Encounter of Truth
15
突然ステージの上に現れた少女の姿に、生徒会の面々は思わず後ろに下がる。
「だ、誰?」
「あれは……」
ただ1人、黒の騎士団に所属するカレンとライ以外では唯一その少女を知っていたスザクが目を見開き、思わず何かを言葉を口にしようとした。
けれど、それは彼女の出現に驚いた人物によって遮られた。
「C.C.っ!?君はいつからそこに……!?」
「さあ。いつ着いたんだったか。随分長くここで待っていたから忘れたな」
驚きに叫んだ扇に、C.C.と呼ばれた少女はあっさりとそう返す。
そのままステージの上から降りると、迷うことなくルルーシュに向かって足を進める。
それに気づいたスザクが動くよりも早くルルーシュの前に立った彼女は、その手に持っていたボストンバックを彼に向かって突き出した。
「ほら。ご所望のものだ」
突き出されたそれを、ルルーシュは戸惑うことなく受け取る。
少しだけファスナーを開けて中を確認すると、その口元に笑みを浮かべた。
「すまないな。お前もたまには役に立つ」
「たまには、は余計だ」
失礼ではないかと思うようなルルーシュの言葉に、C.C.は怒るどころか呆れたと言わんばかりの口調で言葉を返した。
そのまま興味を失ったかのように彼から視線を外すと、今度はカレンとライに向け、ルルーシュに渡した物よりは二回りほど小さいボストンバックを押しつけるように差し出した。
「こっちはお前たちのだ」
「え?」
驚くカレンとは逆に冷静なライが、C.C.からバックを受け取る。
それを見て慌ててバックを受け取ったカレンは、中を見て目を見張った。
「私の制服……っ!?」
「あった方が心強いだろう?ライ。お前の方には、お前がラクシャータに依頼していた物も入っている」
C.C.の言葉に、ライはバックを床に起き、開いて中を見る。
その中に皮のベルトのような物を見つけると、それを引っ張りだした。
それは確かにベルトだった。
普通の物と違うのは、ナイフの収まった鞘がいくつか括りつけられている部分だ。
「ああ、これ出来たのか」
それが何なのか気づいたライは、落ちないように丁寧に止めてあった鞘のひとつからナイフを取り出す。
隣でそれを見たカレンは、不思議そうに首を傾げた。
「何それ?ナイフ?」
「銃よりこういうものの方が使いやすいからね」
ライの過去を聞いているカレンは、その言葉だけで彼がどういう意図でそれを発注したのかを知る。
真っ直ぐに伸び、先端ほど鋭くなる刃を持つそれを、ライは丁寧に鞘へと戻した。
2人の様子をじっと見ていたルルーシュは、ライが鞘をバックに戻したのを確認すると口を開いた。
「カレンはC.C.の出てきた場所を使え。ライ」
「はいはい」
呼ばれたライが苦笑しながら立ち上がる。
それ以上何も言わないルルーシュについて二間分奥へ移動すると、部屋を分けるために設置された襖を閉めた。
2人の姿が襖の向こうに消えると、カレンも立ち上がってステージに上がる。
「玉城!覗くんじゃないわよ!」
「誰がガキの着替えなんか覗くかよっ!!」
思い切り怒鳴り返す玉城に向かって「どうだか」と呟くと、カレンはそのままC.C.の出てきた舞台袖へと消えた。
C.C.に聞いたところ、そこにちょっとした控えの間のような小部屋があるらしい。
その部屋へ続く扉が閉まる音が聞こえて、カレンが中に入ったことを知る。
「ね、ねえ、スザク君。一体何がどうなってるの?」
「えっと……、その……」
3人が着替え始めるのを待っていたかのようにシャーリーがスザクに尋ねた。
おそらく、スザクは幼い頃のルルーシュを知っているから、彼に聞けば何かわかると思ったのだろう。
けれどスザクは、先ほどのルルーシュの態度も彼とC.C.の関係も、何も知らない。
だからシャーリーの問いに答えることができずに途方に暮れる。
「私とお兄様が、皇族だというのは真実です」
助けを求めるように視線を彷徨わせたそのとき、妙にその場に響いたような気がするその声にはっとそちらへ顔を向けた。
そこには、畳に座ったままルルーシュの消えた襖の方へと顔を向けるナナリーがいた。
「その真実以外のことは、スザクさんは知りません。お兄様以外には、ユフィ姉様とライさん、カレンさん、C.C.さんしか知らないことです」
ナナリーは顔をこちらに向けることなく続ける。
その言葉に、スザクはぎゅっと拳を握りしめた。
「ナナリー……」
「ナナリーは、知ってのね?」
「はい」
ミレイの問いに、ナナリーははっきりと答える。
「全て、聞きました。お兄様たちから」
『お兄様たち』ということは、そのときにはもうライとカレン――もしかすると、C.C.も一緒だったということか。
一体、彼らから何を聞いたというのか。
「聞いたって、何をだい……?」
「スザク……?」
嫌な予感ばかり募ってしまって、スザクは先を急かすように尋ねる。
その様子を不思議に思ったのか、リヴァルが声をかけたけれど、それには気づいていないようだった。
ただ真っ直ぐにナナリーを見て、尋ねる。
「ナナリー。君は……、君とユフィは、何を知ってるんだ?」
「……それを聞いてどうなさいますか?スザクさん」
そのナナリーの問いに、スザクは驚く。
問いかけに問いが返ってくるとは思っていなかった。
だから、すぐに答えることができない。
「どうって……」
「私が言わなくても、もうすぐお兄様が答えてくださいます。その前に答えを知って、どうなさいますか?」
「それは……」
それは、わかっていた。
今聞かずとも、少し待てばルルーシュが答えを教えてくれるだろう。
この嫌な予感の正体だって、そのときわかる。
けれど、それはわかっていたけれど。
「ナナリーのと言うとおりだな」
それでも知りたいのだと、そう口にしようとしたその瞬間、別の場所から声が聞こえた。
その声に、スザクははっと振り返る。
「もうすぐ全てが明かされる。それまで待て」
そこにいたのは、ルルーシュに魔女と呼ばれた碧の髪の少女。
その少女は、冷たい光を浮かべた金の瞳で真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「枢木スザク」
その口が、再び開かれる。
ほんの少しだけ弧を描いた形のままで。
「真実というものは、虚実よりも残酷なものだぞ?」
くすりと零された笑みに、酷い不快感を覚える。
まるで自分は全てを知っていて、何も知らない人間を哀れんでいるかのようなその笑み。
それに思わず言葉を返そうとした、そのときだった。
「まあ、それは否定しないけどね」
部屋の奥から、その声が聞こえた。
はっと顔を上げ、そちらを見る。
続き間の向こう、一番奥の襖が、いつの間にか少しだけ開いていた。
その前に黒の騎士団の制服に着替えたライが立っている。
その腰には、先ほどのベルトが巻かれていた。
「余計なことを言って煽るのはやめてくれないか?2人とも」
襖を閉めたライは、呆れたような表情でそう言いながらこちらに戻ってくる。
その姿を見たC.C.は不思議そうに目を丸くした。
「何だ、早いな。てっきりあいつと一緒に出てくるかと思ったが」
「警戒をしていた方が良さそうだったからな」
「そうね。誰かさんが何をするかわからないものね」
逆方向から聞こえてきたその声に、その場にいる全員がステージを振り返った。
見れば、そこにいつの間に出てきたのか、ライと同じく制服に着替えたカレンが立っていた。
少し怒ったような表情を浮かべた彼女は、ステージの下に乱暴に荷物を置いた。
それを見ていたミレイは、ふと、思い出したようにライを振り返る。
「ライ。ルルーシュは……」
「すみません、ミレイさん。僕からは何も」
「……そう。わかったわ」
「会長……」
静かに首を振るライに、ミレイはそれ以上何も聞かない。
代わりににっこりと笑顔を浮かべた。
「ルルちゃんを待ちましょう。ね?スザク君もいいわね?」
「……はい」
ミレイのその笑顔に、普段だったらスザクも釣られて笑顔を浮かべただろう。
けれど、今回はどうしてもそんな気分になれず、俯く。
そんなスザクをじっと見ていたライは、ため息をつくと先ほどのミニパソコンを開いた。
「カレン、今のうちに作戦を説明するよ」
「ええ、お願い」
ステージの上のカレンを呼ぶと、彼女は快く頷いてライの傍に移動し、彼が呼び出していた見取り図を覗き込んだ。
「僕らは二手に分かれる。ひと組は外を目指して藤堂さんたちに中の様子を伝える役割。もうひと組はさっきの隠し通路を通って相手の懐に飛び込む役だ」
「ふーん。結構積極的ね。それで、参加するのは?」
「僕たちとルルーシュ、C.C.の4人だ」
あっさりと、至極当たり前のようにライが告げる。
その言葉に驚いたのは黒の騎士団の面々だった。
「お、おいおい!俺たちは抜きで、さっきの変な奴を連れていくのか!?」
真っ先に声を上げたのは玉城だった。
他の面々も納得がいかないとばかりにライを見る。
「総合的に判断して、今回はその方がいいんだ」
そんな彼らに視線だけを向けて、ライははっきりと断言する。
「たぶん、あなたたちも動揺して、作戦に隙が出る。このメンバーでは、それはありえない」
「でも、大丈夫なの?あの子、聞いた感じじゃ今まで隠れて暮らしてたみたいなのに」
「大丈夫なんですよ、井上さん」
井上の、純粋にルルーシュを心配してくれているのだろうその言葉に、ライはほんの少しだけ笑みを浮かべる。
「それで?」
彼がそれ以上は説明する気がないのだと悟ったカレンは、そのまま先を促した。
「ああ。ルルーシュは懐に飛び込む役を引き受けるはずだ。相手としてもそれを望むはずだし。あとは……」
「ちょっと待ってっ!!」
ライの、カレンにだけしているはずのその説明に、今度はスザクが声を上げた。
それにライは僅かに顔を歪めると、ため息を吐き出しながら振り返った。
「……何だい?スザク」
「ルルーシュを敵地に行かせるなんて、危険すぎる!!それは賛成できない」
スザクがこちらを睨みつけながら、少し怒ったような声で答える。
それを聞いた途端、ライは先ほどよりもずっと大きなため息をついた。
「だから、言っただろう。相手は……」
もう一度、先ほど自分が言った言葉を口にしようとした、そのとき。
「相手は『私』が出向くことを望んでいる。ならば、それを叶えてやろうと、それだけだ」
奥の襖が開く音がして、ルルーシュの声が聞こえた。
その声に、その場にいる誰もがそちらを向いた。
「え……」
その瞬間、スザクは大きく目を見開いた。
彼だけではない。
『真実』を知らなかった誰もが息を呑み、信じられないと言わんばかりの目で彼を見つめていた。
「ちょっと、ルルーシュ……」
「その服……。それにその仮面って……」
ルルーシュが身につけていたのは、ライやカレンが着ている黒の騎士団の制服ではなかった。
それは、テレビのニュースでもよく見る服。
マントに隠れて見えにくかったが、その服を見間違えるはずなどない。
そして、彼が手に持っているのは、今この国で最も有名な男が身につけている仮面。
誰かがその名を口にするより早く、ユーフェミアが一歩前に出る。
そして、ルルーシュに向かい、にこりと微笑んだ。
「お待ちしておりましたわ。行政特区日本副代表、ゼロ」
彼女が口にしたのは、この場の誰もが思い浮かべ、しかし言葉に出すことのできなかった名前。
仮面の反逆者――かつてそう呼ばれた、黒の騎士団の総帥の名前だった。