月光の希望-Lunalight Hope-

Encounter of Truth

24

行政特区日本の政庁のエントランスに、学生たちが姿を見せる。
その場で立ち話をしていたライは、視界の隅でそれを見つけて声をかけた。
「ミレイさん、みんな」
「ライ!おはよー!」
「おはよう」
いつものように元気に手を振るミレイの姿を見て、ライもにっこりと笑顔を返す。
彼女の後ろに、数日ぶりににこにこと笑顔を浮かべている少女の姿を見つけて、そちらにも声をかけた。
「おはよう、シャーリー」
「おはよう、ライ。昨日は本当にありがとね」
シャーリーの言葉に、ライは笑顔を浮かべることで答える。
今朝戻ってきたルルーシュは、ほっとしたような、少し困ったような表情をしていた。
すぐにゼロの衣装を着て、カレンを連れて出て行ってしまったから尋ねる暇はなかったけれど、きっとシャーリーとの関係の修復はうまくいったのだろうと思っていた。
彼女の笑顔が、その予想を核心へと変えてくれた。
心の中でほっとして、もう一度彼女に笑顔を見せると、ライはミレイに向き直った。
「お帰りですか?」
「ええ。ナナリーと咲世子さんがここに来てるって伝言を聞いて、迎えに来たんだけど」
「来てますよ。そろそろ降りてくる頃じゃないかと……あ」
ちょうど視界の隅にあるエレベーターが到着し、扉が開いた。
その中から見知った人物が数人出てきたのが見えた。
「噂をすれば。カレン!」
手を挙げて名前を呼べば、その中の1人、カレンが顔を上げる。
こちらを確認した途端、その顔には笑顔が浮かんだ。
「会長、みんな!」
彼女がこちらへ駆け寄ってくる。
その後から、彼女と共にエレベーターから降りた者たち――ナナリーと咲世子、そしてゼロがこちらへとゆっくり歩み寄ってきた。
ゼロは、3人よりも少し離れた場所で立ち止まってしまったけれど。
「おはよう、カレン」
「おはようございます」
「おはようございます、みなさん」
「おはよー、ナナちゃん。咲世子さん」
カレンが友人たちと挨拶を交わす。
その中の1人を見て、彼女は心配そうに声をかけた。
「シャーリー、大丈夫?」
「うん。おかげさまで。ありがとね、カレン」
シャーリーが笑顔で答えれば、カレンもほっとしたような笑顔を浮かべる。
カレンも、ルルーシュから事情を聞いた後、シャーリーのことをずっと気にしていたから、彼女の笑顔を見て安堵したのだろう。
ふと、その光景を見ていたゼロが、彼女たちの側に歩み寄る。
「先日は事件に巻き込んでしまい、申し訳なかった」
声をかけると、彼女たちははっと彼を見る。
「どうか気をつけて、トウキョウ租界へ帰ってほしい」
「ええ。ありがとうございます、ゼロ」
あくまでゼロとしてそう告げた彼に、ミレイは笑顔で礼を告げる。
少し緊張しているように見えたのは、きっとゼロとしてのルルーシュの振る舞いに慣れていないからだろう。
しかもあの衣装のブーツはシークレットブーツになっているから、ルルーシュの背は普段よりも高くなっている。
目線が違う分、慣れていないと戸惑うかもしれない。
「ところで2人とも、スザク君は?」
不意に、辺りを見回していたシャーリーが尋ねる。
「スザクなら、今日はユーフェミア総代表と出かけてるわ」
「え?そうなの?」
「コーネリア総督の見送りだから、特区の中にいるとは思うけど」
「そっか。ならしょうがないよね」
カレンの答えに、シャーリーは残念そうな顔でため息をつく。
「シャーリー?」
ライがスザクに用があったのかと尋ねようとするより早く、シャーリーが勢いよく顔を上げる。
「ライ!カレン!」
そのままの勢いでひびしっと人差し指を突きつけられて、ライとカレンは思わず目をぱちぱちと瞬かせながら彼女を見た。
「私、負けないからね!」
はっきりと、きっぱりと、シャーリーはそう宣言する。
一瞬何のことかわからなかった。
「……え?」
だからカレンの口からそんな間抜けな反応がこぼれてしまったのは、仕方がないと思う。
それを聞いたシャーリーは、自信満々と言わんばかりの笑顔を浮かべて、もう一度、はっきりと宣言する。
「ルルのこと!絶対負けないんだから!!」
「……ええっ!?」
少し置いて、カレンが盛大に叫ぶ。
「なになに?なんのこと?」
絶対に意味のわかっているミレイが、シャーリーの肩に背中から腕を回し、にやにやと笑いながら尋ねる。
「会長には関係ありませーん。絶対負けないから覚悟しておいてよね!」
それを軽く突き放して、シャーリーはもう一度宣言する。
呆然と彼女を見ていたライは、その三度目の宣言を聞いて、ふっと息を吐き出した。
そのまま、にやりと笑ってみせる。
「望むところだ」
「わ、私だって負けないんだから!」
ライの答えを聞いて、漸く我に返ったらしいカレンが、胸の前でぐっと拳を握って宣言する。
それを見ているミレイがにやにやと笑う。
リヴァルとニーナは、突然の恋のライバル宣言をした3人とゼロに交互に視線を向けていた。
当のゼロは無反応だ。
いや、今の立場上、無反応を装っているだけで、きっと仮面の下の顔は真っ赤に染まり、思考はだいぶ混乱しているだろうけれど。
「ふふっ。がんばってくださいね、シャーリーさん」
「ありがとうナナちゃん!」
嬉しそうに笑ったナナリーに応援され、シャーリーはとびきりの笑顔で礼を言った。
その様子を眺めていたリヴァルが、不思議そうな顔をしたままぽつりと口を開く。
「なんだかよくわかんないけど」
「丸く収まったみたいだし、いいんじゃない?」
「そうね。万事オッケーよね」
ニーナの言葉に、満面の笑顔を浮かべたミレイが同意する。
その言葉に、きっと全力で突っ込みを入れたいのだろう、ゼロの拳がマントの下で震えていることに気づいたライは、くすりと小さく笑みを零すと、それまで浮かべていた挑発的な笑みを消し、代わりにいつもの笑顔を浮かべた。
「じゃあ、シャーリー、咲世子さん、ミレイさん、リヴァル、ニーナ。ナナリーをよろしく」
「ええ、任せて」
その声に、ミレイがはっきりとそう返事をする。
すると、咲世子はライとカレン、そしてゼロに頭を下げ、ナナリーの車いすを押してミレイの側へと歩み寄った。
車いすをライたちの方へ向けると、それを待っていたかのようにナナリーが口を開く。
「それでは、失礼します。また学園で」
「うん。ナナリー」
「ええ。また学園で」
ナナリーの言葉にライとカレンで答える。
にっこりと笑顔を浮かべたナナリーは、そのままゼロがいる方向へと顔を向けた。
「ゼロも、お体大事にしてくださいね」
「ああ、ありがとう」
ナナリーの言葉に、ゼロは淡々とした口調で答える。
本当は抱きしめたいのだろうけれど、今はゼロとしてここに立っているから、必死に堪えているのだろう。
声からそれが伝わってきて、ライは思わず苦笑した。



ナナリーたちがエントランスを出て行く。
本当は駅まで見送りに行きたかったが、残念ながら3人はこのあと仕事が詰まっていて、それはできなかった。
残念そうに見送るゼロの背を見つめていると、視線に気づいたのか、不意に彼はこちらを振り返った。
「……なんだ?」
「いや、別に」
何でもないと首を横に振ったのだが、ゼロは納得できなかったようで、少し不機嫌なオーラを出してこちらを見つめる。
素直に言うと怒られそうな気がして、どうしようか迷っていると、カレンがくすくすと笑いながらゼロの側に寄った。
「ゼロ。ライが言いたいことはひとつですよ」
そのまま背伸びすると、周囲には聞こえない、小さな声で囁いた。
「よかったわね、ルルーシュ」
一瞬、ゼロが驚いたように動きを止める。
「……ああ」
遅れて返された返事には、喜びが溢れていた。
側にいて、それが聞こえたライは、愛おしそうにゼロを見つめてから、小さく息を吐き出す。
安堵のようなそれで気持ちを切り替えると、ふとエントランスにかけられた時計を見た。
「ほら、ゼロ。これからブリタニア側との会議だろう?いつまでもここにいていいのか?」
「わかっている。ライ、君も同席を頼む」
「了解。この報告書をラクターシャさんに届けたら行くから」
「わかった。では、後で」
「ああ」
笑顔で答えると、ゼロは軽く手を挙げ、そのままやってきたエレベーターへと戻っていく。
その姿を見送っていると、不意にカレンが大きな息を吐き出した。
「本当に、よかった」
「そうだな」
笑顔を浮かべる彼女に、それが安堵だと気づいて、ライも同じ笑顔を浮かべる。
「まあ、まだ問題は残っているけど」
ふと、笑顔を消して呟くと、カレンが視線だけでこちらを見た。
そう。まだひとつ問題が残っていた。
あの温泉宿占領事件の後、スザクがルルーシュと一言も言葉を交わしていないのだ。
顔を合わせてもいないようだから、きっとスザクの方がルルーシュを避けているのだろう。
ルルーシュが、口にはしないが、それを気にしていることも知っていた。
「もし」
不意にカレンの言葉が耳に届く。
視線を向ければ、彼女は視線を床に落としたまま口を開いた。
「もしスザクが彼に何か酷いことをしてくるようなら、私がぶん殴ってやる」
小さな声だったけれど、確かな意志を持って発せられたその言葉に、ライはほんの少しだけ目を見開く。
そうしてから、満足したような笑顔を浮かべた。
「あはは。カレンは頼もしいな」
「何言ってるのよ。あなただってそのつもりのくせに」
「もちろん」
ぎろりとカレンに睨まれて、それでもライは笑顔を浮かべる。

「だって僕は」
「私は」
「「ルルーシュとナナリーの騎士だから」」

だから、何があっても、どんなことからでも彼ら兄妹を守る。
カレンとナナリーがゼロの正体を知った日、クラブハウスのテラスで交わした誓いは破らない。
絶対に、この立場も想いも、譲らない。
もう一度お互いにそれを確認すると、ライはカレンは同時に笑顔を浮かべた。
「じゃあ、また後で」
「ええ。また後で」
ぱんっと軽く手を叩き合って、カレンは軍部へ、ライは研究区画へ向かう。
これからの未来を、自分たちにとって、そして彼とその妹にとって、より良いものにするという誓いを、改めてその胸に刻みつけて。




2013.10.12