Encounter of Truth
13
はっきりとルルーシュが本当の名を口にする。
それに最初に声を上げたのは、シャーリーだった。
「ルルが、皇族……っ!?」
「じゃあ、ナナリー、も……?」
「そうです」
リヴァルの問いに、ナナリーは頷く。
「私は、元ブリタニア皇位継承87位、ナナリー・ヴィ・フリタニアです」
誤魔化すことのない、はっきりとした答え。
それに彼らは息を飲む。
「嘘……」
「ほんとう、に……?」
「本当、よ……」
それでもまだ信じられなくて、否定してほしくて、思わず零した言葉に、別の方向から答えが返ってきた。
はっと顔を向ければ、自分たちのよく知る人が、悔しさを隠しもしない表情で俯いていた。
「会長……?」
「ルルーシュとナナリーは、間違いなく、皇子殿下と皇女殿下」
はっきりとその口が紡ぐ。
彼らの中で誰よりも信頼されている少女が、兄妹の言葉を肯定する。
「7年前に亡くなられた、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃の遺児、なの」
後ろ手に縛り上げられたその手がぎゅっと強く握りしめられたことに、気づいた者はいただろうか。
ミレイの、その無念さの溢れる声に、ルルーシュは目を細めて彼女を振り返った。
「すみません、会長。勝手に名乗り出てしまって」
「本当に、いいの?」
「はい」
ミレイが僅かに顔をあげて尋ねれば、ルルーシュははっきりと答える。
その声には迷いなど欠片も見つめられなかった。
それに気づいてしまって、ミレイは思わず目を細める。
「そう……。なら、私は何も言えないわ」
そう答えると、ミレイは静かに目を伏せた。
そんな彼女に向け、ルルーシュは周囲にはわからない程度に頭を下げる。
そして、ゆっくりとコーネリアへと視線を戻した。
「本当に、ルルーシュなのだな?」
「はい、姉上」
「そうか……」
ふと、コーネリアが俯く。
その肩がふるえていることに気づいたユーフェミアは、不思議そうに彼女を覗き込んだ。
「お姉様……?」
「生きていてくれたのだな、2人とも……」
その途端耳に届いたのは震えた姉の声。
そして、ぽたりと畳に何かが落ちた。
「よく、よく生きていてくれた……っ」
コーネリアは、泣いていた。
いつも冷たい表情を浮かべているその顔には涙が流れ、声は必死に震えまいと耐えているようだった。
そんな彼女を見て、玉城と杉山がごくりと息を飲む。
「おいおい……。嘘だろ……?」
「あのコーネリアが、泣いてる……?」
黒の騎士団のメンバーである彼らから見れば、彼女は冷徹な敵将だった。
そんな人間の涙に驚きを隠せない。
「一体何なんだ?あの2人……」
吉田がそんな言葉を口にする。
呟きに近いその言葉は他の誰にも届いていなかったけれど、黒の騎士団に所属する大人たちの心を代弁していた。
「私は……っ」
「その前に姉上、聞かせていただきたいことがあります」
コーネリアの言葉をルルーシュが遮る。
それに、それまで俯いていたコーネリアは顔を上げた。
「ルルーシュ?」
ユーフェミアが不思議そうにルルーシュを呼ぶ。
コーネリアを見るルルーシュの顔は真剣で、少し怒りが混じっているような気がした。
「7年前のあの事件について、あなたは何か知っているのか?」
静かに告げられたその問い。
それに、ユーフェミアが目を瞠り、ミレイとナナリーがはっと顔を上げ、彼へと向ける。
「ルルーシュ……」
「お兄様……」
その声にルルーシュは振り返らない。
ただじっと、目の前のコーネリアを見つめている。
「何故、そんなことを?」
「あなたは先ほど、アッシュフォードが没落したのは、自分の不甲斐なさが原因だと言った」
そうだ。確かに言った。
この騒ぎになる直前、コーネリアは確かにあの廊下でその言葉を口にした。
「それが母が暗殺されたあの事件を指しているなら、何か知っているのではないですか?」
ルルーシュの声がほんの少し低くなる。
怒りの混じったそれに、ユーフェミアは視線を落とした。
事情を知らない他の少年少女たちも気づく。
あのときコーネリアが語った皇妃とその子供たち。
それが、ルルーシュの母と、彼ら兄妹の話なのだと。
「そうか……。そうだな」
コーネリアがふうっと息を吐き出す。
ほんの少し間を置いてから、彼女はゆっくりと顔を上げ、ルルーシュを見た。
「残念ながら、私は何も知らない」
「本当に?」
「ああ」
「なら何故、あんなことを?」
ルルーシュの紫玉の瞳が細められ、コーネリアを睨みつける。
ほんの少し考えるように時間を置くと、コーネリアはゆっくりと口を開いた。
「あの日、私はアリエス宮の警備担当だった」
その言葉に、ルルーシュは後ろ手に縛られたままの拳を握る。
そのことはルルーシュも知っていて、覚えている。
彼が知りたいのはその先のことだった。
「だが、あの日はマリアンヌ様に言われたのだ。警備の人数を減らしてくれと」
「母さんに……っ!?」
「ああ」
「何故っ!!」
それは彼にとって衝撃の事実だった。
あの夜、いつもより警備が薄いとは思っていた。
だが、それは母を暗殺した誰かの策略だと思っていた。
だからこそ知らされた事実に驚き、怒鳴りつける。
けれど、コーネリアはルルーシュの欲しい答えを口にはしなかった。
代わりにその首をゆっくりと横に振る。
「あのとき、マリアンヌ様が何故そんなことを仰ったのかは、私もわからない。だが……っ」
コーネリアの表情が歪む。
後ろに回された拳が、力を込めて握り締められた。
「もしも、その言葉に従わなければ、あるいはマリアンヌ様に気づかれないようにいつものような配置をしていれば、私はあの方を守れたのかもしれない……」
それは後悔の表情。
嘘偽りのないように見えるそれに、ルルーシュは僅かに目を細める。
「すまなかった、ルルーシュ、ナナリー。私は、マリアンヌ様を守れなかった。それどころか、お前たちすら……」
「姉上、もうひとつだけ聞かせてください」
言い訳など聞きたくないと言わんばかりに、ルルーシュはコーネリアの言葉を遮る。
一瞬迷った様子を浮かべたコーネリアは、すぐにその表情を引っ込めた。
「何だ?」
「この件、他に何か知っている人物に、何か心あたりはありますか?」
低い声で、尋ねる。
その声にコーネリアは僅かに目を見開いた。
きっと彼女は、ルルーシュがその人物を疑っていることに気づいたのだろう。
少しの間逡巡するような様子を見せた後、コーネリアは僅かに視線を落とし、口を開いた。
「……何かを知っているとしたら、シュナイゼル兄上だろう」
「シュナイゼル、兄上?」
「ああ」
ルルーシュが僅かに表情を変える。
コーネリアの視線が再び上がり、ルルーシュの目に向けられた。
「あの人が、陛下の命令でマリアンヌ様の遺体を運び出していたからな」
「え……っ!?」
その言葉にルルーシュは驚き、息を飲む。
「遺体を運び出した!?なら、あの棺の中は……!?」
「空、だったのだろう」
その言葉に驚いたのはルルーシュだけではない。
ナナリーもまた驚き、コーネリアがいるだろう方向へ真っ直ぐに顔を向けている。
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて。
「何故だ!?何故あいつらはそんなことをしたっ!!」
ルルーシュのその問いに、コーネリアは答えない。
ただ黙って視線を床に落とすだけだ。
「答えろ!コーネリアっ!!」
それに焦れ、ルルーシュがさらに彼女を怒鳴りつける。
それでも彼女は口を開こうとはしなかった。
「……っ!」
「ルルーシュっ!!」
コーネリアのその態度に、ルルーシュが舌打ちをしたその瞬間、突然別の場所から声が上がった。
その声に、ルルーシュははっとそちらを振り返る。
「ライ……?」
視線を向けた先にいたのは、銀髪の少年。
紫紺の瞳がじっとこちらを見つめていた。
それと目が合うと、ライはゆっくりと首を振った。
「落ち着いて。ここにはみんないるんだ」
その言葉に、ルルーシュは僅かに目を見張った。
そのまま顔を伏せ、ぎゅっと目を閉じる。
「そう、だな。すまない、ありがとう」
少しだけ間を置いて返ってきた言葉に、ライはほんの僅かに表情を緩めた。
ルルーシュが何をしようとしたのか、彼は気づいていた。
今はそれができないということを忘れて、それを使おうとしたことに。
だから全力で止めたのだ。
「すまない……。私は、知らないのだ」
「お姉様……」
その2人のやり取りをどう受け取ったのか、コーネリアは本当に申し訳なさそうな顔で口を開く。
その言葉に、ルルーシュは目を開け、彼女に視線を戻した。
「……本当ですね?姉上」
「ああ」
ルルーシュがもう一度だけ尋ねる。
それに返ってきたのは、言い訳も何もない、短い答え。
少しの間黙ってコーネリアを見つめていたけれど、彼女はそれ以上何も答えようとはしなかった。
「……わかりました。信じましょう」
暫くして、ルルーシュは静かにそう言った。
「お兄様……」
「ルルーシュ……」
その言葉に、ナナリーとユーフェミアがほっと胸を撫で下ろす。
こんな状況で喧嘩でも始まるのではないかと考えていた黒の騎士団の面々も、安堵のため息をついた。
その中で、ほんの2人。
ライとカレンだけは複雑な表情を浮かべていた。
彼らの近くで様子を見守っていたスザクも、ルルーシュが退いたことで警戒していた気持ちを、ほんの少しだけ解く。
この状況で何か起こるとしたら、自分は何が何でも彼を止めなければならない。
そう思っていたから。
「ルル……」
その可能性がなくなった安堵を抱えたまま、彼を労ろうと声をかけようとした、そのときだった。
どおおおんと、再び何処からか爆音が聞こえた。
それと同時に建物ががだがたと音を立てて揺れ、テーブルの上にセットされていたメニューや醤油入れが倒れて床に転がる。
「きゃあああっ!?」
「何だ!?」
少女たちが悲鳴を上げ、大人たちが狼狽える中、揺れが治まるのを待っていたライがいち早く立ち上がった。
彼はそのまま窓の側に寄り、締め切られていたカーテンに噛みつく。
そのまま勢いよくそれを引いて人一人分ほど開け、外を見た。
「ライ?」
「あれは、黒の騎士団か……?」
「えっ!?」
「それから……」
驚く周囲の声には答えず、ライは周囲を見回す。
ふと、ステージの上に割れた花瓶を見つけた。
水と花が飛び散ったそれは、確かステージの上にある台に飾られていたものだった。
手を後ろに拘束されているとは思えないほど軽やかな足取りでステージに上がったライは、服が塗れることも構わずにその場に膝をつく。
暫くその破片を眺めていた彼は、不意にくるりと振り返った。
「カレン、ちょっとごめん」
「え?ラ、ライ?」
カレンが返事をするより早く、ライは器用に破片を口で加えた。
破片の中では一番鋭利なそれを加えたまま、カレンの後ろに回って顔を寄せる。
その意図に気づいたカレンは、腕をなるべく体から離し、ライの方へと伸ばした。
腕にかかる彼の息がくすぐったい。
けれど、動くわけにはいかない。
唇を噛んで暫く待っていると、ぷつっという音が聞こえた。
「このくらいでいいかな。カレン、引き裂けるか?」
「ちょっと、それ女の子に対して失礼じゃないの?」
「ごめん。あとで埋め合わせはする」
悪びれた様子もないライの言葉に、カレンは思い切りため息を吐き出した。
「あんた、記憶喪失の頃の方が可愛かったわ」
「それはどうも」
くすりと笑うライに腹が立つ。
言い返したって彼に口で勝てるはずがないと知っているから、言い返すことはしなかったけれど。
ちょっと力を入れれば、ロープは簡単に切れた。
赤く跡が手首を擦りながら振り返る。
ライはもう花瓶の破片を床に落としていて、カレンは彼のロープを切ろうとそれを拾い上げようとした。
「僕のはまだいいから、テレビをつけてくれないか?」
「え?え、ええ。えっと……」
「どこでもいいから、この辺が映っているところを」
ライ自身からストップがかかり、カレンは戸惑いながらも立ち上がる。
ステージのすぐ傍に設定された、大きなテレビ。
このスイッチを入れると、すぐにスピーカーから音が聞こえてきた。
外の見張りに気づかれないように慌てて音量を絞る。
『……ヤマ近くのこの温泉街には、犯人と思われるテロリストの要求に応じる形で、黒の騎士団が出撃しているようです。尚、犯人たちの声明では、人質の中にはコーネリア総督とユーフェミア行政特区代表を始めとするブリタニア人もいるということで……』
「この事件のニュースか」
「ああ。もしかしてと思ったが、当たりらしい」
スザクの問いかけにライは頷く。
暫くじっと画面を見つめていた瞳が、不意に動いた。
「カレン」
「はいはい。わかったわよ」
ライの声に、カレンはもう一度ため息をつくと立ち上がった。
まずルルーシュの傍に行き、慎重にその縄を切る。
何か言いたそうなルルーシュを無視すると、すぐにナナリーの後ろに回ってその縄を切った。
「大丈夫か?ナナリー」
「ええ。大丈夫です」
予想どおりのルルーシュの反応に苦笑しながら、カレンは次々と縄を切る。
「つか何だろうな。わざわざ黒の騎士団呼び出して、こいつら何を……」
漸く腕を解放された玉城が、腕を伸ばしながら呟いた、その直後。
『我々の目的はただひとつ!』
突然テレビから聞こえたその声に、彼はびくっと体を震わせた。
見れば、カメラはいつのまにかキャスターではなく、宿のテラスをズームアップしていた。
日本刀を高々と掲げて叫ぶ男は、先ほど自分たちをここに連れてきた男だった。
「どうやら自ら教えてくれるらしいな」
ぽつりとライが呟く。
その言葉に、誰もがテレビへと視線を向けた。
『ブリタニアの犬どもが作り出した偽りの日本の解体!そして売国奴であるゼロの引き渡しである!』
画面の中で男がはっきりと口にしたそれに、黒の騎士団の面々は声を上げ、ユーフェミアは息を飲む。
スザクはすうっと目を細め、カレンは拳を強く握り締めた。
表情を変えなかったのは、ただ2人。
無表情でテレビを見つめていたライと、ナナリーを抱きしめたルルーシュだけだった。