Encounter of Truth
20
振り返ったルルーシュは、立ち上がっていた神楽耶に顔を向ける。
「何でしょうか?神楽耶様」
「どちらへ行かれるおつもりですか?」
いつもと変わらない口調で尋ねれば、予想どおりの答えが返ってきた。
「仮にもブリタニアの皇族が、特区の日本側の代表をしているわけにはいかないでしょう?」
用意していた答えを返す。
この雰囲気なら、神楽耶はそれを肯定するだろうと、そう思った。
しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。
「そうやって責任を放棄されるおつもりですか」
耳に飛び込んできたその言葉に、ルルーシュは驚き、ほんの少しだけ目を丸くする。
「神楽耶様?」
カレンが不思議そうに呼びかければ、神楽耶の視線が一瞬だけ彼女を見る。
その視線は、すぐにルルーシュへと戻ってきた。
「あなたを特区の日本代表に、と推したのは、我々キョウトです。ならば、その責を果たしていただけねば困ります」
「しかし神楽耶様。私はブリタニア皇族なのですよ?」
「関係ありません」
ブリタニア皇族がゼロだと知られたときのリスク。
それを考えての発言であったというのに、神楽耶はそれをばっさりと切り捨てる。
「桐原はどうか知りませんが、わたくしたちは、あなたの行動の結果を見てあなたを信じたのです。なのに、あなたはその信頼を壊すおつもりですか?」
その神楽耶の言葉に、ルルーシュはほんの僅かに目を見張った。
「そうだな」
不意に彼女の傍から声が聞こえた。
その声に、ルルーシュは神楽耶から視線を外す。
「藤堂さん?」
向けた先には、不思議そうに己の上司を見上げる朝比奈がいた。
目を閉じていた藤堂は、それを開くと、真っ直ぐにこちらを見つめる。
「始めたのなら、最後まで責任を持ちたまえ。ルルーシュ君」
告げられた言葉に、ルルーシュの目がますます驚きの色を浮かべる。
「ルルーシュ」
反対側から名を呼ばれた。
反射的にそちらに視線を向ければ、いつのまにか立ち上がっていたユーフェミアが、やはり真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「ユフィ」
「私は貴方と勝負なんてしたつもりはないけれど」
ユーフェミアが困ったように微笑む。
その言葉に、なんと返事を返そうかと頭を巡らせようとした。
「でも、していたとしたなら、勝ったのはあなたよ」
「え?」
ルルーシュが答えるより先にユーフェミアがそう告げる。
その言葉の意味が理解できなくて思わず聞き返すと、その途端ユーフェミアはにっこりと微笑んだ。
「だって私、あなたがゼロでなかったら、きっと特区日本なんて思いつかなかったもの」
その言葉にルルーシュは目を丸くする。
驚いたのは彼だけではない。
黒の騎士団側からもブリタニア側からも驚きの声が挙がった。
そんな周囲の驚きなど気にもせずに、ユーフェミアは微笑みを浮かべたまま続ける。
「あなたがゼロだって知ったから。ナナリーのために、ブリタニアを壊そうとしているって気づいたから。だから私は思ったの。中から変えてやろうって」
「ユフィ……」
「だから、あなたの勝ちなのよ」
そう言って笑うユーフェミアに、ルルーシュは何も言葉を返すことが出来なかった。
そんなこちらの心情などお見通しと言わんばかりに、ユーフェミアはくすくすと笑う。
その反応に、さすがに言い返したいという思いが芽生えた、そのときだった。
「ゼロ!」
突然音を立てて扇が立ち上がった。
そのまま席を離れた彼が、ずんずんとこちらに歩いてくる。
何事かと思って身構えた途端、右手を両手で握られた。
「すまなかった!」
思わず体が強ばったその瞬間、突然目の前の男が頭を下げる。
突然のそれに、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……は?」
漸く口に出来たのは、そんな間の抜けた一言だった。
こちらの戸惑いなど気づいてもいないのか、顔を上げた扇は、ルルーシュの手を握り締めたまま真っ直ぐに彼を見る。
「俺は旅館で君の正体を知らされたとき、裏切られたと思ったんだ。君が俺たちを利用していて、全部ブリタニアの遊びだったのだと、疑いすらした」
「それは……」
「だが、違った!」
ルルーシュが答えるよりも先に、扇が大声を上げる。
「え……?」
「君は誰よりも苦しんでいたんだな。気づかなくてすまない!」
「いや、あの……」
なんだか盛大な誤解が発生しているような気がする。
それを指摘しようとするのだが、完全に教師モードが発動している扇は聞こうともしない。
「俺たちも、改めて君を信じる!君の力になれるよう努力する!だから、ゼロでいてほしい!」
勢いでそう言った扇の言葉を、ルルーシュは唖然とした表情で聞いていた。
思考が止まってしまって返事が出来ない。
何を言われたのか、必死に頭を動かそうとした、そのときだった。
「……ふっ」
突然耳にとても馴染んだその声が聞こえた。
かと思った途端、それは大きくなり、笑い声となって部屋中に響く。
「ふははははっ、あはははははははっ」
「ちょ、ちょっとライ」
カレンの声で漸くその発生源に気づいたルルーシュは、勢いよく振り返ると、腹を抱えて笑っているライを睨みつけた。
「ライ、お前……!」
「ごめ……っ、悪気があるわけじゃ、ないんだ……っ」
腹を抑えたままそう言われても、説得力があるはずもない。
ますます眼孔を鋭くすれば、必死に笑いを沈めたライは大きな息を吐き出した。
少しの間深呼吸をしてから、その紫紺の双眸の嵌った顔が上げられる。
そこには先ほどまでの緊迫した表情とは違う、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「なんだか、酷く安心してしまって」
「安心?」
「ああ。なんでだろうね」
にこりと笑うライの言葉に、ルルーシュは首を傾げる。
その反応に彼は苦笑を浮かべた。
どうやら本当に理由がわからないらしい。
「さてと」
ライがもう一度息を吐き出す。
表情を引き締めると、それまで壁際で待機していた彼はルルーシュの傍までやってきた。
いつまでもルルーシュの手を離そうとしない扇にさりげなく声をかけて解放させると、彼は黒の騎士団側が座る席へと顔を向けた。
「仙波さん、卜部さん、朝比奈さん、千葉さん」
ライがそこに座る四聖剣の名を呼ぶ。
「あなた方も、他の方々と同じ意見ということでよろしいですか?」
そのまま尋ねれば、彼らは顔を見合わせた。
「俺は構わんよ」
「右に同じく」
あっさりとそう答えたのは卜部と仙波だった。
その2人の言葉に朝比奈が肩を竦める。
「まあ、藤堂さんが認めるなら、認めないわけにもいかないでしょう」
「そうだな」
ため息混じりの彼と千葉の言葉に、ライはほんの少しだけ表情を緩める。
「では……」
そのまま彼が視線を向けたのは、四聖剣よりさらに奥だった。
その合図を待っていたかのように神楽耶が頷く。
「ゼロ様……。いえ、ルルーシュ様」
彼女の翡翠の瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられる。
「キョウトの代表として、改めてお願いします。これからも黒の騎士団を、この小さな日本を、導いてくださいませ」
そのまま神楽耶は頭を下げた。
「神楽耶様……」
思わずその名を呼べば、顔を上げた彼女はにっこりと笑う。
その笑顔に、なんだかくすぐったいような思いを感じながら、ルルーシュは薄く、困ったような笑みを浮かべる。
「私などで、よろしければ」
「あら。わたくしはあなたでないと駄目だと言ったつもりですが?」
「ありがとうございます」
笑顔のままはっきりとそう言った神楽耶に向かい、ルルーシュは礼を取る。
日本式ではないけれど、けれど誠意の籠もったそれに、神楽耶が満足そうに笑ったのが見えた。
「それに」
胸の前で音を立てて手を合わせた彼女の言葉に、ルルーシュは顔を上げる。
視線が合った瞬間、彼女はうっとりとした表情を浮かべた。
「お顔を拝見して私、ますますルルーシュ様のことを気に入ってしまいました」
「え?」
「ぜひとも、我が夫になっていただきたいですわ!」
「んな……っ!!」
「ええっ!?」
神楽耶の爆弾発言に、友人たちや騎士団の面々が驚きの声を上げる。
一際大きなそれに、その場にいる全員の視線が集まった。
発生源はカレンと、そして。
「あ……。えっと……。ごめんなさい」
一気に部屋中の視線を集めてしまったシャーリーは、顔を真っ赤にしてミレイの後ろへと隠れた。
ぽかんとそちらを見つめていると、隣で大きなため息が聞こえた。
視線を向ければ、呆れたと言わんばかりの表情を浮かべたライが、神楽耶を明らかに睨みつけていた。
「神楽耶様。その話はひとまず置いておいてください」
「何を仰ってますの!とても大切な話なんですのよ!」
「それよりももっと大切な話がありますので」
力一杯主張する神楽耶を、ライはばっさりと切り捨てる。
そのまま彼女から視線を外すと、彼は反対側へと目を向けた。
そこにいるのはもちろん、コーネリアを始めとするブリタニア政府関係者だ。
「日本側の総意は以上です」
おそらくは真っ直ぐにコーネリアを見て、ライが口を開く。
「あなたは、まだルルーシュとナナリーをブリタニアへ連れ戻すおつもりですか?コーネリア総督」
少し責めるような、その声。
「お姉様」
ライのそれを聞いたユーフェミアも、コーネリアを強い視線で見つめる。
一瞬妹へ視線を向けると、コーネリアは目を伏せた。
小さくため息を吐き出すと、顔を上げてこちらを見る。
「ルルーシュ」
その紫の瞳が、こちらへと向けられた。
名を呼ばれたルルーシュも、その瞳を真っ直ぐに見返す。
「もう一度聞く。戻る気はないのだな」
「はい」
その問いに、はっきりと頷く。
「俺もナナリーも、二度と皇族に復帰するつもりはありません」
視界の隅で、ナナリーが頷いたのが目に入った。
これは自分たち兄妹の意志だ。
ナナリーもそう望んでいる以上、譲るつもりはなかった。
その意志を乗せて、真っ直ぐにコーネリアを見つめる。
暫くじっとこちらを見つめていたコーネリアは、不意に視線を伏せると、深いため息を吐き出した。
「……わかった」
その言葉に、ルルーシュは僅かに目を瞠る。
その反応に気づかなかったのか、コーネリアは何も言わずに後ろに控える騎士たちを振り返った。
「ギルフォード、ダールトン」
「はっ」
「この件、他言無用とする」
「お姉様……!」
はっきりとそうコーネリアが宣言する。
その言葉に、ユーフェミアが嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「よろしいのですか?」
「ああ」
「イエス、ユアハイネス」
「総督がそう仰るのでしたら」
ギルフォードとダールトンが立ち上がり、コーネリアに向かって礼を取る。
コーネリアは再びため息を吐き出すと、もうもう一度ルルーシュを振り返った。
「その代わり、見せてもらうぞルルーシュ。ユフィとの勝負の結果とやらをな」
「姉上……」
漸く、薄い笑みを浮かべたコーネリアを、ルルーシュは思わず呆然と見つめた。
けれど、それは一瞬。
言われた言葉の意味を理解すると、一度目を閉じて思考を切り替える。
「ええ、必ずお見せいたします」
再びコーネリアに目を向け、得意そうに笑ってみせる。
その途端、コーネリアの顔にも楽しそうな笑みが浮かんだ。