Encounter of Truth
22
カレンに無理に頼んで、1人部屋にしてもらったホテルで、窓の外を見ていると、ふいに携帯が鳴った。
驚いて画面を見てみると、ライからメールが入っていた。
会って話がしたいというので了承すると、30分もしないうちにフロントから呼び出しがかかった。
階下に降りると、そこには昼間とは違う服装をしたライがいた。
その姿を見て、シャーリーは驚く。
彼の右頬は真っ赤に染まり、左頬には大きな絆創膏までしていたのだ。
「突然ごめん」
側に寄ると、彼は軽く挨拶した後、そう言って謝罪をした。
「それはいいんだけど、どうしたの?それ」
「ああ、えっと」
あまりにも目立つその顔について尋ねれば、ライは困ったように笑って視線を逸らした。
「実はルルーシュに叩かれて、カレンに殴られたんだ」
「ええ!?どうして!?」
昼間あんなに仲が良さそうだった2人が、ライを殴るなんて想像できなくて、シャーリーは思わず叫ぶように尋ねる。
「それは、移動してからでいいかな?」
「え?あ……。うん」
ここでは目立つからとライに促され、ホテルの中庭にある東屋に移動する。
「ごめん」
備え付けらしいテーブルに向かい合い、席に着くと、途端にライに謝られた。
突然のそれに目を白黒させていると、ライは申し訳なさそうに口を開く。
「ルルーシュから聞いた。君が、ルルーシュを忘れていた理由を」
聞けば、ライはシャーリーの事情を知らなかったらしい。
もちろん、黒の騎士団の作戦に巻き込まれ、チャーリーの父親が亡くなったことは知っていた。
その後の、シャーリーがゼロの正体を知ってしまったことや、そのためにルルーシュを殺そうとしたことまでは知らなかったらしいのだ。
「ごめん。辛いというか、怖いことまで思い出させてしまって」
もう一度、ライが座ったまま頭を下げる。
ぽかんとして彼を見つめていたシャーリーは、もう一度顔を上げた彼の顔を見て、不意に気づいた。
「もしかして、ルルたちに殴られたって、それで?」
「……うん、実は」
ライが、絆創膏の貼られた左頬に手を触れながら苦笑する。
たぶん、そちらがカレンに殴られた方なのだろう。
明らかに腫れているそこを見て、シャーリーは思わず苦笑を浮かべた。
「そう、なんだ」
殴られたということは、2人とも怒ったのだろう。
ライが、ルルーシュが忘れさせてくれていたシャーリーの記憶を取り戻させたことを。
「そうなんだ……」
どういう意味で2人が彼を殴ったのかなんてわからない。
けれど、たぶんルルーシュは、本気で心配してくれたのだろう。
彼には、忘れさせてもらう前に、ひどいことをしてしまった。
それなのに、彼は全部背負ってくれていたのだ。
たった1人で、背負っていたのだ。
「シャーリー?」
急に黙り込んだことを心配したのか、ライが声をかけてくる。
ほんの少しだけ顔を上げると、申し訳なさそうな顔を浮かべたままの彼と目が合う。
その姿を見て、シャーリーは目を細めた。
ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。
「ねえ、ライ。聞いてもいい?」
「ん?」
その衝動のまま声をかければ、彼は不思議そうに首を傾げる。
「あなたは、いつからルルがゼロだって知ってたの?」
純粋に気になった。
彼は、ずいぶん前からルルーシュが何をしているのか知っているようだったから。
黒の騎士団なのだから知っていて当然ではないということは、昼間の、彼とカレン以外の誰もがルルーシュの顔を見て驚いていた様子を見れば察しはついた。
だから尋ねた。
ライは、いつからルルーシュがゼロだと知っていたのか。
その問いに、ライは考え込むように視線を巡らせてから口を開いた。
「スザクがユーフェミア総代表の騎士になった頃から、かな」
その言葉に、シャーリーは思わず息を呑む。
そんなに前から、ライはルルーシュの正体を知っていたのか。
「ルルがゼロだって知ってたから、黒の騎士団にいるの?」
「うん」
シャーリーの問いに、ライは臆することもなく答える。
「最初は、前に話していたとおりにカレンに誘われてだったけど、知った後はそうだ」
「怖くなかったの?その、ルルがゼロだって知っちゃったとき」
「うーん。まあ、自分もテロリストやってたから、怖いって感情はなかったかな」
そう答えながら、ライは困ったように笑う。
ずっと彼の下で活動していたライなら、確かに怖いという感情はなかったのかもしれない。
「本当は、最初の頃はゼロのやり方に疑問を感じたこともあったんだけど、ルルーシュだって知ったら、なんか納得してしまって」
「ルルだって、わかったら?」
「うん」
そう言って笑うライは、とても柔らかい表情を浮かべていた。
それは、ルルーシュをとても大切だと思っているという感情がありありと表れていて。
そんな彼を見つめていたら、不意にある疑問が沸き上がってきた。
「ライ、は」
「ん?」
「ライは、ルルが好き?」
ライの顔に、一瞬驚いたと言わんばかりの表情が浮かぶ。
けれど、それはすぐに柔らかい笑顔に変わった。
「ああ。好きだよ」
その笑顔で、彼ははっきりとそう言った。
それを紡いだ声も、とても柔らかかった。
まるで絹に包んでしまっていたものを、そっと見せたような、そんな印象を受ける声だった。
「シャーリーは?」
「私、は……」
同じ質問を投げかけられて、シャーリーは視線を落とす。
思い出してから、何度も考えた。
何度も何度も考えたけれど、結局その想いは変わらなかった。
「私は……私も、ルルが好き」
否定しようとしても、結局はその答えに戻ってきた。
「全部思い出した今も?」
ライの問いに、顔を上げる。
目に入ったのは、絆創膏の貼られていない、彼の真っ赤に染まった右頬。
左をカレンに殴られたのだとしたら、そちらはルルーシュにやられたのだろう。
その頬を見つめながら、考える。思い出す。
「……うん」
ロープウェイで銃を向ける自分を、彼を打ってしまった自分を、抱きしめてくれた彼を。
昼間、思い出して混乱する自分を、必死に悪くないと言ってくれた彼を。
「私は、ルルが好き」
彼がしたことを、全部許せる訳じゃないかもしれないけど、でも。
それでも、自分の目で見てきた彼を知っている。
ゼロになる前の彼も、なってからの彼も、知っている。
「ルルが好き」
だから、言える。
迷うことなく、はっきりと。
何度も繰り返しているうちに、その言葉がはっきりしてくる。
自分の中で形になって、戸惑うことなく口から飛び出すようになる。
「そう」
迷いの消えたそれを聞いたライが、薄く微笑んで、確認するように尋ねる。
「うん。そう」
それに、シャーリーは迷うことなく答えた。
真っ直ぐにライの目を見つめて答えると、彼は満足そうに笑った。
それから、少しの間考えるように視線をさまよわせてから、もう一度こちらを見る。
「シャーリー」
「うん?」
「僕は、僕に正体を明かしてくれるまで、ルルーシュはずっと1人だったような気がしてるんだ」
「ルルが、1人?」
「そう」
あまり想像できないその言葉に思わず尋ね返すと、ライは真剣な表情で頷いた。
その表情は、すぐに柔らかい笑顔に戻る。
「今は僕もカレンも傍にいるけどね」
ライもカレンも、途中からルルーシュにべったりになったような印象は確かにある。
きっとそれは、2人が、ルルーシュがゼロである事実を知ったから、だったのだろう。
それまでは、ルルーシュは1人だったのか。
1人で罪を、それもシャーリーの分も罪まで、背負っていたのか。
それはとても辛くて、悲しいことのように思えた。
でも、それなら私は、だからこそ。
いつの間にか目を閉じて思考に没頭していたカレンは、不意に顔を上げる。
そして、真っ直ぐにライを見ると、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう、ライ」
「うん?」
「考え、まとまったかも」
「そう」
「うん」
愛おしいものを見るように笑うライに、シャーリーは笑顔で答える。
「ありがとう、ライ」
「どういたしまして」
もう一度、笑顔で礼を告げれば、彼も笑顔で答えてくれた。
そのまま2人で、ほんの少しの間だけ笑い合う。
暫くすると、彼はゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、僕はこれで」
「うん」
ライは黒の騎士団の人なのだから、きっとここには泊まらずに、騎士団用の住居に戻るのだろう。
席を立ったライを追いかけ、シャーリーも席を立つ。
ホテルのロビーに向かう途中、もう一度彼を見上げて目に入ってしまったものに、シャーリーは痛ましそうに目を細めた。
「……あ、ごめんね」
「え?」
「ほっぺた」
「ああ」
不思議そうな表情を浮かべたライに、一言そう答えれば、彼は困ったように笑った。
「大丈夫だよ。これは自業自得だから」
だから気にしないでくれと告げる彼に、素直に頷いた。
他愛のない会話をしている間に、ホテルの玄関に着いてしまう。
シャーリーが立ち止まると、ライはその場でくるりと振り返り、にこりと微笑んだ。
「それじゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
一言だけ挨拶を交わすと、ライは軽く手を振ってホテルを出ていく。
その姿を見送ってから、シャーリーは自分の部屋に戻るために、エレベーターへと足を向けた。
「私は、ルルが好き」
部屋に戻る途中で、確かめるように呟く。
もう大丈夫。
この気持ちは揺るがない。
譲れないと、気づいたから。
「だから」
明日こそ、ルルーシュに伝えよう。
私の気持ちを。
私の答えを。
そう決意をして、シャーリーは自室の扉を開けた。