黒銀の戦争
前編
「ねえねえ。聞いた?今度副総督が来るんだって」
1人の少女の言葉に、周囲にいたクラスメイトが一斉に振り返る。
すぐ傍にいた少女が、目を輝かせながら口を開いた。
「知ってる。第11皇子殿下だって」
「まだ学生だって話だよ。噂じゃ、私たちと同じ年とか」
「それで副総督って大丈夫なのかよ?」
「それがさ。本国じゃ凄いらしいよ~?この前のEUとの紛争、収めたのは副総督だって話」
「そうなの!?」
「副総督の騎士も凄い人で、その人と殿下が休戦に持っていったんだって」
「へー」
わいわいと盛り上がりを見せるクラスメイトたちを横目で見て、ルルーシュはため息を吐き出す。
このところ、トウキョウ租界は新しく来る副総督の噂でもちきりだった。
公式の場に姿を見せたことのないその皇子について、民衆は何も知らない。
ただ本国から聞こえてくる噂がさらに噂を呼んで、謎の人物として広まってしまっていたのだった。
「何かすげぇよなぁ」
傍から聞こえた悪友の声に、ルルーシュは顔を上げる。
いつの間にか傍にやってきていたリヴァルが、盛り上がる友人たちを見て苦笑を浮かべていた。
「何がだ?」
「今度来る副総督だよ。まだ着任前だってのに、こんなに噂になっててさ」
「ああ、そうだな」
にたにたと笑いながら言うリヴァルに向かって短くそう返すと、机の中から教科書を取り出し、鞄の中へとしまう。
そのルルーシュの様子を見たリヴァルが、軽くため息をついた。
「何かそういうとこ冷めてるよなぁ、ルルーシュって」
「そうか?」
「そうだって。普通もっと気になんねぇ?その皇子様がどんな奴かってさ」
「別に」
「別にって……」
呆れたように呟いたリヴァルへ、一瞬だけ視線を向ける。
けれど、リヴァルがそれに気づくより先に、紫玉の瞳は逸らされ、再び手元の鞄へ戻ってしまう。
「事前の噂がどうだろうとも、実際に何も出来なければ意味がないだろう」
その言葉に、リヴゥルが驚きの表情を浮かべる。
それに気づかないふりをして、鞄を閉じた。
「大切なのは前評判ではなく、着任してからの実力だ」
「確かにそうだけど……。ったく、本当にお前ってそういうところクールだよな」
「事実を述べたまでだ」
呆れたように言うリヴァルに短くそう返すと、鞄を持って立ち上がる。
その姿を見たリヴァルが、不思議そうに首を傾げた。
「あれ?帰んの?」
「ああ。今日はちょっと用事があってな」
「でも今日って会議やるって、会長が言ってたじゃないかよ」
「会長の許可は貰ったさ」
軽くそう答えると、ルルーシュはそのまま後方の席へと向かう。
「ライ」
とある席の前で立ち止まり、声をかけると、それまで別のクラスメイトと話をしていた銀髪の少年が顔を上げた。
ルルーシュの紫玉と、ライの紫紺が交じり合う。
「行くぞ」
「うん」
たった一言。
それだけなのに、にこりと微笑んで快く返事をしたライは、それまで話をしていたクラスメイトに断ってから席を立った。
「ええっ!?ライもかよっ!!」
連れ立って出て行こうとした2人を見て、リヴァルが声を上げる。
それに思わず振り返ると、彼はルルーシュの席の傍に立ったまま頭を抱えていた。
「今日はスザクもユフィもいないってのに~っ!!」
「あはは。ごめん、リヴァル」
「次の会議はちゃんと出ろよーっ!!」
「出られたらな」
リヴァルの叫びを軽くあしらうと、ルルーシュはライと連れ立って教室を出る。
扉が閉まった途端、ルルーシュは大きなため息をついた。
「ライ」
名前を呼ばれ、ライはルルーシュを振り返る。
真っ直ぐに向けられた紫玉の瞳が、ぎろりとライを睨みつけていた。
「あんまり余計なことを言うな。ばれたらどうする」
「リヴァルにならいいんじゃないか。……というか、言わなくていいのか?」
「必要ない」
はっきりと答えるルルーシュに、ライは思わずため息をつく。
ずんずんと歩き出したルルーシュを追いかけながら、遠くなっていく教室の扉を振り返った。
「リヴァルやシャーリーなら、離れていくなんてことないと思うけど」
「そんなことはわかっている!」
ライの言葉に、ルルーシュは吐き捨てるように強く言い返す。
「わかっている……が……」
繰り返すその言葉が、ほんの少しだけ震えてしまう。
それに、ルルーシュのことについては酷く敏感なライが気づかないはずがないのだ。
そっと肩にライの手が乗せられる。
そのまま引き寄せられ、空き教室に引っ張り込まれたと思ったら、後ろから抱き締められて頭を軽く撫でられた。
「ごめん。僕が悪かった」
「謝るくらいなら言うな……っ」
「うん。ごめん」
ぎゅっと目を閉じるルルーシュの頭を、ライは優しく撫ぜる。
その手の温かさに、緊張し始めていた体から力が抜けた、そのときだった。
「まったく……。お前たちは相変わらずだな」
誰もいないはずの教室に突如響いた声に、ルルーシュは驚いて顔を上げる。
ばっとそちらに視線を動かせば、そこにはいつの間にか1人の少女が立っていた。
「C.C.」
この学園の制服を身につけ、碧の髪を開きっぱなしの窓から吹き込む風に遊ばせた少女は、ルルーシュがその名を呼んだ途端ににやりと微笑む。
「迎えに来たぞ、ルルーシュ」
その言葉に、ルルーシュははっと目を瞠った。
思わず後ろを振り返って、自分を解放したライと顔を見合わせる。
「へえ?君がわざわざ?」
「明日は雨だな」
「失礼な奴らだな。仕方ないだろう。マリアンヌに頼まれたんだから」
くすくすと笑いながら言葉を返せば、気分を害したらしいC.C.が思い切り眉を寄せた。
ルルーシュの母の友人であり、本国で重要な立場にいるらしいこの魔女と呼ばれる少女は、ルルーシュを睨みつけたかと思うと再びにやりと口元に弧を描く。
「お前の手作りピザと交換だ。後で作れよ」
「……またか、あの人は」
「まあ、仕方ないんじゃないかな。マリアンヌさんだし」
「まったく……」
くすくすと笑うライを睨み付けたい衝動を必死に抑えながら、ルルーシュはため息をひとつ吐いた。
いくつになっても天真爛漫なあの母は、よっぽど息子を困らせることが好きらしい。
こればかりは本当に仕方がないので、早々に諦めようと決めたのは、もう何年前のことだったか。
ライにもピザ作りを手伝わせるのだと心に決めて、ルルーシュは目の前の魔女をぎろりと睨みつけた。
「ならさっさと送れ、魔女」
「ああ、そうしてやるよ」
くすくすと笑う魔女がこちらに向かって手を伸ばす。
それと同時に自然に差し出されたライの手を取ると、ルルーシュは目の前にある細い腕へと手を伸ばした。
その日、アッシュフォード学園から2人の生徒の姿が消えた。
クラブハウスにも戻らず、正門も裏門も使った形跡のないその2人を、生徒会長は何故か探そうとしなかった。
他の生徒会役員が探そうといっても、彼女は全く心配した様子も見せずに、ただ笑っているだけだった。
その理由は、3日後に明らかにされることとなる。