Encounter of Truth
03
生徒会メンバーでやってきた温泉旅館。
そこに一歩入った瞬間、ライとカレン、そしてルルーシュの3人は、完全に思考をストップした。
「あらぁっ!カレンにライじゃないっ!」
「やあ、2人とも。枢木少佐も。奇遇だな」
にっこりと笑ってそう微笑んだのは、彼らとスザクのよく知る大人。
ここにいるはずのない、いるはずのなかったその人物の姿に、ライとカレンは思考を止め、ルルーシュはひくりと顔を引き攣らせた。
「お、扇さんっ!?それに井上さんっ!?」
「何であなたたちがここにいるんですかっ!?」
行政特区の日本側の中枢メンバーである黒の騎士団。
その創設メンバーであり、さらに幹部である2人の姿に、彼らが声を上げてしまうのは仕方のないことだろう。
「いや、ほら。今日からゼロが長期休暇だろ?」
「その間に、羽目を外そうってことになったのよぉ。もちろん、ゼロにはナイショで」
「あ、ああ。そう、なんですか……」
ライが思い切り顔を引き攣らせ、カレンがちらりと後ろを振り返る。
ナナリーの車椅子に手をかけたまま、俯いてふるふると震えているルルーシュを見て、こっそりとため息をついた。
まさか当のゼロ本人がここにいるなんて、夢にも思っていないだろう。
「それで、まさか騎士団全員で来たってワケじゃないですよね?」
「まさか。さすがにそこまでする勇気はないさ」
「ゼロにばれたときが恐ろしいからですか」
「あ、ああ。まあね」
そっと視線を逸らす扇と、再びちらりと後ろを振り返るカレン。
その瞬間、今度は勢いよく顔を戻したカレンの姿に、ライは振り返らずとも全てを悟った。
背中に襲い掛かるこの悪寒は、ルルーシュの怒りそのものだ。
「じゃあ誰と来たんです?まさか、2人だけじゃないですよね?」
「もちろんよ。来ているのは、私たち旧扇グループだ・け」
一番聞きたくなかった答えに、ライは思わず大きなため息をつく。
黒の騎士団創設期に、一度慰安旅行に行ったことがあったのだけれど、そのときは散々だったのだ。
だからこそ、当時の幹事だったライとその補佐だったカレンは頭を抱えずに入られなかった。
そのとき、ぽんぽんと肩を叩かれ、ライは我に返る。
振り向けば、リヴァルが困惑したような表情で自分と扇たちを見比べていた。
「えっと、知り合い?」
「あ、うん。そうなんだ」
そういえば、今日は生徒会で来ていたのだと漸く思い出したライは、軽く深呼吸をすると、友人たちの方へ向き直る。
「話を聞いててわかったと思うけど、こちらは黒の騎士団の副司令の扇さんと、幹部の井上さん」
「君たちはライとカレンの友達だね?よろしく」
「え、ええ。そうです。よろしくお願いします」
差し出された扇の手を、生徒会長であるミレイが取る。
にこりと微笑まれて、暫く目を瞬かせていた彼女は、同じようににこりと笑った。
「それにしても」
ふと、井上が学生たちを見回す。
唯一年上のため、しっかりした様子を見せるミレイ。
その少し後ろに立つシャーリーとリヴァル。
未だイレブンに恐怖心を抱いているため、2人の後ろに隠れているニーナ。
車椅子に腰掛け、少し不安そうにしているナナリーと、その後ろに立ち、俯いているルルーシュ。
その隣で困惑した表情を浮かべているスザクを巡り、最後にその視線がライとカレンで止まる。
「こうしてみると、みんなって本当に学生なのね。ちょっと安心しちゃった」
「え?」
唐突に発せられたその言葉の意味がわからず、ライとカレンは顔を見合わせる。
それにくすっと笑みを零すと、井上は年上の女性らしい顔で、にこりと笑った。
「だって、カレンとライって、今じゃすっかりゼロの直属の部下だし。枢木少佐は枢木少佐で、しっかり総代表の騎士なんだもの」
「特区じゃ子供らしい顔が見られなくなったって、みんな心配してるんだぞ、これでも」
「扇さん……」
思ってもいなかった大人たちの言葉に、2人だけではなくスザクも目を瞠った。
最近は忙しくてゼロの片腕以外の立場で顔を合わせることがなかっただけに、自分たちをしっかりと見ていてくれていた彼らに驚く。
「まあ、今日は俺たちのことは気にせずに、ちゃんと楽しんでこいよ」
「はい!」
「ありがとうございます」
ぽんと頭に手を置かれ、カレンと共に微笑む。
それに満足したように笑うと、扇は井上と共に玉城たちが待っているだろう部屋に戻ろうと踵を返した。
「ああ、でも」
ライの声に、扇が振り返る。
その瞬間、彼の顔が引き攣り、カレンが思わず身を引いた。
背を向けていた生徒会メンバーは気づかなかっただろう。
ライは、ゼロの左腕としての表情で微笑んでいた。
「今回の件、ゼロにはちゃーんと報告させていただきますので、旅費が騎士団の経費から落とせるとは思わないで下さいね」
にっこりと微笑み、告げられた言葉に、扇が体をびくりと震わせ、井上が思い切り跳ね上がる。
「ぎくっ」
「ぎくって、井上さん……」
「な、何でわかったの!?」
「玉城っていう前科者がいますから」
にっこりと、ますます笑顔を深め、ライが笑う。
その言葉に、以前経費を使って宴会を開いた後の玉城を思い出したのか、扇と井上が真っ青になって後ろへ下がり、カレンがふいっと顔を逸らす。
事情を知っているスザクは顔を引き攣らせ、ゼロ本人であるルルーシュは周囲に顔が見られないように俯いた。
彼がどんな表情をしていたかは、気配でそれを悟ったナナリーだけが知っている2人の秘密である。
「どうせそちらは宴会ですよね?前の飲み会で経費使いすぎて、ゼロがユーフェミア総代表に頭を下げに行ったことをお忘れなきように」
決定的な一言に、扇と井上は震え上がって頷き、ゼロが皇族に頭を下げたという事実に生徒会メンバーは驚き、声を上げる。
そのときの光景を知っているカレンとスザクは遠い目をして2人の大人を見つめ、ルルーシュは1人怒りに身を震わせていた。
「すみませんでした、会長」
「いいのよ、別に。気にしないで」
到着早々知り合いと会い、完全に仕事モードになったことを謝るライに、ミレイは笑顔で返す。
扇たちと別れ、我に返ったライは先ほどから謝ってばかりだ。
そんなライの横で、カレンは苦笑する。
騎士団員としての自分を、ライがみんなに見せたくないと思っていたことを知っているから、謝罪を続けるライを止めることもできず、また自分も彼と同じ心境であったから、ミレイたちに賛同することもできなかったのだ。
「それにしても、ライって結構偉いんだなぁ」
「これでもゼロの片腕だよ。ね?カレン」
「そうね。特にライは、ゼロの補佐もしているから、私や副司令の扇さんより発言権はあるもの」
「特区に参加する前は財政管理もしてたから。余計に気になるって言うかなんて言うか」
ライが騎士団に参加し、幹部と同等の地位を得るまで、騎士団の運営はほとんどゼロと扇の2人でやっていた。
ライがゼロの補佐になってから、財政管理に関することは彼にスライドし、玉城のたびたびの横領に、彼が頭を抱えてきたのは事実だ。
だからライは、財政専任の担当者ができ、自分が担当から離れた今でも資金の動きを気にする。
今はそれが騎士団だけではなく、特区全体の軍事費として算出されていることを知っているから、余計に。
「でも、黒の騎士団の人って、結構いい人みたいだね」
「え?」
「だって、ライやカレンのこと、心配してくれてたじゃない」
「同じ騎士団のライとカレンだけじゃなく、前は敵だったスザクのことだって心配してたしな」
シャーリーとリヴァルの言葉に、ライとカレンは目を瞠る。
そんな2人の反応を見て、ミレイがくすくすと笑った。
「そうね。あの副司令はいい人みたい」
「うん。いい人過ぎて心配になることもあるけど」
「え?」
「いや、何でも。ああ、そういえば、カレンは扇さんとの付き合いは長いんだろう?」
ミレイの問いを誤魔化し、ライは隣のカレンに話を振った。
突然声をかけられ、カレンは一瞬反応が遅れ、目を瞬かせた。
「え、ええ。扇さんはお兄ちゃんの友達だから。小さい頃からよく遊んでもらったわ」
「へぇ。そうなんだ」
「みんないい人よ。まあ、お酒が入らなければの話だけれど」
「あ、あははは……」
ふいっと視線を逸らしてしまったカレンに、隣を歩くライが苦笑いをする。
あの冷静な彼がそんな反応をするほど凄いらしい光景に、生徒会メンバーも苦笑するしかなかった。
「まあ、今日は僕もカレンもあの人たちのことは忘れるから、みんなも気にしないで」
「はいはい」
無理矢理笑みを浮かべてそう告げるライに、ミレイも同じように笑って答える。
本当に関わりたくないというオーラが滲み出ている2人に、向こうに行けと言えるほど、ミレイは子供ではなかった。
第一、今日はこのメンバーで楽しむために来たのだ。
彼らが望んでも文句を言うつもりだったのだから、ミレイにとっては都合がいい。
そんなことを考えていたミレイは、次に発せられたライの言葉に驚いた。
「そういうわけだから、スザクもそんなに警戒しないでもらえるか?」
ライが声をかけた途端、びくんとスザクの体が震える。
ずっと俯いていた彼の顔が勢いよく上げられた途端、ミレイは目を見開いた。
漸く見ることのできたスザクの顔は、学園にいるときと程遠い表情をしていたから。
スザクの表情を目にした途端、カレンは目を細める。
ふうっと大げさにため息をつくと、黒の騎士団のエースとしての顔でスザクを睨みつけた。
「心配しなくたって、ゼロは来ないわよ。扇さんたちも、内緒だって言ってたでしょう」
「あ、ああ。うん。わかってる」
言葉ではそう言っても、心では納得していないのだろう。
ふいっと顔を背けた彼に、カレンが文句を言おうとしたそのときだった。
「ほら!スザクさん!」
かけられた声に、手に触れた体温に、スザクがはっと顔を上げる。
いつの間にか傍に寄ったナナリーが、彼の手を取ってにっこりと微笑んでいた。
「せっかく私も皆さんと一緒に来られたんです。めいいっぱい楽しみましょう?」
「……うん。そうだね、ナナリー」
そう言って微笑む彼に、ナナリーも笑顔を向ける。
無理矢理浮かべたその笑顔が引き攣っていることに、ナナリーはもちろん、ライもカレンも、他のメンバーも気づいていた。
けれど、それを指摘して、せっかく戻った雰囲気を壊そうとする者は、誰もいない。
そのままナナリーのふわふわとした柔らかい笑みに便乗するかのように騎士団の話題を止め、旅行の話題に切り替えて。
心のどこかに生まれたほんの少しの不安を抱えたまま、割り当てられた部屋へと入っていった。