Last Knights
Story12 弾かれた呪い
黒の騎士団の誰もが、明かされたばかりの事実に息を呑む。
オープンチャンネルで交わされた、ライとナナリーの、ルルーシュとディートハルトの会話。
それは当然、彼らにも届いていた。
「そんな……馬鹿な……」
「ライが……ルルーシュと同じ、ギアス能力者……っ!?」
扇が、カレンが、信じられないとばかりに呟く。
それは、ライのパートナーという立場であったカレンですら知らなかった真実。
ライが誰にも――同じギアスに関わる者以外の誰にも語らなかった、隠し続けてきた真実だった。
ライが、色の違う双眸を閉じる。
すうっと軽く深呼吸をし、再び目を開いたとき、毒々しい色をしていた左目は、右目と同じ紫紺に戻っていた。
同時に浮かべた表情も、先ほどまでの王のものではなく、騎士としてのそれに戻る。
鋭い光を浮かべた紫紺が、ぎっと目の前の要塞を睨みつけた。
「これでフレイヤは封じた!後は……」
「ダモクレスを、叩くだけ!」
ライのランスロットクラブが、スザクのランスロットが、エナジーウィングを羽ばたかせる。
呆然とするカレンと藤堂を残し、飛び立つランスロットを見て、ルルーシュは玉座から立ち上がった。
「全軍に告ぐ!ダモクレスに搭載されたフレイヤは、我が騎士によって無効化された!ダモクレスを落とせば、我らの勝利だ!全軍、全力を持ってダモクレスを叩けっ!」
『イエス、ユアマジェスティ!』
ルルーシュの声に全ての兵士が答える。
それに笑みを浮かべると、彼はセシルに指示し、通信を切り替えた。
音声回線はオープンチャンネルのまま、スザクとライに映像回線を繋ぐ。
繋がった映像に笑みを深めると、真っ直ぐに2人の顔を見て口を開いた。
「これよりナイトオブゼロを指揮系統より外す」
「え!?」
「ルルーシュ?」
ルルーシュの言葉に、スザクが驚きの声を上げ、ライが不思議そうに彼を見る。
それに、彼は再び笑みを浮かべた。
それまで浮かべていた王の笑みではなく、1人の少年としての笑みを。
その表情に、2人が軽く目を見開く。
「お前たちはお前たちのやり方で、ダモクレスを落とせ」
真っ直ぐに向けられたそれに、スザクがますます目を見開き、ライは逆に目を細める。
それは、彼が2人の力を信じているからこそ、告げた言葉。
それがわかっているからこそ、スザクは驚き、ライはほんの少しだけ緊張を解いた。
「……ああ」
「わかった」
2人の胸に宿った、それぞれの想い。
それが重ならないことを知っていた。
それを知ったうえで、ルルーシュは笑う。
想いは重ならなくても、願いが重なっていると知っているから、信じることができる。
この2人なら、絶対にやり遂げてくれる。
だから。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!ナイトオブゼロ、枢木スザク!ラインハルト・ロイ・エイヴァラル!お前たちは必ず『生きろ』っ!」
その言葉に聞いた瞬間、2人の騎士は目を閉じた。
脳を、体をひとつの感覚が支配する。
その感覚が己の体を包み込んだと感じると同時に、目を開く。
「「イエス、ユアマジェスティ!」」
答えたスザクの翡翠は、ライの紫紺は、紅い輝きに縁取られていた。
2機のランスロットが飛び立つと同時に、回線が閉じられる。
それを黙って見ていたシュナイゼルは、唐突に大きなため息をついた。
「……やってくれるね……」
「まさか……、ルルーシュ以外にギアス能力者がいるなんて……」
カノンが悔しそうに顔を歪めるのが視界に入る。
この側近がこんな表情をするのは珍しい。
それを眺めていると、ディートハルトが管制官へ近寄っていくのが目に入った。
「おい……!くっ!駄目です!フレイヤを、使っては、いけない……っ!」
凍結作業を進める管制官を止めようとして、その手を、言葉を止める。
カノンも同じことをしようとして、同じ苦痛を味わっているようだった。
2人の瞳が、紅い光に縁取られている。
これがギアスの効果かと、妙に感心してしまっていると、膝をついたカノンの呟きが耳に入った。
「……くっ。一体、いつの間に命令なんて……」
その言葉に、シュナイゼルは眉を寄せる。
あの黒銀の騎士は、あんなにもはっきりと言葉を口にしていた。
シュナイゼルも、はっきりとその言葉を聞いた。
けれど、カノンのこの反応は。
まるで、その命令を下されたことを、覚えていないかのような反応だった。
「……ちょっと見せてもらえるかな」
「え……?は、はい」
傍にいた管制官の1人に近づき、その体をコンソールから離れさせる。
暫くじっとモニターを見つめ、おもむろに指を動かした。
実行しかけていた凍結プログラムをキャンセルするためにキーボードを走ったそれは、抗うことなく狙ったキーを叩き、プログラムを停止させた。
モニターにプログラムが解除されたことを示す文字が浮かび上がる。
それを目にした瞬間、カノンとディートハルトが目を見開き、息を呑んだ。
「シュナイゼル殿下……っ!?」
「何故、このパネルの操作がっ!?」
2人にも触れることができない、触れようとすれば手が自然に切り札を封じるキーを辿ってしまう命令。
まるで、それが効いていないかのように、コンソールを操作したシュナイゼル。
それに驚く2人とは対象に、シュナイゼル本人は冷静だった。
「……なるほど。どうやら、彼のギアスは私には効いていないらしい」
「え……っ!?」
口元に笑みを浮かべ、呟く。
途端に周囲から驚きの声が上がった。
突然だ。ここにいる誰もが――おそらくはダモクレスにいる全員が、彼のギアスの支配下に落ちた。
なのに何故、自分だけがその呪いから逃れられているのか、その理由はわからない。
だが、これは好機だ。
ルルーシュたちが、フレイヤを完全に封じたと思い込んでいる今、これを生かさない手はない。
「誰か。ナナリーの持つ『鍵』をここへ」
『シュナイゼル兄様っ!?』
「すまないね、ナナリー。だが仕方がない。私以外のみんながフレイヤを使うことができない今、君がそれを持っていても意味がない。ならば、私が持つしかないだろう?」
『それは……っ!』
「これは仕方がないことだよ、ナナリー」
通信に向かい、シュナイゼルは悲しそうな顔を浮かべる。
その色素の薄い紫の瞳に、表情とは真逆の光が浮かんだことに気づき、カノンが息を呑んだのが視界に入った。
「あんな危険な存在を2人も、世界に残しておくわけにはいかないのだから」
ギアスという絶対の力を持つ、魔王と悪魔。
世界の、全ての人類の敵。
そんな存在を残しておいては、平和のためにはならない。
だから、この好機を利用し、抹消せねばならない。
彼らは、この世界に存在してはならないのだから。
『……駄目です!これは、私が持ちます!』
「ナナリー……」
『発射スイッチは、これだけではないのでしょう!?サブシステムが、そちらにあるはずです!』
「しかし……」
駄々を捏ねる子供のように拒否を示すナナリーに、シュナイゼルが呆れたといわんばかりに言葉を返そうとした、そのときだった。
『抗ってみせます!』
はっきりとしたその言葉に、シュナイゼルはぴくりと反応する。
漸く繋がったモニターに映ったナナリーは、『鍵』を放すまいとばかりに抱きしめ、叫ぶ。
『ライさんのギアスに、抗ってみせます!だから……っ!』
真っ直ぐにこちらを見つめるナナリーの瞳は、相変わらず開かれてはいない。
けれど、記憶に残るその薄紫の瞳に見つめられたような気がした。
その感覚に目を細め、わざとらしくため息をついた。
「……わかったよ」
シュナイゼルの言葉に、ナナリーがはっと顔を上げる。
その彼女に向かって、シュナイゼルは微笑んだ。
「ナナリー、君の覚悟はよくわかった。それは、君が持っていなさい」
『あ……、ありがとうございます!シュナイゼル兄様っ!』
「いや。強くなったね、ナナリー」
その言葉を最後に通信を切る。
モニターが完全にブラックアウトすると同時に、シュナイゼルの顔から笑みが消えた。
代わりに浮かび上がったのは、先ほどまでとは真逆の冷たい表情。
その表情のまま振り返ると、呆然と自分を見つめる管制官へ視線を向けた。
「誰か、マニュアルをここへ。それから、君たちはそこをどきたまえ」
「し、しかし……」
「フレイヤを使うことのできない君たちが、そこにいても邪魔だよ」
「イ、イエス、ユアハイネス」
いつになく冷たい目で見下ろされ、管制官が恐る恐る席を立つ。
彼が去ったそこへ腰を下すと、シュナイゼルはふうっと息を吐き出した。
「こういうのは専門ではないが、仕方ないな」
全ては悪魔の力を持つ者を滅ぼし、世界を平和へ導くために。
渡されたマニュアルを片手に、シュナイゼルは慣れない手つきでコンソールを叩き始めた。
2014.8.29 加筆修正