月光の希望-Lunalight Hope-

Encounter of Truth

16

「ぜ、ろ……?」
誰かがその名をぽつりと呟く。
「ゼロ……だと……」
その声に、呆然とルルーシュを見つめていたコーネリアが漸く声を発した。
その前にいるのは、何度も敵として、そして特区が設立されてからは目の敵としてきた男と同じ服を身につけた異母弟。
その姿に違和感など、まるでない。
まるでそれを着ているのが当然だという態度に、コーネリアは信じられないと言わんばかりの目を向ける。
「まさか、お前がゼロだと言うのか……。ルルーシュ……」
「ええ」
コーネリアの問いに、ルルーシュは答える。

「私がゼロです、姉上」

表情を変えることなく淡々と、ただ事実だけを告げる。
はっきりと告げられたそれに驚いたのは、彼女だけではない。
「ゼロが……ブリタニアの皇子、だって……」
黒の騎士団の面々が、愕然とした表情でルルーシュを見つめる。
彼らもゼロの正体はこれまで知らなかったのだ。
この反応は当然だった。
「てめぇ……。今まで俺たちを騙して……」
「玉城っ!!」
ルルーシュを睨みつけ、そのまま詰め寄ろうとした玉城を、カレンが一喝する。
まさかそこでカレンに怒鳴られるとは思っていなかったのか、玉城は驚いて足を止め、愕然とした目で彼女を見た。

「それ以上言うと蹴り飛ばすわよ」

普段は見ることのない鋭い目で睨みつけられ、玉城は思わず身震いする。
「カ、カレン……」
声まで震えている玉城を見て、ため息をついたのはライだった。
「カレン。落ち着いて」
「でも……っ」
「そっちの話は後だ」
「……わかったわ」
自分を止めるライに、カレンは渋々玉城から視線を外す。
ゼロに対しての暴言は許せない。
彼の想いを何も知らずに暴言を吐くような奴は、たとえ古くからの仲間であっても許したくない。
けれど、それよりも今は、この騒ぎを何とかしなければならない。
これを解決しなければ、腰を据えて話をするなんてことはできないのだから。
ライにそれを諭され、カレンはルルーシュへ視線を戻す。
それを待ってから、ライはルルーシュに声をかけた。
「ゼロ」
「ああ。カレン、作戦は聞いたな」
「はい、ゼロ」
ルルーシュの問いに、カレンは頷く。
ゼロの紹介を知ってからも、カレンは人前ではゼロに対する態度を変えてはいなかった。
だから今もいつもどおりの態度で答える。
ルルーシュも特に何も言うことなく頷き返すと、2人から視線を外した。
ふと、彼の表情が、切なげに歪む。

「ナナリー」
「はい、お兄様」

彼の視線の先には、畳の上に座ったままの妹がいた。
呼ばれた声に、ナナリーは顔を上げる。
その顔に不安の表情など何もなかった。
兄がいる方を向くと、にこりいつものような笑顔を見せる。
その妹と、見えないとわかっているけれど目線を合わせようと、ルルーシュは彼女の前に膝をつき、その手を取った。
気配でわかるのか、彼女も兄の顔がある場所に向け、顔を動かす。
「すまない。こんなことになってしまって」
「謝らないでください。私は大丈夫ですから」
ナナリーは兄の手を握り返して微笑む。
今、兄がどんな気持ちでいるのか、よく知っていた。
だから、安心してもらえるように柔らかく笑ってみせる。

「お兄様、どうかお気をつけて。ナナリーは、お兄様のご無事を祈っています」
「ありがとう」

妹の真っ直ぐなその言葉に、ルルーシュは薄く微笑んで、彼女の手をぎゅっと握る。
それを名残惜しげにゆっくりと放すと、ルルーシュは立ち上がり、今度はユーフェミアへと顔を向ける。

「ユフィ」
「私は、先ほど全てお願いしたわよ?」
「ああ、そうだな」

にこりと微笑むユーフェミアの言葉に、ルルーシュは静かに目を閉じる。
ほんの少しの間そうしてから、もう一度目を開けた。

「みんなを頼む」
「ええ。わかったわ」

ユーフェミアがしっかりと頷く。
それを確認して頷き返すと、ルルーシュは再びライとカレンに視線を戻した。
その途端ルルーシュの表情が変わる。
それまでの穏やかな表情を消して、普段ゼロとして振る舞うときに仮面の下に浮かべている表情が浮かぶ。

「カレン、君にはライと組んでもらう。C.C.は私と第一宴会場へ……」
「却下」

途端に予想外の言葉が耳に届いて、ルルーシュは思わず言葉を止めた。
思わずきょとんとした表情を浮かべてしまい、そのまま声の主を見る。

「ライ?」
「僕はC.C.と行く。カレンはゼロを頼む」
「お前な……。脱出する方が危険性は高いんだぞ」
「君の案じゃ戦力に差がありすぎて逆に不安だ」

呆れてそう言ったルルーシュに、ライははっきりとそう返す。

「本当は僕が君と一緒に行きたいところだけど、僕らは別々になった方が都合がいいのはわかってるからな。だからゼロはカレンに任せる」
「何それ。自分が駄目だから仕方なくって言ってるようなもんじゃない!」
「そのとおりだけど?」
「……あんたそういうところはムカつくわ」

あっさりとそんなことを言ったライに周囲は驚く。
周りの人間が知るライは、他人を尊重する、いわゆる『優等生』だ。
けれど、記憶を取り戻した彼の本性を知っているカレンは、そんな彼の態度にもため息をつくだけだった。

本当に、ライってば、ルルーシュに関わることになると極端に心が狭くなるんだから。

そんなことを考えていると、今度はルルーシュがため息をついた。
「別に、それならお前とカレンで構わないだろう」
「言ったはずだ、戦力に差がありすぎて不安だ。C.C.とカレンじゃ、カレンの方が頼りになるだろう」
「ほう。私は頼りにならないと?」
「カレンと本気で殴り合いの喧嘩をして、君が勝てるか?」
ライの問いに、C.C.は一瞬動きを止め、カレンへと視線を向ける。
その全身を目の回すように見つめると、唐突にふうっとため息をついた。
「それもそうだな」
「ちょっと。あんたも地味にムカつくわね」
この魔女にだけは言われたくないとカレンは思う。
けれど、そんな睨みもC.C.には効かず、涼しい顔で避けられてしまう。
そんな2人に内心呆れながら、ライはもう一度ルルーシュを見た。

「というわけで、年長チームと年下チームで分かれる。いいな?ゼロ」
「……だから俺は」
「いいな?」

紫紺の瞳が、ぎろりとルルーシュを睨みつける。
その光景に、ルルーシュがたじろぐ。
ああ、この光景を知っている、と黒の騎士団の面々は思った。
それはゼロが進んで危険な場所へ行こうとするときの、いつものライの態度だった。

「……拒否を認めるつもりはないだろう?お前」
「何か言ったかい?ルルーシュ」
「いや、気のせいだ。わかった」

にこりと微笑んだライに、危険を感じたルルーシュはあっさりと折れる。
本気になったライを説得するなんて、ルルーシュでも不可能だ。
それだけならいいけれど、一度全力でした拒否がとんでもない形で返ってきたことがあったから、こんな態度を取るライにはなるべく反論しないようにしていた。
ライが、本気で自分を心配してくれてその発言をしているのだと知っているから、素直に受け入れることができるのだが。

「ライって、その……」
「ライさんはいつもああですよ」
見たことのないライの態度に呆然と呟いたリヴァルの傍で、ナナリーがにこにこと笑う。
「……いつもなのか……?」
そう尋ねれば、彼女は可愛らしい声で「はい」と頷いた。

「では、ユーフェミア総代表」
「はい」
「行って参ります」
「はい。どうか無事で、ゼロ」

ユーフェミアの言葉に頷いて、ルルーシュは仮面を被る。
かしゅっと音を立てて装着されたそれを身につければ、そこにいたのはもう誰もが知る仮面の男だった。

「スザク」

その仮面を付けたままルルーシュがスザクを呼ぶ。
その声に、スザクははっと顔を上げた。

「……ナナリーとユフィを、みんなを頼む」

その言葉に、スザクは僅かに翡翠の瞳を見開く。
何か言おうとするけれど、何も言葉にならない。
ルルーシュは暫く答えを待っていたけれど、何も返ってこないと判断すると、スザクから視線を外して背を向けた。

「行くぞ」
「「了解」」

ルルーシュの言葉に、ライとカレンが同時に頷く。
2人はそれぞれ銃を手に取ると、見張りがいる扉へ手をかけた。






見張りの制圧は簡単だった。
見張りは2人しかしなかった。
襖をほんの少しだけ開けてライがそれを確認すると、カレンと共にそれぞれ男の立っているすぐ後ろに移動する。
そのまま勢いよくそれを開け放ち、見張りが振り返る前に気絶させた。
昏倒した見張りは、先ほどまで自分たちの腕を拘束していたロープを使って動きを封じ、傍のトイレに放り込んでおいた。

「ライ」

全ての作業を終わらせ、一息ついたライをルルーシュが呼ぶ。
振り返った彼に、ルルーシュは何も言わずに手に持っていたボストンバックを押しつけた。
それに目を落としたライはにやりと微笑む。
「わかった。ルルーシュも気をつけて」
「ああ」
「カレン」
「わかってるわ」
ため息混じりに答えれば、ライはにこりと笑う。
ライが、ルルーシュを頼むと言おうとしたことを、カレンは言われずとも知っていた。
そして、それを拒否するつもりなんてカレン自身にも全くなかった。

「ルルーシュ」

C.C.と共に行こうとしたライが、不意に振り返る。
その声に、カレンに声をかけようとしていたルルーシュも不思議そうに彼を見た。

「使うなよ?」

ライの左の人差し指が、彼自身の目のすぐ下をとんとんと叩いた。
その意図を悟って、ルルーシュは仮面の中で苦笑を浮かべる。

「気をつけるさ」

そう答えれば、ライは不満そうに眉を寄せる。
しかし、答えが返ってきただけでもいいと判断したのか、軽くため息をつくと荷物を抱え直した。

「じゃあ、また後で」

そう告げると、C.C.を伴って廊下を駆けだしていく。
その後ろ姿にカレンは違和感を覚えた。
何かおかしい。違う気がする。
その何かに気づいたのは、ライとC.C.が廊下に続く扉のひとつに消え、扉が閉まる音がしたその瞬間だった。
「あれ?そっちって」
「俺たちはこっちだ」
「え?でも」
ルルーシュに肩を叩かれ、カレンは困惑して彼を見る。
だって、ライとC.C.が入っていった部屋は、あの見取り図が間違っていないのならば、確か……。
「……ああ、そうだったな」
そこまで考えたとき、漸くルルーシュはカレンが何に戸惑っているかに気づいたらしい。
周囲を見回すと、彼はそっとカレンに仮面を被ったままの顔を近づけた。

「反転作戦で行くぞ」

その言葉を言われた瞬間、カレンは驚いて息を呑んだ。




2010.06.16