Encounter of Truth
01
「温泉行くわよぉぉっ!!」
「「「「……はい?」」」」
生徒会室に入った途端、投げられたその言葉に、ルルーシュ、ライ、カレン、スザクの4人はぴたりと動きを止めた。
楽しそうに計画を語り出すミレイに、数日ぶりに登校した4人はついて行くことができずに、ただ呆然と踊る生徒会長と、その後ろで苦笑を浮かべている友人たちを見つめた。
「いや、あの、ミレイさん。急に言われても、話が見えないんですけど」
「だ・か・らぁ!温泉に行くのよ!お・ん・せ・ん!」
4人ともが唖然とミレイを見つめる中、真っ先に我に返ったライが声をかける。
その途端、くるくると踊っていたミレイは、物凄い速さでライの前まで近寄ると、びしっと人差し指を突きつけた。
けれど、そんな宣言だけで、事情が飲み込めるはずがない。
「えっと、シャーリー?」
ミレイのその行動で我に返ったらしいスザクが、困惑した顔で尋ねた。
くすくすと笑っていたシャーリーは、彼の問いに苦笑を浮かべる。
「あのね。会長の卒業記念に、生徒会で旅行に行こうってことになったの」
「そ!春休みを利用した温泉旅行よ!素敵でしょう!」
「卒業も何も、会長りゅうね……」
決定的事実を言いかけたカレンの口を、ライが瞬時に塞ぐ。
ここでこの話をしては、話がおかしな方向に行くことを、彼は正確に理解していた。
「でも会長。ルルーシュはともかく、僕たち3人はそんなに頻繁に休みを取れるわけでは……」
「ああ、その点は大丈夫!ちゃーんと行き先はシズオカにしたから!」
ルルーシュの不在は、相変わらずふらふらと遊びまわっていることが原因ということになっている。
他のメンバー同様そう思い込んでいるスザクは、ルルーシュが睨みつけるのを無視して、特区に参加している3人の都合を伝えようとした。
けれど、それは途中でミレイ本人によって遮られる。
「フジヤマ温泉よ~っ!特区からも近いし、昼間は駄目でも夜は来られるでしょ?」
「え、えっと……」
「ちなみに来週だから!ちゃーんと夜は空けておいてよね!」
再び指を突きつけ、有無を言わせぬ口調で告げるミレイに、苦笑する。
こんなことを言っていても、仕事がどうしても抜けられないようなら、彼女は参加しないことを許してくれるだろう。
代わりに、後から大量の文句が飛んでくるだろうが。
そんなことを考え、ため息をついているライの隣で、ルルーシュが挙手をした。
「会長」
「なぁ~に?ルルちゃん」
「すみませんが、俺は行けません」
はっきりとした口調で、言い切る。
その言葉に、ミレイが一瞬動きを止めた。
「ええっ!?どうしてっ!?」
動き出したと思ったら、ルルーシュの目の前に迫り、詰め寄る。
その早業に驚いているライとは裏腹に、ルルーシュは冷静に言葉を返す。
「咲世子さんが来週いっぱいいないんです。ナナリーを1人にするわけにはいかないでしょう?」
「あ~……。そういえばそうだったわねぇ」
元々咲世子は、アッシュフォード家の使用人だ。
学園を空ける際には必ずミレイに報告をしていたから、彼女も咲世子が不在になることを知っていたのだろう。
その咲世子の用事というのは、実はルルーシュ自身がゼロとして命じた黒の騎士団の仕事であるのだが、それをミレイが知るはずもない。
ミレイが「うーん」と声を出しながら体を捻る。
おそらくどうにかしてルルーシュを連れて行こうと考えているのだろう。
けれど、それでいい案が思いつくわけでもない。
そんな中、突然軽い音が響き、全員の視線がその発生源に集まる。
皆の視線に先にいたのは、漸く我に返ったらしいカレンだ。
胸の前で両手を合わせて立つ彼女は、名案を思いついたとでもいうように笑った。
「だったら、ナナちゃんも連れて行ってあげましょうよ!」
「カレン……」
カレンの提案に、ルルーシュが驚き、彼女の名を呼ぶ。
そんな彼に笑顔を向けると、カレンはすぐにミレイと向き合った。
「いいですよね?会長!」
「カレン。だが、ナナリーは……」
ナナリーは車椅子だ。
加えて、普通の子より多少体が弱い。
そんな状態のナナリーが、旅行をすることは難しい。
加えて、シズオカの温泉地はゲットーにある。
ブリタニア人が出入りするため、かなり整備されているが、それでも租界ほどではない。
特区の近くということもあり、治安もかなりよくなってはいるけれど、それでも不安は拭えなかった。
けれど、カレンはそんなルルーシュの不安は全てわかっているとでも言いたげに笑う。
空色の瞳を紫玉に合わせ、自信たっぷりに。
それは、黒の騎士団の双璧として、ゼロに笑いかけるときの彼女の笑顔に近かった。
「大丈夫!私が傍にいるから!」
胸を張って言い切るカレンに、ルルーシュは大きく目を見開く。
その隣でライが目を瞠り、スザクが驚いて声を上げた。
「でも、カレン仕事は……」
「大丈夫!ゼロなら、話せばわかってくれるもの!ねぇ?ライ!」
「えっ!?」
自分たっぷりのカレンに話を振られ、ライは驚く。
その紫紺が、ふいっとカレンから逸れた。
向かう先は、唖然としてカレンを見つめている最愛の人にして、自分たちの主。
素顔を隠して闘う、黒き王。
その瞳に宿った感情に気づいて、ライは笑った。
一度目を閉じ、それを開くと、視線を真っ直ぐにカレンへ向ける。
「そうだね。ゼロはわかってくれる」
ふわりと微笑んだその顔は、カレンと同じように確信を持っていた。
その答えに、ルルーシュが驚いてこちらを向き、カレンは満足そうに笑う。
「……そうかな?」
ふと、耳に届いた低い声に、ライは視線を横へと向けた。
見れば、そこには不審げな顔をしたスザクが立っている。
その顔を見た瞬間、その問いの意味するところに気づいたライは、僅かに目を細めた。
スザクは、未だにゼロを信じていない。
疑っている。
握手できる日が来るかもしれないと言っていたのは彼なのに、未だに彼自身は歩み寄ろうとはせずに、ゼロに進んで近づこうともしなかった。
「そうなんだよ、スザク」
そのスザクに一言、はっきりとそう返せば、彼は鋭い瞳をこちらへ向けた。
憎しみすら感じるそれを軽く流し、ライは視線を反対側へ移す。
呆然とこちらを見つめている紫玉と目が合った。
それに気づいた瞬間、ルルーシュはふっと息を吐き出す。
ライとカレンを交互に見て、にこりと微笑んだ。
「そうだな。カレンがそう言ってくれるなら安心だ」
その言葉に、ライとカレンは笑う。
他の者たちは気づかない、知ることさえない。
けれど、確かに今この瞬間、ライとカレンの休暇は了承されたのだ。
他ならぬ彼らの主であるゼロ本人に。
「ということですから、ミレイさん」
「ナナちゃんが参加できるなら、私たちは休みを取ります!」
同時にくるりとミレイを振り返り、にっこりと笑うライとカレン。
カレンの言動に唖然としていたリヴァルは、2人のよく似た笑顔を見て我に返った。
「たちってことは、ライもか?」
「まあ、そういうことになるかな」
リヴァルの問いに、ライは笑顔で答える。
ルルーシュのことだ。
カレンに休暇を与え、ライに与えないということはしない。
そう確信しているからこそ、ライははっきりと答える。
「よし!よく言った2人とも!」
ばんっとミレイがライの背中を叩く。
予想外のその行動に、油断していたライが思い切り咳き込んだ。
そんなライには目もくれず、ミレイはルルーシュを見ると、親指を立ててウインクする。
「実はちゃーんとナナリーの分も申し込んであるの。せっかくの記念旅行だもの!みんなで行かなきゃつまらないしね!」
「さすが……。手が早いですね、会長」
「とっうぜんっ!ってわけだから、ルルーシュ!あんたもちゃんと来なさいよね!」
「はいはい。わかりましたよ」
ミレイの命令に、ルルーシュは仕方ないと言わんばかりに答える。
けれど、ライとカレンは気づいていた。
気のないふりを装うルルーシュが、嬉しそうに綻んでいることに。