Encounter of Truth
05
ルルーシュが向かいの部屋の扉をノックする。
数回、時折間を置きながら繰り返されるそれは、それだけで合図になっていたらしい。
「はーい。入っていいわよー」
中からミレイの声が聞こえてきたのを確認すると、ルルーシュは扉を開けた。
「失礼します」
「待ってたわよー!男子諸君!」
畳の上に腰を下ろしたミレイがひらひらと手を振る。
彼女は紫の浴衣に身を包み、いつもはおろしている髪を結い上げていた。
それを見た途端、リヴァルが目を輝かせて声を上げた。
「わーお!会長美人~」
「リヴァルぅ。お世辞言っても何も出ないわよ」
「本気ですってば!信じてくださいよぉ会長ぉぉ」
リヴァルがミレイに泣きつくが、取りつく島もない。
あっさりと流されてしまい、リヴァルは畳の上に手をついてがっくりとうな垂れる。
それを見てくすくすと笑っていたスザクが、「でも」と口を開いた。
「本当にみんな、浴衣が似合うね」
「あーら。スザクもお世辞?」
「えええ?本心だよ。ねぇ?ライ」
黄色い浴衣を着たカレンに睨まれ、スザクは慌てて隣にいたライに話を振る。
そのスザクの慌てぶりに笑い出したいのを堪えながら、ライはカレンに向かってにこりと微笑んだ。
「似合うよ、カレン」
「ふふっ。ありがと、ライ」
ライが褒めると、カレンは素直に礼を告げる。
そのやり取りを見たスザクが「理不尽だ」と呟いたのが耳に入ったが、聞こえなかったふりをする。
「お兄様。私はどうですか?」
苦笑を浮かべていたルルーシュは部屋の奥から声をかけられ、顔を上げる。
そこにある木製の椅子に腰掛けた最愛の妹の姿を見て、ふわりと微笑んだ。
「ああ。とっても似合っているよ、ナナリー」
「ありがとうございます!」
ルルーシュの言葉に、ナナリーは素直に喜ぶ。
彼女が身につけているのは、夕日を思わせるオレンジ色の浴衣だった。
「ルル!私は?私は!?」
「シャーリーも。よく似合ってる」
兄妹のやりとりを見ていたシャーリーが、ずいっと身を乗り出す。
桃色の浴衣を着た彼女の姿を見たルルーシュが微笑んで答えれば、よっぽど嬉しかったのか飛び跳ねて喜んだ。
その様子を楽しそうに見ていたニーナが、ふと思い出したようにミレイへと顔を向ける。
ちなみに彼女の浴衣は青に近い緑だった。
「それでミレイちゃん。このあとはどうするの?」
「とりあえず6時の夕食まではフリーの予定よ」
「ずいぶん時間がありますね。どうよう……」
先ほどまで飛び跳ねていたはずのシャーリーが、何をしようかと本気で悩み始める。
今はまだチェックインしてからそれほど時間が経っていない。
ナナリーのことを考え、観光は早めに切り上げてやってきたから、まだたっぷり2時間は時間があった。
何をしようか、全員で考えようとしたそのとき、くいっと浴衣の袖を引かれ、ルルーシュは視線を上げた。
そこには、顔をまっすぐこちらに向けたナナリーがいた。
「お兄様。私、宿を回ってみたいです」
「ナナリー?」
「だって初めて来たところですもの。どんなところか知りたいです」
そう言ってナナリーが微笑む。
彼女は自身の目で周囲を見ることはできない。
代わりに周囲の人から話を聞くことで、そこがどんな場所かを想像することが好きだった。
「それよっ!!」
ナナリーの言葉を聞いたカレンが、突然叫んだ。
「まずは宿を探検してどこに何があるのかを把握する!それが日本旅館の醍醐味よっ!!」
「いやカレン。そんなことをしているのは君くらいだよ」
はっきりと言い切ったカレンに、スザクがツッコミを入れた。
けれど、カレンは聞く耳持たずのまま演説を続ける。
「それに探検ってカレン。遊びじゃないんだから」
「いいじゃない探検。その方が楽しそうだしぃ~」
何とかカレンを制止しようと口を開いたニーナの努力を、ミレイがあっさりと無に返す。
「もう。ミレイちゃんまで……」
「仕方ないよ、会長だし。それに、みんなで旅行に来たのは初めてだもん」
一瞬唖然とし、遅れてため息を吐き出したニーナに、シャーリーが苦笑しながらフォローを入れる。
そう言われてしまえば、それもそうだで済んでしまうのがミレイという人物だ。
幼馴染のニーナも、それは十分わかっていた。
苦笑しながら納得した彼女とシャーリーのやり取りを聞いていたライが、不思議そうに首を傾げる。
「初めてって、そうなのか?」
「ああ。去年も旅行には行ったが、あの頃はカレンもスザクもいなかったからな」
ライのその問いに答えたのは、ルルーシュだった。
その答えに、ライは驚き、目を丸くする。
「へぇ。そうなんだ」
「僕は学園に編入する前だったからね」
「私もほとんどサボってたし」
スザクが苦笑しながら答え、カレンがほとんど聞こえない声でぼそりと呟いた。
その言葉に、ライは思い出す。
2人とライが生徒会に入った時期がほとんど変わらないという話は、最初の頃に聞いていた。
もうずっと一緒にいるような気がしていたから、うっかり忘れていたのだ。
忘れていたことを素直に謝れば、2人は気にしていないと首を振る。
それでも、と謝るライの肩を、ミレイが豪快に叩いた。
「気にすることなんかないわよ!ずっと一緒にいる気がしたっていうことは、ライにとってそれが自然な私たちに見えたってことでしょう?」
「ええ、そうですね」
「それは、それが自然に見えるくらい、私たちが仲がいいってことよ。それって喜ばしいことじゃない。ねぇ?」
「そうですね」
話を振られたルルーシュは、一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐににこりと微笑んだ。
その笑顔を見て、ミレイも満足したように微笑む。
「それに、そう思えるようになってきたってことは、あなたもここにいるのが、自分にとって当たり前だって思えるようになってきたってことよ」
「え?」
ウィンクとともにそう言われ、ライはきょとんとミレイを見つめ返した。
しかし、そうしてミレイを見つめていたのは、本当に僅かな時間だけ。
少しの間を置いてふっと笑みを浮かべると、ライは綺麗に微笑んだ。
「……ええ。僕も生徒会の一員で、みんなの友達です」
「うん!よく言った!」
はっきりと答えたライに満足したらしい。
ミレイはにっこりと笑い、ばんっと彼の肩を思い切り叩く。
そのまま肩を組むように腕を回し、自分よりも背の高い彼をぐいっと引き寄せた。
「でも、本当にそう思うなら、特区にばっかり気を回してないで、ちゃんと学校にも来なさいよ?」
「はい、ミレイさん」
素直に答えれば、今度こそ彼女は満足したらしい。
あっさりとライを解放すると、くるりと後ろを振り返った。
「カレンとスザク君もよ!わかってるわね?」
「「は、はい!!」」
突然話を振られたカレンとスザクが、反射的に背筋をぴんっと伸ばす。
それを見てくすくすと笑っているルルーシュを、カレンが睨んだ。
その心境は、「自分たちばかり理不尽だ」と言ったところか。
同意を求めるかのようにこちらに向けられたカレンの視線を、ライは気づかなかったふりをして避けた。
「じゃあ、早速行きましょうか!スザク君!」
「はい」
一通り文句を口にしてすっきりしたのか、ミレイはいつもより晴れ晴れとした顔でスザクに声をかける。
呼ばれた当人は、今度は何を言われるのかと背筋を伸ばした。
そのスザクに向かい、ミレイはにっこりと笑ってみせた。
「ナナリー、よろしくね」
「あ、はい。ナナリー、失礼するよ」
「はい、スザクさん」
ほっと息を吐き出したスザクが、椅子に座るナナリーに近づく。
声をかけて彼女を抱き上げると、そのまま扉のところに止めてある車椅子まで運び、その上に降ろした。
その姿を微笑ましく見つめていたシャーリーが、ふと気がついたようにミレイを振り返った。
「探検するのはいいですけど、最初はどこから回ります?広すぎて、決めておかないと迷っちゃいそうですけど」
「うーん、そうねぇ……」
「遊戯場とかどうっすか?」
「いいわね遊戯場!行きましょう会長!」
リヴァルの提案に乗ったのはカレンだった。
きらきらと目を輝かせるその姿を見て、ライは再び首を傾げる。
「ルルーシュ。なんで遊戯場なのか聞いても?」
「たぶん、卓球台があると書いてあったからだろう」
「卓球?」
「日本の温泉にはつきものなんだそうだ」
「へぇ……」
「駄目だよライ。そういうことは調べておかないと。仮にも特区の幹部なんだから」
日本の文化だと言って何故か胸を張るスザクに、ライはむっと眉を寄せた。
「悪かったな、勉強不足で。僕の場合、記憶喪失だからで済むから大丈夫だよ」
「だが、いつまでもそれは使えないだろう?」
「それもそうだけど……」
「わかっているなら、しっかり勉強するんだな」
「……はい」
ルルーシュにまで言われてしまっては、反論なんてできるはずがない。
素直に返事をすれば、それがおかしかったのかルルーシュがくすくすと笑う。
その後ろで笑っているスザクは、この際無視することにした。
「ほぉーらぁー男子ぃー!なにライいじめてるの!早く来なさーいっ!!」
後で覚えていろと心の中で念じていると、既に廊下に出ていたミレイに呼ばれた。
「はーい会長!ほらルルーシュ。ライも、行こう」
「ああ」
スザクに手招きされ、ルルーシュは笑顔で部屋を出る。
その後ろ姿を見つめながら、ライはため息をついた。
それが終わらないうちに自分の顔に笑みが浮かんでいることに気づいて、苦笑した。
いじめられるのは自分らしくないと思うようになったのは、記憶を取り戻してからだけれど、今はこれでいいと思う。
自分にとって、この時間が楽しくて幸せなのは確かだから。
そして何より、大切な人が笑ってくれているから。
だから、この旅行が素敵な時間になればいいと心から思った。