Encounter of Truth
12
宿の一角にある大広間。
先ほど昼食を取ったレストランとは別の棟にあるそこには、数人の大人がいた。
それは先ほどまでここで昼食を取っていた黒の騎士団幹部、旧扇チームの面々だった。
そこにいる全員が後ろ手に縛られ、畳の上に座り込んでいる。
その部屋の襖が、唐突に開いた。
「入れ!」
顔を上げた瞬間、襖を開いた男がこちらに向かって誰かを突き飛ばした。
間を置かずに数人が部屋の中に押し込められる。
目を細めてその様子を見ていた、最初からその部屋の中にいた男の1人は、押し込められた者の中に見知った顔を見つけ、はっと息を飲んだ。
「カレンっ!ライっ!?」
声をかけた途端、彼らもそちらに気づいたらしい。
銀の髪の少年と紅い髪の少女が、はっとしたようにこちらを向いた。
「扇さんっ!?」
「みんなも……っ、大丈夫ですか?」
「俺たちより、お前たちは大丈夫なかのよ!」
「ええ、まあ……」
彼らを呼んだ男――扇を押し退け、玉城が尋ねる。
銀髪の少年――ライの、その答えとともに反らされた視線が気になり、扇が声をかけようとしたそのとき。
「ほら、早くしろっ!!」
「きゃあ……っ!」
小さく上がった悲鳴に、扇は思わずその問いを飲み込んだ。
振り返ったカレンとライの視線を追って、気づく。
襖の側の畳の上に、おさげの少女が倒れ込んでいた。
おそらく、自分たちをここに閉じこめた犯人の1人に突き飛ばされたのだろう。
「ニーナっ!!」
「ちょっとっ!!乱暴はしないでっ!!」
側にいた少女たちが、おさげの少女に寄る。
自分を見上げ、睨みつける金髪の少女を見て、おさげの少女を突き飛ばした男は鼻で笑った。
「お前たちブリタニアのやってきたことよりは遙かにマシだろうが」
「……それは……っ」
「ミレイさんっ!」
ライが金髪の少女に声をかける。
彼女が振り返ると、ライは静かに首を横に振った。
彼の意図はそれで伝わったらしい。
彼女は悔しそうに唇を噛むと、犯人からは視線を逸らし、震えているおさげの少女に声をかける。
彼ら連れてこられた少年少女も後ろ手に縛られていて、彼女が震えている少女の頭を撫でようとして、悔しそうに表情を歪めるのが見えた。
「そいつらもここでいい。離すと面倒だ」
「りょーかい」
少女たちをもう一度鼻で笑うと、犯人が別の仲間に声をかける。
返事をした男は、一度襖の向こうに消えると、すぐに誰かを連れて戻ってきた。
かと思った瞬間、男はその誰かを突き飛ばす。
「ぐ……っ」
「お姉様……っ、きゃああっ!?」
よろけて畳に倒れたのは赤という印象も受ける紫の髪。
その倒れた人物を心配し、叫んだ少女もまた、勢いよく突き飛ばされて悲鳴を上げて倒れる。
その姿を見て、扇は目を見開いた。
「コーネリアにユーフェミア……っ!?」
「何故あなたたちが……。帰ったはずじゃなかったのか……!?」
誰かの驚きの声に押されるままに、疑問をぶつける。
驚いたようにこちらを見たユーフェミアは、扇たちの姿を認めると、困ったように視線を巡らせた。
「えっと、それは……」
「ごちゃごちゃしゃべるなっ!」
犯人の怒声とともに、ぱんっという破裂音が部屋に響く。
ほとんど同時に、天井の蛍光灯の1本が音を立てて砕け散った。
「きゃああああっ!!!」
突然のそれに、カレンたちの友人だろう少女たちが悲鳴を上げる。
「お前たちは日本が真の解放を手にするための人柱だ。大人しくしていろよ」
男たちはそう吐き捨てるようにいうと、勢いよく襖を閉めた。
そのまま、見張り役らしい誰かに指示を出すと、どこかに去っていったらしい。
足音が遠くなり、誰かが息を吐き出したところで、玉城が周囲に聞こえるような舌打ちをした。
「一体何なんだよ、あいつら!黒の騎士団をブリタニアの犬とか言いやがって!」
「まあ、特区に反対する人たちから見ればそうなのかもね。それにしても……」
ずっと黙っていた井上が、はあっとため息を吐き出す。
その視線がある2人に向いていることに気づくと、扇はごくりと息を飲んだ。
「あなたたちまでいるとは、思わなかった」
「すみません」
「ユフィ、これは謝るべきことではない」
彼女が予想どおりに発した言葉に、ユーフェミアが素直に謝る。
その途端、その彼女をコーネリアが制した。
「お姉様……」
「皇族ではなくなったと言っても、お前はこの私の妹なのだ。そう簡単に頭を下げるな」
「お姉様。でも……」
「おいっ!こっちはブリタニアに協力してんだぞっ!そんな態度はないだろうがっ!!」
「勘違いするな。特区は我々がお前たちに与えている場所にすぎん。力ずくで潰すことなどいつでもできるのだぞ」
「な……っ!!」
「お姉様……!?」
自分に噛みついた玉城にコーネリアははっきりとそう言う。
それに声を上げたのは、玉城とユーフェミアばかりではない。
扇たちもコーネリアのその考えにぎょっとし、思わず非難を口にしようとした、そのとき。
「コーネリア総督」
不意に静かな、けれどはっきりとした強い声が室内に響いた。
その声に、誰もが口にしかけた言葉を飲み込む。
驚いて視線を動かせば、そこにいたのはこの場にいる者なら誰もが知っているだろう少年――ライだった。
「その発言、ユーフェミア総代表の立場を悪くすると知ってのものですか?」
冷たい、凛とした声が空気を震わせる。
普段は穏やかな紫玉の瞳が、今は確かな冷たさを持ってコーネリアに向けられていた。
「何?」
「先ほどの人間の言葉を聞いていらっしゃったでしょう?今回のこれは、行政特区を指示していない日本人の仕業です。もしも特区に関わるブリタニア人があなたのような発言をすれば、所詮特区はブリタニアのお遊びでしかないという結論になり、特区の中でも暴動が起こる可能性が生まれます」
コーネリアの眉が、ぴくりと動いたような気がした。
その側で、なんとか起きあがったユーフェミアがやるせなそうにため息をつく。
「今総代表が行っている『行政特区』とはそんな爆弾を抱えた状態です。ユーフェミア様の考えを認めていらっしゃるというのならば、その発言はすべきではないと思いますが?」
「それは……」
はっきりと、冷たく言い切られたライの言葉に、コーネリアが言い澱む。
その途端、返事をしない彼女から興味を失ったようにライは視線を逸らした。
ぴりぴりとした空気が、一瞬で引く。
それに思わず息を吐き出したそのとき、襖の方から声が聞こえてきた。
「大丈夫か?ナナリー」
「ええ、私は大丈夫です。お兄様は?」
「俺も大丈夫だよ」
「よかった……」
ほっと息を吐き出したのは、ふわふわの髪を持つブリタ二ア人の少女。
初めて見たときもそうだったが、全く目を開こうとしないその少女は、そういえば車椅子に乗っていたような気がした。
その少女を見て、彼女に声をかけた黒髪の少年がほっとしたように笑う。
それにほんの少しだけ心が和んだ、そのときだった。
「それよりも、そこの2人」
先ほどライの問いに答えを返さなかったコーネリアが口を開いた。
それに兄妹の周囲にする何人かが反応をする。
真っ先に彼らの前に出たのは、扇たちもよく知る少女だった。
「ちょっと、さっきも言ったでしょう!この2人は体調が悪いのっ!放っておいて……くださいよっ!」
「そ、そうなんです。それに加えてこの状態だから、本当はもの凄く辛いんですよ。だから……」
「お前たちの話は聞いていない」
カレンも、カレンとともに兄妹を庇った金髪の少女も一瞥すると、コーネリアは真っ直ぐに兄妹を見つめる。
「そこの2人、顔をこちらに向けろ」
それは、明らかに命令だった。
側にいるユーフェミアの声すら無視して、コーネリアは告げる。
「そ、総督っ!ですから……」
「スザク」
今度は、こんなときは黙っているとばかり思っていたスザクまで止めに入り、本格的に何事なのかと思ったそのとき、黒髪の少年が彼を呼んだ。
びくりと肩を震わせ、スザクが彼を振り返る。
少年は、俯いていた。
「もう、いい」
静かに、そんな言葉が紡がれる。
その瞬間、カレンと金髪の少女、スザクが目を見開き、ユーフェミアがはっとしたように彼を見た。
「ル……っ」
「ライも、口を出さないでくれ」
思わずと言わんばかりに声をあげようとしたライも、少年は制す。
その言葉に、ライはぎりっと下唇を噛みしめた。
「……本当に、いいのか?」
「この状況で、誤魔化しきれるとは思っていないさ」
無理矢理押さえたような声で、ライが尋ねる。
少年は、顔を上げないままそれに答えた。
その言葉に、ライは僅かに眉を寄せ、目を閉じた。
「……わかった」
「ライっ!!」
ライの答えに、カレンが驚いたように声を上げた。
その声に、ライは目を開け、彼女を見る。
ライを睨んでいたカレンは、彼と目が合った瞬間、はっとしたように目を見開き、そのまま黙り込んだ。
「ナナリーも、いいね?」
「お兄様がそれでよろしいのなら。私は、お兄様についていきます」
「ありがとう」
少年が、側にいる妹だろう少女に声をかける。
少女がにこりと笑って答えると、彼も少し微笑んだようだった。
それで覚悟が決まったと言わんばかりに彼は顔を上げた。
日本人も負けると思ってしまう艶のある黒髪が揺れる。
隠されていた、ライよりも若干明るい紫の瞳が、真っ直ぐにコーネリアを捉えた。
そして、彼ははっきりとその言葉を口にした。
「お久しぶりです、姉上」
「え……?」
ぽつりと、そう声を漏らしたのは誰だったのか。
少なくとも自分たちではないから、きっと少年たちの中の誰かだろう。
少年の発したその言葉に、先ほどまで必死に彼を止めようとしていた5人が遣る瀬無いと言わんばかりの表情で視線を逸らした。
「やはり、ルルーシュなのか。そちらはナナリー、なのだな」
「はい、コゥ姉様」
コーネリアの問いを、今度は少年も少女も否定しなかった。
ナナリーと呼ばれた少女も、真っ直ぐにコーネリアへ顔を向けて答える。
「あねうえ、って……」
「コーネリア様がお姉さんってことは、まさか、ルルって……」
「ああ」
側にいる友人たちからの問いを、少年は肯定する。
そして、コーネリアから視線を外そうとしないまま、はっきりとした声で名乗った。
「俺は、元ブリタニアの皇位継承17位、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」