Encounter of Truth
09
先ほどの大広間の隣にある、小さな宴会場のひとつ。
そこにライと扇たちはいた。
「まったく……。一体何をしてるんですか」
「すまない……」
「すまないじゃありません!危うくコーネリア総督を怒らせて、特区存亡の危機に陥るところだったんですよ!」
「本当に、申し訳ない」
深々と頭を下げる扇の髪からは、水が滴り落ちている。
それは他のメンバーも同様だった。
何故かと言えば、あの後ライが従業員にバケツを借り、扇たちに思い切り水をぶっかけたのだ。
もちろん従業員は畳が痛むという理由で断りを入れたのだが、黒の騎士団が弁償するという条件を付け、許可をもぎ取った。
暖かくなり始めてはいるとはいえ、まだ3月。
氷まで投げ込まれたそれをかけられて、酔いが醒めないはずもなかった。
常のライならばやらないだろうその行動が、彼が今回の件をどれだけ怒っているか示していた。
さらに正気に返り、仲間が引き起こした事態を認識した扇は、酔っていたとはいえ、ブリタニアと揉め事を起こしたという事実を理解し、震え上がる。
同時にライが怒っている理由がわかってしまい、何も言い返すことができなかった。
素直に頭を下げる扇の姿を見て、ライはため息をつく。
いくら何でもそれ以上怒るのは可哀想だと思い、震え上がった扇を無視して決定事項を告げることにした。
「とりあえず、あなた方全員の減給で話はつけておきましたから」
「ほ、本当にするわけじゃ、ねぇよな?」
「何言ってるんだ。するに決まってるだろう」
恐る恐る尋ねる玉城を、ライはぎろりと睨みつける。
その途端、その後ろにいた吉田が声を上げた。
「そ、そんな!」
「だってよぅ。そもそも日本の旅館に、コーネリアが来る方が悪いんだろうよぉ……」
「玉城」
もう一度睨みつければ、それだけで玉城は押し黙る。
暫くの間怒りを隠すことなく彼を睨み続けていたライは、徐にため息を吐き出すと、申し訳なさそうに自分を見ていた扇に目を向けた。
目が合った瞬間、扇がびくりと震え上がる。
「とにかく、示しをつかせるためにも、この話はゼロにしますから」
「わ、わかった……」
扇がこくりと頷いた途端、玉城たちが抗議の声を上げる。
しかし、扇は彼らよりことの重大性がわかっているのか、彼らの声に答えようとしなかった。
それを見たライは、ふうっと息を吐き出す。
扇に反対されたらどうしようかと思ったが、この分ならば大丈夫だろう。
「じゃあ、カレンたちを待たせているので、僕はこれで失礼します」
「あ、ああ。本当にすまなかった」
部屋を出ようとするライに、扇がもう一度謝る。
その声を聞き、ライはぴたりと足を止めると、もう一度後ろを振り返った。
「これにこりたら、いい加減お酒は控えてくださいね」
いつもより低い声で、けれども顔はにっこりと笑って告げれば、震え上がった扇はこくこくと頷く。
総帥補佐でしかない自分に対してそんな態度を取るのは、副司令としてどうかと思いもしたが、特に何も言うことなくライは襖を開けて部屋を出た。
部屋から廊下に出た途端、目に入った人物の姿に、ライは足を止めた。
「ライ……」
「ユフィ」
そこにいたのは、先ほどスザクとともに大広間に残ったはずのユーフェミアだった。
たった1人でそこにいた彼女に目を丸くすると、ライはきょろきょろと辺りを見回した。
「1人なのか?スザクは?」
「今、ダールトンと話をしているの」
帰ってきた答えに事情を察する。
おそらく、自分と話がしたくて大広間をこっそりと脱げだしてきたのだ、彼女は。
「あの、ごめんなさい」
相変わらず無茶をする彼女に呆れ、思わずため息をついた途端謝罪が返ってきた。
それを聞いたライは、すうっと目を細めて彼女を見る。
「それは何に対しての謝罪ですか?総代表」
ルルーシュと大喧嘩をし、彼女にアドバイスをもらった日以来、公の場以外では彼女を愛称で呼んでいたライが、自分たち以外は誰もいないこの場所で敬語を使い、尋ねる。
それを聞いたユーフェミアは、わざとらしいその態度に怒ることも怯むこともせず、真っ直ぐにライの目を見つめ、口を開いた。
「ルルーシュとナナリーがいる宿に、お姉様を連れてきてしまったことです」
迷いはない、けれども申し訳ないという想いの溢れたその言葉に、ライは表情を緩める。
一度目を閉じて息を吐き出すと、真っ直ぐに彼女を見て尋ねた。
「理由を説明していただいても?」
「も、もちろん」
ほっと安堵の息を吐き出したユーフェミアが、申し訳なさそうに視線を落とした。
目だけはしっかりライへと向けたまま、話しにくそうに口をもごもごと動かす。
「ほら。お姉様は未だにゼロを毛嫌いしているでしょう?だから、ゼロがお休みで特区にいないこと、隠した方がいいと思ったの。だから……」
「日本のことを知るための視察だとでも言って、コーネリア総督を連れてきた先に僕らがいたと?」
「ごめんなさい……」
ライの問いがそのまま図星だったらしい。
しゅんと肩を落とし、謝るユーフェミアを見て、ライははあっとため息を吐き出す。
「ルルーシュは君にどこに泊まるか伝えなかったのか?」
「聞いていたのだけれど、私がうっかりと忘れてしまっていて」
なるほど、やはり騒動の原因はユーフェミアだったのか。
人一番責任感の強いルルーシュが、同じ立場に立つユーフェミアに行き先を教えないなんてありえないはずだから、おかしいなとは思っていたのだ。
本当ならば怒るべきことだと知ってはいたけれど、やめた。
ルルーシュがいる場所にコーネリアを連れてきてしまったことがよっぽどショックだったのか、ユーフェミアは酷く落ち込んでいるようだった。
そんな状態の彼女を怒る気になんて、なれるはずがない。
そう考えて息をひとつ吐き出すと、ライは真っ直ぐにユーフェミアを見て口を開いた。
「ユフィ。君と総督はいつまでここに?」
「え?明日のお昼には特区に戻る予定よ。お姉様も、明日にはトウキョウに戻ると仰っていたから」
「そうか……」
腕にしている時計を見て、時間を確認する。
既に夕食の時間は終わっていて、自分たちにはこの後出かける予定もない。
このまま部屋に篭もっていれば、ルルーシュとナナリーがコーネリアに見つかることはないだろう。
カレンはもちろん、事情を知るミレイとスザクも協力をしてくれるはずだ。
問題は、自分たちが原因となる以外で起こるイレギュラーな可能性の方だった。
「ユフィ、これを」
「これは?」
「旅館の案内図だよ。僕たちの部屋はここ。それから、こっちのレストランが明日僕たちが朝食を取る予定の場所だ」
そう言ってライは、持っていたペンで案内図に描かれた客室のうち二部屋と、それに最も近いレストランに印を付ける。
この宿はルームサービスがない。
だからどうしても、レストランにだけは行かなければならなかった。
「ここに総督を近づけないようにしてほしい。お願いできますか?」
「ええ、わかったわ」
真っ直ぐにユーフェミアを見て尋ねれば、彼女はすぐに頷く。
そしてその地図を受け取ると、すぐに下げていたポシェットの中にしまい込んだ。
「ライ、あなたも……」
「ああ、わかってる」
再び自分を見たユーフェミアの言葉に、ライは頷く。
「明日、君たちが帰るまで、僕たちはルルーシュとナナリーをなるべく部屋から出さないように気をつける。だから、君も」
「はい。何とかしてお姉様をそちらに行かせないようにします」
「よろしく、ユフィ」
にこりと微笑んでそう告げれば、ユーフェミアも漸く笑顔を浮かべてくれた。
それに安心したライは、ふと彼女から視線を外し、辺りを見回す。
本来ならば彼女の側にいるべきだろうスザクの姿は、まだ廊下にはなかった。
「じゃあ、僕はそろそろ戻るけど……」
「ええ。スザクにはそう伝えておくわ」
「よろしくお願いします」
畏まったように頭を下げれば、ユーフェミアは「そんなことする必要ないのに」とくすくすと笑う。
それに同じように笑みを返すと、ライは軽い挨拶をしてその場を後にしようとした。
「あ……。ライ!」
ユーフェミアに声をかけられ、ライはくるりと振り返る。
目に入ったユーフェミアの顔からは先ほどの笑顔は消え、再び申し訳ないと言わんばかりの表情が浮かんでいた。
「ルルーシュたちにも、ごめんなさいって伝えておいて」
何かと思って身構えたライは、ユーフェミアが口にした言葉に軽く目を見張る。
それから、すぐに薄く笑みを浮かべた。
「了解」
短く、けれどはっきりと答えれば、ユーフェミアは安堵したように微笑む。
その彼女に笑みを返すと、ライはひらひらと手を振って今度こそその場を後にした。