月光の希望-Lunalight Hope-

Re;Stage -Skybule Eyes-

後編

C.C.に連れられ、ライのいる家を出る。
後ろ髪を引かれる思いのままついて行けば、見晴らしのいい場所に出た。
そこだけ日の光が降り注ぎ、頭上には蒼い空が広がっている。
そんな場所の中心に、墓があった。
黒い石で作られたらしいそれを見て、思わず息を呑む。
そのままC.C.について側に寄り、太陽に照らされているその墓を見下ろした。

「ここが、ルルーシュの……」
「ああ。あいつの本当の墓だ」

ブリタニアに作られた、空っぽの墓ではない。
ルルーシュの眠る棺が納められた、正真正銘の、彼の墓。
ブリタニア式の十字架の立てられたそれに彫られた名前を見て、カレンは目を細めた。

「ルルーシュ・ランペルージ……」

そこに掘られていたのは、彼の本名ではなかった。
彼がブリタニア皇室から逃げ、隠れている間に名乗っていた名前。
あの学園にいた頃に名乗っていた名前が、そこには刻まれていた。

『カレン、全てが終わったら……』

その名前を見た瞬間に、耳の奥にルルーシュの声が蘇る。
それをぎゅっと目を瞑ることでやり過ごし、続く言葉が聞こえなかったふりをする。
全てを認識してしまったら、平常心でいられる自信がなかったから。

「ルルーシュ……」

漸く過ぎ去った声に、ゆっくりと目を開ける。
その時、目に入ったものに気づいて、カレンは顔を近づけた。
十字架の中央にぽっかりと穴が開いていた。
小さく、綺麗に正方形の形をしたその穴には、強化ガラスだろうと思われる板が嵌っている。
その中に、指輪がひとつ納められていた。
銀のチェーンが通った、銀色のそれ。
中央に紫の石がついたそれに、見覚えがあるような気がした。

「この指輪は?」
「ライがルルーシュに贈ったものだ」

振り返ってC.C.に尋ねる。
淡々の返ってきたその言葉に、思い出した。
その指輪と同じものを、カレンはついさっきまで見ていたのだ。
ライの首から下げられていたシルバーチェーン。
その先に下がっていたものが、これと同じ指輪だった。

ガラス板に顔を近づけ、指輪を覗き込む。
近づいたことで、指輪の内側を見ることができた。
そこに文字が彫られていることに気づき、息を呑む。

「『永遠に、一緒に』……」

『R to L』と続くその言葉に胸が締め付けられる。
きっとライの指輪には、『L to R』と刻まれているのだろう。
こんなにも、形に残すほどに、共にいることを望んだ2人だったのに。
世界は、そんな2人を引き裂いた。
ずっと一緒だった2人を、最後の最後に、最も残酷な形で引き離したのだ。
その原因は、間違いなく自分たちにあって。
その自分たちは、何も知らずにのうのうと生きてきた。
ルルーシュとライは幸せだったのだと勝手に決め付けて、ライの絶望も知らずに。
それがとても酷いことのように思えてたまらなかった。

「カレン」

いつの間にかぼろぼろと零れていた涙をそのままに、カレンは後ろを振り返る。
先ほどまで俯いていたC.C.は、今は真っ直ぐにこちらを見ていた。

「私は、ライに希望を与えようと思う」
「え?」

言われた言葉の意味が理解できなくて、聞き返す。
ほんの少しだけ金の瞳を細めたC.C.は、普段は前髪に隠されている己の刻印に触れた。

「誰かにギアスを与えて押し付けるのではなく、この呪いそのものを解除する方法を探すんだ」
「えっ!?」

C.C.の告げた言葉に、今度こそ驚く。
呪いという言葉は、おそらくはコードという力によって齎される不老不死のことを言っているのだろう。
だとしたら。
コードを解除する方法を探し、それを見つけ、不老不死から解放されたとしたら。

「でも、そんなことをしたら、ライは……」
「ああ。呪いが解けたとき、ライは間違いなくルルーシュの後を追うだろうな。だが、話したろう?ライは死ねない代わりに、永遠の眠りを選ぶような奴だ。なら、永遠にルルーシュに会えない眠りとルルーシュの下に逝ける眠りと、あいつにとってどちらがマシだと思う?」
「あ……」

C.C.の言うとおり、そしてカレンが思い浮かべたとおり、不死から解放されれば、ライは間違いなくルルーシュの後を追うために自ら命を絶つだろう。
ルルーシュがいない世界を拒絶し、心を閉じた彼だ。
それは簡単に想像できることだった。
できれば、ライには生きてほしいと思う。
スザクもいなくなってしまった今だからこそそう思うけれど、それはライにとって牢獄に閉じ込められていることと変わらないだろう。
だとしたら、それはライにとっては苦痛以外の何物でもないのかもしれない。
C.C.は、それをわかったうえで告げたのだ。

「それに、がむしゃらに生きていれば、こいつはいつか別の希望を見出せるかもしれない。私が、ルルーシュに出会って変わったようにな」

がむしゃらに生きていれば、いつかまた、別の大切な誰かに出会えるかもしれない。
その誰かに出会えたときに、またライは笑えるようになるかもしれない。
かつてルルーシュと共にいた頃のように。
ルルーシュと笑っていた頃のように。

もしも、それがライにとって希望になるのなら、そうなれば良いと思った。
だって、ライがこのままでいることを、きっとルルーシュは望んでいないと思うから。
自分よりも他の誰かを優先してしまう彼は、ライにも幸せになってほしいと願っていると思うから。
そして、もしライが新しい希望を見つけられなかったとしても。
ルルーシュと共に何処かで笑っていてくれたらいい。
そう思う自分も、確かに存在していたから。
だから、反対する理由なんて、なかった。

「……ねえ、C.C.」

涙を拭って、声をかける。
刻印から手を放し、じっと墓石を見つめていたC.C.が、顔を上げる。
落ち込んだような表情を浮かべている彼女に向かって、カレンはにっこりと微笑んで見せた。

「私、時々ここに来てもいいかしら?」
「好きにすればいい」

一瞬驚いた表情を浮かべたC.C.がふわりと笑う。
初めて見るその笑顔に、カレンは僅かに目を瞠る。
昔ならば、自分のその反応にC.C.は怒っていただろう。
けれど、彼女は何も言うことなく一度視線を落とすと、すぐにカレンを真っ直ぐに見つめ、薄く微笑んだ。

「私たちはもう少しすればここを出る。ここはジェレミアが管理しているから荒らされることはないと思うが、出来れば会いに来てやってくれ」

誰に、なんて聞かなくてもわかっていた。
C.C.がライを連れてここから離れるのならば、この場所に残るのは1人しかいない。
だから、カレンは笑う。
かつて共に戦場を駆けた友人に向かい、精一杯の笑顔で。

「……ありがとう」

素直に言葉を告げると、C.C.は一瞬驚いたような表情を浮かべた。
けれど、それはすぐに消える。
代わりに浮かんだのは、カレンにとっては酷く懐かしい、魔女と呼ばれていた頃に彼女が良く浮かべていた不敵な笑顔だった。

「それは私に言う言葉ではないな」

くすりと笑みを零してそう告げると、C.C.はこちらに背を向ける。
そのまま振り返ることなく去っていく彼女を、目を細めて見送った。
太陽の光を受け、輝く碧の髪が家の中へと消える。
それを見届けると、カレンはもう一度墓へと視線を向けた。

「……ねぇ、ルルーシュ。私、決めたわ」

スザクを看取ってから、ここへ来てライと再会してから、ずっと考えていた。
自分はどうあるべきか。
どう生きていけばいいのか――どう生きたいのか、ずっとずっと考えていた。
その答えが、C.C.の決意を聞いて、やっと出た。

「私が、あなたがスザクに託した願いを引き継ぐ。引き継いで、絶対に明日に繋いで見せるから」

C.C.がライの願いを叶える為に一歩踏み出そうというのならば、私はスザクの願いを叶えよう。
スザクが果たすことの出来なかったルルーシュとの約束を、私が引き継ぐ。
彼らの遺した希望の象徴を、世界に遺し続けてみせる。

「だから、だからどうか……」

どうか、あなたは笑っていて。
先に逝ったスザクと、いつかあなたのところに逝くライと一緒に、笑っていて。
あなたたちがいつか何処かで出会って、笑って生きてくれるなら、それだけでいい。
それだけで、紅月カレンとしての夢も願いも、全てを捨ててもかまわないと思えるから。

だから、私は世界に嘘を吐く。
世界に希望を遺すために。
ルルーシュの願いを、明日へ繋げていくために。
全てをかけて、あなたの唯一叶えることのできた最期の願いを守ってみせる。

だから、ねぇ、ルルーシュ。
もしもまた出会えたら、そのときは。






「カレン?」

唐突に傍で名前を呼ばれ、過去に――過去であるはずの未来に飛んでいた意識が引き戻される。
身に着けているのは、アッシュフォード学園の制服だった。
数十年ぶりの明るい視界の先には、同じ学園の制服を着た少年が3人、並んで立っている。

「どうしたんだ?」

その中の1人、ルルーシュが不思議そうに顔を覗きこんできた。
その姿に、声に、思わず涙が零れそうになるのを必死で抑える。
かつて喪ってしまった、信じることの出来なかった、大切な人。
その人ともう一度会えることが、こんなにのも嬉しいことだったなんて知らなかった。

「話があるって言っていたけど、調子悪いなら後にする?」
「いいえ。今でいいわ。……ううん、今がいいの」

首を傾げて覗き込むスザクに、はっきりと答える。
この頃の自分は病弱設定だった。
時々ボロを出しては慌てる自分を、ライがよくフォローしてくれたことも、はっきりと覚えている。
けれど、今の彼らに対して、そんなものは必要ない。
それを知っているから、カレン・シュタットフェルトとしての仮面は捨てて、紅月カレンとしての顔で真っ直ぐに彼らを見つめた。

「ルルーシュ。スザク。ライ。お願い。正直に答えて」

普段と違う声音に驚いたのか、3人が驚いたような顔をする。
その顔を真っ直ぐに見つめたまま、静かに尋ねた。

「あなたたちは、ゼロレクイエムを知っているわよね?」

途端に彼らの表情が動いた。
スザクがごくりと息を呑み、ルルーシュの目が僅かに見開かれる。
ライだけは、目に見えた反応をすることはなかった。

「なんの、話だ?」
「とぼけないで。知らないなら、今この時期、あなたたちが3人で一緒にいることも、シャーリーがルルーシュと他人ごっこをやめていることも、おかしいわ」

誤魔化そうと口を開いたルルーシュに向かい、はっきりと言う。
その言葉に今度こそ驚いたらしい。
ルルーシュがあからさまに表情を変え、スザクがまじまじとこちらを見つめる。
ライは静かに息を吐き出すと、その目を細め、こちらを睨みつけてきた。
殺気すら含んだその目にも、怯まない。
ルルーシュとスザクがいなくなり、ライが現実を拒絶したあの世界で、伊達にスザクの願いを引き継いで生きてきたわけではない。
自分を見つめる三対の瞳を真っ直ぐに見返し、再び口を開いた。

「お願い答えて。私は、あなたたちと生きたいの」
「え……?」

ルルーシュとスザクの表情が僅かに動き、ライの目に浮かぶ光が訝しげなものに変わる。
それに怯むことなく、必死に訴える。
ライを最後に見たあの日から、ずっと胸に宿っていた想いを告げる。

「私、あなたたちと生きたい。あなたたちが、生きて笑ってくれている明日で、一緒に生きたい」

必死に伝えようと思うのに、声が震える。
頬を、何かが伝い落ちていく。
驚く彼らの目を見て自分が泣いていることに気づいたけれど、かまってなどいられなかった。
ただ、必死になって伝える。

「だからお願い。今度は話して。一緒に戦わせて」

あの日からずっと、自分の中にあった願いを。
あの日密かに決めた、自分以外誰にも話したことのない誓いを果たすために。



ねえ、ルルーシュ。
もしもまた会えたら、そのときは今度こそあなたを守るわ。
今度こそ、生きて幸せになってほしいから。
あなたが本当にいたいと思う場所で、一緒にいたいと願う人たちと笑っていてほしいから。

そのために、私はあなたの騎士になろう。
ゼロではなく、あなたの騎士に。
他の誰でもないあなたを、あなたの願いを、今度こそこの手で守るために。




2009.4.20