Last Knights
Story22 齎した結果
オダワラ基地の通信室。
その中でも一番広く造られた一室に、彼らはいた。
他国との会談や政庁との連絡にも使われていたそこは、小さな会議室のような造りをしている。
その奥にあるモニターの前に、2人の少年が立っていた。
ナイトオブゼロの称号を持つ彼らは、同じデザインのマントを羽織り、モニターを睨みつけている。
少し離れた場所に立つジェレミアも、同じように厳しい視線をモニターに向けていた。
モニターに映っているのは、黒の騎士団の旗艦、斑鳩のブリッジだ。
決戦の初期段階で火器を沈黙させられたその艦は、早々に後方へ退いていたため、あの激しい戦いの中でも大した損傷を受けていない。
そのブリッジに、先ほどまで命のやり取りをしていた『敵』がいた。
黒の騎士団幹部――即ち、騎士団創設メンバーと旧中華連邦の改革派トップ、そして紅蓮を回収し、合流したジノ。
超合集国とブリタニア、互いの軍事組織の幹部が揃っているそれは、紛れもなく通信を用いた会談だった。
ブリタニア側の停戦命令直後に取り付けられたこの会談は、国際中継で世界中に放送されている。
緊迫した空気の中、ライはただ静かに騎士団側からの言葉を待っていた。
『では、そちらの目的は、本当にシュナイゼルの捕縛とダモクレスの停止だったと?』
「はい」
漸く返された星刻の言葉に、ライは迷うことなく答える。
その視線は、モニターの中央に映る星刻から動かない。
「ルルーシュ陛下は、枢木卿からシュナイゼルが先帝の暗殺を企んでいたと聞いたときから、このことを危惧しておられました」
ライが淡々と語るそれは、真実。
ゼロレクイエムを認めなかったライが、ルルーシュとスザクの計画に力を貸した理由そのものだ。
「フレイヤを開発したのはシュナイゼルの直属機関。ダモクレスを開発していたのも同じ。ならば、シュナイゼルが既存のフレイヤ全弾とダモクレスを手に入れるのは確実。今までのシュナイゼルの行いを見ている限り、彼がそれを利用しないはずがない。敵としてシュナイゼルを見てきた陛下は、そう判断されました」
『だが、シャルル前皇帝が姿を消してルルーシュ皇帝が即位するまで、シュナイゼルは動かなかった』
「それはダモクレスの準備のためです。あの空中要塞が完成しなければ、彼の計画は実行には移せません」
全世界の戦争が勃発している都市に、同時にフレイヤを打ち込む。
そんなことは、地上からでは不可能だ。
フレイヤが目的地に到達するまでの間に、打ち落とされる可能性だってある。
けれど、空からであれば。
陸上戦が当たり前だったこの世界で、大規模な空中戦が行われるようになって、まだ1年経つか経たないか。
空からの攻撃への供えを整えていない国は、まだまだ多い。
そんな状態で、地上300キロメートルの熱圏からのフレイヤが放たれてしまうことがあったとすれば、止める術を持つ国が、一体どれくらいあるというのか。
「本来ならば、我々はダモクレスが発進する前に止めるつもりでした。結局、間に合いませんでしたが」
ダモクレスが出現する前にニーナを押さえ、アンチフレイヤシステムを完成させる予定だった。それは真実だ。
だが、シュナイゼルの方が動きが早かった。
結果、こちらの計画は間に合わず、帝都とその住民を、全て喪ってしまった。
『ならば、ルルーシュ陛下の悪行の数々はどう説明する?』
「悪行?」
扇の問いに、ライはすうっと目を細めた。
鋭くなった眼光に、騎士団の面々が息を呑む。
当たり前だ。彼らは、ライのこの表情を知らない。
騎士団でライのこの冷たい王の表情を知っているのは、第二次トウキョウ決戦以前にゼロの正体を知っていた者だけだ。
「ルルーシュ陛下がブリタニア国外に対して行った『悪行』は、各合衆国の代表を人質に取ったことだけだったと思いますが?」
そう。ルルーシュが国外に対して行った悪行は、超合集国議会での武力行使だけ。
それすら説明してしまえる自信を持つライは、それを指摘せず、ただ各国代表を人質に取ったという部分だけを口にする。
「陛下が行った政策は、超合集国への参加表明以外は、全てに国内に対するものです。そこにいるブリタニア人のジノ・ヴァインベルク殿にそう評価されることは仕方ありませんが、帝国臣民でないあなた方にそう評価される理由がわかりません」
一瞬だけ視線を向けると、ジノが驚いたように目を瞠る姿が目に入った。
それに薄く笑みを浮かべると、すぐに元の冷たい表情に戻り、視線を騎士団幹部へと向ける。
「神聖ブリタニア帝国が壊れることは、あなた方黒の騎士団が最も望んでいたはずです」
ブリタニアを倒せば、日本を取り戻せる。
黒の騎士団の多くは、ゼロの作戦で国外脱出を果たした日本人だ。
ブリタニアを憎み、その崩壊を望んできた者は、決して少なくない。
『だが、その政策を行いつつ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、皇帝を名乗り続けた。それはどう説明する』
睨みつけるような視線を向ける藤堂に、ライは細めた目をさらに細める。
包帯を巻き、千葉に支えられるその姿を、哀れとすら思わなかった。
ふうっと息を吐き出し、溢れあがった別の感情を爆発させないように意識を集中させる。
「……藤堂将軍。あなたは武人としては優秀です。ですが、政治には向かないらしい」
『何だと……っ!?』
挑発するように言い放てば、途端に怒気に染まる顔。
以前は大人な人だと思っていたのに、その面影すら感じないその姿に込み上げてくる笑いを押し込めて、口を開いた。
「ブリタニアは中華連邦とは違います。大宦官たちだけが私腹を肥やし、民がそれに不満や反感を持っていたわけではない。植民地の人間をナンバーズと呼び、自分たちよりも低い身分の人間を作り、ブリタニア人だけは特別なのだと思わせる。それによって国民の不満を消していた国だ」
自分たちは、他の人間とは違う。
自分たちは特別だ。
そんな思想を培い、不満を全て国外に向けることで、帝政を保ってきた国――それがブリタニアだ。
「その特権階級の人間が突然その特権を剥奪され、『これからはみんな平等です。貴族も平民も関係ありません。みんなで手を取って国を作りましょう』などと言われて、納得すると思いますか?」
納得など、するはずがない。
一般市民はともかく、あの既得権益に縋ることしかできない貴族たちが、反発しないはずはないのだ。
ライだって、元々はブリタニアの地方領主だった身だ。
そういった貴族の感情は、おそらくこの中で最も理解している。
藤堂が言葉を失い、星刻が黙り込む。
他の幹部たちは、話に割り込むことすらできない。
それどころか、ライが断言する理由がわからないと言わんばかりの表情を浮かべている者すらいた。
それに苛立ち、さらに言葉を続けようとしたところで、すっと目の前に腕が伸びた。
横から差し出されたそれは、ずっと自分の隣で会談の様子を見ていたスザクのものだった。
僅かに頷いた彼に、頷き返す。
再びその視線がモニターに戻ると同時に、スザクが口を開いた。
「元々が民主国家である日本出身の方が多い黒の騎士団の皆さんには、少しわかりにくいかもしれません。実際に自分も、ルルーシュ陛下やエイヴァラル卿ほど、現在のブリタニア臣民の不満を理解しているわけではありません」
「ですが、それが我がブリタニアの実状です」
スザクの言葉を引き取り、再びライが口を開く。
「貴族制度を廃止し、民主国家へ移行するためには、陛下はすぐに皇帝という地位を降りるわけにはいかなかった。少しずつ基盤を作り、それが形になるまでは、ブリタニアは帝政をやめるわけにはいかないんです。今すぐ民主主義に移行しようとしても、それは反発する貴族により、壊されてしまう可能性があるから」
現にルルーシュに反発する貴族は多かった。
貴族制度の廃止という政策が、早すぎたということもあるだろう。
ルルーシュ本人としては、世界中の憎しみを自分に集める予定だったのだから、時期などは関係なかったわけだけれど。
「壊すことは簡単です。それが国であれ、制度であれ、人と人との関係であれ。けれど、創ることは難しく、時間かかかるものだ。違いますか?」
ライの声が、それまでよりもほんの少し低くなる。
その言葉が含んだ意味に気づいた者が、一体何人いただろうか。
その少ない何人かの1人であろう星刻が、口を開く。
そうであると推測するのは簡単だ。
口を開く直前、星刻が明らかにライの言葉に反応するように痛みを持った表情を浮かべたから。
『ならば、人質の件は?』
「あれは、あなた方黒の騎士団が、シュナイゼル側につくことを阻止するために行った策です。あなた方がシュナイゼルにつかなければ、すぐに方々はお返しするつもりでした」
一瞬だけ、スザクの翡翠の瞳がライを見た。
それは全て、ライの嘘。
ルルーシュに、そんなつもりはなかった。
悪と呼ばれる手段を容赦なく使い、世界を征服する。
それがあのときの彼の、そしてスザクの目的だった。
だから、彼ら黒の騎士団が感じたルルーシュの態度こそ、計画の上ではこちらの真実。
けれど、その計画を捻じ曲げた今、それを真実にするわけにはいかない。
その真実を嘘にし、この嘘を真実にするためならば、力を尽くすことは惜しまない。
ルルーシュと共に明日を生きるために、世界を騙し通してみせる。
『……何故、ルルーシュ皇帝は、シュナイゼルの計画を合集国議会で話さなかった』
「ブリタニアが超合集国に参加を正式に認められた後、議題としてお話しする予定でした。その上で、黒の騎士団に協力を求めるはずでした」
そこまで語ったそのとき、ライの目が再び細められる。
静かだったはずの紫紺の瞳に、怒りの色が浮かび上がった。
「しかし、あなた方は我々に、その機会を与えなかった」
発せられた声は先ほどよりもずっと低く、初めて聞くそれに、モニターに映る幹部の数人が震え上がる。
その筆頭が玉城だったこともあり、思わず吹き出しそうになった。
けれど、そんな様子など全く見せずに、ライは真っ直ぐに目の前の星刻を睨みつける。
『……何の話だ?』
「陛下が超合集国を乗っ取ると決めつけ、話をする機会を奪ったのはあなた方黒の騎士団だ」
その言葉に、幹部の何人かが息を呑んだ。
彼らの多くは気づいていない。
彼らが仕組んだギアス対策。
それが、今の世界にどんな風に映るかなど、自分たちが絶対の正義だと信じていた彼らにはわからない。
「あなた方は陛下を信用してはいなかった。だから、あの方をあんな柱の中に閉じ込めた」
『だが!ルルーシュ皇帝も、ランスロットと君を待機させていた!』
「ブリタニア国内で大改革を起こし、それに反旗を翻す貴族がいる中、陛下が暗殺を警戒し、自身の身の安全を確保しようと策を練るのは当然のことです。一度殺されかけたことがある陛下が、それを怠るはずがない」
意図的に強調された単語に、扇はぐっと言葉に詰まった。
扇の反論をいともあっさりと封じ込めたライの紫紺に浮かぶ光が、ますます鋭くなる。
「そもそもあの時、何故陛下をあんな場所に閉じ込める必要があったのでしょう?あれさえなければ、私も枢木卿も、あの場に乱入はしなかったでしょうし、もしものときのために待機させていた軍を動かすこともしなかった」
『それは君自身がよくわかっていることだろうっ!!』
「ええ、そうですね。しかし、それはあの中継を見ていた人々の知るところではない」
そう。あれは、ルルーシュの力を知っているからこその対策だと知るのは、その力を知っていた僅かな人間だけ。
他の合衆国代表が疑問の声を上げていたように、ほとんどの人間にとって、あの時の神楽耶の、そして黒の騎士団の対応は、絶対の正当性を持たないのだ。
「説明していただきます、今ここで。この放送を見ている全て人々が納得する言葉で」
何故、あの時点では誠意を持って接していたルルーシュに対して、あんな行動を取ったのか。
何故、あんな場所に閉じ込め、責め立てるという方法を取ったのか。
そんな方法を取れば、こちらが彼の身を案じて何かしらの行動に出ることは十分考えられること。
それを知った上で、何故その行動を取ったのかと、ライは問いかける。
淡々としたその口調は、黒の騎士団には責めているようにも感じただろう。
「ああ、そうだ」
ふと、ライが笑った。
それまで何の表情も浮かんでいなかった顔に浮かんだそれは、口の端を持ち上げるだけの僅かなもの。
けれどそこに、先ほどと同じ王の表情を見て、騎士団側の人間たちは息を呑む。
「目に見える証拠の提示できない超常現象的な証言は、あなた方の正気が疑われるだけだという事実を認識した上で、発言するようお勧めいたします。被害に合った人がいる、ではなく、その人間がどんな被害に合い、どんな行動をしたか。他人が話すのではなく、被害に合った本人が話す。そこまでできなければ、それは証拠にはなりませんよ?」
『それは……っ』
扇の反応に、ライはくすりと笑った。
その隣で、スザクが呆れたようにため息をつく。
できないことを知った上で、そこまで無理難題を突きつけるライの度胸と怒りの深さに、別の意味で感心してしまう。
ライが突きつけたのは、初めから証明することが不可能な難題だ。
絶対遵守のギアスは、その命令が下された前後の記憶が残らない。
スザクやライのように、ギアスがかけられた瞬間を思い出し、その力すら自身の力として使いこなしてしまう人間は、異例中の異例なのだ。
だから証明できない。できるはずもない。
押し黙る黒の騎士団を見つめていたライの目が、すうっと細くなる。
浮かんでいた笑みが消え、冷たい光を浮かべた紫紺が、口を開くことのできない騎士団を睨みつけた。
「……やはり、あなた方は最初から陛下を信用してはいなかった」
今までのどれよりも、低く、冷たい声。
ライの口から発せられたそれに、びくりと騎士団幹部の肩が震える。
反応しなかったのは、星刻だけだ。
「陛下を信用せず、陛下を認めらない。それが理由で、フレイヤによって真に世界を支配しようとしたシュナイゼルについたんです」
『違うっ!!』
「ええ、そうでしょうね。あなた方はルルーシュ陛下を疑うことに執着するあまり、シュナイゼルを疑わず、その真意に気づかなかった。知らずに、シュナイゼルに利用されていただけです。それは、我々も認めます」
あっさりとそう言い切ったライに、扇が驚き、目を見開く。
彼の周囲には、ほっとしたように表情を緩める数人の幹部。
おそらく、ライがこちらを糾弾するばかりではないと思い、気が抜けたのだろう。
けれど、それで安心するのは、早すぎる。
「ですが、あなた方がシュナイゼルのフレイヤの使用を容認し、彼の計画に協力したという事実は変わらない」
ライが突きつけるのは、結果。
黒の騎士団が、ゼロが何よりも優先し、世界に刻み付けてきたもの。
彼らの今回の選択が残した結果を、そこから目を逸らそうとする者たちに突きつける。
「シュナイゼルがフレイヤを使い、全世界に対して独裁政治を行おうとしたことは、カノン・マルディーニの証言とダモクレスに残されていた記録が証明する真実です。蓬莱島で保護されているコーネリア・リ・ブリタニア嬢も、そう証言したと伺いました」
『あ、ああ』
「ならば、シュナイゼルの独裁を阻止しようとした我らとしては、黒の騎士団の責任を問いたい」
既に世界各国から、シュナイゼルに対する批判の声は上がっている。
それに加勢した黒の騎士団に対する疑問の声も。
それを阻止するためにルルーシュの取った選択に、疑問を持たない者がいないわけではない。
けれど、既にダモクレスとフレイヤに集まり始めた憎しみは、それを使ったシュナイゼルと黒の騎士団への批判を集めていた。
黒の騎士団が人気を集めていたのは、彼らが結果を残した日本と合衆国中華が中心だ。
他の国は彼らの恩恵を受けていたわけではない。
加えて、ルルーシュの真意と、彼を守る2人の少年の悲痛な叫び。
ルルーシュの悪行を受けず、黒の騎士団の恩恵も受けていない国が、フレイヤの脅威にさらされていたかもしれないと知ったとき、一体どちらを選ぶのか。
その結果は、既に表れ始めていた。
ライの問いに答えられず、言葉に反論できない以上、既に黒の騎士団がその批判から逃れる術は、ない。
『……何が望みだ?』
『星刻さんっ!?』
目を細め、口を開いた星刻に、扇が驚きの声を上げる。
まだ結果を認められない扇とは裏腹に、既に結果を受け止めている星刻は黒の騎士団の事実上トップ2であるはずの彼の声を無視し、真っ直ぐにライを見つめ返す。
一瞬笑みを浮かべたライは、その褐色の瞳を受け止めた。
「黒の騎士団の解散を」
ライの言葉に、扇たち騎士団創設メンバーが驚きの声を上げ、中華連邦出身者が息を呑む。
星刻は、そして彼の部下であった香凛たちは予想していただろうその言葉。
それに慌てる創設メンバーの反応を見て、ライはふっと笑った。
「……と、言いたいところですが、我々はそれを望みません」
続けた言葉に、今度は星刻たちが驚き、息を呑む。
ライが突きつけた要求を、彼らは当然のものとして受け止めていただろう。
しかし、それでは駄目なのだ。
それでは、自分たちの望む世界には、届かない。
「先ほども申し上げたとおり、我々新皇帝派は、シャルル前皇帝の治世のような力による支配は望みません。超合集国に参加している国が武力を放棄し、あなた方黒の騎士団と契約をしている今、黒の騎士団が解散すれば、世界に残る軍事力は我々ブリタニア軍だけになる。それでは、フレイヤで世界を黙らせようとしたシュナイゼルと何も変わらない」
ひとつの国がただひとつの軍事組織を持ち、他の国を支配すれば、それはやはり独裁だ。
それでは、何も意味がない。
そうして武力を持って話し合いのテーブルにつこうと提案したところで、誰もそれに同意はずがないのだから。
「ですから、我々はあなた方の解散は望みません。その代わり、3つの要求を受け入れていただきたい」
『3つ……?』
「はい」
ライの紫紺がモニターから外れ、隣を見る。
先ほどの一言以来、ずっと黙っていたスザクは、その視線に気づき、翡翠の瞳をライへと向けた。
2人が、同時に頷く。
再び色の違う二対の双眸が、黒の騎士団へと向けられる。
先に口を開いたのは、ライだった。
「ひとつ目は、各合衆国の代表方を無事にお返しするために、陛下の命に従いそちらに渡った我らが同志、ロイド・アスプルンド、セシル・クルーミー、篠崎咲世子、ニーナ・アインシュタイン、以上4名の即時解放」
「ふたつ目は、全植民地の返還が終了した後の、ブリタニアの超合集国への正式加盟」
2人の口から告げられた要求に、星刻が、扇が、藤堂が息を呑む。
彼らの周囲から驚きの声が上がる中、ライは真っ直ぐに星刻へ向けていた視線を動かした。
その先には、扇が、藤堂が、玉城が、南が、杉山が、千葉が、そしてカレンがいる。
その誰もが、黒の騎士団創設メンバーであり、または幹部として常にゼロの傍にいた者たち。
騎士団がまだレジスタンスでしかなかった頃から、組織を支えるポジションにいた者たちだ。
その彼らを順番に見つめながら、ライは再び口を開いた。
「そして3つ目は、あなた方黒の騎士団が、超大国と契約を結ぶ軍事組織として、あなた方自身の目で世界を、現実を見つめ、道を選び取る努力を怠らないこと」
最後のその要求に、斑鳩のブリッジにいる日本人の誰もが目を見開いた。
星刻たちも、ライが誰に向かってそれを言っているのか気づき、彼らへと視線を向ける。
誰もが言葉を返せずにいる中、1人の少女が動いた。
他の日本人幹部と同様に最初からその場にいた少女――神楽耶は、一歩前に出ると、真っ直ぐにライを見つめ、口を開いた。
『篠崎たちは、ルルーシュ皇帝に脅されていたと言っていましたが?』
「そう証言せよとの、陛下のご命令です」
『何故そのようなことを?』
「もしもこちらが敗北した場合、そう言えば彼女たちの身の安全は保障されるでしょう?」
ふっと笑みを浮かべて問い返せば、神楽耶は驚いたように目を瞠る。
けれど、すぐにその表情を消すと、動揺を押し隠してライを見返した。
『全ての植民地の返還が終了したあとの、超合集国への参加というのは……』
「言葉どおりです。全ての植民地が解放された後ならば、ブリタニアの人口は、合衆国中華と同等程度になります。そうすれば、超合衆国がブリタニアに乗っ取られることはなくなるはずです」
黒の騎士団がブリタニアの超合集国への参加を拒否したのは、ルルーシュが投票権を掌握し、超合集国を乗っ取ることを危惧したためだ。
それが解消されれば、超合集国がブリタニアの参加を拒む理由はなくなる。
そこまでは、神楽耶にもわかる。
わかるのだけれど。
『……最後の、要求は……』
「言葉どおりの意味です」
はっきりと答えたライが、目を閉じる。
一度瞼の裏に隠れた紫紺が、ゆっくりと開かれる。
その瞬間、ライはがらりと雰囲気を変えた。
「黒の騎士団の『双璧』の片割れとして、そしてルルーシュ陛下の騎士として、僕はあなた方を見続けてきました」
自分を呼称する言葉が、変化する。
先ほどまでの刺すような気配は消え、代わりに現れたのは、騎士団の者たちがよく知る彼の顔。
ライが『双璧』の1人であり、ゼロの片腕として黒の騎士団に在った頃に、よく浮かべていた表情だった。
「その上で問います。あなた方は、真に自分の意志で道を選び取ったことはありましたか?」
ライの問いに、神楽耶が息を呑み、他の者たちは驚きに目を見開く。
それがある勘違いの上での反応だと悟ると、ライはほんの僅かに目を細め、瞳に冷たい光を浮かべる。
「絶対遵守の命令は関係ない。あなた方は、あなた方自身の確かな信念を持って、道を選んだことはありましたか?」
ギアスは関係なく、自分自身のたちの意志で。
彼らが真に自らの信念で選んだ選択は、一体どれほどあっただろう。
「僕が知っている限り、あなた方は、いつだって他人の言葉に流されていた。ゼロが『生きて』いた頃はゼロに、第二次トウキョウ決戦でゼロが『死んで』からは、シュナイゼルに」
彼らの前には、常に導き、手を伸ばす存在がいた。
それがゼロであり、シュナイゼルだった。
彼らは常に誰かの差し出す手に捕まり、ただ引っ張られていくだけだった。
彼らが本当に自分自身で考え、選び取った選択が、一体どれほどあっただろう。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」
その言葉に、扇が、カレンが、玉城が、杉山が、南が、息を呑む。
それは、彼らが黒の騎士団として初めて表舞台に立った、あのホテルジャックのとき。
メディアの前に立ったゼロが――ルルーシュが口にした言葉だった。
「あなた方には、本当にその覚悟が、ありましたか?」
真っ直ぐに向けられた紫紺の瞳が、彼らを射抜く。
はっきりとした口調で投げかけられたその問いに、答えを返すことのできる者は、誰もいなかった。
2014.9.27 加筆修正