月光の希望-Lunalight Hope-

黒銀の戦争

後編

「まあ!素敵ですルルーシュ」
「ありがとう、ユフィ」
政庁の一室で、正装に着替えたユフィがぱんっと手を叩く。
きらきらとしたその目を向けられたルルーシュは、素直ににこりと微笑んだ。

今のルルーシュの格好は、黒を基調とした皇族の正装だった。
燕尾服のような服の首元には、白いスカーフが締められている。
その上から黒いマントを羽織ったその姿は、『黒の皇子』という字に似合うものだった。

「ライもかっこいいですよ」
「ありがとうございます、ユーフェミア様」
くるりと振り返ったユーフェミアの言葉に、ライも笑顔で答える。

今のライの姿は、ルルーシュと同じく黒を基調にした正装だ。
ただし、彼のそれは皇族服ではなく、皇族に使える騎士のそれだった。

笑顔のライの言葉を聞いた途端、それまで上機嫌だったユーフェミアの顔が一気に不機嫌に染まった。
「もう!いつも敬語はやめてくださいって言ってるのに!」
「すみません。でも僕は分家の人間ですし、こういう場ですから」
「そういうところ律儀だよね、ライって」
突如ため息とともにそんな言葉を投げかけられ、ライは扉の方へと視線を向けた。
いつの間にか、部屋の扉の傍に1人の少年が立っている。
白を基調とした騎士服を着た少年を見て、ライは思わず目を丸くした。

「スザクも来てたのか」
「当たり前だろう。僕はユフィの騎士なんだから」

そう答えた途端、スザクは大きなため息を吐き出す。
恨めしそうに細められた翡翠が、ぎろりとライを睨みつけた。
「本当は僕だってルルーシュの騎士になりたかったのに」
「あらあら」
「残念だったなスザク。ルルーシュは小さい頃から僕のだから」
「ラ、ライ……っ!!」
突然ライに後ろから抱き締められ、ルルーシュは顔を真っ赤に染める。
ばたばたと暴れだそうとするけれど、ライは抵抗できないようにうまく抱き込んでいるらしく、手足はほとんど動かすことができなかった。
顔を真っ赤にしたまま俯いてしまったルルーシュを見て、ユーフェミアはくすくすと笑う。
「ふふっ。カレンも悔しがってたわよ。ルルーシュの騎士になれなかったって」
「あいつは……。最初はゼロ一筋だったくせに……」
「いつの間にやら、だもんね。ホント」
ぼそりと呟いたルルーシュの言葉に、スザクも小さく呟いた。

ゼロというのは、ルルーシュの双子の兄だ。
今まで学生をしていたルルーシュとは違い、飛び級でさっさと学校を卒業した彼は、今はブリタニア本国で軍師をしているという。
カレンは、もともとルルーシュとアッシュフォード学園で知り合った友人だったのだが、ゼロがこの地にいる間に率いていた部隊に入っていたらしく、彼に心酔して騎士に立候補したらしい。
今では第10皇子の選任騎士として、ゼロと共に世界を回っている。
実は、カレンは本当はルルーシュの騎士に立候補したのだけれど、ゼロとルルーシュを間違えた結果こうなったのではないかと、ライとスザク、ユーフェミアは推測していた。

ふと、弟の晴れ舞台には真っ先に飛んできそうなゼロの姿を一度も見ていないことに気づき、ライはユーフェミアに尋ねた。
「そういえば、ゼロとカレンは来ないんですか?」
「エリア10の情勢が安定しなくて、出国できないって連絡がありました」
「そうか……」
ユーフェミアの答えに、ルルーシュは肩を落とす。
本来は年下の兄弟専用のはずのルルーシュのブラコンが、ゼロに対してのみは同い年以上にも有効なことを知っているライは、落胆した彼を見て苦笑した。
「仕方ないよ。安定したらすぐに来てくれるさ」
「そうだよ。ゼロは君の最大の支援者なわけだしね」
「ああ、そうだな……」
スザクのフォローに、ルルーシュは大きくため息を吐き出す。
気持ちを切り替えようと、顔を上げたそのとき、とんとんと扉をノックする音が聞こえた。

「失礼いたします、お兄様」

声をかければ、すぐに扉が開き、廊下にいた人物が入ってくる。
その姿を見た途端、ルルーシュが安心したように微笑んだ。

「ナナリー。それにロロ」

入ってきたのは、最愛の妹とその騎士だった。
1年前から本国に帰っていた妹の姿に、ルルーシュの頬に思わず綻ぶ。
「お久しぶりです、お兄様。ますます素敵になられて、ナナリーは嬉しいです」
「ナナリーは美人になったね。俺も嬉しいよ」
「ありがとうございます」
ルルーシュが微笑みながら髪を撫でれば、ナナリーはその藤色の瞳を細めてにっこりと笑う。
その笑顔に満足したルルーシュは、顔を上げてその後ろに控える少年を見る。
空色を基調とした騎士服に身を纏った彼は、ルルーシュと視線が合った途端にぴんっと背を伸ばした。
「ル、ルルーシュ殿下。そ、その……。本日は就任、まことに……」
「ロロ」
挨拶をしようとした少年の言葉を、ルルーシュが名前を呼んで止める。
びくりと震え、自分を見上げる少年に向かって、彼は薄く微笑んだ。
「久しぶりだな」
「は、はい」
「それで、俺たちはいつも何て言っていた?」
ルルーシュの言葉に、ロロは呼ばれた少年は軽く目を見開く。
少しの間迷うように視線を彷徨わせると、やがて意を決したのか、真っ直ぐにルルーシュを見て恐る恐る口を開いた。

「久しぶり、兄さん。副総督就任おめでとう」
「うん。ありがとう」

ロロが少し恥かしそうにそう告げた途端、ルルーシュは浮かべた笑みを柔らかくする。
見知ったその笑顔に、ロロは漸く安心したように息を吐き出した。
彼のその姿を見て、ユーフェミアとナナリーがくすくすと笑い、スザクが思い切りため息をつく。
「まったく……。ルルーシュは相変わらずナナリーとロロに甘いんだから」
「仕方ないさ。マリアンヌさんが嚮団からロロを引き取って以来、あの子もずっとルルーシュの弟なんだから」
くすくすと笑うライを、スザクはぎろりと睨みつけた。
けれど、その程度のことに反応するライではない。
わざとらしい不思議そうな顔で自分を見る彼を見て、スザクはもう一度ため息をついた。

ロロは、シャルル皇帝の双子の兄が教皇を勤める嚮団に拾われた戦災孤児だ。
もう10年近くも前、ルルーシュとナナリーの母マリアンヌが、シャルルと共に嚮団の孤児院を訪れた際に見初め、嚮団から攫って――もとい引き取って以来、ロロはずっとブリタニア本国のアリエス宮でルルーシュとナナリーと兄妹のように育てられた。
さすがに皇族の名前は名乗れないと、マリアンヌの旧姓であるランペルージを名乗っているが、ルルーシュとナナリーは彼を兄妹として紹介するので、あまり意味を成していないらしい。

ちなみに、ナナリーとロロは7年前、ルルーシュがエリア11に渡った際に共にこの国に来ているが、1年前に2人だけで本国に戻った。
理由は、ナナリーの選任騎士の選出だった。
エリア11にお忍びで留学しているルルーシュとナナリーを心配した上の兄妹たちが、2人に騎士をつけると言い出したのだ。
その際、ナナリーにおかしな虫がつけることを避けるためと、ロロを騎士として推したのはルルーシュ自身だった。
ロロはエリア11に来て以来、スザクとライに武術の心得を習っていたから、実はそこらの兵士よりずっと実力があったりする。
弟が自分よりも強くなってしまったことに、兄として複雑な想いを抱きながらも、ルルーシュは彼のその能力を評価していた。

1年前を思い出して哀愁に浸っていると、再び扉がノックされた。
「失礼いたします、ルルーシュ殿下」
扉を開くことなく尋ねてきた男の声に聞き覚えがあり、ルルーシュは思わず眉を寄せた。
彼が来ると、ほぼ必ずと言っていいほどこのエリアの総責任者である兄がついてくる。
今回もそのパターンを想像してしまい、ジェレミアには非などないと知っているのに、無意識に声が低くなってしまった。
「ジェレミアか。どうした?」
「はい。そろそろお時間でございます」
「ああ、わかった。兄上にすぐに行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
扉を開かないまま返事をするのは、ジェレミア自身もルルーシュの心情を知っているからだろう。
そのまま去っていく足音を聞いてほっと息を吐き出すと、ルルーシュは一度目を閉じた。
気分を落ち着けるように、一度大きく息をすっと吐き出す。
再び瞼の下から現れた紫玉の瞳は、真っ直ぐに傍に立つ己の騎士を見つめた。

「ライ」

名を呼べば、扉を見つめていた彼の視線がこちらに向けられる。
視線が絡み合った瞬間、ライが薄く微笑んだ。

「漸くここまで来た」
「そうだな」
「俺は今から表舞台に立つ。俺の……、俺たちの願いのために」

それは彼ら2人だけの願いではなく、ここにいる弟妹とスザク、ここにはいないゼロとカレン、そして今まさにこちらに向かっている母マリアンヌとその友人である魔女C.C.にも共通した願い。
その一歩を踏み出すために、異母兄弟たちの目の届きにくいこの場所で準備を続けてきた。

「たとえこの先に何が待ち受けていようとも、俺と共に歩く覚悟はあるか?」

ルルーシュがライに向かって手を差し出す。
それを見た途端、ライはそれまでとは違う笑みを浮かべた。

「愚問だな」

くすりと笑みを漏らし、迷うことなくルルーシュの手を取る。
その顔には、彼が滅多に見せることのない王者の笑みが浮かんでいた。

「昔約束したとおり、僕は何処までも君についていく。そして、いつか誓いを果たすよ」

それは幼い頃、初めてこの夢を語ったときに告げた誓い。
そして、1年前、ルルーシュの騎士となったときに結んだ誓約。

「僕が君を皇帝にする。誰が邪魔をしてこようと、絶対に」

自分たちの願いを叶える為にその地位が必要ならば、ルルーシュはそれを手に入れる。
そして、ライはそれを全力で支える。
それが彼らの誓い。
願いを叶えるための手段。

ライのその言葉を聞き、ルルーシュは綺麗な笑みを浮かべる。
そのまま、傍に立てかけてあった剣を手に取ると、それを鞘から引き抜いた。
その切っ先を真っ直ぐにライへと向ける。

「ラインハルト・ロイ・エイヴァラル。汝、我欲を捨て、我らが覇道のための大いなる力となることを誓うか?」
「イエス、ユアマジェスティ。この身もこの魂も、永遠にルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと共にあることを誓います」

迷うことなく返ってきた答えに、ルルーシュは満足そうに笑う。
剣を返し、差し出せば、ライはやはり迷いなくそれを受け取った。
優雅な動作でそれを自分の腰につけていた剣のない鞘に収めると、ルルーシュに笑いかける。
それを見て、ルルーシュはますます笑みを深めた。

「行くぞ、ライ」
「ああ」

ルルーシュが声をかければ、ライが応える。
そのまま迷うことなく謁見の間に向かおうとする2人の背を、2組の姫と騎士が見送る。
少しの動揺も感じさせないその背を見て、スザクは苦笑を浮かべ、ナナリーとユーフェミアは顔を見合わせて微笑み、ロロは誇らしそうな顔をした。
これから始まる自分たちの戦いに、確かな希望を感じて。




マリアンヌ生存でゼロルル双子なライルル騎士皇子パロ。
何か本能の赴くままに書いていたらこんな感じになりました。
ライはこの時代の人で、ブリタニア皇家の分家で、幼少期にマリアンヌ妃に預けられて、ルルーシュと出会った的な設定。
正直皆が仲がよければそれでいいと思っていたので、細かいこと特に考えないです。



2009.8.25