そのものが崩壊する!勝つのはブリタニアとなってしまうっ!』
「でも……っ!?」
反論しようとしたカレンは、しかし途中で言葉を止めた。
はっと顔を上げれば、メインモニターに、先ほどは存在しなかった人影が映っている。
皇帝専用機から降りてきたその人物は、優雅ささえ感じられる足取りで、真っ直ぐに体育館へと向かっていた。

「あれは……」

歩くたびに揺れる、光を弾く銀の髪。
真っ直ぐに前を見つめる紫紺は、夜の始まりを思わせる紫紺。
スザクと同じ騎士服を纏ったその姿に、カレンは大きく目を見開いた。

「……ライっ!!」

名を呼んだ瞬間、カレンはコックピットの開閉スイッチに手を伸ばす。
上部を覆うようなコックピットが開くと同時に、体を起こし、叫んだ。

「ライ!ライっ!!」
『紅月君っ!?』

カレンのその行動に、通信モニターに映る星刻が驚き、彼女の名を呼ぶ。
咎めるようなその声には見向きもせず、カレンは目の前を歩く少年の名を呼び続けた。

「ライっ!!」

銀の少年がこちらを向き、紫紺と空色が絡み合う。
彼が反応を示してくれたことに、カレンの心に安堵が浮かぶ。
けれど、それは一瞬で、すぐに紫紺の瞳は逸らされた。

「ライっ!待って!ねぇっ!待ってよっ!」

慌てて呼ぶけれど、もう少年は立ち止まらない、振り返らない。
ただ真っ直ぐに体育館を、設置されたモニターを見つめ、前へと歩いていく。

「待って!ライっ!!」

それでもカレンは呼び続ける。
かつて、同じ騎士団の『双璧』として隣に立っていた少年の名を。
ただ1人を選び騎士団を去った彼を。

だって知りたかった。
彼が何を考えているのか。
何を考えて、ルルーシュについていったのか、それを知りたかった。

けれど、彼は答えない。振り返らない。立ち止まらない。
今すぐ走っていってその腕を掴みたいのに、零番隊の隊長としての自覚が、カレンを押し止める。
紅蓮から降りることができないまま、カレンは体育館へと吸い込まれていくその黒銀の騎士の名前を呼び続けた。
そうすることでまた振り返ってくれると、笑ってくれるのだと、信じていたかった。






ランスロットが突入し、ルルーシュを閉じ込めていた障壁を壊す。
遮る物が何もなくなった視界に直接飛び込んでくる神楽耶の姿に、ルルーシュは楽しそうに口元を歪めた。

「さあ、皇議長。投票を再開していただこうか。我がブリタニアを、受け入れるか否か」

ランスロットを見上げていた神楽耶が、はっとこちらに視線を戻し、慌てて顔を逸らす。
ギアス対策のために、目が合わないように手で顔を庇う彼女の姿に、ますます笑みが浮かんだ。

「このようなやり口で……」
「認めざるを得ないはずですが?」

既に体育館には、ランスロット突入と同時に飛び込んできたギアス兵がいる。
警備を担当していた黒の騎士団を容赦なく射殺し、今は各国代表に銃を向けているそれから、彼女たちが逃れる術はない。
外にはカレンたちナイトメア部隊もいるが、おそらく星刻が突入を止めるだろう。
知略に長けた彼ならば、ルルーシュのやり方も予想しているはずであるから。
神楽耶を陥落させるため、止めの一言を告げようと口を開こうとした、そのときだった。

「相変わらずやり口が汚いな」

唐突に体育館に声が響いた。
誰もが、目の前にいる神楽耶すらも驚き、息を呑む中、ルルーシュはゆっくりと振り返った。

「ああ、やっと来たか。待ちかねたぞ、ラインハルト」
「それはそれは、申し訳ありません」

入口に立った人物は、ルルーシュの言葉に恭しく礼をする。
スザクと同じ、ナイトオブゼロ専用の騎士服に身を包んだその姿。
上げられたその顔を見た瞬間、神楽耶が悲鳴のような声で、かつて彼が名乗っていた名を呼んだ。
「ライ……!?」
その声に、ライの視線がルルーシュから外れ、神楽耶に向けられる。
そのまま彼は、優雅な動作で一礼した。

「初めてお目にかかります、皇議長。私はルルーシュ陛下の騎士、ナイトオブゼロの1人、ラインハルト・ロイ・エイヴァラルと申します」

その言葉に、神楽耶が目を見開き、息を呑む。
その顔を見てほんの少しだけ目を細めたライは、わざとらしい笑みを浮かべて口を開いた。

「代表の皆様におかれましても、初めまして。以後、お見知りおきを」

笑顔でそう言い切ったライに、天子を始めとする『ライ・エイド』と名乗っていた頃の彼を知る代表たちが驚きの表情を浮かべる。
その彼を、神楽耶もただ呆然と見つめていた。
しかし、聡明な彼女は、すぐに状況を理解したらしい。
ごくりと息を飲み込むと、それまで浮かべていた驚きの表情を無理矢理押さえ込んで、真っ直ぐにライを睨みつけた。

「何故、ここにナイトオブゼロのあなたが?武官は、ここにはこない約束のはず」
「この状況で約束を問うのですか?」

ライの言葉に、神楽耶は思わず息を呑む。
ルルーシュは見ないように、それでもこちらに向けられた深緑色の瞳が、大きく見開かれる。
それにくすりと笑みを零すと、ライはにこりと微笑んだ。

「まあ、いいでしょう。私は、最初から陛下と共に、皇帝専用機に乗っておりました」
「っ!?それは……」
「ですが、当然でしょう?陛下は確かに武官は立ち合わせないと言いました。ですが、文官を立ち合わせないとは言っていない」
「な……っ!?」

そう、確かにルルーシュは、枢木スザクを始めとする武官は立ち合わせないと言った。
けれど、今のブリタニア帝国にとって、ライの立場は、騎士という地位だけに収まっているものではなかったのだ。

「私は武官である前に文官です。現在の神聖ブリタニア帝国では、宰相の地位も与えられています。その私が、陛下と共にこの地に来ても、何の不思議もないと思いますが?」

自分の胸に手を当て、ライはにっこりと笑う。
その笑顔に、神楽耶は愕然とした。
人を見下し、嘲り、嗤う笑み。
黒の騎士団にいた頃の彼が絶対に浮かべなかったそれを、今の彼は浮かべていた。

「ライが、文官……」
「ええ。そうですよ、天子様」
思わず小声で呟いた少女の声を聞き取り、ライは答える。
聞こえているとは思わなかったらしい。
天子は可哀相なくらいにびくりと震え、傍にいた側近が彼女の体を隠すように前に出た。
その彼女に向かい、ライは恭しく礼をする。

「今の私には剣となるナイトメアがありませんので。その分知識で陛下のお役に立たせていただいている次第です」

戦場に出ない代わりに、政治面での手伝いを。
スザクには出来ないだろうそれは、ライだからこそ出来るもの。
黒の騎士団時代から、ライはそうあり続けてきた。
ルルーシュの隣に立ち、彼を知力の面で支え続けてきた。

ライの発言に、ルルーシュは目を細める。
それは、ライなりの訴えだと、彼は気づいていた。
彼は神楽耶に、天子に、この議場の様子を見ている黒の騎士団に宣言したのだ。
立場と名前は変わっても、立ち位置は変わらない。
ライが歩む道は何も変わっていないのだと、彼らに示している。
尤も、この無言のメッセージに、彼らが気づくかどうかはわからないけれど。
そう考えたそのとき、ルルーシュは無意識のうちに口元に笑みを浮かべていた。

「あの女が魔女で、スザクが死神なら、さしずめお前は悪魔だな」
「一部の人間に魔王と呼ばれているあなたに言われたくありませんよ、陛下」

こちらを振り返ったライに、ルルーシュは薄い笑みを返す。
それに同じような笑みで答えると、ライはふっと視線を逸らした。

「それよりも……」
「ああ、わかっている」

ライが視線を向けた先――ただ1人壇上に立ち、こちらを見つめる神楽耶へ視線を戻す。
呆然とした様子でこちらを見つめていた神楽耶は、ルルーシュと視線が合った瞬間、我に返ったように顔を背けた。

「さあ、民主主義を始めようか」

そう告げて、ルルーシュは嗤う。
隣に立つライも、ランスロットの中のスザクも、彼と同じ笑みを浮かべていた。




2008.9.20
2014.8.24 加筆修正