月光の希望-Lunalight Hope-

Last Knights After

光の花・裏

「それにしても、よかったよなぁ」
花火と共に楽しそうな声が上がる中、ふと耳に届いた声に、スザクは振り返った。
「何がだい?ジノ」
「今回の合集国評議会だよ」
バケツに手を突っ込んだままのジノの言葉に、スザクは首を傾げる。
「だって、もう過去2回連続で日本でやってたんだぜ?私もカレンも、いい加減に開催国変わると思ってたんだ」
確かに、ブリタニアが超合集国に参加して以来、評議会は既に2回連続で日本で開かれている。
今回を含めると、これで3回連続なのだ。
「今回も日本になるなんて、偶然だけどよかったよな。他の国だったら、12月5日に間に合わなかっただろうし」
「ジノ」
スザクの声に、ジノは言葉を止め、顔を上げた。

「本当に偶然だと思ってる?」
「へ?」

思いもよらなかったその言葉に、ジノはきょとんとした顔でスザクを見上げた。
「偶然だろ?」
「そんなわけないだろ」
不思議に思って尋ねれば、呆れた顔と共にあっさりとそんな言葉が返ってきた。
その答えに、ジノは思わず顔を引き攣らせる。
「じゃ、じゃあ何で……」
その問いに、スザクは言葉を返さなかった。
変わりに、呆れの色を浮かべた翡翠が一点へと向けられる。
つられるように、ジノもそちらへ目を向けた。

そこにいたのは、カレンと楽しそうに話をする少年。
銀の髪を光の花の色で染めた、ライの姿だった。






『嫌です』

国会議事堂の通信室にある巨大なモニター。
その向こうで、にっこりと笑い、はっきりと答えた黒銀の騎士に、扇はぽかんと口を開け、唖然とした表情を向ける。
その顔が、くすりと笑ったのを見て、慌てて顔を引き締めた。
「えっと、エイヴァラル卿?嫌というのは……」
『言葉どおりの意味ですよ。扇首相』
全く崩されることのないその笑顔に、何だか恐ろしいものを感じて、扇は身を震わせる。
黒の騎士団にいた頃の彼と話していても、こんな心境に陥ることはなかったのに。
ああ、ライ。君は本当に変わってしまったんだな。
そんなことをぼんやりと考え、遠い目をしたその瞬間。
『あははは。誰が変えたと思ってるんです?』
「え!?」
『いや。何でもありません』
とんでもないセリフを聞いたような気がして意識を引き戻せば、相変わらずにこりと微笑むライ。
その顔は笑っているはずなのに、感じる温度は先ほどよりもずっと低くなっているような気がした。
こちらの様子なんて気にすることなく、こぼんとわざとらしく咳払いをすると、ライは先ほどと変わらない笑顔で口を開いた。

『12月の超合集国評議会、開催国か日取りを変えてくださらない限り、我が神聖ブリタニア帝国は参加を拒否いたします』

はっきりと告げられたその言葉に、扇は今度こそ唖然とした顔を向けた。
その途端、ライにくすくすと笑われ、顔を引き締める。
皇神楽耶から、次の超合集国最高評議会の日程調整を任された身だ。
こんなところで挫けるわけにはいかない。
顔を引き締めると、きっと目の前の帝国の宰相を見つめた。
「えっと、エイヴァラル卿?君は自分の国の立場をわかっているか?」
『嫌だなぁ、扇首相。我が国の立場ならよぉーっくわかっていますよ』
「だったら、文句を言える立場ではないと思うんだが?」
『ええ、そうですね。本来ならば、我々は評議会の開催時期や開催国に文句を言える立場ではありません。それは十分よくわかっています』
素直にそう答えながらも、ライはその笑顔を全く崩さない。
それどころか、ところどころ黒の騎士団にいた、純粋な少年だと思っていた頃の彼が垣間見えていて、それが逆に怖い。
それでも、戦々恐々としながら何とかライを説得しようとしていた扇は、次の瞬間ライが言い放った言葉に息を呑んだ。

『ですが、それは貴国も同じでは?』

途端にライの笑顔の質が変わる。
通信越しでもわかるほど、ライを包んだ温度が変わる。
さすがに何度もそれに晒されていれば、扇もその変化に気づくことができるようになっていた。
びくんと大きく体を震わせると、すっとライから視線を逸らした。
「な、何の話かな……?」
『すっとぼけるのもいい加減にしてください、扇首相』
その瞬間、ライの声が変わった。
穏やかだった声音が、急激に鋭く、厳しいものになる。
突然の怒声に、扇はびくりと体を震わせた。

『前回の開催国こそ、本来なら合衆国中華だったそうですね』

そう、そうだ。
確かに前回の開催国は、合衆国中華の朱禁城で行われるはずだった。

『それなのに、開催国が急遽日本になったというのは、何故でしょう?』

しかも、その連絡が来たのは開催3日前。
理由は合衆国中華内の情勢の変化、と伝えていたはずだったのだけれど。
しかし、この言い方は、この目は、それを完全に疑っている。
全てを見透かすような紫紺と視線を合わせていることができなくて、扇は思わず視線を外した。
「な、なんのことだ?」
『とぼけても無駄ですよ?こちらには強力な自白剤がありますので』
ライの左手が、ゆっくりと上がる。
それが左目の傍に置かれた瞬間、ライの唇が弧を描いた。

『仰っていただけないのならば、強制的に証言していただきますが?』

くすりと、笑みを漏らした告げられた瞬間、ライの紫紺の双眸が変化する。
くっきりと浮かび上がった刻印と真紅に染まりかけた両目を見た途端、扇は慌てて首を振った。

「そ、その、家族が体調を崩して……」
「あら?では、中華の情勢や動向は、本当は関係なかったということですか?」

突然背後から聞こえた声に、扇はこれでもかというほど大きく肩を跳ねさせた。
慌てて振り返ると、入口の扉からいつの間にか開いていた。
そこにいたのは、あの和服と洋服を組み合わせたような私服を身に着けた、黒髪の少女。

「か、神楽耶様っ!?」

突然の日本の象徴土地とも言える人物の姿に、扇は思わず声を上げる。
それとは対照的に、一瞬と驚いたように目を瞠ったライは、すぐににこりと微笑んだ。

『これはこれは。ご機嫌麗しゅうございます、皇議長』
「エイヴァラル卿こそ、ご機嫌麗しゅう。ルルーシュ陛下はお変わりないでしょうか?」
『ええ。毎日元気にスザクをどついてますよ』
「あらあら。枢木のお兄様はいい気味ですわ」

にっこりと笑った神楽耶から、モニターの向こうで微笑み返すライから得体の知れない恐怖を感じ、扇は思わず数歩後ろへ下がる。
それを全く気にしないまま、神楽耶が可愛らしく首を傾げた。

「それで、先ほどの件ですが?」
『はい。裏は取れております。よろしければ全世界中継で録音を流しますが?』
「んなっ!?」
「あら。それは困ります。扇首相だけではなく、わたくしまで危なくなってしまいますわ」
『ああ、これは困りますね。皇議長は合衆国日本の良心ですから』
「まあ。ありがとうございます」
ライの言葉に、神楽耶がにっこりと笑って礼を告げる。
言葉を交わす2人は、双方ともに見た目麗しい少年少女だ。
でも、いや、だからこそ、その背後から滲み出るオーラが、怖い。
一瞬ライの目が扇を見た。
それに、扇はこれでもかというほど肩を跳ねさせる。
くすりと笑みを零すと、ライはそれきり扇から視線を外した。

『……で、皇議長。次の合衆国評議会の件なのですが』
「はい。情勢がもう少し安定するまでは、世界が一丸となっていることを示すためにも、ふた月に一度の開催を。それはブリタニアの参加が認められた際にお話しましたわね?」
『はい。それについては、こちらにも異論はございません。こちらからお願いしたいのは、日取りの調整です』
「日取り、ですか?」
『はい』

神楽耶の問いに、ライはにっこり笑って答える。
口調だけ聞けば変わらないように聞こえるのに、その態度も、笑顔の質も、扇を相手にしているときに比べると、180度変わっていた。

『日程を、もう少し前へ。それが無理ならば、開催国の変更をお願いしたいのです』
「どちらにですか?」
『貴国に』
「日本に?」
「え!?」

ライの言葉に、神楽耶だけではなく扇も声を上げた。
扇は、てっきりブリタニアが自分の国で合衆国評議会を開催したいと考えているのだと思い込んでいた。

『日本は彼の英雄、ゼロが生まれ、死んだ土地。英雄が生き、眠った土地に開催国を変更することに、不満はそれほど上がらないと思いますが?』
「しかし、ブリタニアが参加を認められて以来、過去2回の評議会を連続で日本で開催しています。3回連続となると、他の国の方々が納得してくださるかどうか……」
『ああ、その辺りは大丈夫です』

にっこりと、ライが笑う。
それはそれは、恐ろしいほど爽やかに。

『各国代表方には、こちらからご理解頂ける説明を、ちゃんとさせていただきますので』

その笑顔のまま吐かれた言葉に、心なしか神楽耶がピシッと固まった。
扇かその顔を覗きこむ前ににっこりと笑った神楽耶が、可愛らしく首を傾げる。

「例えばどんなですの?」
『そうですね。例えば……』 






スザクがぽつぽつ語った話を聞きながら、ジノは顔を引き攣らせる。
スザク自身、その場にはいなかった。
そのやり取りを知ったのは、後でたまたまそのときの通信記録を見たときだったのだから。
「……たとえば、何だったんだ?」
「そこまでは。神楽耶もそのときのことを話そうとはしないし、扇首相は震えているし」
スザクの答えに、ジノは体を震わせる。
ジノ自身、直接見たことがあったから、知っていた。
ライは、黒の騎士団に対するときのみ、時々別人のような顔をする。
それは必ず、彼らがルルーシュに対して負の感情をぶつけるときだ。
以前それを見たときの事を思い出してぶるりと震えたジノを見て、スザクはため息をついた。
「とりあえず、はっきりと言えることは」
「言えることは……?」
ジノが、恐る恐るスザクを見上げる。
それに、もうひとつため息をついて。

「ルルーシュ関連でライを怒らせるなってことだけかな?」

はっきりと言い放った言葉に、ジノはごくりと息を呑み、何度も何度も頷いていた。




2008.11.29~12.4 拍手掲載
2008.12.5 加筆・修正