Last Knights
Story17 願い
ランスロットから脱出し、ダモクレス内に潜んでいたスザクは、管制フロアへ繋がる階段を駆け上がっていた。
国際中継として発信された映像は、もちろんこのダモクレスの内部にも流れていた。
予定どおりに行われていたはずのその放送の最後に、割り込んだ人物。
本来ルルーシュからの連絡を待って合流するはずだったスザクは、その映像を見た瞬間、潜伏していた部屋を飛び出していた。
漸く管制フロアのある階層に辿り着き、廊下を駆け抜ける。
目的地である扉の前に見慣れた色があることに気づいて、思わず声をかけた。
「C.C.っ!!」
「スザクか」
名前を呼べば、振り返った彼女は一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐにその目を細める。
その彼女の傍まで駆け寄ると、感情のままに彼女を睨みつけ、口を開いた。
「これは一体どういうことだ!?ライは、一体どうして……!?」
勢いのままに彼女を追及しようとした、そのとき。
「生きろっ、ルルーシュっ!!」
開いたままだった扉の中から聞こえたその声に、スザクは驚愕に目を見開いた。
ライの左目から飛び立った紅い鳥が、ルルーシュを襲う。
耳から言葉が飛び込み、それを脳が認識すると同時に、その紫玉の瞳に紅い光が浮かび上がった。
「あ……、ああ……ぁ……」
頭を抱えたルルーシュが、よろよろと後ずさる。
今にも体の力が抜け、膝をついてしまうのではないかと思うほど、足ががくがくと震えていた。
「う、あぁ、ああ……っ!?」
見開かれた紫玉を縁取る、紅い光。
点滅を繰り返すそれに、脳に直接作用する命令に、ぐらぐらと視界が揺れる。
今にも飲み込まれそうなそれを拒絶しようと、ぎゅっと目を閉じ、ぶるぶると頭を振った。
「駄目だ……。お、れは……っ」
受け入れてはいけない。
望んではいけない。
『生きろ』という命令がどんな効果を齎すのかは、スザクを見て知っている。
これを受け入れてしまったら、ゼロレクイエムは実行できなくなる。
だから、必死に抵抗する。
受け入れまいと、ギアスを拒絶しようと、何度も何度も首を振る。
再び床を鳴らす音が響いた。
僅かに目を開けば、黒いブーツが目に入った。
「ゼロレクイエム。世界を征服した独裁者、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを、第二次トウキョウ決戦で死んだ英雄から仮面を受け継いだ新たな『ゼロ』が殺し、世界を解放する計画」
徐々にライが近づいてくる。
彼が口にしているのは、ゼロレクイエムの全貌。
知られてはいけない計画の真実。
止めなければならないのに、未だ脳を支配しようとする命令に抗いきれていないルルーシュに、そんなことをする余裕があるはずがない。
「皇帝が世界を征服し、逆らう者は全て殺し、独裁を行う。それを、奇跡的に復活した英雄が、民衆の前で打ち倒す」
『正義』が『悪』を倒す。
『魔王』が『英雄』に倒される。
これ以上わかりやすい構図が、他にあるだろうか。
わかりやすい、子供たちにも馴染みのある構図であるからこそ、それは。
「それは確かに世界にとって劇薬になる。一度独裁の恐怖を覚えた世界は、軍事力ではなく、話し合いという道を選ぶようになるだろう。力で全てを支配することが、『悪』だと認識するから。あの悪逆皇帝のようになるまいと、別の道を求めるようになる。それが、君とスザクが願った『明日』」
世界が、力で他者を押し付けるのではなく、言葉で他者を理解することのできる世界。
強制的に従わせるのではなく、他者に手を差し伸べることのできる世界。
それが、欲しかった。
そんな優しい世界が欲しかった。
「でも、そこに君とスザクはいない」
そう、その未来に、俺たちはいない。
願う未来に、俺たちはいらない。
俺たちは、『悪』である俺は、いてはいけない。
「スザクは戦死し、仮面の英雄となる。そしてルルーシュ、君はスザクに殺される。君の計画どおりに」
それを成して、初めてゼロレクイエムは完遂される。
そしてスザクはゼロとなり、その生涯を世界に捧げる。
個人としての存在は消え、象徴となる。
それが、彼らの望み。
彼らの望んだ、罰。
「そんな明日は……君とスザクがいない明日は、僕は認めない」
ルルーシュの傍まで来たライが、足を止める。
ゆるゆると見上げた瞳は、未だに片方が真紅に染まっている。
何故かそこに、紅い刻印以外の光を見た気がした。
「だから、僕は迷わない」
「ら……い……っ!お、まえ……っ」
「悪魔と呼びたければ呼べばいい。狂王と罵りたければ罵ればいい」
それは今のライが、自らを定義した呼び名。
そして、昔のライを、歴史が定義した言葉。
「どんなレッテルを貼られようとも。……君に憎まれたとしても、この願いだけは、譲らない」
望んで得たそれと、望んだわけではなかったそれを、ライは受け入れる。
たったひとつの願いのために。
「それが、僕の望む明日だから」
そう告げると同時に、再びライの瞳の鳥が羽ばたいた気がした。
瞬間、脳に響く声が強くなる。
瞳を縁取る光の点滅が、さらに早くなる。
「う、あぅ……ぐ……ぁ……っ」
あまりに酷すぎる眩暈に、思わず呻き声が漏れた。
囚われまいと、飲み込まれまいと必死に抗いながら、ぎりっと歯を食いしばる。
「こんな命令、俺は……」
「命令じゃない!これは願いだ!」
ライの叫びに、ルルーシュははっと目を瞠り、顔を上げた。
その瞬間、泣きそうに歪んだ紫紺と真紅が目に入る。
「生きていてほしいんだ!君に!この世界で!!」
そう叫ぶライの顔には、先ほどまでの冷たい表情は全くない。
それを認識した瞬間、脳を支配する声が強くなる。
思わず飲み込まれそうになり、それを振り払おうと必死に頭を振った。
「だめだ……。俺は、生きていては……っ、世界、を……」
世界を、変えるために。
世界を壊し、世界を創るために。
俺は、ここにいては、いけないのに。
「どうして?どうしてそんなことを考える?どうしてそんなことを思う?」
ぐらぐらとした思考の中で、ライの声だけが鮮明に届く。
どうして、なんて、そんなのは決まっている。
俺はここにいてはいけなかった。
この世界にいてはいけなかった。
だって。
「だって……。俺はどうせ、始めから……」
「君は世界のノイズでも、邪魔者でもないっ!!」
ライの言葉に、ルルーシュは紅く縁取られたその目を大きく見開いた。
依然点滅を続けているそれを、呆然とライへ向ける。
先ほどよりも、もっと泣きそうな表情を浮かべたライが、こちらに向かって右手を伸ばす。
その手には、先ほどまで握られていたはずの銃は、なかった。
「たとえ誰かがそう言ったって、君を世界から弾き出させたりなんかしない!誰が君を否定しても、僕が君を守る!君の居場所は僕が必ず創るっ!だから、ルルーシュっ!」
ライの右目の紫紺が、一瞬奥へと吸い込まれる。
真っ黒に染まったそこに紅い鳥が生まれる。
それが羽ばたくと同時に、右目が左目と同じ、真紅に染まった。
「君は……、君も、生きろっ!!」
真紅に染まった双眸から、紅い刻印が羽ばたく。
そこから飛び立った鳥が、再び耳を通してルルーシュの中に入り込んだ。
点滅していた光が、紫玉の瞳を完全に縁取る。
「おれ、は……」
ふっと、体から力が抜けた。
そう認識した瞬間、視界がブラックアウトする。
意識が闇に覆われる直前のその一瞬、こちらに向かって走ってくるスザクの姿を見たような気がした。
2014.9.27 加筆修正