月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

光の花

あいつらのすることは、本当に突然なことが、とても多くて。
その日も、最初は突然だった。

超合集国評議会も終わり、早朝一番の飛行機でブリタニアに帰るための準備をしていたその最中。
突然部屋に入ってきた選任騎士2人に、有無を言わせず着替えさせられ、宿泊施設から連れ出された。
着せられたのは、アッシュフォード学園の制服で。
前を走る2人も、普段着ている黒い騎士服から同じ制服に着替えていた。

「ほら!ルルーシュ!早くっ!」
「ちょ、ちょっと待てっ!というか、名前で呼ぶなっ!」

右手をスザクに、左手をライに取られ、町を駆け抜ける。
時々振り返る人々の視線に、慌てて声を上げるけれど、2人は笑うだけだ。
それでも走る速度は、自分を考慮している様子がありありとわかってしまって、思わず口元に笑みを浮かべる。
それを気づかれないうちに引っ込めて、思い切り眉を寄せ、前に向かって叫んだ。

「一体何処に行く気なんだ!?」
「いいからいいから」
「着いてからのお楽しみだよ」

くすくすと楽しそうに笑う2人の意図が、全くわからない。
それに頭を悩ませているうちに、ふと2人の走る速度が遅くなった。
何かと思って顔を上げた途端、2人の足が完全に止まる。

「はい、到着~」

にっこりと笑い、振り返ったスザクを、その向こうに広がるものを見た瞬間、ルルーシュは大きく目を見開いた。
その向こうにあるものは、以前彼らが通っていた場所。

「アッシュフォード学園……」

そこは、ルルーシュにとって何よりも大切だった場所。
ナナリーと共に7年の時を、ロロと共に1年の時を過ごした家。
最後にそこを訪れたのは、ルルーシュ・ランペルージとしてではなく、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとしてで。
そのとき決別して以来、二度と訪れることのなかった、本当ならば訪れる予定もなかった場所だった。

「なんで……」
呆然と見つめていると、不意に両手が引かれた。
はっと視線を移せば、そこにあったのは穏やかなライとスザクの笑顔。
「ほら。行くよ、ルルーシュ」
「ナナリーも先に来て、待ってるんだから」
「え?ほわあっ!?」
聞き捨てならない言葉を聞いたような気がしたその瞬間、ルルーシュの手を取ったままの2人が、再び走り出す。
迷うことなく懐かしい校舎に向かった2人は、そのまま屋上を目指した。
困惑するルルーシュの言葉も聞かずに、階段の一番上にある扉を開け放つ。

「「お待たせしましたー!!」」
「スザクさん!ライさん!お兄様っ!」

2人が声をかけた瞬間、よく知る明るい声が返ってくる。
腕を引かれるまま屋上に踏み込んだルルーシュは、そこで待っていた少女の姿を見た途端、目を見開いた。
目の前にいるのは、車椅子に乗ったナナリーだ。
けれど、その服はいつものドレスではなく、この学園の中等部の制服を着ていた。
車椅子も、普段の皇族用のそれでなく、かつてここにいた頃乗っていた――アッシュフォード家が用意してくれたあの懐かしい車椅子になっていた。
一瞬驚きに言葉を失ったルルーシュは、けれど慌てた様子で口を開いた。

「ナナリー!その格好は……!?」
「私たちが着替えさせたのよ」

その声に、はっと視線を動かす。
その瞬間、目に入ったのは、見知った人たち。
懐かしいその姿に、ルルーシュは思わず目を細めた。

「会長……。リヴァルにカレン、ニーナも」

穏やかに微笑んでいる、懐かしい人たち。
以前の合衆国最高評議会でこの国に来たときに話をしたミレイとリヴァル、カレン。
皇帝直属の研究チームの一員として、ロイドやセシルと共に行動をしているはずのニーナ。
その誰もが、学園の制服を着て、そこにいた。

「私たちもいる」
「アーニャ……、ジノ……」

声に気づき、振り向けば、そこにはナナリーと同じ中等部の制服を着たアーニャと、高等部の制服を着たジノがいた。
アーニャはいつもと同じ表情で、ジノは少し不貞腐れたような表情で。

「どうして、みんな……」
「どうしてって、ひっでぇなぁ」
「ルルーシュ。あなたが言ったのよ」
呆然とするルルーシュに、リヴァルが声を上げ、ミレイが苦笑を浮かべる。
その言葉の意味が、そんな反応を返される意味がわからなくて、呆然と視線を向けた、そのときだった。

「またここで花火を上げようって」

ルルーシュの紫玉の瞳が、大きく見開かれる。
それはあの日――ナナリーがエリア11の総督に就任したその日に、ルルーシュが2人とシャーリーに交わした約束。
ロロを喪ったあの日、もう叶えることはできないと、諦めた願い。

「会長、覚えて……」
「何言ってんの。当ったり前でしょうっ!」

ミレイがにっこりと笑う。
あの頃と同じ笑顔で、綺麗に微笑む。

「シャーリーとロロは、もういないけど」

びくりと、体か震えたのが、自分でもわかった。
そんなルルーシュの肩に、ミレイはぽんっと手を乗せる。
懐かしいその手は、あの頃と変わらない温かさを持っていた。

「それでも、私たちはまだ、あなたの傍にいるんだから」
「かい……ちょう……」

にこりと微笑むミレイを、ルルーシュは呆然とした表情で見つめる。
ふと、ずっとルルーシュの手を取ったままだったライとスザクの手が、離れた。
それに驚き、視線を動かしたときには、2人は既にナナリーの傍に歩み寄っていた。
「はい。スザクさん。ライさん」
「ありがとう、ナナリー」
「スザク!ライ!こっちよこっち!」
ナナリーから何かを受け取った2人は、手を振るカレンの傍に歩いていく。
カレン自身も、いつの間にか少し離れた場所に移動していて、その足元には、空に向かって立てられた花火と思われる筒が、いくつも用意されていた。
「そことそこよ。同時にやってよね」
「わかってるよ、カレン」
「じゃあ、行きます」
スザクとライが、両端の筒から延びた導火線に火をつける。
全てが繋がっているらしいそれは、見る見るうちに床を駆け抜け、筒から花火を打ち出した。
飛んでいったいくつもの玉が空で弾ける。
その瞬間、空を明るく染めた光の花に、ルルーシュは目を大きく見開いた。

「「ハッピーバースディ、ルルーシュっ!!」」

空に広がったのは、まさに今、告げられた言葉そのもの。
色とりどりの光で形作られたそれが、星の光る空へ広がる。

「これ……っ」
「大変だったんだぜぇ、これ作るの!」
「お願いしたお店の人に、『勝手に皇帝陛下を祝っていいのかぁ?』なんて言われてね」
「慌てて、うちの生徒会の副会長の誕生日だって、誤魔化したりして」
「誤魔化すって……、それも間違ってないじゃない」
「大変だったなぁ。私とカレンがついていかなきゃ、そんな風に思われなかったんだろうけど」

リヴァルが、ミレイが、カレンが、ニーナが、ジノが笑う。
その傍で、ナナリーとアーニャも楽しそうに笑っていた。

「みんな……」
「ルルーシュ」

呆然とそこにいる友人たちを見つめていたルルーシュの耳に、馴染んだ声が聞こえる。
視線を動かせば、そこにはいつの間にか傍に戻ってきていたライとスザクの姿があった。
「ライ……、スザク……」
呆然と名を呼べば、2人は同時に微笑んだ。

「「生まれてきてくれて、ありがとう」」

ルルーシュの紫玉の瞳が、無意識のうちに大きく見開かれる。
その瞬間、その瞳の端からぽろりと、透明な雫が零れ落ちた。

「お兄様!?」
「なーに泣いてんだよ、ルルーシュ」
「え……?」

ナナリーの驚く声と、いつかも聞いた、リヴァルの茶化すような声。
その声に、頬に手を当てたルルーシュは、漸く気づく。
自分の目から、止めどなく流れる、涙の存在に。

「ち、違う!俺は……っ。ただ、その……」
「ルルーシュ」

弁解しようと口を開いたその瞬間、名前を呼ばれた。
はっと顔を上げれば、そこにいたのは先ほどと変わらない、優しい笑みを浮かべたライで。
ゆっくりと伸ばされたその手が、優しくルルーシュの頭を撫でた。

「あ……」

頭に感じる、温かい感触。
久しく感じることのなかったそれに、驚きに焦っていた心が静まっていくのがわかる。
先ほどから受け入れようと必死だった気持ちが、心の中にすとんと落ちていく。
ゆっくりと心に染み渡るそれに、目を閉じた。

かつては拒絶しようと必死だった、その気持ち。
一度は諦めようとしたそれを、否定する必要はもうない。
だから、受け入れることができる。
受け入れて、返すことができる。

「ありがとう、みんな」

目を開けて、ふわりと微笑んだ。
自分を受け入れてくれる人たちに、感謝を。
共にいたいと望んでくれる人たちに、ありったけの、笑顔を。
そんな想いを、全部全部詰め込んで。

心からのその笑みに、一瞬ライとスザク、ナナリー以外の誰もが、驚きの表情を浮かべた。
けれど、その驚きは瞬く間に喜びへと変化する。
それを認識した瞬間、誰もが自然に動いていた。

「ほら!ルルーシュもこっち来なさい!」
「うわっ!引っ張るな!カレンっ!」
「ほら!ルルーシュもやれよ!会長がせっかく用意してくれたんだから!」
「お?これなんだ?やってみよ~」
「ああっ!ジノだめっ!それは……」
カレンの制止も聞かずに、ジノは手にした花火に火をつける。
そのまま持っていると、円状に組まれた花火の先から火が吹き出した。
軽く摘む程度の力しか入れていなかったジノの手の中で、その花火が暴れ出す。
「うわああああっ!?」
驚いたジノが、慌てて手を放したその瞬間、地面に落ちたそれは、ぱんっと音を立てて破裂した。
その火の粉が飛んだのか、「あちぃっ!」と大声を上げてジノが飛び上がる。
「ジノっ!?」
「それ、ねずみ花火……」
「あらら……」
「だから止めたのにね」
「記録」
驚くリヴァルの傍で、カレンが大きなため息をつく。
その少し後ろで、ミレイとニーナがくすくすと笑い、アーニャがバケツに手を突っ込むジノを携帯で撮影する。
その光景に、ルルーシュは声を上げて笑った。
ジノが恨みがましく睨みつけるが、それもお構いなしだ。
珍しく腹まで抱え出したルルーシュを見て、リヴァルとカレンまで笑い出すものだから、ジノはとうとう拗ねてしまった。
だが、この中で最も背の高い彼がいじけて見せても、少しも可愛くない。
それを見てさらに笑うルルーシュの姿に、やがて諦めたのか、ジノは大きくため息をついて、同じように笑った。



その様子を、ライとスザクは少し離れた場所で見つめていた。

「よかった」

ふと、呟かれた言葉に、ライは視線をスザクへ向けた。
穏やかな笑みを浮かべ、友人たちに囲まれるルルーシュを見つめているスザクの翡翠の瞳が、優しげに細められる。

「ルルーシュが、笑ってくれてる」
「……ああ、そうだな」

スザクの言葉に、ライも微笑む。
皇帝になってから、それまで以上に様々な大人と対等に渡り合っているルルーシュ。
その全てを、ルルーシュに背負わせているつもりはない。
ライも宰相として、そしてスザクはルルーシュの補佐として、できる限り彼の背負うものを引き受け、共に歩いているつもりだ。
だけど、最近はあまりにも忙しすぎて、ルルーシュが笑顔でいる時間が減っていることは、2人はもちろん、彼の周囲にいる人間は誰もが気づいていた。
だから、がんばっているルルーシュが、一番喜んでくれることを。
そうして考え抜いた結果が、これ。
立場も何も関係なく、笑い合える人たちと、共に過ごす時間を作ること。
それが、ライとスザクの、彼らの周りにいる人たちの、ルルーシュへのプレゼントだった。

「ライ!スザク!」
「何してるの!あんたたちもこっちに来なさーいっ!」

リヴァルとカレンの声に、2人は顔を見合わせる。
目が合った瞬間、どちらともなく、くすっと笑った。

「ああ!」
「今行くよ!」

笑顔で答えて傍に駆け寄る。
そのままスザクがルルーシュに飛びついて、怒ったライが、無理矢理スザクを引き剥がして、自分の腕に抱きこんだ。
それに文句を言うスザクを見て、ルルーシュが、そしてその場にいる誰もが笑った。











おまけ




2008.12.5