Encounter of Truth
23
部屋のチャイムが鳴った。
「シャーリー。俺だ」
軽く返事をすると、聞き慣れた、来てくれるのを待っていた人の声がした。
「ルル!」
その声に、シャーリーは急いで扉を開ける。
扉の前に、想像したとおりルルーシュが立っていた。
けれど、その服装はシャーリーの予想した、ゼロの服装ではなかった。
彼はライやカレンと同じ黒の騎士団の制服を身につけ、深めのキャップを被っていた。
「その格好……」
「ユフィたち以外に、俺が皇族だって気づかれるとまずいからな」
「ああ……」
その言葉に、シャーリーは漸く思い出す。
そういえば、ルルーシュとナナリーはずっと隠れて生きてきたのだ。
「入って」
それならばいつまでも廊下に立たせておくべきではない。
そう判断して、ルルーシュを室内に促す。
辺りを警戒しながら部屋の中に入ったルルーシュは、シャーリーが扉を閉めたのを確認すると、安堵したように息を吐き出してキャップを取った。
「それで、話って?」
こちらへ体を向けたルルーシュが、緊張したような面持ちで尋ねる。
そんな彼を見て苦笑すると、シャーリーはにっこりと笑顔を浮かべて見せた。
「おはよう、ルル」
「え?」
「おはよう」
目を丸くする彼に、もう一度朝の挨拶をする。
「あ、ああ。おはよう」
「うん」
戸惑ったように、それでも返したくれたルルーシュを見て、シャーリーはますます笑みを深めて微笑んだ。
それを見たルルーシュがさらに目を丸くして、困惑したような表情を浮かべる。
「シャーリー?」
「あのね。私、夕べ一晩考えたの」
不思議そうに名前を呼ぶ彼に体を向けて、シャーリーはいきなり本題に入る。
急に、呼び出された理由だと察しているのだろう話を始めたシャーリーを見て、ルルーシュは緊張しているのか、僅かに体を震わせた。
そんな彼を見て、くすりと笑みを零す。
「私ね。ルルが好き」
「え……?」
突然すぎて、意味が分からなかったのか。
きょとんとした表情を浮かべるルルーシュを、シャーリーは笑顔を浮かべたままの顔で、真っ直ぐに見つめる。
「ルルが好きだよ。たぶん、ライやカレンと同じ意味で」
ルルーシュの目が驚きに見開かれるのが、じっと彼を見つめていてわかった。
「シャーリー?突然、何を……」
「突然じゃないよ」
ルルーシュのその言葉に、シャーリーは首を横に振る。
そう、突然なんかじゃない。
だって、私は。
「ずっと好きだったの。ルルのこと」
そう告げた途端、ルルーシュは、その綺麗な瞳をますます大きく見開いた。
「ルルのこと忘れたときに一度忘れちゃったけど。でもね。私、最近ずっとルルのことが気になってたの。全部思い出して気づいたんだ。これ、私が前に、ルルが好きだって気づく前に感じてたのと同じたって」
あのときも、最初は何か感じていたわけではなかった。
けれど、ふとしたきっかけがあって、ルルーシュのことが気になり始めた。
そして、気づいたら好きになっていた。
ルルーシュのことを忘れる前も、忘れてしまった後も。
「忘れても、もう一度好きになった。それくらい、私はルルが好き」
今なら、きっと断言できる。
私は、何度彼のことを忘れても、きっとまた彼のことを好きになるのだろう。
何度彼が、私から彼の記憶を奪っても、きっと変わらない。
私は、きっと、何度だって、ルルーシュのことを好きになる。
「ルルは?」
「え?」
呆然とシャーリーを見つめていたルルーシュが、呼びかけられてはっと顔を上げる。
視線が絡み合うのを待ってから、シャーリーは首を傾げて尋ねた。
「ルルは、私のこと、好き?」
「それは、その……」
ルルーシュがしろどもどろになりながら答えを探す。
こんな風に困っている彼が見られるなんて、珍しい。
必死になっているルルーシュを暫くの間見つめてから、シャーリーはふうっと、ため息に近い吐息を吐き出した。
「ごめん。こんな聞き方ずるいよね」
こんな風に、ルルーシュが断れないような聞き方をするのはずるい。
本当はわかっていた。
だから、今は答えを求めない。
だって、ルルが誰だろうと、他に誰を想っていようと、かまわないから。
私はルルを好き。
今はそれだけ解れば充分だから。
だから。
「だからね。もういいの」
「え?」
ルルーシュが、不思議そうにこちらを見る。
困惑の表情が抜けない彼に向かって、シャーリーはにこりと微笑んで見せた。
「私、ルルのこと、もう許してるの」
その言葉に、ルルーシュの綺麗な瞳が、今度こそ大きく見開かれる。
「シャーリー……」
「ルルは」
ルルーシュの言葉を遮るように、彼の名前を呼ぶ。
驚いたようにこちらを見つめる彼を見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「ルルは、私のこと許してくれる?」
その言葉に、ほんの少しだけルルーシュの表情が驚きに染まる。
「許すって……?」
「私が、優しくされようとしたこととか、ルルを、撃ったこととか」
父の死を知ったあの雨の日、約束の場所にやってきたルルーシュに泣いて縋った。
ルルーシュがゼロだと知ったあと、あのロープウェイ乗り場で、彼に銃を向けた。
それはきっと、自分がルルーシュに対して犯した罪だから、本当は、許されてはいけないのだと思う。
「許すも何も、あれは君のせいじゃない。俺のせいだ」
「ううん。私のせいだよ」
「違うっ!」
それでも、彼はやっぱり否定をする。
シャーリーのせいでなく自分のせいだと叫んでくれる。
そう。ルルは、クールに見えて、何もかも興味がないように見えても、本当はこんなにも優しくて、必死になってくれる人だ。
私は、それを知っている。
だから。
「じゃあ、これでおあいこかな?」
「え?」
にっこりと笑ってみせれば、ルルーシュは驚きの表情を浮かべて、シャーリーの顔をまじまじと見つめる。
そんなルルーシュに向かって、シャーリーは今日一番の、精一杯の笑顔で笑って見せた。
「ルルも私もどっちも悪くて、それでおあいこ。駄目?」
ルルーシュの綺麗な紫の瞳が、驚きに染まる。
けれど、それはすぐに細められた。
困ったような、そんな笑みがシャーリーに向けられる。
「駄目じゃ、ないさ」
「うん」
ルルーシュのその答えに、シャーリーは笑う。
けれど、その笑顔はすぐに消えてしまった。
俯いて、胸の前で自身の手を、もう片方の手で包み込んで握り締める。
「私ね。人を撃ったことも思い出したの」
「ああ」
「ごめんね。せっかく、ルルが忘れさせてくれたのに」
「それは、君のせいじゃない」
「うん。でも私が撃ったの」
あのとき、あの港の倉庫街で、ゼロを見つけたとき。
ゼロの正体を知って動揺する自分が、突然現れた女軍人を撃ってしまったことには、変わりはないから。
「私は、それを認めないと」
「シャーリー!」
ルルーシュの手が、シャーリーの肩を掴む。
顔を上げると、心配そうな紫の瞳と目が合った。
「ねぇ、ルル」
泣きそうになるのを我慢して、ルルーシュに笑いかける。
泣く資格なんて、きっと今の自分にはないから。
「こんな私でも、ルルのそばにいてもいいかな?」
「え?」
「人殺しの私でも、傍にいていいのかな?」
ルルーシュの目が、一瞬だけ驚いたように見開かれた。
そんな反応を見るのは、この短い時間で、もう何度目だろう。
「人殺しだというのなら、俺だってそうだ」
「そう、だね」
ルルーシュの言葉に、シャーリーは俯く。
ルルーシュは、ゼロだ。
今は特区の一員だけれど、以前はエリア11中に名が知られていたテロリストだったのだ。
それは、知っている。
知っているけれど。
「シャーリーは、俺を助けてくれようとした。そうなんだろう?」
「どうだったかな。あのとき、私混乱してたから」
「でも、君はゼロが俺だと知っても、俺を軍に引き渡そうとはしなかった」
「うん……」
本当は、どうしたらいいのかわからなかっただけだ。
父を殺したゼロが許せなくて。
そのゼロが、大好きなルルーシュだと知ってしまって。
どうしたらいいのかわからなくて、混乱していただけなのだ。
だからそれ以上答えられなくて、思わず顔を背けようとしたとき、突然強い力で引き寄せられた。
一瞬遅れて身体が温かい体温に包まれて、ルルーシュに引き寄せられ、抱き締められたのだと知る。
「俺が許す」
「え?」
「君のしたこと、他の誰が許さなくても、俺が許す!だからシャーリー……!」
「ルル……」
そう言って、強く抱き締めてくるルルーシュ。
その温かさに、必死さに、自分の何かが溶かされていくような気がした。
だから、シャーリーも手を伸ばす。
抱き締めてくれるルルーシュの背に、手を回す。
「うん。ありがとう」
ぎゅっと抱き締めてそう告げると、ルルーシュはほんの少しだけ安心したような表情を浮かべた。
その表情を見て、思う。
私は、やっぱり……。
「ねえ、ルル」
「ん?」
ルルーシュに抱き締められたまま、シャーリーは顔を上げる。
優しく微笑んでくれる彼を見て、ほんの少しだけ微笑んだ。
「私、これからもルルこと、好きでいていいかな?」
「え……っ!」
尋ねた途端、ルルーシュの頬が朱色に染まる。
途端にあたふたと慌て始める彼を見て、シャーリーはぷっと吹き出した。
「ふふっ。ルルってば真っ赤」
「こ、これは……その……っ」
必死に言い訳を考えている彼の腕から抜け出す。
そして彼から少し離れてから、びしっと指を突きつけて宣言する。
「私、負けないから」
突然のそれに目を白黒とさせているルルーシュに向かって、はっきりと。
「ナナちゃんにもライにもカレンにも、ぜーったいに負けないから!」
その言葉に、ルルーシュが頬を染めたまま目を丸くする。
そんな反応をかわいいと思いながら、同時に悔しいと思った。
自分より先に、こんなルルーシュを、きっとあの3人は見ていたのだ。
だから、もう一度、はっきりと宣言する。
「覚悟しておいてね、ルル」
にっこり笑ってそう言えば、ルルーシュは呆然とした様子でこちらを見返してきた。
暫くそのまま固まっていた彼は、不意にふっと笑みを浮かべる。
「……ああ」
それだけで、充分だった。
それだけで、とても幸せな気分に包まれて。
だからこそ、もう二度と忘れては行けないと思った。
彼のことを。
彼のしてきたことを。
そして、自分のしてしまったことを。
それは、もうなかったことにはできないけれど、償うことはできるから。
今ルルーシュが、ライが、カレンがしているように、きっと何か償う方法はあると思うから。
だから、私も歩き出さなくちゃ。
私がしてしまったことを、償えるように。
ずっと、ルルの側にいられるように。