Encounter of Truth
17
ルルーシュたちが出て行って、どれくらい経ったのだろうか。
宴会場に残された面々は、カレンがつけたままにしていった、外の様子を教えてくれるテレビを見ているしかなかった。
知り合い同士で固まって、ただ不安を抱えたまま、その情報を聞いている。
その中で、ナナリーとユーフェミアだけが、しっかりと胸を張って座っていた。
「ユフィ姉様」
声を頼りに近づいたナナリーが、ユーフェミアに声をかけた。
「ナナリー」
ユーフェミアも異母妹の姿に気づく。
「ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって」
「いえ、それはいいんです」
申し訳なさそうに謝るユーフェミアに対して、ナナリーは首を横に振る。
「それよりも、お兄様が心配です」
「ルルーシュ?」
「はい」
ユフィが首を傾げて尋ねれば、ナナリーは見えない目を廊下へ続く襖の方へ向ける。
おそらく、音でそちらの方向にそれがあるのだと気づいたのだろう。
「カレンさんが一緒に行かれた以上、万が一にも命の心配はしていませんけど、お兄様はおっちょこちょいなところがありますから」
怪我でもしないだろうかと心配していると告げると、ユーフェミアはくすりと笑った。
「そうね。心配よね。なんたってルルーシュだもの」
あっさりとそんなことを行ったユーフェミアの言葉に、周囲にいる者たちはぎょっとする。
そんな驚きなど知らないと言わんばかりに、彼女は笑顔のまま言った。
「でも、ライが一緒だから大丈夫よ」
その言葉に、ナナリーはきょとんとした顔を向け、首を傾げた。
「ライですか?カレンさんじゃなくって?」
「カレンさんよりライなのよ」
はっきりとそう言うユフィの言葉を聞いていると、何だかカレンが可哀想になってくる。
仮面をはずしたルルーシュに対するカレンの言動は、どう見ても恋する乙女だったと言ったのは井上だっただろうか。
「ライってば凄いのよ。どこにいようと何しようと、ルルーシュのピンチには必ず駆けつけるんだから」
そんな周囲の心情など知らないユーフェミアは、くすくすと笑いながら、そう昔でもない事件について語り出す。
「前にヒロシマゲットーで特区の関係の暴動が起こったときもね、ライってばトウホク地方に出張中だったはずなのに、ものすごい勢いで戻ってきて、ナイトメアで飛び出して行ったのよ」
彼女の話を聞いた黒の騎士団の面々は思い出す。
そういえば、そんなことがあった気がする。
「それでルルーシュが怪我でもしていようものなら、人が変わってようになって、相手を理論だったり実力だったりでぼこぼこにしちゃうの」
「まあ」
にこにこと笑いながら話すユーフェミアの言葉に、ナナリーが驚く。
それはそうだろうと、誰もが彼女に同情しようかと思ったそのとき、ナナリーは胸の前で手を叩いた。
「さすがライさんです!」
「でしょう?」
きっと彼女の目が開いていたなら、それはとてもきらきらと輝いていたに違いない。
そう確信を持てるやり取りに、誰も言葉を挟むことなどできなかった。
黒の騎士団の面々だけは知っている。
ライがトウホク地方からヒロシマまで飛んできたのも、理論固めでテロリストたちを攻め落としたのも、真実だと。
「そのライが一緒に動いてるんですもの。大丈夫なのよ」
そう言ったユーフェミアが、にっこりと笑う。
ナナリーの目の高さに視線を合わせると、膝の上に載せられたその手にそっと自身の手を乗せた。
「だから信じましょうナナリー。私たちの大切なお兄様を」
「はい、ユフィ姉様」
ユーフェミアがにこりと微笑めば、ナナリーも笑顔を浮かべる。
そのやり取りに、ほんの少しの引っかかりを持ちながらも、その場にいるほとんどの者がほんの少しだけ緊張を解いて息を吐き出した。
『ゼロです!ゼロが現れました!!』
ちょうどその瞬間、テレビから聞こえてきた声に、全員の視線が2人からそちらに移動する。
そこに映された、先ほど真日本解放軍と名乗っていたテロリストたちがいたテラスに、ゼロはいた。
「ゼロ……!」」
カレンを伴っていない、たった1人でその場に写るその姿に、思わず彼の名を呼んだのは誰だっただろうか。
それを確かめようとする前に、テレビから聞こえた声に、意識はそちらへ持って行かれた。
『ゼロ……っ!?』
窓からテロリストたちが数人飛び出してくる。
その彼らに向かい、ゼロは臆することもなく声を発する。
『ご招待に預かり光栄だ。新日本解放軍とやら』
笑みさえ含んだその声に、テロリストたちがたじろいだように見えた。
その後ろから、1人の男が現れる。
先ほどブリタニア側に要求を告げた、おそらくはリーダーであろうその男は、ゼロを見て不敵な笑みを浮かべたように見えた。
『ゼロ。まさか本当に来るとは思っていなかったぞ』
『ほう?来ると思っていなかった人間を呼んだのか、君たちは』
ゼロの声のトーンが、ほんの少しだけ変わってような気がした。
『それはつまり、人質を帰すつもりはなかったということか?』
はっきりと告げられたその言葉に、ニュースを伝えているアナウンサーの驚く声が聞こえる。
思わず声を出して、それをカメラが拾ってしまったのだろう。
『貴様……!』
ゼロの言葉が図星だと言わんばかりに、テロリストたちは一斉に彼に銃を向ける。
その光景を見た瞬間、学生たちが悲鳴のような声を上げた。
ミレイと呼ばれた少女が、眼鏡をかけたおさげの少女を抱き締める。
他の2人は震えながらテレビを見つめていた。
その傍で、スザクがその拳を白くなるほどの強い力で握り締めている。
『貴様の命、ここで貰い受ける』
部下たちの行動を制したテロリストの首領が、ゼロに向かって告げる。
その手にも銃が握られ、それは真っ直ぐにゼロへと向けられていた。
その姿を見てゼロが笑った、ような気がした。
『よかろう。私の命が欲しければくれてやる』
はっきりとそう言ったゼロの言葉に、その場にいる誰もが息を呑んだ。
「ルルーシュ……っ!?」
「ルルっ!!」
叫んだのは誰だっただろう。
おそらくは、ゼロやカレンたちの友人だという学生だ。
『だがその前に、ここにはユーフェミア総代表や我が部下がいると聞いている。彼らを先に解放してもらおう』
こちらの様子など知るはずもないゼロがそう告げる。
その言葉に、首領はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
『断る、と言ったら?』
『私が来たなら、人質を解放するのではなかったのか?』
『違うな。貴様の命と、特区の解体が条件だ。貴様の命だけでは、人質は解放できん』
首領が手を挙げる。
それが合図だったのだろう、先ほどゼロに銃を向けたテロリストたちが、その銃口を再び彼へと向けた。
それなりの広さがあるらしいバルコニーの手摺りに、ゼロを追い込むように取り囲む。
「ゼロ……っ!?」
井上が悲鳴のような声で彼の名を叫ぶ。
その声が画面の向こうのテロリストに聞こえるはずもない。
『だが、せっかくご足労いただいたんだ。ゼロ。売国奴である貴様の命、ここで貰い受ける』
そう言った首領が、一歩ゼロに近づくのが見えた。
そう思った瞬間、画面の向こうから銃声が聞こえた。
「ゼロっ!!」
「ルルーシュっ!!」
室内に誰かが彼を呼ぶ声と、誰かの悲鳴が木霊した。
「な……?」
新日本解放軍の首領が、信じられないとばかりに目を見開く。
確かに銃は撃った。
その銃口から、弾は普段通りに飛び出したはずだった。
けれど、目の前の仮面の男は倒れなかった。
代わりに、いつのまにかマントの下から飛び出した手に、銀色のナイフを握っていた。
その刀身に傷が走っていることに気づき、首領は息を呑む。
「まさか、銃弾を……っ!?」
全てを言うより先に、ゼロが動いた。
手にしていたナイフが彼の手から放れたと思った瞬間、腕に衝撃が走る。
思わず引き金を引いてしまい、ナイフが銃口に刺さったままのそれが爆発する。
「ぎゃあああっ!?」
「ボスっ!?」
何が起こったかわからず、呆然とゼロを見つめていたテロリストたちが、首領のその声に驚き、そちらへと視線を向ける。
「人の心配をしている余裕があるのかな?」
その瞬間、ゼロはマントの下から数本のナイフを取り出したかと思うと、次々とダーツのように投げた。
それは正確に、まるでそこに吸い込まれるように、テロリストたちの銃を持った手に突き刺さる。
突然襲う痛みに、テロリストたちは悲鳴を上げ、銃を落とし、ある者はその場に膝を突いて蹲り、ある者は恐怖に駆られて逃げ出した。
その様子に、ゼロが満足そうに目を細めた、そのときだった。
「う、動くなっ!!」
首領が叫ぶ声がして、ゼロはそちらを見る。
いつの間にか窓の中に逃げ込んだ彼は、部屋の中にいた一般客らしい少女を腕の中で拘束し、彼女の首に先ほどゼロが投げたナイフを突きつけていた。
「動くと人質が……」
そう叫ぼうとした瞬間、ゼロの姿が消えた。
一瞬の出来事に驚き、思考が止まる。
「遅い」
次の瞬間、目の前に現れたゼロを見て、首領は悲鳴を上げた。
少女を拘束する腕から力が抜ける。
その隙を見て、ゼロは首領の腹に一発蹴りを入れ、見事に少女を助け出した。
「くそ!おい、お前たち……っ!!」
蹴り飛ばされた首領は、このままでは勝てないと判断したのか、通信機らしきものに飛びついて何か叫んでいる。
その瞬間、外で機械が壊れる音を聞いた。
外にいたナイトメアが、その駆体をぐらりと傾けて倒れる。
爆発こそしなかったものの、その倒れたときに発生した砂煙が、勢いよく室内に入り込んできた。
「な……?」
その音に、衝撃に、首領は信じられないものを見たかのように目を見開き、金魚のように口をぱくぱくとさせる。
『動くなっ!』
室内に影が被さる。
同時に響いた声に、首領ははっと窓を見る。
いつの間にか、窓からナイトメアが除いていた。
その腕に取り付けられた銃口らしき穴が、こちらに向けられている。
その事実を認識した瞬間、首領は恐怖で体を震わせた。
『このホテルは我々黒の騎士団が包囲した!無駄な抵抗はやめて投降しろ!!』
スピーカーから響く女の声に、首領は我に返ったように目を見開くと、ごくりと息を呑んだ。
「紅い、ナイトメアだと……!?」
黒の騎士団の紅いナイトメア紅蓮弐式と青いナイトメア月下先行試作機は、今や軍やテロ行為に関わる者なら知らない者はいないと言われるほど名が知られていた。
『繰り返す……』
スピーカーを通した声が変わる。
女のものから男のそれに変わったそれに驚く間もなく、紅蓮弐式の方から誰かが降りてきた。
『このホテルは我々黒の騎士団が包囲した。無駄な抵抗はやめ、投降せよ』
それは、もう1人の仮面の男。
その姿に、首領はその目を大きく見開いた。
『ゼ、ゼロがもう1人現れました……!』
紅蓮弐式の方にいる間に目撃したのだろう。
部屋の中にあるつけっぱなしにされたテレビから、アナウンサーの驚く声が聞こえる。
「ゼロが2人……?」
呟いたのはテロリストの一味だったのか、それともこの部屋の中にいる人質の誰かだったのか。
2人いるゼロは、そんなことは少しもにしていないようだった。
「馬鹿な……。何故……」
「あなた方は確かにゼロの引渡しを要求した」
ナイフを持っている方のゼロが、声を発する。
その手が、被ったままだった仮面に触れた。
小さな音がして、ナイフを持っている方のゼロが仮面をはずす。
「けれど、ゼロの『中身』が本人でなければならないという指定は、ありませんでしたね?」
仮面の下から現れたのは、光を弾くシルバーグレイ。
にやりと微笑んだ瞳は、深い色を持つ紫紺。
「な、なななな……」
「ライ」
首領が声を発するより先に、紅蓮弐式から降りてきたゼロが彼を呼ぶ。
その声に、ライと呼ばれた銀髪のゼロが、視線だけで彼を見た。
「影武者ご苦労だった。だが、少々やりすぎだな」
「加減したら人質に被害が出そうだったんで」
くすくすと笑って銀色のナイフを見せる彼に、ゼロがため息をついたような気配がする。
それにますます楽しそうな笑みを浮かべた銀髪の少年が、すっとこちらを見た。
「でも、これで」
銀髪の少年が懐から銃を取り出す。
それを待っていたかのように、仮面を付けたままのゼロも銃を取り出した。
「チェックメイトだ」
唖然とする首領に銃口を突きつけて、そう宣言したのはほぼ同時。
向けられたそれを、首領は暫くの間呆然と見つめていた。