Encounter of Truth
10
既に頭に入っている道順を通り、素早く部屋に戻る。
念のため、女子部屋に誰もいないことを確認して、ライは傍に車椅子が置いてある男子部屋の扉に手をかけた。
「すみません、戻りました」
「あ、ライ。お帰り~」
中に入り声をかけた途端、上がり端と和室を仕切る襖の向こうからシャーリーが顔を除かせる。
その声にライが戻ってきたことに気づいたらしいリヴァルも、ひょこっと顔を除かせた。
「あれ?1人か?スザクは?」
「ダールトン将軍に呼ばれたみたいで、僕だけ先に帰してもらったんだ」
スリッパを脱いで整えながら、リヴァルの問いに答える。
その途端、シャーリーが残念そうにため息をついた。
「そっかぁ……。スザク君、今日はもう戻ってこられないのかな?」
「どうかな?総代表はなるべくそうならないようにするっと言ってくれたけど……」
ユーフェミアは、いつもスザクや自分たちがまともに学校生活を送れないことを残念に思ってくれているから、きっと配慮はしてくれるだろう。
ダールトンもそんな彼女の意志を尊重してくれているから、きっとスザクも遅くはならないはずだ。
まあ、コーネリアがいる以上、どうなるかはわからないけれど。
「それより、一体これは何ですか?会長」
部屋に近づくごとにはっきりし始めた、その光景。
襖の傍に立ち、改めて部屋の中を見た瞬間、予想どおりに広がったそれを見て、ライは思い切りため息をついた。
呆れた目を向けて尋ねれば、部屋の中央に座ったミレイはくるりと振り返り、にんまりと笑った。
「何って見ればわかるでしょ~。宴会よ、え・ん・か・い」
確かに言われなくてもわかるけれど、聞きたいことはそういうことではない。
けれど、この状態のミレイに下手につっこみを入れると痛い目に合うということは、ライだってもうわかっている。
だからどうしたものかと頭を悩ませていると、笑みをますます深くしたミレイが、ばっとビールの缶を握ったままの手を天井に向けて延ばして叫んだ。
「やっぱり日本の温泉旅館っていったらこれしなゃねぇ~」
「……その間違った常識をどこから得たのかは聞きませんが、みんなまだ未成年でしょう!?」
「んふふ~。だめよライ~。細かいことは気にしなぁい」
がばっと抱きついてこようとしてくるミレイを避け、思わずため息をつく。
その途端、すぐ傍からくすくすと笑い声が聞こえ、思わずそちらに目を向けた。
「言っても無駄だよ、ライ」
「そうそう。ああなった会長は誰にも止められないって」
「それで君たちまで飲んでるのか……」
やっぱり酒の缶を手にしたまま笑うシャーリーとリヴァルに、ライはもう一度ため息をつく。
ニーナなんて、既に酔い潰れてしまっているのか、部屋の意味に寝ころんで寝息を立てていた。
さっきまで目の前で繰り広げられていた光景を思い出し、軽い頭痛を覚えたが、それはなんとか無理矢理沈めようと決めた。
その途端、突進してきたミレイを、今度は片手で腕を掴まえて避けた。
ただ単に避けただけだと、そのまま壁に激突しそうだったのだ。
「ライ!あんたも少しは飲みなさーいっ!!」
「遠慮しておきます。呼び出しがあるとまずいですし」
「でも他の黒の騎士団の人たちは飲んでるんでしょう?」
「無理矢理冷ましてきたけどね」
シャーリーの問いに、いよいよ駄目な大人たちの光景を思い出して、本格的に頭痛を覚え始める。
「……なんか、最近すごいな、ライ」
「周りがあんなのばっかりだから」
そんなライの心情なんて少しも知らないリヴァルが、純粋に感心したといわんばかりの顔で声をかけてきた。
それをさらりと流すと、ライはようやく部屋の中を見回す。
男子部屋として取ったはずの、その部屋の奥。
障子で和室と仕切ることのできる狭い洋室スペースに、彼はいた。
手前の畳の上にはナナリーがちょこんと座り、その傍でカレンがいらいらとした様子で俯いている。
「ただいま」
未だ絡んでこようとするミレイを無視して部屋の奥に進み、声をかければ、ナナリーがはっとしたように顔を上げた。
どうやら、考えごとをしていてライが戻ってきたことに気づいていなかったらしい。
「ライさん」
「お帰りライ、スザクは?」
「まだ総代表と一緒だよ」
「そう……」
不機嫌そうに顔を上げたカレンにそう答えれば、やはり苛立ったような表情のまま床に視線を戻してしまう。
それは気づかれないように小さなため息を吐き出すと、ライは椅子に腰掛けているルルーシュに視線を向けた。
「ただいま、ルルーシュ」
「……ああ」
返事は返してくれたが、こちらも相当機嫌が悪いらしい。
「ルルーシュ、ユフィは……」
「わかっている。彼女は、わざとこんなことをするような子じゃない」
悪気があったわけではないと、念のためフォローを入れようとした途端、返ってきた言葉に悟る。
今のルルーシュは、機嫌が悪いと言うより、想定外の事態に爆発しそうな不安が押さえきれなくなってきているのだ。
けれど、それを悟られまいと隠そうとするから、機嫌が悪いと取られてしまう。
「けど、一体何でここに来たの?ユーフェミアって」
それに、仕方がないなと思わずため息をつきそうになったその瞬間、傍から声がかかった。
慌てて、それでも悟られないようにそれを飲み込むと、ライは傍に座っているカレンへと視線を向ける。
「コーネリアにゼロの不在を誤魔化そうとしたらしい」
「だったらどうしてここを選んだのよ?」
「伝えられていたのを失念していたそうだ」
素直に理由を伝えれば、案の定というべきか、カレン思い切り眉を寄せる。
予想どおりのその反応に、ライはこぼれそうになった苦笑を必死に押さえた。
「本人は、酷く後悔していたし、見取り図渡してこっちの方にコーネリアを連れてこないようにと頼みはしたけど……」
「大丈夫ですよ」
傍から聞こえた声に、ライは視線を動かす。
同時にカレンがはっと顔を上げ、ルルーシュが静かに視線を声の主へと向けた。
「ナナリー」
「あの人はうっかりなところもあるけど、ちゃんとわかってくれる人ですもの。だから大丈夫です。ね?お兄様」
ナナリーがにっこりと笑って、ルルーシュに顔を向ける。
一瞬きょとんとしたルルーシュは、直ぐに笑みを浮かべた。
「……ああ。そうだな」
その声を聞いた瞬間、ライとカレンは思わず目を細める。
柔らかい声とは裏腹に、ルルーシュの表情は強ばったままだったから。
「ルルー……」
少し迷った末に、カレンが声をかけようと口を開こうとしたその気ときだった。
「ちょっとぉっ!!そこっ!なに内緒話してんのっ!!」
「うわっ!?」
「か、会長……っ!!」
ミレイがライに、背中からがばっと抱きつく。
先ほどまでは軽々と避けていたライも、今度ばかりは集中していて気づくのが遅れた。
「暗い話なんてあとあとっ!!あんたたちも飲みなさーいっ!!」
「きゃあっ!!」
ライを突き飛ばしたミレイが、目の前にいるナナリーへ突進する。
彼女の前でビールの缶を逆さにしようとしたその手を、ルルーシュが普段からは考えられないほどの瞬発力て立ち上がり、掴んで止めた。
「か、会長っ!ナナリーに酒をかけようとしないで下さいっ!!」
「あれ?ああー、ナナちゃんかぁ。ごっめーん」
「い、いえ。大丈夫ですから」
ナナリーが笑顔でそう言えば、ミレイはにんまりと笑う。
その顔に、嫌な予感を覚えたその瞬間だった。
「じゃあぁ、えーいっ!」
「きゃっ!!」
くるりと振り返ったミレイが、思い切りビールの缶を振る。
当然口の開いたその中身は飛び出し、すぐ後ろに座っていたカレンに直撃した。
「会長何するんですかっ!!ライっ!!あんた何ちゃっかり避けてるのよっ!!」
「いや、ごめん」
「そこは謝らなくてもいいと思うぜ~、ライ」
反射的に障子の向こう側に飛び込み、見事にミレイのビール攻撃を避けたライは、突然空色の瞳に睨みつけられ、思わず謝る。
リヴァルの茶々に「そうかも」とも思ったが、絶対謝っておいた方がいい。
それを知っているから、リヴァルには首を横に振ってみせる以外、何もフォローを伝えなかった。
「みなの衆飲め飲め!今夜は無礼講じゃぁーっ!!」
ビールを被ったカレンの肩に腕を回し、もう片方の手で新しい缶をひっつかんで振り回す。
そんな親父のようなミレイを見て苦笑していると、不意に浴衣の袖がくいっと引かれた。
視線を向けば、そこにはいつの間にか傍に寄ってきたらしいルルーシュがいた。
「ルルーシュ?」
「本当ならナナリーを女子部屋に、と頼みたいところなんだが、今日はやめておいた方が良さそうだな」
「そう、かもな」
ここはクラブハウスではなく、他の宿泊客もいる旅館だ。
加えて、今はコーネリアたちがいる。
ナナリーだけでもこの騒ぎから避難させるために女子部屋へ、というわけにはいかないだろう。
「だからライ。いざと言うときはナナリーを頼む」
続いた言葉に、ライはほんの少しだけ目を見開く。
けれど、それは予想していた言葉ではあったから、すぐに目を細めると大きくため息をついた。
「それは……それだけなら聞けない」
「何?」
ルルーシュが訝しげな目でこちらを睨みつけてくる。
その紫玉の瞳を見返し、ライははっきりと口を開いた。
「僕は君たちの騎士だ。だから、いざというときは君もナナリーも守るよ」
そう言って微笑めば、ルルーシュは僅かに目を見開く。
けれど、それはすぐ不機嫌そうに細められた。
「だが、そうなったら特区にいられなくなるかもしれないぞ」
「別にかまわない」
はっきりとそう言い返せば、ルルーシュはちらりとこちらを睨みつける。
そんな態度に苦笑して、ライはほんの少しだけ微笑みを深めた。
「僕にとって大事なのは、黒の騎士団でも特区でもない。君だよ、ルルーシュ」
黒の騎士団も特区も、本当は大切だ。
けれど、そんなものルルーシュという存在とは比べものにならない。
だから、ルルーシュを守るために必要だというのなら、それを失ってもかまわない。
それはライの、嘘偽りのない気持ちだった。
けれど、それを告げた途端、ルルーシュの眉はますます不機嫌そうに寄せられる。
ぷいっと視線を逸らしてしまった彼に思わず首を傾げそうになったとき、ルルーシュの口が小さく動いた。
「……なら、余計に俺が困るんだ」
「え?」
ぽつりと呟かれたその言葉の意味がいまいち理解できず、思わず聞き返す。
その途端、勢いよくこちらを見た紫玉の瞳に睨みつけられた。
「ずっと傍にいてくれると、そう言っただろう、お前は」
妙にはっきり聞こえた気のするその言葉に、ライは一瞬目を見開く。
けれど、それは本当にその一瞬だけで、彼はすぐにふわりと微笑んだ。
「大丈夫だよ。何があっても、特区は追い出されないようにする」
そう伝えれば、逸らされかけていた紫玉の瞳がこちらを向いた。
視線が絡み合った瞬間、ライはますますその笑みを深くする。
「君がいない場所なんて、世界なんて意味がない。だから、絶対に守るし、傍からも離れない」
その言葉に、ルルーシュは一瞬目を見開く。
その顔は、すぐにぷいっと逸らされてしまった。
「……好きにしろ」
「うん。ありがとう」
酷く冷たい声で返ってきたその声に、思わず零しそうになった笑いを無理矢理答える。
顔を背けたルルーシュの耳は、真っ赤に染まっていた。
その光景を、ずっと傍で聞いていたナナリーも気づいて笑っていたようだったけれど、それには気づかないふりをする。