Last Knights
Story01 皇帝の思惑
『先日即位した、第99代ブリタニア皇帝ルルーシュは、歴代皇帝陵の破壊を強行しました。貴族制度の廃止、財閥の解体、ナンバーズの解放に続き、その行為に関しても、オデュッセウスを初めとする元皇族たちは、新皇帝を支持しているもようです。しかし……』
ブリッジのメインモニターに流れるニュース。
数日前の驚愕の戴冠式以降、世界を驚きの渦へと叩き込んだ若き皇帝のそれに、黒の騎士団の主だった幹部は息を呑んだ。
次々と変えられていく制度。
ブリタニアの歴史を丸ごと否定するその行動を起こしたのは、かつて彼らを率いた仮面の反逆者。
裏切り者と罵り、追放した彼の行動に、ブリッジにいる面々は見入っていた。
「すげぇな!あいつ!」
「完全にブリタニアを作り変えるつもりか」
「壊す、の間違いじゃないのぉ?」
玉城の歓声に、藤堂とラクシャータが思い思いの言葉を口にする。
「ルルーシュのブリタニアに対する怒りは本物だった……」
「逆らう勢力は全て潰しているしね……」
「超合集国でも、ルルーシュ皇帝を支持するという声がほとんどです」
信じられないといわんばかりの扇とラクシャータの言葉に、天子を支えるようにして立っていた神楽耶が振り返り、言った。
「やっぱりあいつは、俺たちの味方だったんだよ!」
「民衆の、正義の味方という報道もありますしね」
嬉しそうな玉城とは正反対に、香凛は冷静な声で告げる。
その言葉に、杉山は1人のジャーナリストのことを思い出し、口にした。
ゼロが『死亡』した後、シュナイゼル側につき、騎士団を去ったあの男は、二度とここには戻らないだろう。
彼が注目するほどの人材が、この黒の騎士団にはもういないのだから。
「それよりさぁ。どうするんだよ、これから」
暗い話を払拭するように、玉城が口を開く。
実際には何も考えていないだろう彼の言葉に、ラクシャータが眉を寄せた。
「これからって?」
「だってよぉ。ブリタニアの皇帝がいいことやってるんだからさぁ」
「それは……」
神楽耶が口を開きかけた、その瞬間だった。
「いいや、違う」
ブリッジに響いた言葉に、全員が顔を上げる。
ブリッジの最も後方――かつてゼロが座っていた場所に座す男。
黒の騎士団が私設軍事組織となったときに、CEOという地位についたゼロに代わり、総司令となった男。
合集国中華の豪傑、黎星刻。
迷わず告げた彼の言葉に、ある者は驚き、ある者は神妙に頷いた。
「……そうだな」
後者の1人である藤堂は、息を吐き出しながら前を向く。
藤堂までもが星刻に同意したことで、純粋にルルーシュを信じようとした玉城は驚きに目を瞠った。
「ルルーシュ皇帝の、いや、ゼロの目的は、ブリタニアを壊すことだけではない」
目の前に映し出されるニュースを睨みながら、星刻は確信を持って告げる。
その理由がわからずにいた杉山が、思わず口を開いた。
「だけじゃないって……」
「そうですね。それだけだとは思えません」
その瞬間、ブリッジの扉が開く。
そこから現れた紅い髪の少女の姿に、全員が星刻の横に立った彼女を見た。
「ルルーシュのことだもの。きっとそれだけじゃない、何かがあると思う」
確信を持って告げる彼女の空色の瞳は、真っ直ぐにモニターに向けられる。
若き皇帝の数々の偉業を知らせ続けるニュースは、まだ続いていた。
「何かって何だよ?」
「そこまでは。でも……」
一度ゆっくりと首を横に振って、再びモニターに視線を向ける。
そこには、いつの間にか演説する皇帝の姿が映し出されていて、カレンは思わず目を細めた。
「彼はゼロなのよ。今回のこれが、たったひとつの目的で済むとは思えないわ」
ずっと右腕として、ゼロの隣に立っていたカレンだからこそ、断言できる。
ルルーシュの策は、いつだってひとつで複数の目的を遂げるものだった。
だから、今回もきっと、何か裏がある。
「でもよぉ。あいつの傍には、ライがいるだろ?」
玉城の言葉に、ずっと厳しい表情をしていたカレンが、ぴくりと反応した。
その場にいる誰もが、一瞬硬直し、思い思いにため息をつく。
「そうよねぇ。それを考えるとねぇ」
「今までライは、ゼロさ……ゼロの行動が行き過ぎると感じたとき、必ず意見をしていました。まるで、彼の暴走を止めようとするかのように」
「ライ、か……」
神楽耶の言葉に、扇は大きく息を吐き出し、ここから消えた少年の名を呟いた。
黒の騎士団全員がゼロの奇跡を信じた、あのナリタ戦。
その直前に、突然ゼロの愛人と言われたC.C.が連れてきた少年。
いつの間にかカレンと共にゼロの片腕として騎士団になくてはならない存在になっていた彼は、ゼロが『死んだ』その日に、騎士団を去った。
今までずっと自分たちを騙していたゼロを信じ、ゼロの愛人と共にここからいなくなったのだ。
そして、再び彼の姿を目にしたとき、彼はラインハルトと名前を変え、ブリタニアの騎士になっていた。
第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
枢木スザクと共に、その筆頭騎士ナイトオブゼロに。
「だが、そのライも、ギアスに掛かっている可能性は否めない」
藤堂の言葉に、全員がはっと彼を見る。
神楽耶の顔が悲しみに歪むのを見ないふりをして、藤堂は呟いた。
「もしもギアスに掛かっているとしたら、今までのことも、全部……」
「藤堂さんっ!!」
藤堂の言葉に、カレンが大声を上げる。
彼女は、考えたくなかったのだ。
ルルーシュが、ライにギアスをかけていることを。
あんなにもルルーシュを大切にしていたライは、実はルルーシュに操られていて、彼の中に芽生えた気持ちが、ルルーシュが強制的に植えつけたものであることを。
そうでなければ、自分の知るライの全てが、嘘になってしまう気がしたから。
「紅月君。情に流されるな。現実を見極めるんだ」
「そうだ、カレン。惑わされては駄目だ」
そんなカレンの心情を見透かしているかのように、藤堂が、扇が、言い聞かせるように告げる。
彼らにとって、絶対の真実になってしまった言葉。
ライが、ライだけが否定し続けたそれを、迷うことなく言葉にする。
「ゼロは、ずっと俺たちを騙していたんだから」
兄のように慕っている扇のその言葉に、カレンは無意識のうちに悲しそうに目を細めた。
神聖ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴン。
その皇宮の一室で通信装置を操作していたライは、その端整な顔を思い切り歪めていた。
苛立った様子で、コンソールの端を指で叩く。
部屋に入ってきたばかりのスザクは、その姿に首を傾げた。
「どうかしたのかい?ライ」
「いいや。ちょっと不快な会話を傍受しただけだ」
突然声をかけたというのに、驚いた様子もなく答えたライは、耳を塞いでいたインカムを取ると目の前のコンソールに指を走らせる。
暫くして、作業が一段楽したのか、ふうっとひとつ息をついて振り返った。
「それよりスザク。陛下は?」
「陛下はエグゼリカ庭園に」
「はあ?1人で?」
「C.C.とロイドさんが一緒だよ。僕は、君を呼びに来たんだ」
「僕を?」
不思議そうに尋ねるライに、スザクは表情を変えずに頷いた。
「陛下のお達しだ。少し休めだそうだよ、エイヴァラル卿」
そう言って薄く微笑んだスザクに、ライは目を細める。
共に行動するようになってから、スザクが時折浮かべるこの笑顔。
以前の彼が決して浮かべなかったそれに、深くため息をついた。
「そのために、わざわざ君が僕を呼びに来たのか、枢木卿」
問いかけのような口調だが、それは確信だった。
それを察しているらしいスザクが、今度は苦笑する。
「貴族制度を廃止したこの国で、その呼び方はおかしいと思うけどね」
「君が先に言い出したんだろう?」
うんざりとした表情を隠さずに言い返せば、途端に困ったように笑う。
その全てが学生時代とは全く違って、ライは思わずため息をついた。
「で。君のことだから、僕が陛下のところに行かなければ力技で来るつもりか」
「今の僕は陛下の剣ですので」
にこりと微笑み、敢えて敬語を使って答えたスザクに、悪意すら感じた。
このままでは、本気で肉弾戦になりかねない。
せっかく用意したこの装置を、そんなくだらないことで破壊するわけにはいかない。
それを避けるための行動は、どう考えてもひとつしか思いつかなかった。
「……わかった。行くよ。行けばいいんだろう」
降参と両手を挙げたライに、スザクは満足そうに微笑んだ。
それにもうひとつため息をついて、ライはインカムを置き、立ち上がった。
2014.8.20 加筆修正