Encounter of Truth
21
ユーフェミアやコーネリアと言った特区の代表者たちが出て行く。
黒の騎士団の人たちも出て行って、部屋には自分たち学生だけが残された。
暫くの間、誰も口を開かない。
ルルーシュは黙ったまま俯いている。
ライとカレンは、自分からは何も言うつもりがないらしい。
ただ黙って、こちらを見つめている。
ライは出会ったばかりの頃のような無表情で、カレンはどこか心配そうな表情をして。
その3人を見ていることができずに、シャーリーも俯いていた。
ライとカレンに関しては、もう割り切れている。
割り切れているから、行政特区が日本が成立し、2人が黒の騎士団の団員だったのだと知った今も、以前と同じように接することができていた。
もちろん、最初はそうはいかなかった。
シャーリーの父は、ナリタ連山の戦いで黒の騎士団が人為的に起こした土砂崩れに巻き込まれて死んだ。
それがあったから、2人が黒の騎士団のメンバーで、あのときの戦いに参加していると知ったときは、ずいぶんと取り乱して、一方的に2人を怒鳴りつけて、泣いて。
そんなことだってあったのだ。
あれからずいぶん経って、考えて考えて、漸く2人と話をして。
そうして漸く、以前のように2人のことを受け入れせられるようになった。
なったと、言うのに。
「ルルちゃん」
ふと、耳に入った声に、シャーリーは視線だけをその声の方向へ向けた。
いつの間にか席を立ったミレイが、ゼロの衣装を着たままのルルーシュの前に立っていた。
「会長」
顔を上げたルルーシュが、困惑したような表情でミレイを見る。
彼はそのまま、申し訳なさそうに視線を落とした。
「すみません、勝手に巻き込んでしまって」
「いいのよ」
ミレイはゆっくりと首を振る。
「少し、憑き物が落ちたような顔をしているわ、あなた」
「そうですか?」
「ええ」
不思議そうに尋ねるルルーシュの表情は見えるけれど、ミレイの表情はシャーリーからは見えない。
くすりと笑みを零すような声が聞こえたから、きっと笑っているのだろうと思う。
「よかった」
ミレイがそう呟くと、ルルーシュは不思議そうな顔を浮かべた。
「私以外に、あなたを受け入れてくれる人がいて」
「会長……」
「しっかし漸くわかったわ。だからあなた、あんなにサボりが多かったのね」
「う……」
ミレイがそう言った途端、ルルーシュの表情が、まるで悪いことをしたことがばれた子供のように歪む。
それを見たミレイが、思い切り肩を竦めた。
そのまま一歩前に出たかと思うと、しどろもどろになっているルルーシュを両手で抱きしめた。
「か、会長……!?」
「ずっと苦しんでいたのに、気づかなくてごめんなさい」
顔を真っ赤にして文句を言おうとしたルルーシュは、ミレイのその言葉に言葉を止める。
驚いたような表情を浮かべたその顔は、すぐに申し訳なさそうな笑顔に変わった。
「気づかれたら困りますよ。必死に隠していたんですから」
「もう。言ってくれるわね」
もう一度ぎゅうっとルルーシュを抱きしめると、ミレイはすぐに彼を開放した。
すぐに体を離した彼の肩を、力強くぽんっと叩く。
「学園でのフォローは任せて。単位の件も。おじい様にばれないように進言してみるから」
「助かります。でも、できれば……」
「カレンとライの分もね。オッケー。任せて頂戴」
一瞬だけ背後に視線を送ったルルーシュの意図を汲み取ったらしいミレイの声は、もういつもの調子だった。
ふと、傍で席を立つ音がして、シャーリーはそちらに視線を向ける。
それまで黙って2人を見ていたリヴァルが、重い足取りでルルーシュの方へと歩いていく。
ミレイの後ろに立つと、彼はそこから、覗き込むようにルルーシュを見た。
「ルルーシュ。お前本当に皇族なんだな……」
「ああ。黙っていて悪かったな」
「いや、いいんだけどさ」
いつもの調子で返したルルーシュ見て、リヴァルはため息をついた。
「なんか、漸くわかった気がするぜ」
「何がだ?」
「お前が偉そうな理由」
ルルーシュの目が驚いたように見開かれたかと思うと、リヴァルを睨みつけるように細められる。
「リヴァル……お前……」
「わ、悪いって!怒るなよ!」
リヴァルが慌てて両手を振って謝る。
「でも、さっきみたくしおらしくしてるよりは、そうやってた方がお前らしいもんな」
きっと彼は、いつものように笑っているのだろう。
シャーリーからは、背中しか見えなかったけれど。
「何かあったら遠慮なく言ってくれよ。まあ、俺には賭けチェスのバイトの斡旋しかできないけどさ」
「考えておくさ」
そう言ってルルーシュは笑う。
いつもよりほんの少し柔らかい顔。
それを見て、シャーリーはどうしたらいいかわからなくなった。
彼は確かにルルーシュだ。
けれど、同時にゼロでもあって。
自分の父親を殺した張本人であって。
ミレイとリヴァルは、彼に家族を殺されたわけではないから、すんなりと受け入れられるのかもしれないけれど。
けれど、自分はそういうわけにもいかなくて。
だったら罵ればいいと思う。
憎めばいいのだと思う。
それなのに、それなのに。
彼のあの笑顔を信じたいと思う自分もいて、どうしたらいいのかわからなくなってくる。
だって、私は、ルルのこと……。
「シャーリー?」
突然名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
目の前には、いつの間にかライがいた。
「ちょっといいかな?」
「え?」
「ライ?」
カレンが不思議そうに彼を呼ぶ声がする。
「ごめん。少し待っててくれ」
彼は一言そう言うと、すぐにこちらに向き直った。
そう思った瞬間、右腕を強く掴まれる。
「あ……っ」
引っ張られるまま、会議室と扉の続きの小部屋に連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと、ライ!いきなりどうしたの?」
尋ねるけれど、彼は答えてくれない。
電気をつけて扉を閉めたところで、握られた腕が解放された。
くるりとこちらを向いた彼の紫紺の瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。
「前から、一度聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?私に?」
「ああ」
予想もしなかった言葉に思わず尋ね返せば、ライははっきりと頷く。
その瞳が、ほんの少しだけ細められたような気がした。
「シャーリー。君がルルーシュと他人ごっこを始めたのはなんでだい?」
「え?」
突然のその質問の意味がわからなかった。
久しぶりに聞いたその言葉に、シャーリーは困惑する。
「他人ごっこじゃなくって、私は最初からルルのことは知らなかったのよ?気づいたら生徒会にいて、副会長になってて……」
「本当に?」
ライが、念を押すように尋ねる。
「どういう、意味?」
その、まるで自分を疑っていると言わんばかりの表情に、不安になって尋ねる。
けれど、ライはすぐには答えてくれなかった。
何かを考え込むように、視線を床に落として黙り込んでいる。
「ライ?」
不安になって名前を呼ぶと、彼は漸く顔を上げた。
「ごめん、シャーリー」
「え?」
突然謝罪をされても、意味なんてわからない。
彼は困ったような笑みを浮かべると、そのまま一度、目を閉じた。
「……ラインハルト・ロイ・エイヴァラルが命じる」
ライの声が、聞いたことのない名前を紡ぐ。
何だろうと思っているうちに開かれたライの目を見て、驚いた。
ルルーシュに似た綺麗な紫の片方が、赤く染まっていたから。
「ルルーシュのことを思い出せ、全部」
ライの目に、何かが浮かび上がった気がした。
「え……?」
その瞬間、目の前に何かが浮かび上がってくる。
それはいくつもの光景だった。
まるで写真か動画を切り取ったような、いくつものそれ。
「あ……」
知らないはずのルルーシュの笑顔。
眠っている顔。
雨の中で、彼に抱きしめられている自分。
驚いている彼の顔。
それから、それから。
「わ、たし……」
海岸沿いの倉庫街で、倒れているゼロ。
仮面の外れた彼の顔。
そして、ルルーシュに銃を向けている、自分。
「いやああああああああああああああっ!!」
それを見た瞬間、シャーリーは叫んだ。
そのまま頭を抱えてしゃがみ込む。
知っている。
いいや、知っていた。
それは紛れもない自分の記憶。
ルルーシュの正体を知り、サングラスの男に言われて、彼を殺そうとしたときの記憶。
父が死ぬより以前に、確かにルルーシュを知っていたという記憶。
「シャーリー!?」
ばたんっと扉を開く音が聞こえた。
誰かに肩を捕まれて、ゆるゆると顔を上げる。
視界は、少しぼんやりとしていた。
その視界に飛び込んだのは、さきほど吹き出した記憶の中で見た少年。
「る、るる……?」
心配そうというより、必死な表情で覗き込んでくる彼の名を、掠れそうな声で呼ぶ。
それを聞いた瞬間、ルルーシュは怒ったような表情を浮かべ、シャーリーの肩を掴んだまま勢いよく後ろを振り返った。
「ライ!お前、シャーリーに何をしたっ!?」
「以前、君が彼女にしたことと、逆のことを」
「まさか……」
ルルーシュが勢いよくこちらを見た。
彼が驚いた顔を浮かべているのが、ぼやけた視界でもわかる。
「何故……!?」
「ずっと、もしかしてと思ってたんだ。君がこれを持っていると知ったときに、確信した」
再びライの方を見て怒鳴ったルルーシュに、ライは静かに告げる。
ライの手は、彼自身の左目を覆い隠すように、顔に触れていた。
「だから、ユフィのときと同じことをさせてもらった」
「お前、勝手に……っ!」
「ごめん」
ライが静かに謝っている声が聞こえる。
けれど、何故そんなことをしているのか、何故ルルーシュが怒っているのか、シャーリーにはわからない。
「シャーリー!どうしたの!?」
「なんでもないです、ミレイさん」
「でも……っ」
「大丈夫ですから」
ミレイの声がしたような気がしたけれど、それはほんの一言二言だった。
そのままぱたんと扉が閉まるような音がする。
そのまま、ミレイの声もライの声も聞こえなくなる。
少し時間を置いてから息を吐き出すような声が聞こえて、ルルーシュが顔を覗き込んできた。
「シャーリー、大丈夫か?」
「ルル……、わたし……」
顔を上げると、ルルーシュと目が合った。
その瞬間、無意識に体がぶるりと震えた。
「あ……」
その途端、ルルーシュが何かを思い出したように声をこぼす。
「ごめん……」
そのまま、ずっと肩を支えてくれていた手が離れていった。
離れていってしまったぬくもりを追いかけたいと思ったけれど、できなかった。
だって、私は。
「……思い、出しちゃった」
俯いて、ぽつりと呟く。
その瞬間、目の前のルルーシュがびくりと体を震わせた。
「私、ルルを撃ったこと、あるよね……?」
「……それは」
「ルルだけじゃない。別の人も、撃っちゃった」
「シャーリーのせいじゃない」
「ううん。私のせいだよ」
「違う!」
ルルーシュが力一杯叫ぶ。
それに驚いて肩を跳ねさせると、ルルーシュははっとしたように顔を上げた。
けれど、その顔はすぐに逸らされてしまう。
「全部、俺のせいだ。シャーリーのせいじゃない」
「ルル……」
そう。ルルーシュは以前もそう言ってくれていた。
そう言って抱きしめてくれた。
「でも、私……」
「そうさせたのは、俺だ」
それでも自分のせいだと言おうとすると、ルルーシュは顔を伏せたまま、はっきりとそう告げる。
「だから、それは全部俺の罪なんだ。君のじゃない」
「ルル……」
首を横に振りながら、ルルーシュは繰り返す。
前にもこんなやりとりをした。
こんなやりとりをして、そして。
「ルルは、忘れさせてくれたんだよね」
ルルーシュがはっと顔を上げる。
「私が自分の罪に押しつぶされないように、忘れさせてくれた」
「あれは……」
「私の罪を、全部持って行ってくれた」
そう、思い出した。
自分がルルーシュを忘れていたのは、ルルーシュが忘れさせてくれたからだ。
どんな方法を使ったのかは知らないけれど、彼は確かにそう言った。
ほんの少しだけ、顔を上げて彼を見てみる。
ルルーシュは、再び視線を床に落としてしまっていた。
俯いて、あんなに普段は口がうまいのに、口にする言葉がわからなくて、必死にそれを探している。
そんな風に見えた。
そして、思い出す。
先ほどまでの、隣の部屋でのルルーシュを。
「ごめんね、ルル」
ふと、口をついて出たのはその言葉だった。
その言葉に、ルルーシュが驚いた様子で顔を上げた。
「君が謝る必要なんて……」
「違うの。そうじゃ、ないの」
否定しようとするルルーシュを止めるように、シャーリーは首を振る。
そして、ふと思い出す。
「ルル。ニーナとはもう話したの?」
「え?あ、ああ。君がライと話している間に」
「そっか」
ニーナとも話をしたのであれば、あとは自分だけだ。
ならば、答えを出さなければならない。
自分の中のこの気持ちに、答えを出さなければ。
そう思うけれど、すぐには無理だった。
いきなり溢れてきた記憶で頭がごちゃごちゃになってしまっていて、気持ちの整理ができない。
だからと言って、先延ばしにしてもいけないような気がした。
だから。
「ちょっとだけ、時間、もらってもいいかな」
「え?」
「ちょっと、考えたいの」
ルルーシュが、困惑したような表情を浮かべたのが視界に入った。
不安そんなその顔をさせたくなくて、シャーリーは必死に顔を上げた。
そのまま、無理矢理笑ってみせる。
「大丈夫。今度は、一緒に死のう、なんて言わないから」
いつも通りには、笑えていなかったのだろうか。
ルルーシュはますます不安そうな表情になってしまう。
そんなルルーシュを、長くは見ていたくなかった。
「だめ?」
首を傾げて、もう一度尋ねる。
「わかった」
不安そうな表情のルルーシュは、それでも漸く頷いてくれた。
「宿を、取っているんだ。今カレンに頼んで案内してもらうから」
そのまま立ち上がって、部屋を出ていこうとする。
「ありがと、ルル」
その彼の背に向かって、小さな声で礼を告げた。
一瞬だけ彼が立ち止まったから、きっとそれは届いているのだろう。
静かに閉まる扉を見つめながら、シャーリーは気持ちの整理をするために、その目を閉じた。