月光の希望-Lunalight Hope-

最愛の契約者

前編

それは本当に唐突だった。

ゼロレクイエムの後、姿を消したライが、ひと月たった頃に唐突にスザクの前に現れた。
ナイトオブゼロ――かつてそう呼ばれた2人の騎士は、2人ともダモクレスとの決戦のときに死んだことになっている。
だから、彼が何処で何をしていようが、ゼロとなったスザクが関与することはできない。
むしろ、ルルーシュの後を追いかけたと思っていた彼の出現に、そのときは大いに驚いたものだ。
さらに驚いたのは、そのときのライが告げた言葉。
あまりにもあっさり言い放たれたそれに、言葉を失った。

『コードを継承してきた』

そう告げた彼の背中には、かつて彼やルルーシュの瞳に浮かんでいた刻印が、確かに刻まれていた。
曰く、姿を見せなかった1か月間、彼は存在していると判明した自分の契約者を探して旅をしていたらしい。
C.C.から齎されたその情報を元に探し出した契約者を見つけ出し、契約も何もかも放り出して、無理矢理コードを継承してきた――というより、奪ってきたのだという。
尤も、それを彼以外に証明できる人はいなかったから、何処まで真実なのかわからないけれど。
どうしてそんなことをしたのかと聞けば、彼はにっこりと笑って言い放った。

『だって僕とC.C.でコードを所有してしまえば、もうギアス能力者は増えないだろう?』

コード所有者のC.C.が、Cの世界と接触し、確認したところ、V.V.とシャルル皇帝がいろいろやっていたおかげで、かつては何人もいたらしいコード所有者が、もう3人になっていたと言うのだ。
1人はルルーシュが否定し、Cの世界に飲まれたシャルル皇帝。
1人はルルーシュの傍に居続けた共犯者である魔女。
そして最後の1人が、行方のわからなかったライの契約者だという。
だから、ライがそのコードを奪えば、これ以上ギアス能力者が増えることはなくなる。
ライも彼女も、もう誰にも王の力を与えるつもりはないと、確かに宣言したから。

そんな彼に、こんなことを告げるのは、間違っていると知っている。
けれど、一度C.C.に断られたそれを、実現できるとしたら、それはもう彼に縋るしか手はなくて。
だから、再会以来、ずっとゼロである自分に助言を与えてくれていた彼が、数十日ぶりに顔を見せたとき、頼み込んでいたのだ。



「なあ、ライ。僕と契約してくれないか」



「……は?」

いつものようにゼロの机に腰を下ろし、書類を読んでいたライが、間抜けな声を上げて振り返った。
あまりにもぽかんとしたその表情に、スザクは思わず眉を寄せた。
完全に外界からの光を閉ざしたそこで彼と2人だけになるときは、いつも仮面を外していた。
それは今日も例外ではなくて、ライは不機嫌そうな表情をするスザクを見て、僅かに目を見開く。

「だから、僕と契約してほしい」
「ちょっ、はっ!?ス、スザク!?君、自分が何言ってるのかわかってるのか!?」
「当たり前だろう」
「わかってないだろうっ!」

読んでいた書類を叩きつけるように置いて叫ぶライに、目を細める。
先ほどまでつまらなそうにしていた紫紺の瞳は、今は怒りと戸惑いの色を浮かべてこちらを睨みつけていた。

「今の僕と契約するということは、ギアスを得るってことなんだぞっ!」

そう、今のライはコード所有者――即ち、ギアスを与える者。
彼と契約するということは、一時期あれほど憎んだギアスを欲しがっているということになる。
それを承知の上で、スザクは真っ直ぐにライを見返し、口を開いた。

「知っているさ。そしてギアスを君やルルーシュレベルまで育てれば、コードを継承できることも」
「そこまで知っててなんでっ!ルルーシュのいない世界は色がないって、そう言っていたのは君だろう!」
「それは君も同じだ」
「う……っ」
はっきりと言い返せば、ライが言葉をつまらせた。

そう、それは彼だって同じだ。
事実、彼はそれを理由にして、あの1か月の間、最後までゼロレクイエムを認めようとしなかったのだから。
結局は、ルルーシュの言葉で折れてくれたのだけれど。

自分たちのわがままのせいで、望んだ『明日』が潰えた彼に、こんなことを頼むのは筋違いだとわかっている。
それでも、もうライしかいなかった。
ルルーシュの最期の願いを完璧に叶えるために、縋れる相手は彼しかいなかったのだ。

「だって、約束したんだ、ルルーシュと」
「え……?」

ぽつりと言葉を漏らせば、さらに拒絶の言葉を吐こうとしていたライが、不思議そうに聞き返す。
ぽかんとしたその顔を真っ直ぐに見つめると、スザクは静かに口を開いた。

「永遠に、ゼロとして世界に身を捧げると」

それを耳にした瞬間、ライの紫紺が大きく見開かれる。

「スザク……」
「ゼロは象徴。ゼロは仮面。だから世界は仮面の下を知る必要がない。だから、中身が変わっても変わらなくても、関係ない。だから永遠が可能になる」

ゼロの素顔は、仮面の下は、世界に知られてはいない。知られてはいけない。
でも、だからこそ、隠すことができる。
第二次トウキョウ決戦以前と今で、ゼロが別人であること。
そして、これから先、ゼロが代替わりをすることはないということを、隠していける。

「そのために、コードが必要なんだ」

永遠に、ゼロであるために。
ルルーシュが愛したこの世界に、身を捧げるために。
人の命では足りない。
魔女や魔神と呼ばれる者が持つ力が、そのために必要だった。

「そのためだけに、永遠を生きるつもりなのか?僕のコードを継承して?」
「ああ」
「二度とルルーシュに会えなくなったとしても?」
「生きていれば、また会えるかもしれない」

ルルーシュとしてのルルーシュに、会えることはなくなるだろう。
けれど、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでも、ルルーシュ・ランペルージでもない彼になら、いつか会えるかもしれない。
それは自分の知るルルーシュではないけれど、でも確かに、同じ魂を持っているのだ。
だから、これは出会いではなく、再会。
もう一度、彼を好きになって、一緒に生きていくチャンス。

そんなことをぼんやりと考えて、目を閉じる。
今浮かんだ言葉を打ち消けそうと、頭を振る。

ああ、違う。そうじゃない。
ルルーシュと一緒に生きたいわけじゃない。
彼を殺した自分に、そんなことが許されるわけない。
ただ見たいと思っただけだ。
彼の姿をもう一度。たとえ自分を知らない彼だとしても、笑ってくれているのを、もう一度。

浮かび上がってしまう『枢木スザク』としての希望を、願いを無理矢理打ち消そうとしていると、不意にわざとらしく息を吐き出す声が聞こえた。
ゆるゆると顔を上げれば、目の前には銀の髪と紫紺の瞳。
先ほどまで怒りの表情を浮かべていたはずのライが、目を細め、薄い笑みを浮かべていた。

「君が生まれ変わりなんて信じているとは思わなかったよ」
「そう……だな……。僕も思わなかった」

何とか平静を装って、答える。
それに、何故かライが笑みを深めた気がして、顔を逸らした。

まだ、あれから半年も経っていないのに。
こんなにも、彼を切望している自分に嫌悪を抱く。
決めたのに、彼の願いを叶えるために、個を捨てると。
ゼロとして永遠に身を捧げると、決めたはずなのに。
それなのに、自分はまだこんなにも『枢木スザク』であった頃の想いに、捨て去ったはずの願いに取り付かれている。
何とかそれを振り払おうと、自分の体を抱きしめて頭を振ろうとした、そのときだった。

「……はあ。まったく……。僕にここに残れって言ったのは、これを想定していたからか」

唐突に聞こえた、友人の声。
呆れ返ったようなその声に、スザクはゆるゆると顔を上げた。

「……ライ?」

名を呼べば、紫紺の瞳が真っ直ぐにこちらを見る。
呆れたようで、何処となく怒ったような光を浮かべるとそれと視線が合った途端、机に座っていたライが立ち上がり、こちらに向かってびしっと人差し指を突きつけてきた。

「契約を結ぶのは、僕でいいのか?」
「え?あ、ああ」
「本当に?」
「ライ?」

紫紺の瞳が、一瞬だけ翡翠から外される。
一度彼自身の胸元に落ちたそれは、すぐに真っ直ぐにこちらに向けられた。

「君が本当に契約を結びたい人は、別にいるんじゃないのか?」

「え……?」
迷いなく、真っ直ぐに告げられた言葉。
その意味が理解できなくて、思わず聞き返す。
結びたいも何も、C.C.に断られてしまっている以上、ライに頼るしかないといのうに。
一体、彼は何を言っているのというのか。

「それはどいういう……」
「1週間だ」
「は?」
「1週間待て。そうしたら君にギアスをくれてやる」

問いただそうとしたその瞬間、びしっと、今度は目の前に指を突きつけられた。
鼻先に触れるか触れないかの距離のそれを見て、思わず目を瞬かせる。

「ああ、発現するギアスが僕たちと同じだと思うなよ。ギアスは本人の深層意識に眠る一番の望みが力として発現するんだ。そう言った意味では、僕やルルーシュと君の望みは同じじゃない。そこまで一緒になることは期待するな」
「あ、ああ。それはわかっているけど」
「よし!」

思わず頷けば、ライは満足したように笑って、手を引く。
両手を腰に当て、にこにこと笑うライを、久しぶりに見た気がした。
妙に機嫌のよさそうなライを、思わずぽかんと見つめる。
暫くそうして立ち尽くしていると、唐突にライが帰り支度を始めたことに気づいて、慌てて我に返った。

「あの、ライ?」
「何?」
「今じゃ駄目なの?できれば早いうちに……」
「いっ・しゅ・う・か・ん・だ!」
「わ、わかった」

再び鼻先にびしっと指を突きつけられれば、頷くより他にない。
素直にこくこくと頷けば、ライは満足したようににっこりと笑い、傍に放り出していた上着と鞄、帽子を手に取った。
鞄の中からカラーコンタクトを取り出し、ルルーシュ並みの手際のよさで目に付ける。
そのまま深く帽子を被って髪を隠してしまえば、もうそれが彼だとはわからない。
それが、最近彼がここに来るときによくする服装だった。

「じゃあ、とりあえず僕は今日は帰るから。またな、ゼロ」
「あ、ああ。また。R.R.」

桃色のシャツの上に白いジャケットを羽織ると、彼はそのまま部屋を出て行く。
暫くぶりすぎる有無を言わせぬ笑顔を浮かべ、去っていく彼を、スザクは呆然としたまま見送った。






ゼロが日本で居を置く内閣府から、人目につかないように出て、租界と呼ばれていた区域から降りる。
かつてゲットーと呼ばれていたそこは、復興の手が伸ばされ、少しずつ8年前の活気を取り戻し始めていた。
その一角にある建設中のビルの中に忍び込んで、携帯電話を取り出し、ゼロのもの以外で唯一登録してある番号にかけた。

「……と、言うわけなんだけど」

一通り事情を話せば、途端に電話の向こうから聞こえてきたのは、ため息。
深い深いそれに、ライも苦笑する。

『……本当に言い出したのか、あいつ』
「君の想定どおりに」
『……はは……っ』
「本当、想定外もいいところだな。いろいろと」
『まったくだ……。本当に世話が焼ける』

そんなことを言いながらも、電話の向こうから聞こえてくる声は、優しい。
それに湧き上がってくる気持ちには、気づかないふりをして、一度目を閉じた。

「それで、どうするんだ?」
『1週間後なんだな?』
「ああ。ゼロは今月いっぱい日本から離れられないらしいからな」
『わかった。そちらに行く』
「大丈夫か?」
『誰に向かって言っている?準備はしてあるさ』
「わかった。待ってるよ」
『ああ。またな』

ぴっと音を立てて、電話が切れる。
それを待って通話を切ったライは、大きなため息をひとつ吐くと、空を見上げた。

「まったく……。世話が焼けるのはどっちだよ」

そう文句を口にするライの顔は、柔らかく微笑んでいた。




2008.10.7~10.13 拍手掲載