月光の希望-Lunalight Hope-

Encounter of Truth

07

「それにしてもびっくりしたよなー」
廊下にリヴァルののんびりとした声が響く。
それが何に対してのものか気づかないはずもなく、ミレイは彼に咎めるような視線を送った。
けれど、理由を知らない彼がそれに気づくはずもない。
それにほんの少し怒りを覚えたそのとき、自分の反対側から声が返ってきた。
「本当。ユーフェミア様がいるなんて思わなかった……」
「それに、コーネリア総督も来てるんでしょう?ホント驚きだよねぇ」
少し顔を赤らめたニーナが頷き、シャーリーがため息を吐き出す。
それを見て、ミレイはため息を吐き出したくなる気持ちを必死に押さえた。

わかっている。
彼らにとって、皇族は雲の上の存在だ。
滅多に会えるはずのない存在に会えれば、騒ぎたくなるのは仕方がない。
それはわかっているのだけれど。

小さくため息を吐き出しながら、ミレイはちらりと後ろを見た。
ナナリーも、その車椅子を押すルルーシュも先ほどから全く会話をしていない。
俯いてしまったその顔はミレイから見ることはでなきなかったけれど、どんな表情をしているのか想像するのは容易すかった。
少し歩調を緩めて、ルルーシュの側に寄る。
前を歩くリヴァルたちがこちらを気にしていないことを確認して、小声でそっと声をかけた。
「ルルーシュ、大丈夫?」
「……大丈夫ですよ、会長」
「そ、う……。なら、いいんだけど」
返ってきたのは淡々とした声だった。
それを聞いただけで、彼がどれほど動揺しているのかわかったのは、きっと付き合いの長さ故だろう。
自分がこんな場所に連れてきたせいだという自覚がある分、何を言ったらよいのかわからなくなって、ミレイは思わず視線を落とした。

「大丈夫よ」

その時、ルルーシュの向こう側から消えた声に、顔を上げた。
そこには、先ほどからずっとルルーシュの隣を歩いているカレンがいた。
その顔は真っ直ぐに前を向いていた。

「ライが行ったわ。だから大丈夫」

迷うことなくはっきりとそう告げる彼女に、違和感を覚える。
それを確かめようと口を開いたそのとき、それは再び口を開いたカレンによって遮られた。

「黒の騎士団とコーネリアのいざこざに、私たちが巻き込まれることはないわ」

ため息混じりにそう言った彼女に、ミレイはほんの少しだけ眉を寄せた。
巻き込まれるはずはない。だから心配するなと、カレンは言った。
けれど、ルルーシュたち兄妹の事情を知るミレイには、それが別の意味に聞こえた。

「そうですね」

それを口にするべきか否か、悩んでいる間に、今度はナナリーが口を開いた。
振り返った彼女は、ルルーシュを見上げるとにっこりと微笑む。
「ライさんですもの。だから大丈夫ですよ、お兄様」
「そうだな……」
自分を見上げるナナリーに向かい、ルルーシュも微笑みを返す。
その表情はまだ強ばっていたけれど、先ほどまでの緊張感は薄れているように見えた。
まるで、ライに絶対の信頼を寄せているかのようなその変化に、ミレイは先ほどからずっと感じていた違和感の正体に気づく。
前を歩く3人がこちらに意識を向けていないことを確認してルルーシュに近づくと、カレンに聞こえないように囁いた。

「……ねぇ、ルルーシュ」
「何ですか?会長」
「さっさから思ってたんだけど、もしかしてライって、あなたたちのこと知ってるの?」

ルルーシュの綺麗な瞳が、一瞬こちらを見る。
睨みつけるようなその目に怯むわけなどなく、じっと見つめ返した。
どれくらいそうして歩いていただろう。
先に視線を逸らしたのは、ルルーシュだった。

「それが俺たちの素性という意味なら、イエスです」

はっきり返ってきたそれは、予想どおりの肯定。
それを聞いた瞬間、ミレイは僅かに目を見開いた。
その目を細めると、足元に視線を落とし、息を吐き出す。

「そっか……。あの子知ってるんだ」

それは、コーネリアがここにいると聞いた直後のライの態度を見てから、ずっと感じていた疑問だった。
彼は、コーネリアを警戒しているようだった。
きっと他の人間なら、いくら特区に参加しているからと言っても、黒の騎士団の人間が皇族に会うことは気まずいのだろう、なんて感想で済ませることができたのかもしれない。
けれど、同じくコーネリアを、そして目の前にいたユーフェミアを警戒していたミレイは気づいた。
ライが警戒しているのはそんなことではない。
ユーフェミアが現れてから、彼は周囲に気づかれないように何かを気にしていた。
それがルルーシュだと気づいたときから、ずっと思っていたのだ。
ライは、ルルーシュとナナリーの素性を、知っているのではないかと。
もしかしてカレンも、とは聞けなかった。
聞いてしまって、その予想が外れてしまった場合、カレンが兄妹のことに興味を持つことは予想ができていた。
そうなって素性がばれて、ルルーシュに恨まれるようなことはしたくなかった。

「ミレイさん?」

ふと側から呼びかけられ、ミレイは我に返った。
声のした方向を見れば、ナナリーが不思議そうな顔をこちらに向けている。
「ああ、ごめん。何でもないわ」
そう答えてから、軽く頭を振る。
ぱんと顔を叩いて気を入れ直すと、すうっと息を吸い込んで腕を振り上げた。
「とにかーく!スザク君とライが戻ってくるまで、私たちは部屋で酒盛りでもしてましょ!」
「酒盛りって、会長、お酒なんて持ってきたんですかぁ?」
「ミレイちゃん、私たちまだ未成年なのよ?」
「細かいことは気にしないの!大丈夫よ。ちゃーんと未成年が飲める奴だから」
シャーリーとニーナの指摘に、ブイサインを出して答えてみせる。
その途端、隣にいるルルーシュが思い切り眉を寄せた。
「麦茶をこれでもかってくらい振って泡立たせて、はいビール、とか言わないでくださいよ」
「ぎくっ」
さすがは付き合いの長い副会長は、ミレイの行動を予想していた。
思い切り図星だったその指摘に思わず反応した途端、それまで厳しい顔をしていたカレンが声を上げた。
「ぎくって、図星ですか!?」
「だってぇ~。気分くらいはいいじゃない~」
「よくありません!まずくなりますよ!!」
お茶は振るものではないと盛大に怒鳴り出したカレンから、わざと視線を逸らす。
「とにかく!」
もう一度息を吸い込むと、ミレイは天井に向かって腕を突き出した。
その勢いに、カレンは思わずぴたりと言葉を止める。
それを好機と判断して、ミレイはルルーシュとリヴァルに向かい、勢いよく振り降ろしたその指先を突きつけた。
「私たちお菓子は大量に持ってきたから!男子諸君は後でこっちに来なさいね!」
「はいはーい」
「わかりましたよ。まったく……」
リヴァルが笑顔で答え、ルルーシュが仕方ないとばかりに息を吐き出す。
その会話を聞いてくすくすと笑うナナリーを見て、ほっとした。

よし、いつもの光景。
私たちはやっぱりこうでないと。

ようやく調子を取り戻してきた自分に満足すると同時に、改めて決意する。
来てしまったものは仕方がない。
ルルーシュたちの素性を他の皆にばらさないようにするためにも、旅行を変なタイミングで切り上げるわけにはいかない。
だから、この旅行の間、何が何でも2人を守り通してみせる。
それか自分にできる、精一杯のことだから。




2009.7.7