Last Knights
Story02 2人の騎士
皇宮を出て、スザクが用意していた馬に乗り、庭園を歩く。
緑が整備されたそこには、澄んだ水の張られた大きな池がある。
そこにいるという主となった友人の下へ急ぎながら、ライはまたひとつため息をついた。
「まったく……。ルルーシュも携帯で呼び出してくれればいいのに」
「3日前、君は散々ルルーシュの連絡無視したろう?それで怒ってるんだよ」
「……うわ。ちょっとインカムのせいで音が聞こえなかっただけなのに」
「1時間も無視してたら、わざとだと思われるだろう」
「……ばれたか」
「……ライ。君ずいぶんたくましくなったよね」
「本音を言ったってかまわないよ、スザク。僕自身、学生時代と違う自覚はある」
呆れたように言ったスザクに、ライはあっさりと答える。
その紫紺の瞳に浮かび上がった感情に、スザクは思わず目を瞠った。
「実感したよ。記憶って、ずいぶん人の性格に作用するんだなって」
何の感情もなく、告げられた言葉。
淡々と口にされたそれに、スザクは思わず眉を寄せた。
「……それは、僕に対する嫌味か?」
「いいや。もしかしたら、僕自身に対する嫌味かもしれない」
てっきり肯定されると思っていたスザクは、意外すぎるライの言葉に目を見開く。
その反応に気づいたのか、ライは視線を向けると、薄く微笑んだ。
「僕も、一度は君たちから記憶を奪って消えたから」
その言葉に、スザクは今度こそ目を大きく見開き、息を呑む。
そう、全てがいつの間にかであったから、すっかり忘れていた。
ライは、1年以上前、突然学園から姿を消した。
友人たち全員から――あんなに大切にしているルルーシュからすらも、自分の記憶を抜き取って、いなくなった。
いつの間にか奪われていた記憶。
けれど、それは再びライと出会う前にいつの間にか戻っていたから、気づかなかった。
それがギアスと、アーカーシャの剣と繋がったあの神根島の遺跡の力だと知ったとき、妙に納得してしまったものだ。
「……ライ」
ライの瞳に痛みが走ったことに気づいて、スザクは思わずその名を呼ぶ。
けれど、彼はそれに答えるより先に視線を戻してしまった。
「ルルーシュ!」
それと同時に別の人物を呼んだ彼の声に、はっと視線を前へと向けた。
いつの間にか、自分たちは大池のすぐ傍までやっていてきた。
その池のほとりに立つ東屋の前に腰を下ろしていた彼が、こちらを振り向く。
今は偽りの紫となってしまった双眸が完全にこちらを向くと同時に、無表情だったその顔に、本当に僅かな笑みが浮かんだ。
「ああ、来たのか、お前たち」
今までの彼とは正反対の、白い皇帝服。
馬から下りたライは、その姿を目にした途端、嫌そうな顔でため息をついた。
「……はあ」
「会っていきなりため息とは、失礼な奴だな」
「それはすまない」
「……何だその不満そうな口調は。言いたいことがあるならはっきり言え」
「それじゃあ遠慮なく」
明らかに気分を害したといわんばかりの紫玉に睨まれ、ライは一度息を吐き出すと、真っ直ぐにルルーシュを見る。
何か重要なことでも告げるのかと思いきや、一拍置いて彼が口にしたのは、今自分たちの周囲に起っている出来事を考えれば、とてつもなくどうでもいいことだった。
「白、似合わないな」
ごく真面目に言ってのけたライに、ルルーシュの顔がひくりと動く。
「悪かったな」
ルルーシュ自身も自覚があるのか、吐き捨てるように言うと、視線を池へ戻してしまった。
幼いころはともかく、ランペルージを名乗っていた頃の彼は、公私共に暗色の服を着ることが多かった。
時々白い服を着ていることもあったが、少なくともライは一度もそれを目にしたことがなかったのだ。
「ルルーシュには黒か紫がいいと思うんだけど」
「それじゃあ、ゼロの服だよ」
本気で悩み始めたライに、同じく馬から降りたスザクがツッコミを入れる。
黒いマントに紫のスーツ。
それはついひと月前まで『生きていた』ゼロが着ていた服そのままだ。
さすがにそれはまずい。
新皇帝が、ブリタニアに牙を向いていた仮面の反逆者だと知られるわけにはいかないのだから。
「まあ、スザクも黒が似合わないけれど」
「悪かったね」
ユーフェミアの専任騎士時代、ナイトオブセブン時代と、スザクには白という色が定着しすぎていた。
加えて着ていたパイロットスーツも今までずっと白だったのだから、今更正反対の色を着ていることに違和感を覚えるのはしかたがない。
それくらい、今のルルーシュとスザクのイメージは、逆だったのだ。
「お前は変わらないもんな」
「今の僕はスザクの相方だから」
にこりと微笑むライの騎士服は、スザクと同じもの。
違うのは色くらいのもので、スザクがナイトオブセブン時代の名残を引き継ぎ、紺で彩られている部分が、ライのものは暗い灰色になっている。
いや、灰色というより、くすんだ銀というべきかもしれない。
黒の騎士団時代の彼の服装は、扇を除く創設メンバーと同じ、左肩から背中にかけてグレーの太いラインの入った制服だった。
その頃から比べても基本の色は変化がないのだから、2人ほど違和感がないことは事実だ。
あくまで『色』単位での話ではあるけれど。
くすくすと笑うライから、ルルーシュは不満そうに視線を逸らした。
それを見た瞬間、スザクが複雑そうに目細める。
おそらくは無自覚だろう2人の行動に、ライは再び吐き出したくなるため息を必死に抑え、話題を変えた。
「ここは平和だな。外とはまるで違う」
「そうだな。外は今、混乱の最中にある」
ルルーシュの言葉に、スザクは先ほどとは違う意味で目を細めた。
ライもまた、その言葉に目を細める。
外を――世界を包んでいる混乱。
それは間違いなく目の前のこの若き皇帝が、そして自分たちが起こしていることだとわかっていた。
「即位早々、ルルーシュ皇帝は歴史に名を残した。ブリタニアの文化を、破壊したんだから」
「序の口だよ、まだ。俺は、これからもっと多くの血を流す。虐殺皇女の名が霞み、人々の記憶から消え去るほどに」
ルルーシュの言葉に、スザクははっと顔を上げ、腰を下ろしたままの彼を見つめる。
「ルルーシュ、君は……」
「ユフィだけじゃない。ナナリーも、俺たちは喪った。喪いすぎた」
ユーフェミアとナナリーだけではない。
シャーリーも、咲世子も、そしてルルーシュに至ってはロロという弟すらも喪った。
「それでも明日を迎えるためには、まず世界征服から。……口にすると、笑ってしまうな」
「だが、やるつもりなのだろう?お前たちは」
ふと聞こえた声に、ルルーシュは立ち上がり、振り返る。
そこには、いつの間にかC.C.とロイドがいた。
遠乗りでもしてきたらしい2人は、馬の上から真っ直ぐにこちらを見つめている。
そんな彼らに、ルルーシュは笑みを浮かべ、口を開いた。
「ああ、ゼロレクイエムのために」
彼の視線がそのまま動く。
それが傍に控える2人の騎士と絡み合った瞬間、彼らはそれを待っていたかのようにブリタニア式の礼を取った。
「「イエス、ユアマジェスティ」」
左手で拳を作り、右胸に当てる、その礼を目にしたルルーシュは、満足そうに微笑む。
C.C.とロイドが馬を降り、傍へとやってくる。
2人が傍に来るのを待って、スザクとライは礼を解く。
見事に同じ動きをする2人に「すごぉい」と大げさに手を叩きながら、ロイドはルルーシュに視線を向けた。
「……で、どうするんです、陛下?例の問題は?」
「うむ。そのためにブリタニアを手に入れたわけだが」
「本当なのか?シュナイゼルが考えていることは」
「ああ。例の情報と、カンボジアのトロム機関がブリタニアから離反したという事実。これからを重ねたとき、見えてくる真実は、ひとつしかない」
ちらりとライに視線を向ければ、彼も迷うことなく頷く。
ルルーシュとライ。
かつて黒の騎士団の知略の要だった2人が至った、同じ結論。
一度前皇帝の暗殺を決めたという第二皇子の見つめる世界。
何通りのパターンを議論したけれど、何度やり直しても、見えてくるものはひとつしかなかった。
「シュナイゼルが行動を起こす前に、計画を次の段階へ進めねば……」
ルルーシュが言いかけたそのとき、突然携帯電話の音が鳴り響いた。
内ポケットから携帯を取り出すと、ルルーシュは慣れた動作でボタンを押し、通話口に向かって尋ねる。
「どうした?……何?」
一瞬遅れて、ルルーシュの眉が思い切り寄った。
悪い知らせを思わせるその連絡に、ルルーシュは一言二言告げると、電話を切る。
「ルルーシュ?どうかしたのか?」
「ナイトオブラウンズがこちらに向かっているらしい」
その言葉に、スザクとライ、C.C.は僅かに目を瞠り、ロイドがわざとらしく驚く。
それを一瞥すると、ライは先ほどまでのふざけた様子を一切捨て、真剣な表情で尋ねた。
「数は?」
「ラウンズ機は4機。直属部隊もこちらに向かっている」
「自分が行きます、陛下」
進んでそう告げたスザクに、全員の視線が集まる。
一瞬で態度を変えた彼の言葉に、しかしルルーシュは満足そうな笑みを浮かべた。
「わかった。ライ、お前の機体はまだだったな?」
「ああ」
「急ごしらえですからねぇ。なるべく急いではいますけど、すぐには無理ですよぉ」
「ならば、お前は俺と共に来い。スザク、頼むぞ」
「「イエス、ユアマジェスティ」」
迷わず答えた2人の姿に頷くと、ルルーシュは池のほとりで主を待つ馬へと向けた。
2014.8.20 加筆修正