月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights

Story14 悲しみ舞う戦場

軽い爆発音がアヴァロンから聞こえた。
はっと視線を動かせば、格納庫からフォートレスモードの蜃気楼が飛び出してきた。
脇に細い棒のようなものを装備したそれは、真っ直ぐにダモクレスへと向かっていく。
少し遅れて、蜃気楼が飛び出した場所から、いつの間にかアヴァロンに潜入を果たしていたらしい紅蓮と、盾を手にしたランスロット・フロンティアが飛び出してきた。
蜃気楼の後を追おうとする紅蓮を、フロンティアが足止めする。
その光景を見て、ライは傍で戦うランスロットに視線を向けた。

「スザクっ!君は行けっ!」
『ライ!?』

旗艦を守るために戦っていたスザクが、その言葉に驚きの声を上げる。

「この状況だ。アパテア・レティアは決行されているだろう。なら、今はアヴァロンよりも……!」
『けど……』
「C.C.の方には僕が行く!だから、君は行け!」

通信モニターに映ったスザクの翡翠が、迷うように泳ぐ。
それがカレンの紅蓮と対峙するフロンティアに向けられたことに気づき、ライは叫んだ。
その言葉に、翡翠が今度は別の意味で見開かれる。
その顔を見た途端、ライはそれまでの緊迫した表情を消し、薄く微笑んだ。

「……ありがとう、スザク。僕は大丈夫だ」
『だが……』
「いいから行け!ルルーシュが出た以上、これ以上無駄な時間は取れない!」

スザクが何を心配しているのか、わかっている。
それは、自分にとってとてもありがたいことだということも、承知している。
でも、ここは譲れない。
蜃気楼が出撃した以上、彼がここにいては駄目なのだ。
ルルーシュが持つ、最後の切り札。
ニーナがこの短期間で作り上げたそれを完成させるためには、ルルーシュとスザク、2人の力が必要なのだから。

「君とルルーシュが組んで、できないことはないんだろう?」

ルルーシュとスザクが、よく口にしていた言葉。
それを告げれば、スザクは驚いたように目を瞠り、息を呑む。
その反応に、笑みを浮かべて答えた。

『……わかった!』

戸惑いの表情を浮かべていたスザクが、暫くして頷く。
それに答えるより先に通信が切れ、ランスロットがその場から飛び立つ。
迷うことなく蜃気楼を追いかけるそれを見送り、ライは真逆の方向へ機体を向けた。
目の前にいるのは、紅い機体と桃色の機体。
ぶつかり合うその紅い機体に向け、ヴァリスを放つ。
一瞬動きを止めた紅蓮は、次の瞬間後ろへ引いた。
紅い光が海に吸い込まれ、四散するのを視界の隅に止めながら、ライは紅蓮とフロンティアの間に割り込むように機体を飛び込ませる。

「C.C.っ!」
『ライっ!?』
「大丈夫か!?」
『ああ』

ライの問いに、C.C.が珍しくほっとしたように息を吐き出した。
少しの間とはいえ、紅蓮相手ではいくら彼女でもきつかったらしい。
モニターに映るフロンティアに損傷した様子はないことに安堵しながら、ライは真っ直ぐに紅蓮を睨みつけたまま言った。

「C.C.!君も行けっ!」
『だが、お前……っ!』
「大丈夫だ!」

スザクと同じ反応をするC.C.に、笑みを返す。
その途端、通信モニターに映った彼女が、驚いたように目を瞠った。

「だから、君はルルーシュの援護を」
『……ああ、わかった!』

フロンティアが背を向け、旅立つ。
それを見送って、ライは再び前を見据えた。
そこにいるのは、かつて隣にいた紅い騎士。
背中を預け、何度も共に死線を乗り越えた相手。
その紅い騎士が、最大の武器である右腕を振り上げる。

『ライ、あなたもまだ……っ!?』
「カレン、これ以上君をルルーシュに近づけさせない!」

輻射波動砲を避け、ヴァリスを撃つ。
それを避け、突っ込んでくる紅蓮に、とっさにシールドを張った。
伸ばされた腕から迸る紅い光が、ブレイズルミナスに接触し、爆発する。

『どうして!あなたはいつだって、ルルーシュを止めてきたじゃないっ!やりすぎだって思ったら、ルルーシュを止めに入ってた!そんなあなたが、どうしてこんなことを許したのっ!』

突き出された呂号乙型特斬刀を、MVSで受け止める。
力任せに弾くと、その勢いのまま、紅蓮が後方へ飛んだ。

『こんな、こんなっ、独裁なんて……っ!!』

再び放たれた輻射波動砲を避け、MVSを振りかざす。
そのまま突っ込んでいくと、今度は右腕が直接飛んでくる。
それを弾き飛ばして間合いを詰め、MVSを勢いよく突き出した。

「なら逆に聞くっ!どうして君はルルーシュを見捨てたっ!?」

特斬刀がMVSを受け止める。
紅蓮の肩が動き、スラッシュハーケンが飛んできた。
それを機体を急降下させることで避け、態勢を立て直すと、広げた蒼いエナジーウィングからエネルギー矢を放つ。

「知っていただろうっ!ゼロの正体をっ!ギアスのこともっ!全部知ってて守ると言った君が、どうしてあの時ルルーシュを見捨てたっ!?彼が一番傷ついているときに、守らなかったっ!?」
『それは、あいつが私のことを駒だって言ったからっ!!』
「それで見捨てたのか、ルルーシュをっ!?一度ゼロをやめようとした彼に、最後まで騙せと言った君がっ!!」

エネルギー矢を防御するためにできた隙を突いて、スラッシュハーケンを放つ。
その刃が、紅蓮が手にしていた特斬刀を弾き飛ばした。

「僕とC.C.以外で、唯一ルルーシュの弱さを知っていたはずの君がっ!!」

再びMVSを構え、紅蓮に突き刺そうとした、そのときだった。
背後で膨れ上がった赤い光に、ライが、カレンが、はっとそちらに視線を向ける。
その効果範囲内に、蜃気楼とランスロットの姿があった。
蜃気楼が切り離した棒状の武器を、ランスロットが構える。
その先端が変化した瞬間、ランスロットが膨張した光に向かってそれを投げた。
槍のようなそれが光の中心に接触したそのとき、光が今までにないような反応を見せた。

『なに……っ!?』
「あれは……」

赤から緑へ、そして黒へと変化した光は、一気に膨れ上がり、爆発することなく四散した。
その、本来ならば有り得ない光景に、カレンがその空色の瞳を大きく見開いた。

『嘘……。フレイヤが……っ!』
「やったのか。ルルーシュ……、スザク……」

ニーナの造った、アンチフレイヤシステム。
環境によって自身を変化させるフレイヤを無効化するためには、爆発までの19秒で環境データを入力し、0.04秒という実行時間でその装置をフレイヤに直接打ち込まなければならない。
ライが散々時間を稼いでいたとはいえ、オート式の実行プログラムまで造ることはできず、最後はどうしても人の手でプログラムを完成させなければならなかった。
不可能にも思われたそれを、ルルーシュとスザクはやり遂げた。
『俺たちが組んで、できないことはない』
彼ら自身が口にした言葉どおり、それをやりきったのだ。

蜃気楼とランスロットが、数機のナイトメアを連れ、ブレイズルミナスが部分解除された場所からダモクレスに突入していく。
それを確認したライは、ランスロットクラブの翼を羽ばたかせた。

『っ!?行かせないっ!』
「それはこちらのセリフだっ!!」

我に返り、飛び掛ってきた紅蓮を避け、ヴァリスを向ける。
一瞬の隙を突いて飛んできた右腕にそれを捕まれ、とっさに手放し、機体を離した。
赤い光が迸り、ヴァリスが爆発する。
吹き上がった煙を盾に、スラッシュハーケンを放った。
紅蓮はエナジーウィングでそれを弾くと、背部に装備されたミサイルを放つ。
それを巧みに避けながら、ライは舌打ちをした。

「強い……っ」

紅と蒼の光がぶつかる。
その光は何度も接触を繰り返しながら、徐々にダモクレスに近づいていく。
何度かのぶつかり合いの後、機体に走った衝撃に、ライは思わず呻き声を漏らした。

「さすがだな、カレン。さすが、騎士団の『双璧』……っ」

MVSと紅蓮の右腕がぶつかる。
2つのMVSの片方が爆発し、もう片方が紅蓮のスラッシュハーケンの片方を切り飛ばした。
コックピットの中で、カレンがその空色の瞳を細めた。

『できれば、ずっと“双璧”でいたかったわ』
「そうだな……。それは、僕もだ」

黒の騎士団の『双璧』。
ゼロに付き従い、守り、支える紅の騎士と銀の騎士。
その呼び名は2人にとって大切で、誇りだった。
ゼロの片腕として共に立ち、背中を預けて戦った。
その道が別たれることは、ないと思っていた。
けれど、それはもう戻ることのできない過去。
願いは二度と交わることはない。
もう、2人が背中を預け合う時は、二度と来ない。

『だからこそ……っ!』
「君は、僕がここで止める……っ!!」

ライの紫紺の瞳が、紅い光に縁取られる。
青い翼を広げた白い機体が、目の前の紅蓮に向かい、その紅い剣を振り上げた。





ダモクレスのすぐ傍、ブレイズルミナスの内部で、ランスロットとトリスタンが戦っていた。
ランスロットのMVSとトリスタンのエクスカリバーがぶつかり合う。

「たとえどれだけ機体を強化しようと、君では僕には勝てないっ!」
『言ってくれるねぇ!』

トリスタンがMVSを弾き、腕からスラッシュハーケンを放つ。
それを避け、振り下ろされたMVSがエクスカリバーを叩き折った。
『何……っ!?』
そのまま機体を返し、突っ込んできたランスロットが、トリスタンを腰部で両断する。
「これが結果だ、ジノ」
『いいや。こっちの役目はすんだ』
その不自然な物言いに、トリスタンに視線を向ける。
そこで初めて、トリスタンのスラッシュハーケンが、自分を狙ったものではないことに気づいた。
伸びたワイヤーの先にあるのは紫の物体。
爆発をするそれに、翡翠の瞳を僅かに瞠る。

「ブレイズルミナスのシステムを?……っ!?」

はっと視線を前に戻した途端、システムの損傷で砕かれたシールドの合間から何かが飛び込んできた。
勢いのままダモクレスの外壁に落ちたそれは、よく知った、けれど色彩の違う白いナイトメア。
蒼い翼が折れ、ばちばちと火花を散らすそれに、スザクはその瞳を大きく見開いた。

「ライっ!?」
『スザ……ク……』

通信から、今にも途切れてしまいそうな声が聞こえてくる。
そのとき、視界の端に紅が映った。
ブレイズルミナスの砕かれた部分に、輻射障壁を展開し、中に入り込もうとしているその機体。
多少損傷していたが、間違いない。
それはかつて、蒼い翼を持つナイトメアを操る彼の隣に並んでいた少女の機体だった。

「まさか、カレンに……っ!?」
『すま、ない。後は、頼……』

ノイズが走り、通信が途切れる。
一瞬遅れて、火花を巻き晒していた機体が爆発した。

「ライ……っ!!」

眼下で炎を吹き上げる、ランスロットと対の機体。
それとランスロットの間に、ブレイズルミナスを突破した紅蓮が舞い降りる。

『後はあなただけね、スザク』

オープンチャンネルで、カレンの声が聞こえてきた。
いつもよりも感情を押し殺したようなそれに、悟る。
ランスロットクラブを――ライを討ったのは、間違いなく彼女だ。

『決着をつけましょう。私たちのすれ違いに!』

そう言ってこちらを向いた紅蓮の空色の目は、まるでカレンの心情を映したかのように悲しみに揺れているような気がした。




2008.10.19
2014.9.27 加筆修正