Last Knights
Story15 裏切りの騎士
ナナリーのいる空中庭園から下のフロアへと降り、管制フロアへ急ぐ。
ずきずきと痛む心を必死で誤魔化して、長い廊下を走った。
自分を追いかけようとして車椅子から落ち、階段に倒れたナナリー。
本当は手を差し伸べたかった。
以前そうしていたように、助け起こしてやりたかった。
けれど、自分には、もうそれは許されない。
たったひとつの願いのために、あの子の意志を捻じ曲げた自分が、あの子に手を差し伸べるわけにはいかない。
だって、あの子はもう、ちゃんと自分の考えで生きている。
あの子には、もう自分は必要ない。
もう自分などいなくても、大丈夫だと信じている。
だから。
目の前に現れた扉を開け放つ。
床にパネルが埋め込まれ、世界地図が移し出されているフロア。
その上に、シュナイゼルと、数人のギアス兵に囲まれたカノンがいた。
「ゼロ様」
紅い光に瞳を縁取られたままのシュナイゼルが、恭しく頭を下げる。
それを一瞥すると、ルルーシュは傍に立つ兵士に視線を移した。
「戦況はどうなっている」
「ナイトオブゼロが、紅蓮に敗れました」
「ナイトオブゼロ……?スザクか?ライか?」
「おふたりともです」
兵士の報告に、その目が僅かに見開かれた。
一瞬揺れた紫玉が、閉じられる。
小さく息を吐き出し、再び目を開いたとき、そこには冷静な光が浮かんでいた。
「……そうか」
冷たい声でそう答えながらも、手が僅かに震えているのがわかる。
皇帝の騎士である2人が、この最終決戦で『戦死』するのは、最初から計画に含まれていた。
あの2人は、それを実行したまでだ。
黒の騎士団で一番厄介な紅蓮を黙らせ、それを成した。
ただ、それだけのこと。
だから大丈夫だと、心の中で必死に言い聞かせている自分に自嘲する。
大丈夫。
スザクとライは、超人的な身体能力の持ち主だ。
加えて、『生きろ』というギアスがかかっている。
ルルーシュが2人にかけたそのギアスは、彼らの生存本能を最大限に引き出し、計画の手助けをしてくれるはずだ。
「紅蓮もかなり損傷している様子。撃ちますか?」
「いや、いい。捨て置け。どうせもう逆らう力はあるまい」
あの3人が本気でぶつかったのならば、カレンだってただでは済んでいないだろう。
彼らの力はほとんど同等だ。
ずっと傍で見てきたから、わかる。
今のカレンには、もう戦いを続けるだけの力は残っていない。
紅蓮が損傷したならば、余計に。
「それよりも、準備はできているか?」
それまでの感情を全て覆い隠し、傍に立ったままの兵士に視線を戻す。
「はい」
「よし」
右手に持った『ダモクレスの鍵』を握り直し、モニターの上に降りる。
その中央まで足を進めると、ルルーシュはコンソールの前に腰を下ろした兵士を振り返った。
「フレイヤの爆発と同時に国際中継を始める。フレイヤの標準は、なるべくナイトメアの少ない場所へ向けろ」
「イエス、ユアマジェスティ」
答える兵士に頷くと、ルルーシュは設置させておいたカメラへ視線を向けた。
これで、最後だ。
これで世界を巻き込んだ戦争は、終わりを告げる。
世界は圧倒的恐怖の前に平伏し、その恐怖に憎しみを向け始める。
その死の女神を手にした独裁者――悪の皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに。
それこそが、真の始まり。
ゼロレクイエムの、最初の一歩となる。
もう一度目を閉じて、息を吐き出した。
『鍵』を持っていない左手を、ぎゅっと握り締める。
ゆっくりと目を開いたとき、ルルーシュの顔には、感情の感じられない冷たい表情が浮かんでいた。
「……フレイヤ発射口のブレイズルミナスを、解除しろ」
ルルーシュの命令に、兵士が答える。
カメラの向こうにあるモニターが、その部分のブレイズルミナスの消失を映し出した。
右手に持った『鍵』を左手で支える。
その頂上に親指を乗せ、ナナリーが決して押すことのできなかったスイッチを、押した。
モニターに表示された発射口から、フレイヤが飛び出していく。
それはルルーシュの指示通り、ナイトメアの最も少ない空域に向かい、爆発した。
同時にカメラが回り出す。
『鍵』を左手に持ち替え、全てを見下すような笑みを浮かべると、ルルーシュはそれに向かって口を開いた。
「全世界に告げる。私は、神聖ブリタニア帝国皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである」
この一言で、黒の騎士団は絶望に包まれているだろう。
あの女神の爆発する光の直後にこの映像が流れることが示す事実を、彼らは知っているはずだから。
「シュナイゼルは我が軍門に下った。これによって、ダモクレスもフレイヤも、全て私のものとなった。黒の騎士団も、私に抵抗する力は残っていない。それでも抗うというのなら、フレイヤの力を知ることになるだけだ」
これで、今度は世界が絶望に包まれる。
皇帝の独裁が始まるのだと、認識する。
「我が覇道を阻む者はもはや存在しない。そう。今日この日、この瞬間を持って、世界は我が手に落ちた!」
フレイヤを持っていない右手を上げる。
それを左側に振り上げ、浮かべた笑みを深めた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。世界は、我に従え!」
右手を広げると同時に、世界に命令を下す。
床からの光が、紫に変わる。
それが人にどんな印象を与えるか知っていた。
これでいい。
これで漸く始められる。
世界を、変えることができる。
その事実に、笑みを一層深めた、そのときだった。
「悪いけど、その命令は聞けないな」
誰も物よりも馴染んだ声が、耳に届いた。
一瞬遅れて銃声が響く。
打ち出された弾丸は少しの狂いもなく『ダモクレスの鍵』に当たり、それをルルーシュの手から弾き飛ばした。
「何……っ!?」
勢いよく後ろを振り返る。
そこにいたのは、今ここに出てくることのないはずの人物。
黒の騎士団の創設メンバーと同じ制服を着た、少年。
ボタンを留めることなく、完全に開け放されたそこから見えているのは、自分の皇帝服と同じ模様が描かれた騎士服。
紺ではない、黒銀のそれを纏ったその姿に、ルルーシュはその紫玉の瞳を大きく見開いた。
「ライ……っ!?」
銃口と共に真っ直ぐに向けられた、深みを増した紫紺の瞳。
その持ち主は、見間違えるはずもない、ずっと自分の傍にいてくれた、銀の少年だった。
2014.9.27 加筆修正