月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story16 黒と銀、対峙する時

銃口をルルーシュに向けたまま、黒銀の騎士がゆっくりとこちらに歩いてくる。
その前に、銃を構えた兵士が数人飛び出した。

「陛下……っ!」
「手を出すな!」

ライを撃とうとした兵士は、次の瞬間、一瞬で真紅に染まった瞳から飛び立った紅い鳥に支配される。
一瞬動きを止めた兵士は、ゆっくりとその銃を降ろした。

「……イエス、マイロード」

淡々と返事をすると、そのまま左右に退き、道を開ける。
再び真っ直ぐにこちらを向いた瞳は、既によく知る紫紺に戻っていた。
その2人の間に、今度は金髪の皇子が割って入る。
ゆっくりとした動作でその男が懐に手を入れたそのとき、今度はルルーシュが声を上げた。

「やめろ、シュナイゼル」

その一言に、シュナイゼルは動きを止める。
訝しげにこちらを振り返った彼に、顎で退くように促すと、彼は素直にその指示に従い、指定された位置に戻った。

世界地図を映した床の上に降りたところで、ライが足を止める。
けれど、その銃口が下ろされることも、強い光を浮かべた瞳が逸らされることもなかった。
真っ直ぐに自分を見つめる紫紺を、ルルーシュの紫玉が睨み返す。

「どういうつもりだ?ライ」
「見たままだよ、ルルーシュ」

淡々と返された言葉に、ぎりっと歯を食いしばる。
先ほどの反動で僅かに痺れている拳をぎゅっと握り締め、睨みつける目を細めた。

「その意図を聞いている」
「意図?」

くすりと、ライが笑みを浮かべる。
ただ無表情にこちらを見ていた紫紺の瞳に、嘲るような色が浮かんだ。

「意図なら、何度も伝えていたはずだけど?」
「何……?」

言葉の意味がわからず、訝しげにライを見る。
その瞬間、彼の表情が再び変化した。
一瞬で笑みを消したその顔に浮かんだのは、この1か月の間に何度も見た表情。
戸惑うことなく開かれた口からは、その表情を見るたびに聞いていたものと、全く同じ言葉が飛び出した。

「ゼロレクイエムは、認めない」

紫紺の瞳に浮かんだ光が、鋭くなる。
その目を見た瞬間、いつもよりずっと低いその声を聞いた瞬間、ルルーシュは思わず息を呑んだ。
それは、ライがルルーシュにだけは絶対に向けることのなかった表情。
敵と認識している者にのみ向ける、王の表情だったのだから。

「言ったはずだ、ルルーシュ。僕が君とスザクと結んだ契約は、シュナイゼルの世界を否定することまで。シュナイゼルが君の軍門に下った今、僕が君に協力する理由はない」

ああ、そうだ。
確かに、ライはそう言っていた。
神根島で、スザクと手を取り合ったあの日から、ずっとそう言い続けてきた。

「だから、戻るというのか?黒の騎士団に」
「いいや。戻るつもりはない」

ルルーシュの脳裏を一瞬掠めた不安を、ライはきっぱりと否定する。
銃を持っていない左腕が、ゆっくりと彼自身の胸の上に置かれた。

「これはただの証明。ゼロレクイエムという計画に対して、僕が君の敵であることの証だ」

敵という言葉に、ルルーシュは息を呑む。

「黒の騎士団は、今の君の敵。だから、この服を着た方がわかりやすいだろう?」

はっきりと敵だと言い切ったライに、一瞬視界が真っ暗になった。
今まで、どんな状況になろうとも、ライがルルーシュに対して、その言葉を使ったことはなかった。
それなのに、迷うことなく口にされたその言葉が、重く圧し掛かる。
歯を噛み締める力が、拳を握る力が、無意識のうちに強くなる。
そこから伝わる痛みがなければ、立っていられないような気すらしていた。

ルルーシュが顔を伏せる。
痛みを耐えるようなその表情に、歪んだ笑みが浮かび上がった。

「……はっ。今更俺が止められると思っているのか?」
「ああ、止められるよ。だって……」

ライに左手が、胸から顔に動く。
ゆっくりと動かされた手が、指が、左目の傍に置かれた。

「僕にはこれがある」

その左目が、一瞬だけ真紅に変化したように見えて、ルルーシュは息を呑む。
震えそうになった体を、白くなった拳をさらに握り込むことで押さえつけた。

「使う気か?お前が、それを俺に?」
「君が退かないのなら」
「俺が使わせると思うか?」

ルルーシュが、その手を持ち上げる。
両目に嵌め込んだコンタクトを取り去ろうとしたまさにそのとき、ライが笑った。
くすりと、まるで相手を嘲るかのような笑みで。

「無駄だよ、ルルーシュ」

ぴたりと、ルルーシュが動きを止める。
それを見て、ライはますます笑みを深めた。

「だって、君はもう、僕にそれを使っている」

その言葉に、ルルーシュは大きく目を見開いた。
ライが言葉を口にしたと同時に、一瞬で頭に過ぎった、ここ1か月間の出来事。
その中で真っ先に思い出された事実に、ルルーシュは息を呑んだ。

「お前、まさか……」
「そうだよ、ルルーシュ」

ライの左手が、顔から放される。
真っ直ぐに向けられていた銃が、ゆっくりと降ろされた。

「あの時、僕が君にそれをかけてほしいと頼んだのは、全てこの時のためだ」

ルルーシュの紫玉の瞳が、大きく見開かれた。



あの日、Cの世界から戻り、ゼロレクイエムについて話をしたとき、ライは反対した。
これまで言い続けてきたように、認めないと、絶対に許さないと、そう言って。
そのまま、洞窟を飛び出した彼は、島の奥へと姿を消した。
彼が再びルルーシュの前に姿を現したのは、翌日の昼。
シュナイゼル軍と黒の騎士団を警戒し、一晩島に留まった後、ブリタニアに向けて出発しようとした、そのときだった。
そのとき、ライは言ったのだ。

『僕は、やっぱりゼロレクイエムは認めない。認めたくない。けど、シュナイゼルの世界も、認めない。だから、シュナイゼルを止めるまで、君たちと共に行く』

フレイヤで世界を支配しようとしているシュナイゼルを、止めるために。
そのためだけに、ライは手を伸ばした。
絶対に認められない計画を実行しようとしている、ルルーシュに。

『その代わり、ルルーシュ。僕にギアスをかけてほしい』
『え?』
『目的を達するまで、僕は必ず生き抜いて、君を守り抜く。そのための力が欲しいんだ。だから……』

そう告げるライの瞳は、誰よりも真っ直ぐで、強い光が浮かんでいた。
一歩も譲らないその姿に、散々問答した後、折れたのはルルーシュだった。
何度も本当は使いたくなかったと告げた後、ルルーシュはライにギアスをかけたのだ。

スザクと同じ、『生きろ』というギアスを。



「絶対遵守の力は、1人に一度。もう君の力は、僕には効かない。加えて、君に僕の力を防ぐ手立てはない」

驚愕に目を見開いたままのルルーシュに、ライは淡々と告げる。
それは、変えようのない事実だ。
既にルルーシュのギアスにかかっているライには、ジェレミアにギアスキャンセラーを使わせない限り、ギアスをかけることはできない。
そして、この状況でライのギアスを防ぐことはできない。
ルルーシュには、ライの声を遮る手段も、ライの声を封じる手段もないのだから。

ただ真っ直ぐにライを見つめていたルルーシュが、ふっと笑った。
見開かれていた紫玉が細められ、冷たい光を浮かべる。
そのままライを睨みつければ、彼はその紫紺の瞳を僅かに細めた。

「……お前にしては甘い作戦だな、ライ。俺が、あの男にあれを使わせたらどうするつもりだったんだ?」
「君は使わせないさ」
「何故そう言い切れる?」

その問いに、今度はライが笑った。
その顔を見た途端、ルルーシュは目を瞠る。
それは、先ほどまでの自分を嘲笑う笑みではなく、いつものライが浮かべる、柔らかい笑顔だった。

「だって、君は僕を疑わないだろう」

確信を持って告げられたその言葉に、ルルーシュの紫玉の瞳が、今度こそ大きく見開かれた。
それは、もう1年半ほど近く前のあの日――ブルームーンの日に交わした誓約。
何よりも神聖で、何よりも大切にしてきたそれを、ライは逆手に取ったというのか。

「僕も、君が僕を疑わないことを疑わなかった。だからこの計画は成り立った」

そこまで告げると、ライは再び笑った。
それは先ほどまでの柔らかい笑みではない。
相手を嘲笑うような、そんな笑みだった。

「僕を疑わずに信じたこと。それが君の敗因だ。ルルーシュ」

見開いたままの目が、真っ直ぐに自分を見つめる少年を凝視する。
体ががたがたと震える。
それを押さえ込むために、再び拳に力を込める。
叫び出したい衝動を押さえ込んで、僅かに俯いた。
それでも、視線だけは逸らせないまま、ただ真っ直ぐにライを見つめる。

「……お前が、裏切るのか。俺を……」
「ああ。君の望む明日は、僕の望む明日とは違うから」
「お前の望む、明日……?」

ふっと、ルルーシュは笑う。
動揺を悟らせないように、わざと気丈に振る舞い、相手を見下すような笑みを浮かべた。

「一度世界を捨てることすらしたお前が、一体どんな明日を望む?」

ただ、時間を稼ぐための問いかけだったはずだった。
けれど、それは同時に、ルルーシュの本心からの問いだった。
この1か月間、一度も聞いたことがなかった。
ゼロレクイエムを否定した、ライの願い。
世界をかけたこの計画を壊そうとしてまで、求める未来とはなんだったのか。

その言葉に、ライの顔から表情が消える。
すうっと細められた紫紺が、真っ直ぐにルルーシュを見つめた。
その口が、ゆっくりと開き、言葉を紡ぐ。

「君が、生きている明日を」

その言葉を耳にした瞬間、ルルーシュはこれ以上無理だと思えるほど、大きく目を見開いた。
ひゅっと息を呑む。
何か言おうと思ったはずなのに、声が出ない。
言葉に、ならない。

「ゼロレクイエムは、確かに世界を変えるだろう。古い世界はこれで壊れ、新しい世界への扉が開かれる。……明日を迎えることができる」

かつっと音を立て、ライがゆっくりとこちらに足を踏み出す。
紫紺の瞳が、本格的に紫の光に照らされ、さらにその深みを増す。
一瞬それに呑まれかけたルルーシュは、けれど次に口にされた言葉に、さらに大きく目を見開いた。

「でも、そこに君は……、君とスザクは、存在しない」

それはこの計画の根本。
絶対に他者に知られてはならない真実。

「ライ!?」

ライがそれを口にした瞬間、ルルーシュは大声で彼の名を呼んだ。
けれど、ライがそれで口を閉じることはない。
ただ淡々と、さらなる真実を紡いでいく。

「ゼロレクイエムは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木スザクの死が前提に置かれた計画だ。そんなもの、僕は認めない」
「ライっ!やめろっ!!」
「君とスザクを犠牲にして創られる『優しい世界』なんて、認めない!」
「ライっ!!」

やめろやめろやめろっ!
それ以上言うなっ!
それ以上言ったら、全てが終わる!
ユフィの、スザクの、俺の願いが、叶わなくなる!
望んでついてきてくれた人たちの覚悟が、喪わせてしまった命が無駄になる!

言葉にならない、言葉にできないその願いは、ライには届かない。
彼を止めなければならないのに、完全に予想外だったその行動に、考えが纏まらない。
焦りはただ募っていくばかりで、そうして答えを出せずにいる間に、ライが叫んだ。

「だっておかしいだろうっ!!その世界を一番欲しがっていたのは君だっ!」

ひゅっと、息が止まる。
同時に、必死に道を探していたはずの思考も、止まる。

「誰よりも貪欲に生に縋りついて、誰よりも明日を求めていたのは、ルルーシュ!君じゃないかっ!その君が、どうして世界のために……世界のためなんかに死ななきゃならないっ!」

真っ直ぐにこちらを見つめるライは、その歩みを止めない。
一歩一歩、確実にこちらに近寄ってくる。

「どうしてスザクに殺されなきゃならないっ!!」
「ライっ!!!」

確信に触れる言葉を口にしたライを止めようとして、悲鳴のような声が上がった。
それでも、ライは止まらない。
まるで感情の枷が外れてしまったかのように叫び続ける。

「そんな世界なんて、君がいない明日なんて、僕は認めない!だから……っ」

瞬間、ライの左目が、色を変えた。
紫の光の中で、さらに深まったその色の中央には、見慣れた刻印。
それに、彼の瞳の色が真紅に変化したのだと気づき、ルルーシュは息を呑む。

「……っ!?ライ、やめろっ!!!」

とっさに耳を塞ごうとしたが、間に合わない。
両手が届く前に、ライの口から絶対的な言葉が飛び出した。

「生きろっ、ルルーシュっ!!」

その瞬間、真紅に染まった瞳に浮かんだ鳥が羽ばたいた。




2008.10.21
2014.9.27 加筆修正