月光の希望-Lunalight Hope-

Encounter of Truth

08

「こちらです」
ユーフェミアに案内され、大広間の襖を開ける。
その途端、目の前に広がった光景を見て、ライとスザクは思わず固まった。

「これは……」
「うわあ……」

目の前に広がったのは、何と言えばいいだろう、酷く微妙な光景だった。
まず、そこは黒の騎士団の貸し切りではなかった。
旧扇グループだけという少人数で来ているため、宴会場の貸し切りはできなかったらしい。
他の客もいるその広間の中央で、玉城がコーネリアと睨み合っている。
その玉城の背後に座り込んで、わんわんと泣き喚いている扇。
杉山と南、吉田は他の客に絡んでいたし、井上はよりにもよってコーネリアの護衛で来ていたらしいギルフォードに色仕掛けらしきことをしている最中だった。

それを見て、暫しの間固まっていたライは、硬直が解けると額に手を当て、これでもかと言うほど大きなため息をつく。
それを聞いたユーフェミアが、苦笑とも取れなくもない、何とも微妙な堅い笑みを浮かべた。
「予想以上でしょう?」
「いや、だいたい予想どおり……というより、予想どおりすぎて怒る気にもなれない」
「そう、なんですか?」
「ゼロだったら、間違いなく怒ってると思うけどね。彼はあれで結構沸点低いから」
「へぇ……。ゼロが、ねぇ」
もう一度ため息を吐き出しながらそう言うと、スザクが嫌悪を込めた声でぽつりと呟く。
それを聞かなかったことをして、どうするべきかと考え込もうとしたその途端、コーネリアを睨んだままの玉城が大声を上げた。

「だいたい、てっぺんで偉ぶってるだけのブリキの女が生意気なんらよぉっ!!」
「何だと……っ」

それを聞いた途端、玉城をくだらないと言わんばかりの目で睨みつけていたコーネリアの表情が変化する。
それを見たユーフェミアが、さっと顔色を青くした。
「ああっ!?いけない……っ」
「え?」
「ユフィ?」
突然叫んだ彼女を、ライとスザクは不思議そうに見つめる。
勢いよくこちらを見た彼女は、慌てた様子で口を開いた。

「お姉様は、性別を理由に馬鹿にされることが一番嫌いなんです!!」

ユーフェミアがそう叫んだ瞬間だった。
玉城の短い叫びが聞こえ、ライははっと視線を広間へと戻す。
視線を向けた先にいたコーネリアを見た途端、その紫紺の瞳がぎょっと見開かれた。

ユーフェミアの言うとおり、馬鹿にされ、怒りに捕らわれたコーネリアが、他の客の前で玉城の浴衣を掴み上げていた。

「貴様……!!この私を愚弄するかっ!!」
「本当のことだろうよ!皇族って肩書きがなきゃ、何もできないお姫さんのくせに!!」
「聞き捨てならん。そこに直れ……っ!!」

どんっと玉城を突き飛ばし、コーネリアが腰に差している剣に手をかける。
それにユーフェミアが悲鳴を上げ、スザクが身構えるよりも早く、ライは動いていた。

「そこまでです!コーネリア総督っ!!」

叫んだ途端、驚きの表情を浮かべたコーネリアがこちらを見た。
その瞬間に生まれた隙をつき、ライは彼女と玉城の間に体を滑り込ませる。
「お前は……」
「おお!ライじゃねぇか!」
ライの背中で、玉城が嬉しそうにライの名を呼んだ。
その途端、他の客に絡んでいた他のメンバーが顔を上げる。
「らい~?」
「おー、ほんとだー」
「らい~!ぃやっほーう!」
ギルフォードの腕を捕らえたままの井上が、こちらに向かって大きく手を振る。
その瞬間をついて振り払われ、床に尻餅をついた彼女を、可哀想だとは思わなかった。
「らーい……ふべし!」
「近寄るな酔っぱらい」
そのまま背中に飛びついてこようとする玉城の顔を思い切り叩き、ついでに首に手刀をくれてやる。
簡単に墜ちて倒れる玉城を、座り込んでぼろぼろと泣き続ける扇に押しつけると、ライは一度大きく息を吐き出した。
そのまま顔を上げ、呆然とこちらを見ているコーネリアへ視線向けると、にこりと微笑んでみせる。

「お久しぶりです、コーネリア皇女殿下」
「貴様は……確かゼロの……」
「はい。副代表の補佐をしています、ライ・エイドです」

微笑んだままぺこりと頭を下げたライを、コーネリアは少しの間呆然と見つめていた。
暫くして、漸く驚きが冷めたのか、少し冷静さを取り戻した彼女が視線だけで周囲を見渡す。
一瞬驚いたように見開かれたその目は、しかしすぐに平静を取り戻すと、目の前に立つライへと戻ってきた。

「貴様がここにいるということは、ゼロも来ているのか?」
「いいえ。僕は在籍している学園の友人たちと来ました。ゼロは一緒ではありません」
「ほう?あれだけゼロにべったりだと聞く貴様がか?」
「残念ながら、僕もゼロといつも一緒というわけではありませんので」

目を閉じて、本当に残念そうにそう答えれば、コーネリアは僅かに目を細めた。
再び目を開いて、真っ直ぐにこちらを見つめるその目を見つめ返す。
暫くそうやって睨み合っていると、不意にコーネリアが視線を外した。
ふうっとため息を吐き出すと、彼女は再びこちらを見る。

「そうか。それで?」
「はい?」
「私を止めたということは、貴様がそいつらの代わりに処罰を受けるということか?」

コーネリアのその言葉に、ユーフェミアが驚いて彼女を呼び、スザクが体を緊張させる。
2人は、まさか彼女がそんなことを言い出すとは思っていなかったらしい。
しかし、ライは違った。

「まさか」

はっきりと口にされたその言葉に、今度は驚いたのはコーネリアだった。
その言葉を口にしたライ自身は、口で弧を描き、くすりと笑みを零す。
その紫紺の瞳は迷うことなく、真っ直ぐにコーネリアを見つめた。

「コーネリア総督。あなたは彼らも黒の騎士団員、それも幹部だということをご存じですね」
「当然だろう」
「ならば、その発言は、このエリアの総督であるあなたが黒の騎士団に今ここで処罰を下せば、ユーフェミア総代表の評価も下がることがわかっていての発言ですね?」
「何!?」

ライの指摘に、声を上げたのはコーネリアだけではなかった。
まさか自分の名前が出されると思っていなかったユーフェミアは不思議そうに首を傾げ、スザクは彼女を守るように立ち、訝しげにライを睨みつける。
その視線に敢えて気づかない振りをして、ライは続けた。

「今ここであなたが黒の騎士団の幹部を処罰すれば、それはブリタニアと特区の関係がうまくいっていないことになります。そして、それはそのままユーフェミア総代表の政策がうまく行っていないと言う評価に繋がる。そうなれば、ブリタニアの皇族貴族が総代表にどんな印象を抱くのか、あなたはよく知っているはずだ」

ライの指摘に、コーネリアは僅かに目を見開く。
それに気づかないはずのないライは、ふっと浮かべていた笑みを消すと、真っ直ぐにコーネリアを見た。

「あなたは、それでいいのですか?」
「そ、それは……」
「ライ……」

ユーフェミアが感心したような困惑したような、いろいろな感情が入り交じった声でライを呼ぶ。
彼女をダシに使ってしまって悪いとも思いはしたが、ライは視線を向けなかった。
ただ真っ直ぐに、迷いを見せるコーネリアを見つめている。
そのコーネリアの前に、すっと陰が割り込んだ。

「だからと言って、何もしないままでは、こちらとしてもメンツが立たないのだが?」

割り込んできたのは、コーネリアの騎士であるギルフォードだった。
井上を振り払うことに成功したらしい彼が、鋭い目で真っ直ぐにライを見つめる。
その視線を受けたライは、怯むどころか表情を緩め、薄く笑みを浮かべた。

「ええ、そうでしょうね」

その笑みには、嫌悪感も敵対心も、何も含まれてはいなかった。
ただ純粋に浮かべた笑みに驚くギルフォードを見て、ライはにこりと微笑む。
すぐにその笑みを消すと、彼は真っ直ぐにコーネリアを見た。

「ですから、僕とゼロで、責任を持って彼らに処罰を与えます」

はっきりと告げられたその言葉に、コーネリアだけではなくユーフェミアとスザクも驚いた。

「お前とゼロが?」
「はい」
「何故お前たちが出てくる?」
「今回のことは、ゼロの監督責任です。ブリタニアと手を取り合うことをゼロがしっかりと理解させていれば、コーネリア総督に不快な思いをさせることはありませんでした」

もうブリタニアは敵ではなく、協力する相手なのだということ。
それを理解していなければ、特区は真には成り立たない。
特区に賛成しておきながらその理解を怠ったことが、今回の騒ぎの原因だ。
それの責任は彼らの上に立つ者が取るべきだと、ライは告げる。

「その責任を果たすため、ゼロと、その補佐である僕が、責任を持って彼らを処罰します」

はっきりとそう宣言するライを、コーネリアはまじまじと凝視する。
迷いなくその結論出したライを見つめ、何も言葉を発しないコーネリアに何かを感じたのか、不意にギルフォードが動いた。
コーネリアを守るように前に出た彼は、眼鏡の奥の瞳を真っ直ぐにライへと向ける。

「具体出来にどうするつもりか聞いても?」

その問いを投げかけた途端、ライはため息を吐き出した。
あまりにも深く大きいそれに、ギルフォードは目を丸くする。
その反応を見たライは、軽く謝るとこほんと咳払いをした。

「彼らが飲酒でこんな騒ぎをしたのは実は2回目で、僕としては降格と言ってやりたいところですが、特区の運営面を考えるとそれはできません」

黒の騎士団の創設期からの幹部が、ブリタニアと小競り合いを起こして降格なんてことになれば、特区が成功し、喜ぶ日本人に大きな不安を与えかねない。
そうなれば、特区の運営にも少なからず影響が出るだろう。
まだまだ準備段階で、ただでさえ問題をひとつひとつ解決していっているという状態の特区に、そんな問題を持ち込むことなどできるはずもない。

「ですから、大幅減給でいかがでしょう?」

にっこりと笑みを浮かべたライが、そう提案する。
その言葉を聞いた瞬間、今までずっと静観を続けていたダールトンが僅かに眉を寄せ、口を開いた。
「減給だと?それで済むと思っているのか?」
「ダールトン将軍。あなたこそわかっていらっしゃいますか?」
狼狽えることなどなく、表情を崩すこともないまま質問を返してきたライに、ダールトンは僅かに目を見張る。
おそらく、今まで彼が凄んだとき、こんな風に答える人間などいなかったのだろう。
そのダールトンの目を真っ直ぐに見たまま、ライはゆっくりと口を開いた。

「僕たち日本人に、正当に入る給金というものが、どれほど重要か」

その言葉に、ダールトンは今度こそ目を見開いた。
その顔を見て、ライは満足したようににっこりと微笑む。

今まで日本はブリタニアの植民エリアでしかなかった。
だから日本人はブリタニア人に低い給料でいいように使われていた。
時には気まぐれで不当に給料を下げられることもあったのだ。
そんな日本人にとって、正当に、それもブリタニア人と同じ水準で入ってくる給金というものがどれほど重要なものか。
特区の運営の関わっている以上、それを知らないとは言わせるつもりは、ライにはなかった。

「ふ……っ」

しばらくの間ダールトンと睨み合っていると、唐突に誰かが吹き出すような声が耳に入った。

「ははははははっ!!」

何かと思って振り返った途端、聞こえてきたのは笑い声。
ぎゅっと目を瞑ったコーネリアが、何故か腹を抱えて笑っていた。
「姫様?」
「お姉様……?」
突然笑いだしたコーネリアを、ギルフォードとユーフェミアが不思議そうに呼ぶ。
その声に我に返ったらしいコーネリアは、ひとしきり笑って気を静めると、大きく息を吐き出して顔を上げた。

「まさかこの私に向かってここまで言う奴がいたとはな」

そのユーフェミアに似た色彩を持つ瞳が、真っ直ぐにライを見つめる。
さすがにその反応は予想外だったのか、少し驚いた様子で自分を見ているライの肩に、コーネリアはぽんっと手を置いた。

「特区に置いておくのはもったいない!どうだ?黒の騎士団なんて抜けて、私のところにこないか?」
「えっ!?」
「姫様っ!?」

突然のコーネリアの提案に、ユーフェミアとスザクだけではなく、ギルフォードとダールトンまでもが驚いてコーネリアを見る。
真っ直ぐにコーネリアを見つめていたライは、ふっと息を吐き出すと、にっこりと微笑んだ。

「お断りします」

そして、はっきりと拒絶の言葉を口にする。
その答えを聞いた瞬間、コーネリアが僅かに目を見張った。
「ほう?やはりこの国を搾取し続けているブリタニアに従うのは嫌か?」
「いいえ」
コーネリアの問いに、ライは静かに首を振る。
その紫紺の瞳が、一瞬コーネリアから逸れた。
何かを見たらしいそれは、けれどすぐにコーネリアに戻される。

「国なんてどうでもいいんです」

それと同時に告げられた言葉を、コーネリアは一瞬理解できなかった。

「何?」
「ですから、国なんてどうでもいいんです」

もう一度、はっきりと口にされた言葉に、驚く。
イレブン――日本人は、他のエリアよりも故国を大切にし、その民族であることに拘っているかのように見えた。
けれど、目の前の少年はあっさりとそれを否定した。

「僕は確かにブリタニアと日本人のハーフですが、日本で過ごしたのはここ数か月だけで、日本という国に愛着なんてないですし」
「じゃあ、何で君は黒の騎士団にいるんだ?」

そう尋ねたのは、コーネリアでもギルフォードでも、ダールトンでもなかった。
ライの視線がコーネリアから外れ、襖の方に向けられる。
そこには、先ほどから変わらずユーフェミアとスザクが並んで立っていた。
「スザク……!」
突然話に割り込んだスザクを心配し、ユーフェミアが止めようとばかりに彼の名を呼ぶ。
けれど、スザクはそのユーフェミアの声には反応しなかった。
ただ嫌悪の篭もった翡翠の瞳で、じっとライを睨みつけている。
その視線を受けたライは、ほんの少しだけ目を細めると、ふっと口元に笑みを浮かべた。

「黒の騎士団にゼロがいるから」

はっきりとそう答えた途端、スザクの翡翠に浮かぶ嫌悪の色がますます強くなる。
「ゼロ……」
小さく呟かれたその名前にも嫌悪が混じっていて、ライはその顔から笑みを消すとスザクをぎろりと睨みつけた。

「ふん。あんな仮面男のどこがいいというのか」
「総督、あなたにはきっとわかりません」

ぽつりと、呟くように発言したコーネリアの言葉に、ライはスザクから視線を外し、彼女を見た。
その言葉に、コーネリアは眉間に皺を寄せ、睨みつけるようにライを見る。
怒りすら含まれたそれを当然のように受け止めて、ライはにこりと微笑んだ。

「人のことなんて結局、わかろうとしなければわかりませんから」
「お前はわかるというのか?あんな男のことが」
「ええ。ねぇ?総代表?」

くるりと襖の方を向いたライが、そこで様子を見守っていたユーフェミアに声をかける。
一瞬きょとんとした表情でライを見た彼女は、すぐに何を聞かれたのか理解すると、にっこりと微笑んだ。

「そうですね。彼は自分を隠すのが得意だもの」

ライに同意し、まるでゼロのことを知っているかのように答えるユーフェミア。
その姿を見てコーネリアは複雑な思いを抱き、スザクは何を思ったのか、ユーフェミアからふいっと視線を逸らした。




2009.7.19