Last Knights
Story Final REGENERATION
世界をかけた決戦の後、世界は確実に変化を始めた。
ブリタニアと黒の騎士団は休戦条約を結び、ブリタニア軍は日本から引き揚げた。
世界をフレイヤという恐怖で支配しようとしたシュナイゼル。
その彼についた黒の騎士団を糾弾するかと思われた超合集国評議会は、それをしなかった。
シュナイゼルの思惑に気づかなかった自分たちにも責はあると、彼らだけを糾弾することはしなかったのだ。
超合集国と黒の騎士団は己の非を認め、またブリタニア側も、独裁を阻止するためとはいえ、急進的な行いをしたことを認めた。
その上での停戦条約に、反対する国は少なかった。
ブリタニアは第99代皇帝と2人のナイトオブゼロの下で、民主国家への道を着実に進み始めていた。
残っていた帝政独自の政治制度を徐々に縮小。
決戦後、黒の騎士団とナイトオブゼロの会談で交わした言葉どおり、徐々に植民エリアを解放していった。
ライが告げた言葉どおり、ルルーシュが皇帝として行った悪行は、ひとつを除いて全てブリタニアの内部でのみ。
元々他国からは『正義の皇帝』と呼ばれていたルルーシュは、他国から、そして貴族を快く思っていなかった一般市民から支持を受け、その地位を確固たるものにしていった。
彼が行った政策の半分は、実は黒銀の騎士が発案し、実行したものであることを知る者は多くない。
シュナイゼルは償いのため、監視を受けて超合集国のために働くことを義務付けられ、彼の下についていた者たちも、数年の投獄生活の後、超合集国のために働くことを義務付けられた。
けれど、シュナイゼルと共にブリタニアに宣戦布告したはずのコーネリアとナナリーは、その限りではない。
コーネリアは、シュナイゼルの思惑を知り、反旗を翻し、殺害されかけたこと。
ナナリーは、シュナイゼルにルルーシュに対する人質として利用されていただけであり、全てが終われば殺害される予定であったこと。
ダモクレスに残っていた記録から、その双方を証明したナイトオブゼロの訴えにより、2人はシュナイゼルと同じ罰を受けないこととなった。
尤も、だからと言って2人が納得するはずはなく、彼女たちは今ブリタニアでそれぞれの役目を持ち、祖国をより良くするために尽くしている。
最後までどちらにもつくことのなかったEUも、暫くの後超合集国への加盟を果たす。
そこには若き議長と合衆国中華の代表の尽力があったことは、公然の秘密となっていた。
そして二ヵ月後、合衆国日本首都、東京。
超合集国最高評議会が開かれている議事堂の、会議室。
今まさに会議の終わったその扉が、勢いよく開け放たれた。
中から出てきたのは、まだ若い黒髪の少年。
不機嫌を隠そうともせず、眉を寄せたままの彼の後ろから、銀髪の少年が早足で追いかけていく。
その2人こそ、現在のブリタニアにおいて、最高決定権を持つ2人。
第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、宰相でありナイトオブゼロの名を持つ黒銀の騎士、ラインハルト・ロイ・エイヴァラルだった。
黒の騎士団と、そして皇神楽耶と交わした言葉どおり、全ての植民エリアを解放したブリタニアが超合集国への加盟を認められたのが1週間前。
ブリタニア加盟後、初の超合集国評議会に参加するため、彼らはこの国に滞在していた。
2人とも、その服装は二ヵ月前とがらりと変わっていた。
ルルーシュはあの白い皇帝服を着ておらず、現在の服装は紫かがった黒いロングコートのような上着に黒いズボンだ。
上着の下には薄い蒼のベストを身に着けており、首元には仮面を被っていた頃と同じ白いスカーフが揺れていた。
後ろをついて歩く騎士も、あの妙に存在を主張する騎士服ではなかった。
前皇帝の騎士だったナイトオブラウンズ。
その制服と似たデザインの黒い騎士服を身に着け、黒銀のマントを羽織っている。
そのマントと白いインナーに施された金の模様が、実はアッシュフォード学園の校章を逆さにし、少し形を変えただけのものであるということに、気づいている人間は少ない。
「まったく!どいつもこいつも考えが固すぎる!ちゃんと話を聞いていたのは皇議長だけじゃないか!」
「陛下。他の代表方に聞かれますよ」
ぶつぶつと文句を言い続けるルルーシュを、ライが諌める。
その途端、ぎろりと怒りを宿した目で睨まれた。
それに怯えることなく、ライもまた鋭い目でルルーシュを睨み返した。
「神楽耶様が説得されたとはいえ、まだブリタニアに不信感を抱いている国もあるんです。反感を買うような発言は、包んでいただきませんと」
「わかっている!だが、ここまでとは……」
尚も文句を吐き続けるルルーシュに、ライはため息をついた。
視線だけで辺りを確認する。
そこに自分たち以外誰もいないことを確信した途端、その口調ががらりと変わった。
「仕方ないだろう。超合集国を纏めていたのはゼロだ。どの国がばらばらの意見を出しても、いつだってそれを纏めてきた英雄は、もういない。そんな中で初めての『敵』だった国の代表からの議題だ。二ヵ月前のことを根に持っている人もいる。ここまで進んだ方が、逆に奇跡だよ」
騎士としてではなく、友人としての口調で指摘する。
その途端、ルルーシュの紫玉の瞳が、ぎっとライを睨みつけた。
「それはわかっている!だが……っ」
「恨むのなら、ゼロレクイエムなんて無茶な計画立てて、超合集国を一時でも敵に回した自分を恨むんだな」
「ぐ……っ!?」
あっさりと言い捨てられた言葉に、ルルーシュは喉まで出かけた言葉を飲み込む。
そのままぎぎぎっと音が聞こえそうな動作で、ライを振り返った。
「ライ。お前、性格悪くなってないか?」
「誰かさんのおかげですっかりね」
「う゛……っ」
にっこりと笑って答えられれば、多少どころか物凄く心当たりのあるルルーシュが反論できるはずがない。
にこにこと笑うライに言葉を返すことができず、思わずぐるりと前を向いて、思い切り舌打ちをした。
その反応に、ライはくすくすと笑う。
それでますますルルーシュが拗ねてしまうことはわかっていたけれど、それでも笑みを止めることはできなかった。
「ルルーシュ!ライ!」
ふと、耳に届いた声に揃って顔を上げる。
歩く廊下の先にいたのは、ライと同じ騎士服を身に着け、紺のマントを羽織った翡翠の瞳を持つ少年。
その向こうに見えるのは、碧の髪を後ろで一纏めにし、眼鏡をかけたスーツ姿の少女。
会議の間、ずっと控え室で自分たちを待っていた、もう1人の騎士と秘書。
2人の姿を見た途端、ルルーシュはますます眉を寄せ、ライはにこりと笑った。
「やあ、スザク。C.C.も。お待たせ」
「お帰り。あれ?ルルーシュ?顔色悪そうだけど、大丈夫?他の国の代表に苛められた?」
「あー、違う違う。自分の行動を振り返って、自分の選択に後悔しているだけ」
「ライ~っ!!」
「本当のことだろう。自業自得だ」
「お前なぁっ!」
「あ、あはははは……。お疲れ」
2人のやり取りに、ルルーシュのご立腹具合に、大体の事情を察したらしいスザクが苦笑いを浮かべる。
その隣で、スーツ姿のC.C.がため息をついた。
「まあ、神楽耶や天子はともかく、他の国の連中は何も知らない石頭だからな。少しくらい話を聞かないのは仕方ないだろう」
「C.C.!お前他人事のように!」
「他人事だからな」
「はっきり言うな!そもそも!俺の秘書のお前が、どうして会議に出ない!」
「私に政策が理解できるはずもないだろう。ライがいれば十分だ」
「お前……」
はっきりきっぱり言い切ったC.C.に、ルルーシュはがっくりと肩を落とす。
内容がわからないからと言って、ついて来ない秘書は果たして秘書と言えるのだろうか。
確かにルルーシュ以上に政治に精通しているライがいれば、困らないことは困らないのだけれど。
ルルーシュがわりと本気で悩んでいると、突然ぱんぱんと手を叩く音が聞こえた。
ぐったりとしたまま顔を上げれば、ライが不機嫌と言わんばかりの表情で立っている。
「はいはい。こんなところで喧嘩しない」
「そうだよ。大体ルルーシュ。C.C.に当たったって、何の解決にもならないだろう」
「ほう。スザク、珍しく冴えているじゃないか」
「褒めてくれてありがとう」
馬鹿していますと言わんばかりのC.C.の言葉をあっさり流し、スザクはルルーシュに視線を向ける。
紫玉と翡翠が交わった瞬間、彼はにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
まだアッシュフォード学園にいた頃――7年ぶりの再会をしたばかりの頃に良く見た、柔らかいスザクの笑顔。
この二ヵ月の間に自然と顔に出るようになったそれに、ルルーシュは目を瞬かせた。
「まだ始めたばかりで、みんな戸惑っているだけだ。ちゃんと、世界は前を見て進めるようになるよ」
「違う。間違っているぞ、スザク」
スザクの言葉に、びしっと人差し指を突きつけ、ライが口を開く。
突然目の前に突き出されたそれに、今度はスザクがぱちぱちと目を瞬かせた。
「ライ?」
「『なる』じゃない。僕らで『する』んだ」
得意そうな笑顔で、はっきりとそう言い切ったライに、目を見開く。
けれど、それは一瞬で、すぐにふわりと微笑んだ。
「そうだね。そうだった」
その答えに、ライが満足そうに笑う。
その傍で、C.C.とルルーシュが呆れたようにため息をついた。
「まったく。褒めた途端にこれか」
「先が思いやられるな」
「大丈夫だよ」
はっきりとそう告げたスザクに、ルルーシュとC.C.は揃って彼を見た。
訝しげなその表情がおかしくて、スザクは笑う。
「だって、僕とルルーシュが組んで、できないことなんてなかっただろう?」
その言葉に今度はルルーシュが目を見開いた。
その反応がおかしくて、スザクは思わずくすくすと笑う。
「酷いな。忘れてた?最初にそれを言ったのは君だろ?」
「う、うるさいな」
頬を赤く染めたルルーシュが、ぷいっと視線を逸らす。
その瞬間、傍にいたライの顔が目に入った。
くすくすと笑っていた彼と目が合った瞬間、紫紺が柔らかく微笑む。
「ルルーシュ。君は前に僕にも言ったな。僕と君が組めば、もっと大きなことができるって」
ライの言葉に、ルルーシュは今度こそ目を見開いた。
それは以前、まだ2人が黒の騎士団にいた頃に、ルルーシュがライに告げた言葉だった。
確か、ルルーシュ1人では失敗するところだった作戦にライが手を貸し、成功したときに伝えた言葉だった気がする。
久しく忘れていたそれにぱちぱちと目を瞬かせていると、隣で考え込むように腕を組んでいたC.C.が、突然ぽんっと手を打った。
「……ということは、だ。お前たち、3人組めば無敵じゃないか」
「「そういうこと」」
C.C.の言葉に、ライとスザクが満足そうに笑った。
あっさりと彼女が出した結論に呆然としていると、ふとルルーシュの前に手が差し出される。
はっと前を見れば、笑顔のままのライとスザクが、いつの間にか自分に向かって手を伸ばしていた。
「だから、大丈夫。世界は前に進める。僕らが進める」
「ルルーシュ1人じゃ無理でも、僕たちが一緒なら、絶対にできるよ」
「……ああ、そうだな」
できないことがない上に、もっと大きなことまでできる。
そんな3人が揃ったのだから、それこそ実現させられないものなんてないのだ。
だから、大丈夫。
3人なら、きっと――いいや、絶対に前に進める。
そう言い切ることができるから、ルルーシュは迷わず2人の手を取る。
その手が絶対に放されることがないということを、今の彼は知っていた。
その光景を見ていたC.C.が、ふっと微笑む。
以前の彼女にはなかった柔らかい笑顔を浮かべて、先に外へ足を向けた。
「安心したなら、そろそろ帰るぞ。今日はナナリーがこっちに来るんだろう?」
「ああ。早く迎えに行ってやらないとな。何かあったら大変だ」
「ジェレミアさんと咲世子さんが一緒なんだから、大丈夫だって」
「いいや!ナナリーは絶対に寂しがってる!この前も……」
皇帝の仮面を脱ぎ捨て、いきなり始まったルルーシュのナナリー語り。
先ほどまで笑顔を浮かべていた2人の騎士は、顔を引き攣らせ、ほぼ同時にため息をついた。
「ああ……、また始まった……」
「何か酷くなってない?ルルーシュのシスコン」
「たぶん、2人分になっちゃってるんじゃないか?まったく……」
「でも、こっちの方がルルーシュらしいけどね」
「それは同感」
年下の弟妹に甘いのは、ルルーシュの本質のひとつだ。
1年以上もの間引き離されていた分――そして弟を喪った分――その部分が強くなってしまっても、仕方がない。
あまりに度を越せば、自立を始めたナナリーがルルーシュを叱るだろうから、放っておくことにしている。
ルルーシュもナナリーの自立はちゃんと認識しているから、ナナリー本人が怒れば多少は自制するだろう。
「何してるんだ!早く行くぞ!ライ!スザク!」
「はいはい」
「わかってるよ」
ルルーシュの声に、ライとスザクは顔を見合わせ、苦笑する。
本当に、ナナリーのこととなると周りのことなどお構いなしになるのは変わらない。
けれど、ルルーシュが幸せに笑っていてくれるのなら、それでいい。
そんな風に考えてしまう自分たちも、かなり重症だと自覚していた。
学園にいた頃と同じように怒り出したルルーシュに謝って、4人で外へと歩く。
だんだんと出口が近づいてきたところで、ライは外が騒がしいことに気づいた。
聞こえるのは、おそらくはマスコミの声だ。
今日は確か、ブリタニアが超合集国に加盟して初めての評議会ということで、世界中が注目していたな、なんて、今更ながらに思い出す。
外に一歩出た途端、多くのフラッシュと共に報道陣の声が耳に飛び込んできた。
「評議会が終わったようです!今ブリタニアの代表、ルルーシュ陛下が出ていらっしゃいました!」
その報道陣の中に見知った金髪の女性の姿を見つけ、ライは微笑む。
その瞬間、ふと思いついた悪戯に、ライは小さく微笑んだ。
「スザク。C.C.」
傍にいる2人に、そっと声をかけ、耳打ちをする。
一瞬目を丸くした2人は、けれどすぐに楽しそうな笑みを浮かべた。
スザクがライの紫紺を真っ直ぐに見つめる。
それに頷き返すと、2人は前を歩くルルーシュに顔を向けた。
「「陛下」」
「ん?何だ?」
今まさに階段を下りようとしていたルルーシュが振り返る。
その体が完全にこちらを向く前に、スザクが右手を、ライが左手を取った。
手袋も何もしていない白い手の甲に、2人の唇が触れる。
ちゅっと音を立てて口付けをすると、そのまま2人はするりとルルーシュの脇を抜け、階段を降り始めた。
何が起こったのか、ルルーシュが認識する前に、今度はひょっこりと顔を出したC.C.が、呆然としているルルーシュの頬に顔を近づける。
ちゅっと、やはり音を立てて口付けをすると、2人を追いかけ、軽やかに階段を下りていく。
呆然としていたルルーシュは、階段を降り切った3人が振り返り、にやりと笑ったのを見て、漸く我に返った。
その瞬間、色白な彼の顔が、ぼわっという音が聞こえそうな勢いで真っ赤に染まる。
「な、なななななな……っ!?」
2人にキスされた手を隠せばいいのか、C.C.にキスされた頬を隠せばわからずに、みっともなくばたばたと手を動かす。
突然の騎士と秘書の行動に呆然としている報道陣がいることも忘れて、ルルーシュはぎゅっと拳を握り、大声で叫んだ。
「な、何を考えてるんだお前たち!こ、こんな、人前で……っ」
「何って」
「それは当然」
「なあ?」
顔を見合わせた3人が、にやりと楽しそうに笑う。
それに嫌な予感がして、ルルーシュが息を呑んだ、そのときだった。
「「「愛してるよ、ルルーシュ」」」
ライが、スザクが、C.C.が、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に、ルルーシュは一瞬状況を忘れ、思わず見入る。
数回目を瞬かせた後、漸く彼らが何を言ったのか理解して、思わず大きなため息をついた。
「まったく……」
ルルーシュの顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
困ったような、それでも嬉しそうなその笑顔に、3人も満足そうに微笑んだ。
「参りましょう、陛下」
「我ら3人、何処までもお供いたします」
「お前が離れてほしいと言っても、離れてやらないからな」
ルルーシュの生きている明日が欲しい。
そう言ったときと同じように、3人がそれぞれ手を伸ばす。
その手を取ることを戸惑う理由は、ルルーシュにはもうなかった。
「当然だ。我が覇道、共に歩いてもらうぞ。我が騎士たち」
「「「イエス、ユアマジェスティ」」」
王の笑みを浮かべてそう告げれば、迷いのない答えが返ってくる。
それに満足し、笑みを浮かべると、ルルーシュはしっかりした足取りで階段を下りる。
呆然とする報道陣を無視して3人の傍へ足を進めれば、たちまち両手をライとスザクに取られた。
出遅れたC.C.の不満そうな声を無視して、3人で待たせていた車へと向かう。
車に乗り込む直前、見上げた空は、何処までも蒼く輝いていた。
2014.9.27 加筆修正