Last Knights
Story19 欲しかったもの
ダモクレスの外壁に機体を下ろし、中継を見ていたジノは、モニターに映る光景に思わず見入っていた。
紫色に染められた画面の中に映るのは、自分とほとんど年の変わらない少年たちだ。
意識を失ったルルーシュを抱きしめ、声を上げて泣くスザク。
そのスザクの前に立ち、ただ涙を流す、黒の騎士団の制服を羽織ったライという少年。
悪逆皇帝の騎士、ナイトオブゼロとして、それぞれにつけられた異名どおりの戦いを繰り広げた2人の少年。
その少年たちが、先ほど対峙したときに見せた表情が嘘のように、泣いていた。
ただ『生きたい』と、人ならば当たり前の願いを口にして、泣いていた。
『ライ……、スザク……』
通信から聞こえるのは、ランスロットを撃った直後に気を失ったカレンだ。
ライの叫びで意識を取り戻した彼女の声は、震えていた。
何かに耐えるように、必死に感情を表に出すまいと、耐えていた。
「スザク……」
モニターに映る、かつての同僚だった少年。
その姿を見て、ジノは目を細める。
アッシュフォード学園の生徒会室で見つけたアルバム。
その中に映ったスザクの笑顔も、自分は知らなかった。
けれど、それ以上に、彼がこんな風に泣くなんて、知らなかった。
広い部屋に、ただ嗚咽だけが響く。
ルルーシュを抱きしめたままのスザクは、もう声こそ上げていなかったけれど、まだ涙は止まってはいなかった。
立ち尽くすライも、ただ俯いて、静かに涙を流し続けている。
そして、スザクの傍に座り込んだC.C.も、涙こそ流してはいなかったが、今にも泣きそうな目で眠るルルーシュを見つめていた。
周囲の人間は、何も言わない。
兵士はライのギアスによって、シュナイゼルはルルーシュの命令によって、手を出すことなく、紅い光に縁取られたままの目で、ただその光景を見つめていた。
唯一正気のカノンは、目の前で繰り広げられた光景に、言葉を失っていた。
静まり返った部屋。
誰も、何も言わない、光に照らされた空間。
だんだんと嗚咽が小さくなり、消えるかと思ったそのとき、唐突にその空間に声が響いた。
「許せないんじゃない。許したくないだけ……」
その言葉に、ライとC.C.が顔を上げる。
2人の視線は、未だ俯き、ルルーシュを抱きしめたままのスザクに向けられた。
「スザク……?」
「わかって、いたんだ。本当は、ずっと」
C.C.の問いかけに、スザクは力なく口を開く。
涙に濡れた翡翠は上げられることなく、ただじっとルルーシュを見つめていた。
「ルルーシュを許せなかったのは、許してはいけないと思ったから。許してしまったら、裏切ることになると思っていたんだ。ユフィを。僕に居場所をくれた彼女を、裏切ることになると思ってた」
笑顔で手を伸ばしてくれた、優しい人。
死にたがりだった自分に、生きる道を示してくれた人。
ただみんなで笑える世界を望んだ彼女を、裏切ってしまうことになると思っていた。
「他の何を裏切っても、彼女だけは裏切りたくなかった。僕を……こんな俺を好きだって言ってくれた彼女だけは。だから、ルルーシュを許したくなかった。俺たちを騙したルルーシュを、許してはいけないと思っていた」
だから、憎んだ。裏切らないために。
本当は誰よりも――ユーフェミアよりも大切だったはずのルルーシュを。
そうしなければ、自分が許せなかった。
守れなかったという後悔も、気づけなかったという悔しさも、何もかもを憎しみという感情に包んでしまわなければ、前に進むことなんてできなかった。
「本当は、知っていたのに。ルルーシュが、本当はどんな人間かなんて、知っていたはずだったのに」
たった1人で全てを抱え込み、辛さも弱さも嘘で覆い隠して、耐えてしまう人。
弱音は絶対に吐かない。
言い訳は絶対にしない。
そうやって全てを自分の責任だと抱え込んでしまう人だと、知っていたはずだった。
幼い頃から変わらないその姿にこそ、自分は惹かれていたはずだったのに。
「信じていた。だから、裏切られたと思って、憎くなった、か……」
ライの言葉に、スザクははっと目を瞠り、顔を上げる。
その途端、真っ直ぐに自分を見つめていた紫紺と目が合った。
涙を浮かべたままのその顔が、薄く微笑む。
「違うか?」
「……いいや、違わない。そのとおりだよ、ライ」
そう、ルルーシュのことを信じていた。
だからこそ、裏切られたと知ったときの――いいや、そう思ったときの反動が、大きくて。
信じてもらえていると思っていたのに、そうでなかったと知った時の感情が、抑えられなくて。
ルルーシュに向ける感情を、本当は大切だった想いすら、憎しみに変えた。
ルルーシュに執着するのは憎しみゆえだと、そう思い込んで生きるしかなかった。
そうでないと知ってしまったら、彼を傷つけてまで手に入れた地位にいる自分を、許すことなんてできなかったから。
「そのとおりだったんだ……っ」
再び嗚咽を漏らすスザクを、ライはただ見つめていた。
その目に、先ほどまでの冷たい光は浮かんでいない。
ただ薄く微笑んで、黙って目の前で泣く彼を見つめていた。
「……僕らはきっと、誰もが、居場所が欲しかっただけだった」
そのライが、不意に口を開いた。
俯いていたスザクが、彼とルルーシュを見つめていたC.C.が、顔を上げ、ライを見る。
「不安を感じず、安心して暮らせる場所が欲しかった。人を疑うことなく、信じていられる世界が欲しかった」
常に命が脅かされる恐怖。
いつ自分を裏切り、害するかわからない大人。
それが常に傍にある、そんな世界で生きてきた子供。
「嘘で自分を固めずに、本音を出せる場所が欲しかった」
そんな自分たちが、嘘で自身を守る必要のない場所。
そんな居場所が、欲しかった。
ぎゅっと拳を握り締め、吐き出すように語るライを、スザクはじっと見つめる。
その視線が、不意にルルーシュに落ち、その先にある床へと落ちた。
世界地図を映す、紫の光を放つ床。
自分たちの傍には日本が映し出され、少し離れた場所に、様々な国がある。
広い、広いはずのこの世界。
この世界の中で。こんなにも広い、世界の中で。
「俺たちに、そんな場所は、あったんだろうか……?」
「あっただろう?」
「え?」
驚いて顔を上げた途端、目に入ったのはライの笑顔。
合流してから、一度も見た覚えのない柔らかなそれに、スザクは思わず目を瞠る。
その笑顔を最後に見たのは、そう、確か。
「僕は、みんなで見たあの富士の温泉の花火を、忘れたことはないよ」
その言葉に、スザクは今度こそ目を見開いた。
ライとスザクに共通する、花火の思い出。
それは、たったひとつしかなかったから。
1年以上も前のあの頃、まだルルーシュもスザクもカレンも、そしてライも、アッシュフォード学園にいることのできた、あの頃。
生徒会メンバー全員で、一度だけ旅行に行ったことがあった。
3泊4日で、富士の麓の温泉旅館への旅行。
当初は計画に入っていなかったライも無理矢理入れて、8人でバスに乗って。
そのとき全員で一緒に見た、打ち上げ花火。
それを見て、みんなで約束した。
またみんなで、旅行に行こうと。
「僕はあそこが大切で、大好きだ。あの頃も、今も」
温かい場所。
温かくて、優しい場所。
小さかったけれど、あの場所もまた、確かに幸せが存在する、大切な世界だった。
ライにとっても、ルルーシュにとっても、きっとカレンにとっても。
そして。
「君は?」
その問いかけに、スザクは過去に馳せていた意識を引き戻す。
変わらない笑顔を湛えたまま、ライが真っ直ぐにこちらを見て、再び口を開いた。
「あそこは、君にとって居場所じゃなかったのか?君がいたいと思った場所は、あそこじゃなかった?」
その問いに、スザクは俯いた。
そして、ゆっくりと首を振る。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
あの場所こそ、求めていた場所だったのに。
幼い頃失ってしまった、自分の手で失った、幸せな空間。
ルルーシュがいて、ナナリーがいて、笑っている。
彼らだけではなく、大切な友達がいて、その誰もが笑っている。
ああ、今だから、認める。
あの場所が、僕は、大好きだった。
だからこそ、あの場所も守りたいはずだったのに。
いつの間にか、そんな場所すら、僕は道具にしてしまっていた。
漸く気づいた想いに、スザクは再び涙を流す。
ぽろぽろと零れるそれは、抱きしめているルルーシュに落ち、その服に吸い込まれていく。
既に顔を押し付けている胸は涙で濡れてしまっていたけれど、それを気遣う余裕なんてなかった。
2014.9.27 加筆修正