Last Knights
Story24 居場所
はっきりと言葉にされたそれに、ルルーシュは息を呑む。
それはたった一言の、単純な命令。
単純だからこそ、何よりも強い呪いになる、それ。
「……傲慢だな」
呆然とライを見つめていたルルーシュが、ふっと笑った。
何もかもを諦めたような、そんな笑みを浮かべたルルーシュに、スザクとジェレミアが僅かに顔を歪ませ、C.C.が目を細める。
ライだけは、表情を変えなかった。
紫紺の瞳に涙を浮かべたまま、ただ真っ直ぐにルルーシュを見つめる。
「そんな命令で、俺を生かすのか。こんな俺を……」
「命令じゃない。これは願いだ」
その言葉に、ルルーシュははっと目を瞠る。
それはあの時、ダモクレスの管制フロアでライがルルーシュに告げた言葉。
そして何より、それはルルーシュ自身が最初に言った言葉だ。
少し違っていたけれど、意味は同じだと、気づいていた。
ふと、ライが微笑む。
手を差し出したまま、ただ笑顔を向ける。
いつもルルーシュに向けていた、温かくて、柔らかい笑顔を。
「これは、僕の……僕らの願いだよ、ルルーシュ。僕らは、君に生きていてほしいんだ。君と、一緒に生きていたいんだ」
誰かと共に生きたい。
それは本当に単純な、誰もが持つ願い。
ただその願いだけを声に乗せて、ライは手を伸ばす。
「僕らは、君のいる明日が欲しい。君が、生きて笑っていてくれる明日が欲しい」
ルルーシュのいない明日ではなく、ルルーシュのいる明日を。
ルルーシュと共に生きていられる未来が欲しい。
ライが願ったのは、最初から、ただそれだけ。
だから、ライは迷わない。折れない。諦めない。
「だから、ルルーシュ。どうか、生きて。僕らと一緒に」
言葉と共に、ルルーシュに向け、真っ直ぐに手を伸ばす。
強い光を浮かべた紫紺が、真っ直ぐにルルーシュを見つめる。
「ライ……」
決して逸らされることのないその視線に、下されることのない手に、ルルーシュは呆然と彼の名を口にする。
真っ直ぐな向けられたままの紫紺の瞳に、迷いはない。
ただルルーシュが手を伸ばすのを待ち続けている。
けれど、その手を取ることなんてできなかった。
取ることが、許されるはずがなかった。
ぎゅっと拳を握り、拒絶を示そうと視線を逸らそうとした、そのときだった。
「ルルーシュ」
ふと、隣から呼ばれた声に、視線を動かす。
先ほど好きだと告げてから、ずっと黙っていたスザクが、そこにいた。
「思い出したんだ。俺があの日、罪を犯した理由。軍に入った、本当の理由を」
「え……?」
言われた言葉の意味がわからなくて聞き返せば、スザクは微笑んだ。
今にも泣きそうなそれは、よく知るスザクの笑顔。
1年前のあの日以来、同じ道を歩くようになってからも見ることのなかったそれに、ルルーシュは驚く。
「俺が守りたかったのは、あの夏の日に見た、君の笑顔だった」
それは8年前、幼いスザクが抱いた願い。
実の父から人質として利用され、それでもただ2人、懸命に生きていた、大切な友達。
戦争を止めたいだなんて建前で、本当は2人を守りたかった。
2人にずっと、笑っていてほしかった。
「君とナナリーを守りたかった。ううん。その気持ちは、今でも変わっていなかった。ただ俺が、俺自身を許せなかっただけなんだ」
戦争を止めるために、父を殺した。
ルルーシュの想いに、願いに気づかないふりをしていた。
本当の彼を、信じなかった。
それ故に、ナナリーすら利用した。
守りたいものは確かにあったはずなのに、自分は力を得るために、大切だったはずのそれすら利用していた。
きっと、心の奥底に封じ込めた本当の自分は、自分の醜いそんな部分に気づいていた。
だからこそ、自分が許せなかった。
守りたいはずのルルーシュとナナリーを利用していた自分が、ずっとずっと許せなかった。
「ライのおかげで、俺は本当の自分を知ったよ。知ったから、俺は俺自身を許すと決めた。だから、僕は認める。僕は、ルルーシュ、君が好きだ。君と一緒に生きたいんだ」
スザクが、ルルーシュに向かって手を伸ばす。
差し出されたそれに、ルルーシュは僅かに目を見開いた。
「だから、ルルーシュ。僕に生きろというのなら、君も一緒に生きて。君と一緒でなければ、僕に生きる意味なんてないんだ」
「スザク……」
呆然と名前を呼べば、スザクはふわりと微笑む。
それは再会してからの彼がよく浮かべていた、柔らかい笑顔。
敵意も憎しみも何もないその笑顔に、ルルーシュは息を呑む。
スザクが、自分にそんな笑顔を向けることは二度とないと、ずっとそう思っていた。
だからこそ、驚きを隠すことなんてできなくて、ただただ見入る。
何も言葉を口にできずにいるルルーシュの耳に、かつんと床を鳴らす音が聞こえた。
その音に視線を動かせば、ライの隣に立ったC.C.が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「あとは、お前だけだ。ルルーシュ」
「C.C.……」
「ライもスザクも、かつての自分を許し、お前を許した。私は、最初からお前に対して許すとか許さないとか、そういう感情は抱いていない。だから、あとはお前が、お前自身を許すだけだ」
C.C.の言葉に、ルルーシュはその瞳をさらに見開かせる。
彼女の言葉どおり、もうここにいる誰もが、ルルーシュを許していた。
スザクもライも、過去に自分が犯した罪を許し、乗り越えた。
そのうえでルルーシュを許し、手を伸ばす。
漸く見つけた、『真実(ほんとう)』の願いを、叶えるために。
手を伸ばしたまま、決して下そうとしない彼らの横で、C.C.もゆっくりと手を上げた。
その手が、迷うことなくルルーシュに伸ばされる。
「ルルーシュ、お前はよくがんばった。だから、もう自分を許してやれ」
その言葉と共に、C.C.がふわりと微笑む。
温かな、その笑顔。
ライと、スザクと同じその笑顔に、ルルーシュの瞳から無意識に湧き上がった雫が零れた。
「お、れは……」
紫玉の瞳が、黒髪の下に隠れる。
俯いたルルーシュは、震える両手で自分の体を抱き締め、何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑る。
「俺は……っ」
縋ってはいけないのに。
許されてはいけないのに。
覚悟はできているはずだった。
なのに、どうしてこんなにも心が騒ぐ?
心の中に浮かび上がった言葉。想い。
それを口にすることは、自分には、もう……。
「ルルーシュ」
唐突に届いたライの声に、ルルーシュははっと顔を上げた。
目を見開いた先にあったのは、柔らかいライの笑顔。
紫紺の瞳に涙を溜めたまま、ルルーシュに手を伸ばしたままの彼と目が合った瞬間、ライはその笑みを深めた。
「君は、ここにいていいんだ」
まるで、ルルーシュの心を見透かしたかのような、その言葉。
それに、紫玉の瞳が大きく見開かれた。
「あ……」
無意識に、声が漏れる。
全身から、力が抜ける。
「本当に、いいのか……?」
呆然と尋ねたのは、きっと無意識だった。
けれど、口をついて出たその言葉を、もう止めることなどできなかった。
「俺は、最初から生きているふりをしていただけで。最初から、ノイズで、邪魔者で」
父に生を否定されたその日から、ずっとルルーシュの中にあった孤独。
父だけではなく、母にも捨てられていたのだと知ったとき、それは一気に膨れ上がった。
ずっとずっと自分という存在に感じていた不安が爆発し、抑えられなくなってしまった。
「そんな俺が、ここに……、この世界にいて、いいのか?」
世界を乱すことしかできないノイズが、最初から誰にも必要とされていなかった邪魔者が、世界にいていいはずがない。
ならば、最初から世界にいてはいけなかったのなら、せめて優しい世界を。
他人に、優しくなれる世界を。
あの日から、ずっとそう思っていた。
そう思って、道を進んできた。
だけど、本当は。
「言っただろう?君は世界のノイズでも、邪魔者でもない。例え世界が君を弾き出したとしても、否定したとしても、僕が……僕らが守る。君の居場所は、僕らが創る」
微笑んだライが、伸ばした手をさらに伸ばす。
その横に、スザクとC.C.の手が並ぶ。
「だから、ルルーシュ。一緒に生きよう。君が愛している、この世界で」
独りではなく、2人で――いいや、みんなで。
自分たちには、ルルーシュが必要だから。
ルルーシュが笑っていてくれる、明日が欲しいから。
ルルーシュの手が、恐る恐る伸ばされる。
最後の一歩を戸惑うその手を、ライの手が掴んだ。
驚くルルーシュを、腕を引いて引き寄せる。
勢いのままライの胸に倒れ込んだルルーシュの体は、震えていた。
「俺は……、俺は……っ」
「ルルーシュ」
名を呼んだライが、ルルーシュの体を抱き締める。
それでも体の震えが消えないルルーシュに顔を寄せ、そっと囁いた。
「君は、生きていていいんだよ」
「……っ」
ルルーシュがひゅっと息を止め、その瞳を大きく見開いた。
瞬間、その顔が、くしゃりと歪む。
ああ、俺は、世界のノイズで、邪魔者で。
だから、ここにいてはいけないはずだった。
生きているふりをしているだけの俺が、世界にいてはいけないはずだった。
ならせめて、責任を。
いてはいけない存在が、起こしてしまった全てに対する償いを。
ずっと、そう思っていた。
だけど、本当は。
ただ、認めてもらいたかった。
自分が生きていることを。ここにいることを。
ずっと、誰かに、認めてほしかった。
「ぅぅ……ぁ……」
ライの胸に、顔を押し付ける。
溢れ出した想いは、本当の心は、もう止めることなんてできなくて。
「うあああぁああぁぁあああああぁぁぁぁ……っ!!」
その全てを吐き出すかのように、ルルーシュは泣いた。
見栄も、意地も、仮面も、全て捨て去って。
何も言わずに抱き締めてくれるライに縋って、大声で泣いた。
2014.9.27 加筆修正